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19限目 冬瓜スープと冷しゃぶ(前編)
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久しぶりに更新しました!
台風で大変かと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
――やばい。遅くなってしまった。
土曜の夜。
俺は薄暗い路地を走っていた。
時間が22時を回っている。
すっかり遅くなってしまった。
本日は例によってサッカー部の引率だ。
我がサッカー部の快進撃は続いており、とうとうベスト8まで進んだ。
こうなってくると、サッカーの素人な俺でも盛り上がってくる。
チームの雰囲気もいい。
そして猪戸先生のお酒も進んだ。
ただ今日は猪戸先生のお酒に付き合ったのではない。
試合の方は午後過ぎに終わり、俺はそのまま学校を目指した。
実は泊まり込みの研修時にたまっていた仕事を、まだ消化しきれていなかったのだ。
しかも、期末考査はもうすぐである。
中間考査の時は、ほとんど指導担当の教員が作ってくれた。
期末考査では、内容の一部を担当することになっている。
進学塾では簡単な小テストぐらいしか作ったことがない。
それに生徒のやる気を引き出すため、比較的優しい問題を選ぶ傾向にある。
一方、高校のテストは全体の平均点を狙う必要がある。
難しすぎてもダメ。簡単すぎてもダメ。
50~60点ぐらいが理想だと、指導担当からはいわれている。
それ故に、難しい問題と簡単な問題のバランスが重要なのだ。
そのために、出題範囲内を精査する必要がある。
教師もまた予習をしておかないと、仕事を進めることはできないのだ。
そして、そんな風に仕事をしていたら、いつの間にか22時になっていたというわけである。
警備員に呼びかけられなかったら、さらに仕事をしていたかもしれない。
朝から引率、午後からは学校で仕事。
ここのところ休みもろくにとっていない。
さすがの俺もバテていた。
幸い明日は久しぶりの休みだが、残念ながら家で仕事することになるだろう。
ぽーん……。
RINEにメッセージが届く。
白宮からだ。
『夕食作って待ってます(^^) 一緒に食べましょう』
どうやら甲斐甲斐しく待ってくれているらしい。
白宮の忠節といえばいいのだろうか。
あいつの気持ちには、いつも脱帽する。
正直にいうと、こうも忙しいと、白宮のご飯が俺の唯一のオアシスになりつつあった。
なんであいつが、俺と一緒にご飯を食べたがるのか、皆目見当も付かないが、今は白宮が作る料理だけが、俺の生きがいだった。
ぐぅ……。
そうだ、とお腹が抗議の声を上げる。
俺は空きっ腹から無理矢理燃料を捻り出すと、二色ノ荘への帰路についた。
ようやく二色ノ荘に辿り着く。
今日の夜は、初夏にして涼しい方だが、二色乃高校から走ってきたので、汗だくだ。
ネクタイなどとっくの昔に緩めていたが、ブラウスには汗染みができていた。
――一旦シャワーでも浴びてから白宮の部屋に行った方がいいだろうか。
そんなことを考えたが、なんかそれはそれでやらしい。
石鹸の匂いをさせながら、教え子の部屋に行くのもどうかと思う。
それにそもそも今にもお腹と背中がくっつきそうだ。
俺は自分の部屋に寄らず、鞄を持ったまま白宮の扉がノックした。
「はーい」
いつも通りの声が聞こえてきて、涙が出るぐらいホッとする。
やがて扉は、魔女の悲鳴のような音を立てて開いた。
現れたのは、魔女ではなく、その魔女に毒リンゴでも食べさせられそうなお姫様然とした少女であった。
「お帰りなさい、玄蕃先生。あらあら、凄い汗ですね」
「学校から走ってきたんでな」
「そんなに私の料理が食べたかったんですか?」
「言ってるだろ。お前の料理は絶品だって」
「ありがとうございます。クーラーを強めにかけておいたので、どうか涼んでください」
「ありがたい」
至れり尽くせりだな。
二色乃高校の才女は、料理だけではなく、「おもてなし」の心も会得しているようだ。
次のオリンピック誘致の際は、是非採用いただきたい人材である。
まあ、これで教師に対する敬意というものを感じられたら、俺としてはいうことはないのだがな。
白宮のいう通り、部屋の中は冷えていた。
外の温度と比べると、まるで冷蔵庫の中に入ったようだ。
「俺はいいが、白宮は寒いんじゃないか」
「ご心配なく。お料理をすると、意外と汗を掻くので。今の温度は私にとっても、気持ちいいんですよ。さ、ご飯を食べましょう」
花柄の刺繍がされた食卓カバーを開く。
テーブルに突如出現した料理を見て、俺は思わず唸った。
かつぶしが載った真っ白なとろろ。
麺汁とみりん、七味だけで味付けした甘辛のこんにゃく煮。
サラダは氷で冷やされた赤いトマトだ。
そして主菜はネギとわかめを和えた豚しゃぶだ。
大皿に載り、白い脂身がきらきらと光っている。
白宮は最後に軽く火を通したスープを加える。
椀の中身を見て、俺は思わず涎を拭った。
「おお。冬瓜か……」
「はい。ちょうどスーパーで安かったので」
「そろそろ旬だもんな。今日もおいしそうだ」
「じゃあ、玄蕃先生」
「ああ……」
俺たちは手を合わせる。
パンと小気味の良い音が鳴った。
