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第21話
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「ちっ、しまった」
ジョイスは押さえていた男の背中の急所に一撃埋め込んで、その手を警報スイッチから離した。
やはり圭吾と同じで入室でつまづいたジョイスは、そうそう圭吾と同じことも起こるわけもなく、部屋へ入ろうとした男を捕まえて強引に入り込む策をとったのだが、入ってからちょっとだけ寝ててもらおうと鳩尾に一発喰らわしたところ、転倒しながらも足元にあった警報を押されてしまったのである。
「侵入者か!」
周囲が騒がしくなって、セキュリティを呼べとの声も聞こえてくる。
「やっべ~」
舌を鳴らしてジョイスは走った。
構造も何も解っていない者が、解っている者達と追いかけっこをするのだから、この不利さは園児でも判る。
「居たぞ!あっちだ」
こんな研究畑の方々と一戦交えた場合には、完全にジョイスが有利なのは判ってはいるが、できるだけ無関係の人を傷つけたくはない。
「ちっくしょう…どうすれば…」
曲がるしかない角を、闇雲に曲がったとき、
「なんだ?なにがあった?」
と呑気に体を出している男が、5m先に現れた。回避は不可能。
ジョイスは覚悟を決めて、その男に
「ごめんっ不可抗力だ!」
と叫んで体当たりをかました。
「すいません…」
昏倒した男に合掌し、その男のIDカードをいただくことも忘れず、開いていた部屋へ入り込む。
パネルのロックを押して、取り敢えず一息つけた。中に人がいようと、こうなったらぶちのめす覚悟はできている。
が、想像と違い、中には誰も居なかった。
その部屋は事務的なデスクや椅子が並んで、そのデスクにタコ足配線の様々な機械が載せられているような混沌としたところである。
「なんだこの部屋…」
中を歩いて、まわりにあるものを眺めてみるが、当たり前だが訳がわからない。
映されている画面も理解不能で、取り敢えずここは関係ないか…と奥へ行ってみると扉があった。
「トイレかな…」
と恐る恐る開けてみると、そこに人が立っていた。
しかも警備の服を着ている人だ。警備の人となると、それなりに力自慢の方も多くて
「うわあっごめんなさーい」
そう叫んでジョイスは真後ろに飛んで逃げようとしたが、ジョイスよりも大きい男に襟首を捕まえられ、
「話は事務所で行こうか?」
と、タバコくさい息を吐かれてしまった。
「あー、いえ…それは結構です」
そう言いながら少し苦しいのを我慢してジャンプし、右足を大きく前方にあげそのまま後ろへと流す。
バラエティなら「カーンっ」という音が当てられる箇所へ思い切り踵を埋め込んでやった。大男は股間を抑える情けない格好で床に崩れた。
「武道では禁止なのはよーくわかってるんだけどねえ、ごめんね」
と襟から手を払って、その男の後方へ走り出す。
「とにかく翔なんだよ。どこにいるんだ…まあ、蒼真でもいいんだけど」
部屋を走って行くとまたドアがあって、と言う横並びの作りを2.3部屋通り越して、ある部屋へ入った。そこは急に暗い部屋だった。
真っ暗ではないが、右手にガラスが貼ってあるようで中で人間…?のようなものが蠢いていた。
目が慣れるまで数秒。
改めてガラスと思われる方をみてみて、ジョイスは背筋に悍ましいものが走る感じに体を硬直させた。
中にいたのは想像通り人間ではあったが…それら全てが『翔』だったから。
この部屋は、蒼真がコントロールルームでハワードから見せられた部屋だった。
「しょ…う…」
虚にガラスへ寄って行くジョイスを見つけ、中にいた数人の『翔』が寄って来る。
ガラスに手を置いて中を見ると、肌に痣があったり腫れ上がっていたりの痛々しい『翔』がいる。
まさか…すでに実験に…と再びゾクッと背筋を凍らせたが、ジョイスは1人の『翔』に気づいた。
壁に寄りかかって膝を抱え、その膝に顔を埋めている『翔』
他にも傷のない『翔』は居たが、ジョイスはその座っている『翔』が自分の探している『翔』だとすぐに確信した。
「翔!翔俺だ!顔をあげてくれ!翔!」
