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第三章
第40話
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「クロウ、来い!」
ゼクレア師団長は腕を地面と水平にかざした。
どこからともかく黒い鴉が現れる。
師団長の腕に止まると、一気に大きくなり、巨大鴉へと変化した。
バサリ、と翼を一凪ぎするだけで、突風が巻き起こす。
「何? あれ?」
『神獣「八咫烏」だね。へー、師団長クラスなら神獣を使い魔にする人がいるんだ』
謎の声は巨大鴉の姿に感心した様子で解説する。
ゼクレア師団長は間髪容れずに、クロウと名付けた己の使い魔の背に乗った。
「ゼクレア師団長!」
「お前たちはここで待機だ」
「けれど、あたいたちだって……」
マレーラは引き下がる。
だが、ゼクレア師団長は取り合わなかった。
「状況が混乱している可能性がある。今、新人のお守りをしている暇はない。ともかく待機だ。いいな!」
厳命すると、クロウの腹を蹴る。
瞬間、風のようにクロウは飛び上がった。
紅蓮の戦火が見える方へと飛んでいく。
「くそ! 俺としたことが油断してしまった」
『ゼクレア様、あまり自分を責め過ぎませんように。こうなっては、まず冷静な思考が必要かと』
「ああ。……その通りだ。すまない」
ゼクレア師団長はクロウの背を撫でる。
いつもは鋭い三白眼も、使い魔を見る目はいつもより優しいように見えた。
『あと、非常に言いにくいのですが……』
「あん?」
「ゼクレア師団長って、使い魔には優しいんですね」
私の声に気づいた師団長は、下を覗き込む。
クロウの足にしがみついた私とカーサを見つけると、声を上げた。
「ミレニア、お前! それにそっちはカーサ・リン・ランティーか!!」
空の旅を楽しんでいる私と違って、カーサはクロウの足に掴まりながら震えている。
「お前たち! 何を考えている!!」
「ゼクレア師団長の邪魔はしません! 私たちは途中まで乗せてもらって、精霊厩舎の方へ伝令に走ります」
「何を勝手なことを言ってる! 今すぐ降りろ!! さもないと!!」
「今、王宮が手薄です。それとも1人で戦うおつもりですが」
「ぐっ!」
ゼクレア師団長は怯む。
どうやら図星だったらしい。
相変わらず無茶をするんだからこの人は……。
もしかして、マゾなのかしら。顔はどう見ても、エスなのに。
「精霊厩舎の方には第一師団の本隊があるんでしょ? なら、私が今の事態を知らせて、すぐに王宮の守りを固めるように報告します。少なくとも今の状況を本隊に知らせる必要あるはずです」
私は闇夜の中で、薄紫の瞳を光らせる。
頭に血が上った師団長はようやく我を取り戻したらしい。
やっと元の表情に戻った。
『ゼクレア様……』
クロウも気を遣うけど、その前にゼクレア師団長は頷いた。
「わかった。伝令役はお前たちに任せる。……クロウ」
『はい。お任せ下さい』
クロウは急転する。
精霊厩舎の方へと、頭を向けた。
あまりに急旋回だったためか、カーサが振り落とされそうになる。
その彼女の手を取ったのが、ゼクレア師団長だった。
そのままカーサをクロウの背中に乗せる。
私もよじ登り、クロウの背中に乗せてもらった。
うわ~。ふわふわ~。
鴉の羽根って固いってイメージあるけど、クロウの羽根は凄く柔らかい。
ヤバい。私、この上で寝ちゃいそう。こんなベッドほしいかも。
「あまり俺のクロウにベタベタ触るな」
「なんですか、ゼクレア師団長? 男の嫉妬はみっともな――――痛っ!!」
突然、何かが私の額を直撃した。
ポロリと膝の上に落ちたのは、カフスだ。
見るとゼクレア師団長のカフスが1つなくなっている。
恐らく自分で今取ったのだろう。
「降りたら、隊員にこれを見せろ。副長を見つけて、現状を報告。王宮へと全速力で引き返せと話せ」
「わかりました」
