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2章

第17話 おさけは ほどほどに

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「うふふふ……。初々しいですね」

 笑ったのは、ミセスだった。
 腰まで届く長い髪に、目尻の下がった瞳。
 柔らかそうな唇。
 身体は成熟しきっていて、ついつい胸元に目が行くほど大きい。
 側に立たれるだけで、ドキドキしてしまう。
 そんな魅力を持つ女性だ。

 彼女は屋敷で囚われていた女性で、ブラムゴンの身の回りの世話をしていたらしい。
 ブラムゴンのお気に入りだったらしく、何不自由なく暮らしていた。
 おかげで食料庫の鍵はすんなり手に入れることができた。
 ミセスが鍵を管理していたからだ。

 村のみんなから搾取した食糧を毎日食べるのは、辛かったらしい。
 後でブラムゴンの恨みを買ったとしても、食料庫の開放を手伝ってくれたのは、せめてもの償いだったようだ。

 ミセスの償いはそれだけに留まらない。
 ここにある料理すべて、ミセスが作ってくれたものだ。
 身の回りの世話をするうちに身に着けたといっていたが、名前を付けてみて、ちょっと驚いた。



 名前   : ミセス
 レベル  : 1/90
    力 : 5
   魔力 : 10
   体力 : 8
  素早さ : 8
  耐久力 : 3

 ジョブ  : 人妻

 スキル  : おもてなしLV1



 ひ、人妻ってなに?
 人妻ってジョブなの?

 って俺がツッコんだのは言うまでもない。

 でも、ジョブを見てすっごく納得できたことは事実だ。
 確かにミセスって、「お母さん」というよりは「人妻」って感じがする。
 いかん……。
 子どもが見られない映像のパッケージを見過ぎてるかもしれない。

 ちなみにミセスは未婚らしい。
 未婚で人妻ってなんだよ……。

「大魔王様、どうされましたか?」

 気が付いた時にミセスの顔が目の前にあった。
 距離にして、5センチ。
 なんかすごいいい匂いがしてくるのは、幻なのか、それともジョブ「人妻」がなせる技なのだろうか。

「な、なんでもないよ」
「その割には、顔が赤いようですが……。風邪ですか?」

 ミセスはさらに接近し、自分のおでこと俺のおでこをひっつける。

「ひゃあ!」

 悲鳴を上げたのは、俺の方だった。
 座ったまま後退る。
 びっくりした。
 や、やめて。俺は、そういう耐性低いんだから。

「まあまあ……。初々しいですね」

 ミセスは目を細める。
 若干馬鹿にされているような気がするけど、動揺しているのは事実なので返す言葉もない。

「それより大魔王様、これを」

 ミセスが出してきた小鉢に入っていたのは、俺の好物だった。

「ポテトサラダ……。本当に作ったの?」
「はい。言われた通りのレシピで作ってみました」
「あ、ありがとう……!」

 早速小鉢を受け取り、ポテトサラダを摘まんでみる。
 潰したふかし芋に加えて、茹で卵と胡瓜、ベーコンが入っていた。
 黄身を潰したことによって、薄らと黄色い。

 夢にまでみたポテトサラダだった。

「食べていい?」
「はい。どうぞ」

 早速、俺はポテトサラダを食す。
 うん! うまい!
 ジャガイモがふわっと消えていく食感。
 ピリッとした胡椒と、酢の味がよく利いていて、そこに黄身のまろやかさが加わることによって、バランスが取れた味になっている。

 俺はすかさず麦酒が入った杯を持つ。
 ポテサラが通った喉に、キレの良い炭酸が流れていった。

「くぅぅぅぅううううう!! うんめぇぇぇえええええ!!!!」

 麦酒とポテサラの相性は最高だな。
 若干ミセスがしょっぱめに味付けしていて、それがまた麦酒が進む原因になっている。
 これに練りからしがあれば、さらにおいしいのだが、残念ながらマナストリアにはからし菜がないようだ。

 このポテサラに使われているマヨネーズにしたって、酢、油、卵黄を混ぜ合わせたミセスのお手製らしい。

「さすがミセスだね。とってもおいしいよ」
「お口にあって良かったですわ」

 ミセスの『おもてなし』は、『料理』の2段階目のスキルだ。
 ルナの時もいったが、レベル1から2段階目のスキルを覚えているのは、とても珍しい。
 おそらくジョブ『人妻』の初期スキルなのだろう。

「でも、ポテサラはともかく料理って文化が残っていたんだね。100年近く、虐げられていたって聞いたから、こういう文化すら廃れていると思っていたよ」
「100年ずっと虐げられてきたというわけじゃありません。抵抗する者もいました。今だって抵抗を続けているものがいます」
「それは?」
「代表的なのは獣人ですね」
「獣人か……」