ガラスは防音になっているのか向こうの声も聞こえないならこちらの声も聞こえないはずだ。ジョイスはガラスをガンガンたたいて、翔を呼び続けた。
「翔!俺だよ!迎えに来た!」
後ろのドアで声がした。
「誰かこの中にいる?この部屋はまずいぞ」
横のドアから入ったジョイスは、外からのドアを不注意でロックしてなかったことに気づき、走ってロックし、再びガラスに戻ってくる。どうしたらいいんだ…時間もない。
「翔!しょう!顔をあげてくれ!」
ー誰かが呼んでる気がする…ー
翔はそう思うが怖くて顔があげられなかった。蒼真じゃないから…蒼真以外の声に呼ばれても顔をあげたくない…返事したくない…
「翔!!顔あげて!」
遠い声だった。優しくて切ない…悲鳴のような声…ーだれ…ー
顔をあげたのは好奇心。今更自分に何が起きようとこれ以上に悪いことはないかも…と言う諦めから…
顔をあげてガラスの方を見ると
「⁉︎」
翔は目を見開いた。
「なんでここに…」
掠れた声が出た。
翔が気付いたことがわかったジョイスは、ホッとした顔をして手招きをする。
翔は立ち上がりガラスの前までやってきた。
「迎えに来た。一緒に帰ろう」
聞こえはしないだろうがジョイスはそう言って、ガラスについていた翔の手に自分の手を重ねる。
こんなに『翔』がいるのに…ジョイスは自分に気づいてくれた。最初から壁に寄りかかっていた自分に声をかけてくれていた。翔を個人として認めてくれていた。
翔の指が数字を綴った
「なに?」ジョイスが問い返す。
3・5・6・3・2・4・1・8
そうしてコンソールを指差した。
パネルキーが並ぶ前に来たジョイスは、言われた数字をパネルキーへ打ち込む。
シュッと音を立ててガラスがスライドした。
そして翔は、ジョイスから目を少しも離さずにその部屋から足を踏み出した。
「ジョイスだな」
舌を鳴らして圭吾は走り出した。
運よく入り込めはしたが、警報がなってしまったら立場は不利だ。
「なにか蒼真に繋がる手がかりでもあれば…」
通路は交差がいっぱいあって、警報のせいでその各々から次第に声が増えてゆく。
「取り敢えず何処かの部屋へでも入り込んで、何かを探れたら…」
そう思っていると、正面から1人研究員が走ってきた。
ギクっとはしたが、その男が
「侵入者だそうだ、早く捕まえないとこのエリアはやばいだろ、お前も走れ」
と言って来たので、どうしたらこの格好をした男がここの人間だと思い込めるのかは少々不思議になったが、渡りに船とはこのことで、圭吾はその男に
「侵入者ですか、そいつって白衣着てないんじゃないですかね。わかりやすくて助かりますね」
と声をかけると、男はそうなんだよな…と足を止めて、圭吾が白衣を着ていないのをみて
「あーっ…んぐ」
大声を出しそうになったが、その口を押さえて頸動脈をトンっと叩いた。
一瞬の脳貧血で男は倒れ、その男のIDカードをぬきとると
「すぐに起きられますから、すいませんね」
と走り出した。
やり口がジョイスとそっくりだ。
圭吾は手に入れたIDカードで、1番近くにあった部屋へと入り込んだ。
そこは入った正面いっぱいにモニターが広がり、今は真っ黒だが何かの折に映し出しているのだろうことは判った。
その周りは綺麗に片付けられ、画面の下のコンソールだけがチカチカとカラフルな色を発している。
「さて、これからどうするか…」
と呟いた瞬間、隣のドアが開き、
「だれ?」
と言いながら男が入ってきた。圭吾は身構え、かかって来るようだったら声を出させずに一撃で…と思っていたら
「あれ、さっきの人じゃないですか。貴方もここの配属だったんですね。優秀なんだ」
と 先ほど立ち入り禁止の区域に入れてくれた男が立っていた。
なんと言う偶然。
「あ、ああ先ほどはどうも」
圭吾も一応礼を言って、ついでに
「この部屋は?」
と聞いてみた。そんなことはどうでも良かったのだが、少しでも手掛かりが欲しいから、一応尋ねてみる。
「この部屋に配属されたのなら、全部見る権利が君にはあるよ。着いて来て」
男は圭吾の前を通り、奥にあるドアへ向かっていった。
ドアを開けると、今いた部屋と違い色々大きなものが林立し、男はその間を構わず歩き、一つのあおい光を放つ水槽のようなものの前に圭吾を案内する。