「それが終わったら、お前たちは先ほどの森まで退避だ。わかったな。今、戦おうなどと思うなよ。お前たちはまだ制服に袖を通していないひよっこだ。民間人同然なんだよ。国のために命を張るなんて5日早い。いいな、ミレニア」
ゼクレア師団長は私に釘を刺す。
なんで私だけって思うけど、これは色々前科があるから仕方がない。
一応そのつもりだけど。こっちの用事が済んだらね。
「了解しました、ゼクレア師団長」
『そろそろですよ、お二人とも。ご準備はよろしいですか?』
精霊厩舎が見えてくる。
すでにいくつか派手に火の手が上がっていたが、厩舎はまだ無事だ。
かなりの戦力を厩舎に投入されているらしい。
第一師団と騎士団合同部隊が厩舎を囲むように展開していた。
「第二師団の姿がないな。アランは西側の爆発の方に向かったのか。対応が早いな」
ゼクレア師団長は一目見て、第二師団がいないことを見抜く。
「…………」
下を見ながら、カーサが青ざめていた。
「カーサ、怖い?」
「カーサ・リン・ランティー。お前は留まれ。お前の成績は知っている。素行は真面目だが、自己主張が少なと、魔術のレパートリーもチーム戦向きだ。現状乱戦の状況では個の力が重要になる。この戦場はお前にあっていない」
「ゼクレア師団長、乙女心わかっておりませんなあ」
私はチッチッチッと指を振る。
「カーサは学校ではそうかもしれないけど、恋する乙女の強さを舐めたらダメですよ」
「お前こそ何を言っているんだ! ここは戦場だぞ」
「女は常在戦場ですよ。……特に恋においてはね。そうでしょ、カーサ」
カーサは泣きそうになっていた顔を拭う。
パチッと自分の頬を張ると、ギュッと拳を握った。
「はい! 行きましょう!!」
「いい返事ね! それじゃあ、行きましょうか!!」
「へ? え? あ、ちょっと! ミレニアさ――――きゃああああああああああ!!」
私はカーサを抱きしめ、そのままクロウの上から飛び降りた。
カーサの悲鳴が夜空にこだまする。
「あの馬鹿! どうやって着地するつもりだ?」
『え? 何か考えがあってでは?』
クロウは言うけど、ごめんそういえば、何も考えてなかった。
そもそも私、まだ酒が残っていて、まだ魔術がうまくくめないんだよね。
あはははは……。ははは……、もしかして私まだお酒残ってるかも。
「というわけで、カーサ……。お願いできる?」
「今ここで頼むことですかぁぁぁぁぁああああ! ミレニアの馬鹿!!」
あははは……。とうとう友達にも言われちゃった。
私って意外と馬鹿だったのね。
私が苦笑する横でカーサは呪文を早口で唱える。
「万物の力はすべて無色なり。法則すべて無意味なり。我が前にあるものすべて無能なり!!」
【土軟陣】
次の瞬間、バインと気の抜けるような音を立てて、私たちは跳ねる。
なんとか助かったらしい。
カーサ、ありがとう。本当に死ぬところだった。
ホッとしたのもつかの間に過ぎなかった。
戦場の匂いを嗅いで、私は我に返る。
辺りを見ると、すでに囲まれていた。
正規兵じゃない。そして人でもない。
よく見るとわかるのだが、どの人間の顔にも生気というものがなかった。
「これは死霊術……」
死んでしまった人間に、低級霊を宿して動かす黒魔術だ。
私たちが使う魔術を、白魔術と言うのに対して、禁忌とされる魔術のことを黒魔術という。
人間の尊厳を踏みにじる死霊術も禁忌の呪法であり、私が前世で活躍していた時にもあった術式だ。
ちなみに私は死霊術が大っ嫌いだ
と、自分の主義主張を語ってる場合じゃない。
この囲みを突破し、精霊厩舎に防衛戦を張る第一師団の副長に今の事態を伝えなければ。
「カーサ、炎属性の魔術は……? …………カーサ?」
振り返ると、カーサは完全に固まっていた。
初めて吸った煙に混じった人の血肉の臭い。
私はすでに何度も前世で吸っているからわかるけど、カーサにはちょっと厳しいかもしれない。
これが戦場特有の匂いなのだ。
やっぱりここは私が戦うしかない。
近くに刺さっていた剣を引き抜く。
ゴオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!