 仲間になってくれないかなあ。
 ルナの話では、とても警戒心が強いって聞いたけど。
 それにどんな風に強くなっていくか楽しみだし……。

「ソンチョーさんも、昔は魔族相手に勇敢に戦っていたそうですよ」
ソンチョーすけべじじいが!!」

 なるほど。ソンチョーが剣豪なんてジョブを持っているのは、そういう体験によるためか。

「大魔王様、料理はまだありますよ。ささっ。冷めないうちに」
「ありがとう、ミセス。あと、俺のことはダイチでいいよ」
「はい。では、ダイチ様と」

 ルナもそうだけど、なんでみんなして俺に「様」を付けようとするんだろうか。

「あ。そうだ。お詫びといってはなんだけど、ミセスも飲みなよ」
「あらあら。ありがとうございます」

 俺はミセスに杯を持たせると、麦酒を注いだ。

「だ~~~~~~い~~~~~~ち~~~~~~さ~~~~~~ま~~~~~~」

 舌っ足らずな声が聞こえる。
 振り返ると、顔を真っ赤にしたルナが仁王立ちしていた。
 その顔は真っ赤で、時折小さく「ヒック」としゃっくりをしている。

 手には麦酒が入った杯が握られていた。

「る、ルナ!! お、おおおおお酒飲んだの?」
「は~~~~い。そ~~ですよ~~。のみました~~~~」
「わわわわ……。誰だよ。ルナ、まだ小さい――――」

 俺は主犯を捜す。
 だが宴席に広がっていたのは、地獄のような光景だった。

「いや~~~~~~。だいまおうさま~~、気持ちいいですじゃあ~~」

 そ、村長まで!!

「ん~~~~! なんだい、このきいろいみずは~~。にがいけど、なんばいもいけそうだんね~~~~」

 カーチャは腰に手を当て、一気に杯を煽る。
 並々と注がれていた麦酒が、カーチャのぽっちゃりとしたお腹に収まった。

「あ~~~~に~~~~じゃ~~~~♪」
「お~~~~と~~~~じゃ~~~~♫」

 何か訳のわからない歌を歌っていたのは、アバカム&トレジャー兄弟だ。
 それだけじゃない。
 宴席に参加していた人族たちが、完全に酩酊していた。
 若い男は、外へ飛び出し、相撲を取りだし、歌ったり、踊ったりしている。

 な、なんじゃ、こりゃ……。

 軽く地獄絵図だった。
 だが、その光景を見て、俺は気付く。
 この村の人たちは100年近く魔族に虐げられていた。
 お酒を飲んだことはおろか、お酒の存在すら知らずに、麦酒を飲んでいたのではないだろうか、と……。

「ダイチ様……」
「ひぃ!」

 変な声を上げて、俺は振り返る。
 ルナかと思ったら、ステノだった。
 ステノはしらふのようだ。
 全く顔に変化はない。

「大丈夫ですか、ダイチ様?」
「あ、ああ……。ステノは普通だね。お酒を飲まなかったんだ」
「お酒というのがわかりませんが、私は大丈夫です」
「そうか」

 俺はほっと胸を撫で下ろす。

「じゃ~あ、今から脱ぎま~~~~す」

 全然大丈夫じゃない!
 ステノは顔に出ないタイプか。
 服の袖に手をかけようとするステノを俺は必死で止める。

「何をするのですか、ダイチ様。私、とっても身体がほてって、暑いのに」
「わ、わかった。でも、ここで――――」
「だ~~~~い~~~~ち~~~~しゃま~~~~」

 俺の懐に飛び込んできたのは、ルナだった。
 膝の上に子猫のようにちょこんと蹲る。
 すりすりと頬を近づける仕草も、猫っぽい。

「ダイチしゃま、るなもあいてしてください」

 やや目尻が垂れた目で、懇願してくる。
 赤くなった顔を見て、反射的に可愛いと思ってしまった。

「ルナ、落ち着け。完全に悪酔い」
「よってましぇんよ~~。だいちしゃま~、ごはんをたべさせて~」

 ルナはこれでもかと甘えてくる。
 どうやら酔うと幼児退行してしまうらしい。
 すでに少女なのに、幼女になるとは新しいな……。

 などと感心してる場合ではない!

「だいちさま、てをはなしてください~」

 ステノは相変わらず脱ごうとしている。

「あらあら……」

 ミセスは微笑んでいた。

「ちょ! ミセス、笑ってないで手伝って……」
「それはむりですわぇ、だ~~~~い~~~~ち~~~~さ~~~~ま~~~~」

 すでにミセスの側には、空の杯が置かれていた。
 ぎゃあああああああ!!
 手遅れだった。

「だいちしゃま」
「だいちさま……」
「だいちさま!」

 ルナ、ステノ、ミセスが迫ってくる。
 それを俺は見てることしかできなかった。

「あわわわわわわわわわわ……」

 俺が覚えているのは、そこまでだった。


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さくやは おたのしみでしたね。

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