「どこまで聞いているかわからないけど、今実験中の検体だよ。29号までいる」
圭吾はその水槽のようなものの前に立たされた瞬間から身動きが取れなくなっていた。
背筋を冷たいものが走り、自らが硬直しているのが判る。
水槽様の物のなかにポッドに入った数体の人間。
紛れもなく『蒼真』だった。
「これはね、上手く行ってる検体で、ここにいるのは25号から29号。最新のものだね」
男は意気揚々と話始めるが、圭吾はとてもじゃないが見ていられなかった。
体が震え、吐き気まで催してくる。
自分で腕を掴み震えを止めようと目を逸らした時、左側にベッドが見えた。
何気なくそこに『何かが寝ている』と確認した瞬間に、今度こそ圭吾は腰を抜かすかと思い、ふらつく足を後ろのコンソールに手をついて支える。
「驚くよね、ごめんね。ソーマ起きてたんだね、元気かい?」
男は慣れ親しんだ友達のように、寝ているソーマと呼んだ人物に声をかけた。
「やだな、元気なわけないよ。もう腕もあげられない」
弱々しい声だが、確かに蒼真の声だ。
しかし、蒼真を追ってMBLへ来たのはそんなに時間差はないはずだ。この蒼真は…
「そんなこと言わないで、もっと頑張ってよ」
「あの…」
圭吾は不気味になって声をかけた。
「ああ、驚かせといてごめんなさい。彼は『蒼真』と言って、ここにいる彼らのオリジナルなんですよ。君もここに来たのなら知っても構わないと思うから話しますけど、今我々はクローン再生の最終段階に入っています。むろん、オリジナルと同じ形態、性格に作るのが王道ですが、我々としてもそれじゃあ科学者の名が廃ります。そこで、オリジナルよりも優れたクローンを作る。それが目標です」
エトウは、『蒼真』のチューブを確かめながら、話を続ける。
「実はこの実験は一応完結しているんですよ。10年前にIQ380という驚異的な知能を持った完全クローン体を完成させているんだそうです。設定年齢10歳でDNAから1人の人間を作り上げた天才をね。でも彼は、その人造の人間を連れて5年前に行方をくらましたそうなんですよ。もったいないことですよねえ」
きっと、それが圭吾の知る蒼真であるのだろう。…が、連れて逃げた人造人間というのは…翔…なのか。翔が蒼真が造った人間だということなのか…。
あまりの事に、圭吾は思考がついていかなかった。
ただの実験材料と聞いていたから、人体実験に使われていた者だと漠然と…思い込んでいた。
「なんて…」
圭吾はそう呟いたきり言葉を失った。
蒼真が隠しに隠して来た真実。それがこれだったのか…
本当に吐き気がした。目の前の『蒼真』を見ることができず、顔をそむけたさきに透明の瓶が数個おかれていて、その中の物を目にした時込み上げる何かを必死に耐えるしかなかった。
瓶の中には、発達した神経細胞や、電極が瓶に繋がれ脈打つ心臓。少し大きめな瓶には脳まで入っているのだ
圭吾が刑事という仕事ではなかったら、既に吐いていたかもしれない。
「あ、それね、15号以降…あ、さっきお話しした逃げたクローン体は15号だったんですけどね、16号以降の優秀な『蒼真』から摘出した“部品”です。優秀な器官を使ったら、優秀なクローン体できるかなという実験です。しかし、15号ほどのクローン体はまだまだできないですね」
半ばうっとりして話す、若きマッドサイエンティストの後ろで、圭吾は無意識のうちに銃を手にしていた。
「中々好評だよ。従順ないい子達だとね」
嫌な笑い方をするハワードに、蒼真は一歩後退る。
今まで失敗したクローン体は、未知の病原体のワクチン製造や、病原体自体の組織の研究のために培養地として使われたりしていた。
ハワードが開発したHIVのワクチンも、蒼真と翔の不完全クローン体を元に作られた物だったのである。
しかもハワードはそれに飽き足らず、容姿の完璧なクローンを世界の好事家に売りに出したというのだ。
「世界中回って来たけど、あんたほどのゲスにはお目にかかれなかったよ、ハワード」
「世界中回ってきて汚い言葉も覚えて来た様だな、蒼真」
ハワードは立ち上がり、蒼真のそばまで足早に来ると、蒼真の顎をぐいっとあげさせる。