私が決意を固めた時だった。
突然、私たちを中心に業火が立ち上る。
忽ち死霊術で操られた遺体が巻き込まれていった。
その高温はたちまち遺体を火葬し、骨まで舐め尽くす。
気付けば、塵も残っていなかった。
「すごっ……」
炎の魔術はヴェルも得意だけど、今のはそれ以上かも。
「あれれ……? どうして、こんなところにひよこちゃんがいるのかしら?」
私の前に現れたのは、長身の女性だった。
ゼクレア師団長は腕を地面と水平にかざした。
どこからともかく黒い鴉が現れる。
師団長の腕に止まると、一気に大きくなり、巨大鴉へと変化した。
バサリ、と翼を一凪ぎするだけで、突風が巻き起こす。
「何? あれ?」
『神獣「八咫烏」だね。へー、師団長クラスなら神獣を使い魔にする人がいるんだ』
謎の声は巨大鴉の姿に感心した様子で解説する。
ゼクレア師団長は間髪容れずに、クロウと名付けた己の使い魔の背に乗った。
「ゼクレア師団長!」
「お前たちはここで待機だ」
「けれど、あたいたちだって……」
マレーラは引き下がる。
だが、ゼクレア師団長は取り合わなかった。
「状況が混乱している可能性がある。今、新人のお守りをしている暇はない。ともかく待機だ。いいな!」
厳命すると、クロウの腹を蹴る。
瞬間、風のようにクロウは飛び上がった。
紅蓮の戦火が見える方へと飛んでいく。
「くそ! 俺としたことが油断してしまった」
『ゼクレア様、あまり自分を責め過ぎませんように。こうなっては、まず冷静な思考が必要かと』
「ああ。……その通りだ。すまない」
ゼクレア師団長はクロウの背を撫でる。
いつもは鋭い三白眼も、使い魔を見る目はいつもより優しいように見えた。
『あと、非常に言いにくいのですが……』
「あん?」
「ゼクレア師団長って、使い魔には優しいんですね」
私の声に気づいた師団長は、下を覗き込む。
クロウの足にしがみついた私とカーサを見つけると、声を上げた。
「ミレニア、お前! それにそっちはカーサ・リン・ランティーか!!」
空の旅を楽しんでいる私と違って、カーサはクロウの足に掴まりながら震えている。
「お前たち! 何を考えている!!」
「ゼクレア師団長の邪魔はしません! 私たちは途中まで乗せてもらって、精霊厩舎の方へ伝令に走ります」
「何を勝手なことを言ってる! 今すぐ降りろ!! さもないと!!」
「今、王宮が手薄です。それとも1人で戦うおつもりですが」
「ぐっ!」
ゼクレア師団長は怯む。
どうやら図星だったらしい。
相変わらず無茶をするんだからこの人は……。
もしかして、マゾなのかしら。顔はどう見ても、エスなのに。
「精霊厩舎の方には第一師団の本隊があるんでしょ? なら、私が今の事態を知らせて、すぐに王宮の守りを固めるように報告します。少なくとも今の状況を本隊に知らせる必要あるはずです」
私は闇夜の中で、薄紫の瞳を光らせる。
頭に血が上った師団長はようやく我を取り戻したらしい。
やっと元の表情に戻った。
『ゼクレア様……』
クロウも気を遣うけど、その前にゼクレア師団長は頷いた。
「わかった。伝令役はお前たちに任せる。……クロウ」
『はい。お任せ下さい』
クロウは急転する。
精霊厩舎の方へと、頭を向けた。
あまりに急旋回だったためか、カーサが振り落とされそうになる。
その彼女の手を取ったのが、ゼクレア師団長だった。
そのままカーサをクロウの背中に乗せる。
私もよじ登り、クロウの背中に乗せてもらった。
うわ~。ふわふわ~。
鴉の羽根って固いってイメージあるけど、クロウの羽根は凄く柔らかい。
ヤバい。私、この上で寝ちゃいそう。こんなベッドほしいかも。
「あまり俺のクロウにベタベタ触るな」
「なんですか、ゼクレア師団長? 男の嫉妬はみっともな――――痛っ!!」
突然、何かが私の額を直撃した。
ポロリと膝の上に落ちたのは、カフスだ。
見るとゼクレア師団長のカフスが1つなくなっている。
恐らく自分で今取ったのだろう。
「降りたら、隊員にこれを見せろ。副長を見つけて、現状を報告。王宮へと全速力で引き返せと話せ」
「わかりました」
「それが終わったら、お前たちは先ほどの森まで退避だ。わかったな。今、戦おうなどと思うなよ。お前たちはまだ制服に袖を通していないひよっこだ。民間人同然なんだよ。国のために命を張るなんて5日早い。いいな、ミレニア」
ゼクレア師団長は私に釘を刺す。