「「いただきます」」
俺と白宮の声が、いつも通りキッチンに響き渡った。
(※ 後編へ続く)
台風で大変かと思いますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~
――やばい。遅くなってしまった。
土曜の夜。
俺は薄暗い路地を走っていた。
時間が22時を回っている。
すっかり遅くなってしまった。
本日は例によってサッカー部の引率だ。
我がサッカー部の快進撃は続いており、とうとうベスト8まで進んだ。
こうなってくると、サッカーの素人な俺でも盛り上がってくる。
チームの雰囲気もいい。
そして猪戸先生のお酒も進んだ。
ただ今日は猪戸先生のお酒に付き合ったのではない。
試合の方は午後過ぎに終わり、俺はそのまま学校を目指した。
実は泊まり込みの研修時にたまっていた仕事を、まだ消化しきれていなかったのだ。
しかも、期末考査はもうすぐである。
中間考査の時は、ほとんど指導担当の教員が作ってくれた。
期末考査では、内容の一部を担当することになっている。
進学塾では簡単な小テストぐらいしか作ったことがない。
それに生徒のやる気を引き出すため、比較的優しい問題を選ぶ傾向にある。
一方、高校のテストは全体の平均点を狙う必要がある。
難しすぎてもダメ。簡単すぎてもダメ。
50~60点ぐらいが理想だと、指導担当からはいわれている。
それ故に、難しい問題と簡単な問題のバランスが重要なのだ。
そのために、出題範囲内を精査する必要がある。
教師もまた予習をしておかないと、仕事を進めることはできないのだ。
そして、そんな風に仕事をしていたら、いつの間にか22時になっていたというわけである。
警備員に呼びかけられなかったら、さらに仕事をしていたかもしれない。
朝から引率、午後からは学校で仕事。
ここのところ休みもろくにとっていない。
さすがの俺もバテていた。
幸い明日は久しぶりの休みだが、残念ながら家で仕事することになるだろう。
ぽーん……。
RINEにメッセージが届く。
白宮からだ。
『夕食作って待ってます(^^) 一緒に食べましょう』
どうやら甲斐甲斐しく待ってくれているらしい。
白宮の忠節といえばいいのだろうか。
あいつの気持ちには、いつも脱帽する。
正直にいうと、こうも忙しいと、白宮のご飯が俺の唯一のオアシスになりつつあった。
なんであいつが、俺と一緒にご飯を食べたがるのか、皆目見当も付かないが、今は白宮が作る料理だけが、俺の生きがいだった。
ぐぅ……。
そうだ、とお腹が抗議の声を上げる。
俺は空きっ腹から無理矢理燃料を捻り出すと、二色ノ荘への帰路についた。
ようやく二色ノ荘に辿り着く。
今日の夜は、初夏にして涼しい方だが、二色乃高校から走ってきたので、汗だくだ。
ネクタイなどとっくの昔に緩めていたが、ブラウスには汗染みができていた。
――一旦シャワーでも浴びてから白宮の部屋に行った方がいいだろうか。
そんなことを考えたが、なんかそれはそれでやらしい。
石鹸の匂いをさせながら、教え子の部屋に行くのもどうかと思う。
それにそもそも今にもお腹と背中がくっつきそうだ。
俺は自分の部屋に寄らず、鞄を持ったまま白宮の扉がノックした。
「はーい」
いつも通りの声が聞こえてきて、涙が出るぐらいホッとする。
やがて扉は、魔女の悲鳴のような音を立てて開いた。
現れたのは、魔女ではなく、その魔女に毒リンゴでも食べさせられそうなお姫様然とした少女であった。
「お帰りなさい、玄蕃先生。あらあら、凄い汗ですね」
「学校から走ってきたんでな」
「そんなに私の料理が食べたかったんですか?」
「言ってるだろ。お前の料理は絶品だって」
「ありがとうございます。クーラーを強めにかけておいたので、どうか涼んでください」
「ありがたい」
至れり尽くせりだな。
二色乃高校の才女は、料理だけではなく、「おもてなし」の心も会得しているようだ。
次のオリンピック誘致の際は、是非採用いただきたい人材である。
まあ、これで教師に対する敬意というものを感じられたら、俺としてはいうことはないのだがな。
白宮のいう通り、部屋の中は冷えていた。
外の温度と比べると、まるで冷蔵庫の中に入ったようだ。
「俺はいいが、白宮は寒いんじゃないか」
「ご心配なく。お料理をすると、意外と汗を掻くので。今の温度は私にとっても、気持ちいいんですよ。さ、ご飯を食べましょう」
花柄の刺繍がされた食卓カバーを開く。
テーブルに突如出現した料理を見て、俺は思わず唸った。
かつぶしが載った真っ白なとろろ。
麺汁とみりん、七味だけで味付けした甘辛のこんにゃく煮。
サラダは氷で冷やされた赤いトマトだ。
そして主菜はネギとわかめを和えた豚しゃぶだ。
大皿に載り、白い脂身がきらきらと光っている。
白宮は最後に軽く火を通したスープを加える。
椀の中身を見て、俺は思わず涎を拭った。
「おお。冬瓜か……」
「はい。ちょうどスーパーで安かったので」
「そろそろ旬だもんな。今日もおいしそうだ」
「じゃあ、玄蕃先生」
「ああ……」
俺たちは手を合わせる。
パンと小気味の良い音が鳴った。
「「いただきます」」
俺と白宮の声が、いつも通りキッチンに響き渡った。
(※ 後編へ続く)
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