「今まではお前たちしか造っていなかったけどね、みなさんお好みがうるさくて、今度新しい『人形』を作ろうと考えているんだ。誰だか判るか?」
蒼真は顎の手を振り払い、相変わらずの強い目で睨みつけている。
「ゲスの考えなんて、俺には思いつかない」
その言葉にハワードは大きな声をあげて笑い、自分の机に戻ってパネルをいくつか押した。
「まあそれは、売りに出す専門の方だから、綺麗に越したことはないんだ。…お前も知っている人物だよ。お前が知っていて、とても綺麗な男…」
蒼真は眉を寄せた。自分が知っていて、凄く…綺麗な…
「圭吾…」
「ほほう、よく判ったね。蒼真がそういうくらいなら、彼は本当の美形なんだな」
満足そうに頷いて、ハワードはずっと机にあった冷え切った紅茶を一口口にした。
「余り驚かないんだな」
腕を組むハワードに、蒼真は一癖ありそうな笑みを浮かべて、パンツのベルトに入れていた銃を取り出す。
「別にね、だって…あんたそれできないから」
銃をハワードへと真っ直ぐに向けた。
「私が撃てるのか?」
全く焦りも見せずに、ハワードは余裕で銃口を見ている、
「もう、逃げるのはやめるよ。疲れたし。撃てるのかって聞くの?そりゃあ撃てるよ。あんた殺して俺も死んで、この研究所もろともこんな実験は抹殺するんだ」
と、言った瞬間に爆発音が響いて、床が揺れた。
「何だ⁉︎」
倒れかけた身体を立ち直らせて、ハワードはコンソールに飛びつき爆破の起こった箇所を調べ始める。
蒼真もバランスを戻し、背中を向けているハワードに銃口を向けた。引金を引こうとしたその瞬間
「圭吾っ⁉︎」
ハワードが映し出した爆破箇所に映った人物を見て、蒼真は思わず声をあげてしまった。
「これは…とんでもないことをしてくれたな!」
その部屋も蒼真には判っている。自分のオリジナルがいる部屋。研究の中心になっている部屋だ。
その部屋が圭吾によって爆破されている。…と言うことは、圭吾はアレをみた…のか?
呆けている蒼真に、ハワードが銃を取り上げようと飛びかかかった。
パーンッ!旧式な音を立てて銃が打たれた。
「この銃は!」
「そうだよ。このシステムは全部レーザー弾くでしょ?だから、旧式の弾の出るやつ用意したんだ。この研究をぶち壊すのに1番必要なやつだったよ」
言い様、ハワードがさっきまで立っていたコンソールから画面から、構築されているすべての機体に銃を乱射した。
物理的に破壊された箇所がバリバリと音を立てて火花を散らし、火花を散らしあった箇所が、ニューロンから発生する軸索の様につながってより大きな火花へとなってゆく。
「やめろ!止めてくれ」
蒼真は初めてハワードが慌てる姿を見て、可笑しいと共に哀れになった。
弾が埋め込まれた箇所が全てつながり、まるで目の前に雷が落ちる直前のような光が迸る。
ー哀れなハワード…せめて一緒に地獄へいってあげるー
光が大きくなり今度こそ落雷のような音で爆破が起こり、蒼真は壁に叩きつけられ気を失った。
ジョイスは押さえていた男の背中の急所に一撃埋め込んで、その手を警報スイッチから離した。
やはり圭吾と同じで入室でつまづいたジョイスは、そうそう圭吾と同じことも起こるわけもなく、部屋へ入ろうとした男を捕まえて強引に入り込む策をとったのだが、入ってからちょっとだけ寝ててもらおうと鳩尾に一発喰らわしたところ、転倒しながらも足元にあった警報を押されてしまったのである。
「侵入者か!」
周囲が騒がしくなって、セキュリティを呼べとの声も聞こえてくる。
「やっべ~」
舌を鳴らしてジョイスは走った。
構造も何も解っていない者が、解っている者達と追いかけっこをするのだから、この不利さは園児でも判る。
「居たぞ!あっちだ」
こんな研究畑の方々と一戦交えた場合には、完全にジョイスが有利なのは判ってはいるが、できるだけ無関係の人を傷つけたくはない。
「ちっくしょう…どうすれば…」
曲がるしかない角を、闇雲に曲がったとき、
「なんだ?なにがあった?」
と呑気に体を出している男が、5m先に現れた。回避は不可能。
ジョイスは覚悟を決めて、その男に
「ごめんっ不可抗力だ!」
と叫んで体当たりをかました。
「すいません…」