なんで私だけって思うけど、これは色々前科があるから仕方がない。
一応そのつもりだけど。こっちの用事が済んだらね。
「了解しました、ゼクレア師団長」
『そろそろですよ、お二人とも。ご準備はよろしいですか?』
精霊厩舎が見えてくる。
すでにいくつか派手に火の手が上がっていたが、厩舎はまだ無事だ。
かなりの戦力を厩舎に投入されているらしい。
第一師団と騎士団合同部隊が厩舎を囲むように展開していた。
「第二師団の姿がないな。アランは西側の爆発の方に向かったのか。対応が早いな」
ゼクレア師団長は一目見て、第二師団がいないことを見抜く。
「…………」
下を見ながら、カーサが青ざめていた。
「カーサ、怖い?」
「カーサ・リン・ランティー。お前は留まれ。お前の成績は知っている。素行は真面目だが、自己主張が少なと、魔術のレパートリーもチーム戦向きだ。現状乱戦の状況では個の力が重要になる。この戦場はお前にあっていない」
「ゼクレア師団長、乙女心わかっておりませんなあ」
私はチッチッチッと指を振る。
「カーサは学校ではそうかもしれないけど、恋する乙女の強さを舐めたらダメですよ」
「お前こそ何を言っているんだ! ここは戦場だぞ」
「女は常在戦場ですよ。……特に恋においてはね。そうでしょ、カーサ」
カーサは泣きそうになっていた顔を拭う。
パチッと自分の頬を張ると、ギュッと拳を握った。
「はい! 行きましょう!!」
「いい返事ね! それじゃあ、行きましょうか!!」
「へ? え? あ、ちょっと! ミレニアさ――――きゃああああああああああ!!」
私はカーサを抱きしめ、そのままクロウの上から飛び降りた。
カーサの悲鳴が夜空にこだまする。
「あの馬鹿! どうやって着地するつもりだ?」
『え? 何か考えがあってでは?』
クロウは言うけど、ごめんそういえば、何も考えてなかった。
そもそも私、まだ酒が残っていて、まだ魔術がうまくくめないんだよね。
あはははは……。ははは……、もしかして私まだお酒残ってるかも。
「というわけで、カーサ……。お願いできる?」
「今ここで頼むことですかぁぁぁぁぁああああ! ミレニアの馬鹿!!」
あははは……。とうとう友達にも言われちゃった。
私って意外と馬鹿だったのね。
私が苦笑する横でカーサは呪文を早口で唱える。
「万物の力はすべて無色なり。法則すべて無意味なり。我が前にあるものすべて無能なり!!」
【土軟陣】
次の瞬間、バインと気の抜けるような音を立てて、私たちは跳ねる。
なんとか助かったらしい。
カーサ、ありがとう。本当に死ぬところだった。
ホッとしたのもつかの間に過ぎなかった。
戦場の匂いを嗅いで、私は我に返る。
辺りを見ると、すでに囲まれていた。
正規兵じゃない。そして人でもない。
よく見るとわかるのだが、どの人間の顔にも生気というものがなかった。
「これは死霊術……」
死んでしまった人間に、低級霊を宿して動かす黒魔術だ。
私たちが使う魔術を、白魔術と言うのに対して、禁忌とされる魔術のことを黒魔術という。
人間の尊厳を踏みにじる死霊術も禁忌の呪法であり、私が前世で活躍していた時にもあった術式だ。
ちなみに私は死霊術が大っ嫌いだ
と、自分の主義主張を語ってる場合じゃない。
この囲みを突破し、精霊厩舎に防衛戦を張る第一師団の副長に今の事態を伝えなければ。
「カーサ、炎属性の魔術は……? …………カーサ?」
振り返ると、カーサは完全に固まっていた。
初めて吸った煙に混じった人の血肉の臭い。
私はすでに何度も前世で吸っているからわかるけど、カーサにはちょっと厳しいかもしれない。
これが戦場特有の匂いなのだ。
やっぱりここは私が戦うしかない。
近くに刺さっていた剣を引き抜く。
ゴオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!
私が決意を固めた時だった。
突然、私たちを中心に業火が立ち上る。
忽ち死霊術で操られた遺体が巻き込まれていった。
その高温はたちまち遺体を火葬し、骨まで舐め尽くす。
気付けば、塵も残っていなかった。
「すごっ……」
炎の魔術はヴェルも得意だけど、今のはそれ以上かも。
「あれれ……? どうして、こんなところにひよこちゃんがいるのかしら?」
私の前に現れたのは、長身の女性だった。
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