昏倒した男に合掌し、その男のIDカードをいただくことも忘れず、開いていた部屋へ入り込む。
パネルのロックを押して、取り敢えず一息つけた。中に人がいようと、こうなったらぶちのめす覚悟はできている。
が、想像と違い、中には誰も居なかった。
その部屋は事務的なデスクや椅子が並んで、そのデスクにタコ足配線の様々な機械が載せられているような混沌としたところである。
「なんだこの部屋…」
中を歩いて、まわりにあるものを眺めてみるが、当たり前だが訳がわからない。
映されている画面も理解不能で、取り敢えずここは関係ないか…と奥へ行ってみると扉があった。
「トイレかな…」
と恐る恐る開けてみると、そこに人が立っていた。
しかも警備の服を着ている人だ。警備の人となると、それなりに力自慢の方も多くて
「うわあっごめんなさーい」
そう叫んでジョイスは真後ろに飛んで逃げようとしたが、ジョイスよりも大きい男に襟首を捕まえられ、
「話は事務所で行こうか?」
と、タバコくさい息を吐かれてしまった。
「あー、いえ…それは結構です」
そう言いながら少し苦しいのを我慢してジャンプし、右足を大きく前方にあげそのまま後ろへと流す。
バラエティなら「カーンっ」という音が当てられる箇所へ思い切り踵を埋め込んでやった。大男は股間を抑える情けない格好で床に崩れた。
「武道では禁止なのはよーくわかってるんだけどねえ、ごめんね」
と襟から手を払って、その男の後方へ走り出す。
「とにかく翔なんだよ。どこにいるんだ…まあ、蒼真でもいいんだけど」
部屋を走って行くとまたドアがあって、と言う横並びの作りを2.3部屋通り越して、ある部屋へ入った。そこは急に暗い部屋だった。
真っ暗ではないが、右手にガラスが貼ってあるようで中で人間…?のようなものが蠢いていた。
目が慣れるまで数秒。
改めてガラスと思われる方をみてみて、ジョイスは背筋に悍ましいものが走る感じに体を硬直させた。
中にいたのは想像通り人間ではあったが…それら全てが『翔』だったから。
この部屋は、蒼真がコントロールルームでハワードから見せられた部屋だった。
「しょ…う…」
虚にガラスへ寄って行くジョイスを見つけ、中にいた数人の『翔』が寄って来る。
ガラスに手を置いて中を見ると、肌に痣があったり腫れ上がっていたりの痛々しい『翔』がいる。
まさか…すでに実験に…と再びゾクッと背筋を凍らせたが、ジョイスは1人の『翔』に気づいた。
壁に寄りかかって膝を抱え、その膝に顔を埋めている『翔』
他にも傷のない『翔』は居たが、ジョイスはその座っている『翔』が自分の探している『翔』だとすぐに確信した。
「翔!翔俺だ!顔をあげてくれ!翔!」
ガラスは防音になっているのか向こうの声も聞こえないならこちらの声も聞こえないはずだ。ジョイスはガラスをガンガンたたいて、翔を呼び続けた。
「翔!俺だよ!迎えに来た!」
後ろのドアで声がした。
「誰かこの中にいる?この部屋はまずいぞ」
横のドアから入ったジョイスは、外からのドアを不注意でロックしてなかったことに気づき、走ってロックし、再びガラスに戻ってくる。どうしたらいいんだ…時間もない。
「翔!しょう!顔をあげてくれ!」
ー誰かが呼んでる気がする…ー
翔はそう思うが怖くて顔があげられなかった。蒼真じゃないから…蒼真以外の声に呼ばれても顔をあげたくない…返事したくない…
「翔!!顔あげて!」
遠い声だった。優しくて切ない…悲鳴のような声…ーだれ…ー
顔をあげたのは好奇心。今更自分に何が起きようとこれ以上に悪いことはないかも…と言う諦めから…
顔をあげてガラスの方を見ると
「⁉︎」
翔は目を見開いた。
「なんでここに…」
掠れた声が出た。
翔が気付いたことがわかったジョイスは、ホッとした顔をして手招きをする。
翔は立ち上がりガラスの前までやってきた。
「迎えに来た。一緒に帰ろう」
聞こえはしないだろうがジョイスはそう言って、ガラスについていた翔の手に自分の手を重ねる。
こんなに『翔』がいるのに…ジョイスは自分に気づいてくれた。最初から壁に寄りかかっていた自分に声をかけてくれていた。翔を個人として認めてくれていた。
翔の指が数字を綴った
「なに?」ジョイスが問い返す。
3・5・6・3・2・4・1・8
そうしてコンソールを指差した。
パネルキーが並ぶ前に来たジョイスは、言われた数字をパネルキーへ打ち込む。
シュッと音を立ててガラスがスライドした。
そして翔は、ジョイスから目を少しも離さずにその部屋から足を踏み出した。
「ジョイスだな」
舌を鳴らして圭吾は走り出した。
運よく入り込めはしたが、警報がなってしまったら立場は不利だ。
「なにか蒼真に繋がる手がかりでもあれば…」
通路は交差がいっぱいあって、警報のせいでその各々から次第に声が増えてゆく。
「取り敢えず何処かの部屋へでも入り込んで、何かを探れたら…」
そう思っていると、正面から1人研究員が走ってきた。
ギクっとはしたが、その男が
「侵入者だそうだ、早く捕まえないとこのエリアはやばいだろ、お前も走れ」
と言って来たので、どうしたらこの格好をした男がここの人間だと思い込めるのかは少々不思議になったが、渡りに船とはこのことで、圭吾はその男に
「侵入者ですか、そいつって白衣着てないんじゃないですかね。わかりやすくて助かりますね」
と声をかけると、男はそうなんだよな…と足を止めて、圭吾が白衣を着ていないのをみて
「あーっ…んぐ」
大声を出しそうになったが、その口を押さえて頸動脈をトンっと叩いた。
一瞬の脳貧血で男は倒れ、その男のIDカードをぬきとると
「すぐに起きられますから、すいませんね」
と走り出した。
やり口がジョイスとそっくりだ。
圭吾は手に入れたIDカードで、1番近くにあった部屋へと入り込んだ。
そこは入った正面いっぱいにモニターが広がり、今は真っ黒だが何かの折に映し出しているのだろうことは判った。
その周りは綺麗に片付けられ、画面の下のコンソールだけがチカチカとカラフルな色を発している。
「さて、これからどうするか…」
と呟いた瞬間、隣のドアが開き、
「だれ?」
と言いながら男が入ってきた。圭吾は身構え、かかって来るようだったら声を出させずに一撃で…と思っていたら
「あれ、さっきの人じゃないですか。貴方もここの配属だったんですね。優秀なんだ」
と 先ほど立ち入り禁止の区域に入れてくれた男が立っていた。
なんと言う偶然。
「あ、ああ先ほどはどうも」
圭吾も一応礼を言って、ついでに
「この部屋は?」
と聞いてみた。そんなことはどうでも良かったのだが、少しでも手掛かりが欲しいから、一応尋ねてみる。
「この部屋に配属されたのなら、全部見る権利が君にはあるよ。着いて来て」
男は圭吾の前を通り、奥にあるドアへ向かっていった。
ドアを開けると、今いた部屋と違い色々大きなものが林立し、男はその間を構わず歩き、一つのあおい光を放つ水槽のようなものの前に圭吾を案内する。
「どこまで聞いているかわからないけど、今実験中の検体だよ。29号までいる」
圭吾はその水槽のようなものの前に立たされた瞬間から身動きが取れなくなっていた。
背筋を冷たいものが走り、自らが硬直しているのが判る。
水槽様の物のなかにポッドに入った数体の人間。
紛れもなく『蒼真』だった。
「これはね、上手く行ってる検体で、ここにいるのは25号から29号。最新のものだね」
男は意気揚々と話始めるが、圭吾はとてもじゃないが見ていられなかった。
体が震え、吐き気まで催してくる。
自分で腕を掴み震えを止めようと目を逸らした時、左側にベッドが見えた。
何気なくそこに『何かが寝ている』と確認した瞬間に、今度こそ圭吾は腰を抜かすかと思い、ふらつく足を後ろのコンソールに手をついて支える。
「驚くよね、ごめんね。ソーマ起きてたんだね、元気かい?」
男は慣れ親しんだ友達のように、寝ているソーマと呼んだ人物に声をかけた。
「やだな、元気なわけないよ。もう腕もあげられない」
弱々しい声だが、確かに蒼真の声だ。
しかし、蒼真を追ってMBLへ来たのはそんなに時間差はないはずだ。この蒼真は…
「そんなこと言わないで、もっと頑張ってよ」
「あの…」
圭吾は不気味になって声をかけた。
「ああ、驚かせといてごめんなさい。彼は『蒼真』と言って、ここにいる彼らのオリジナルなんですよ。君もここに来たのなら知っても構わないと思うから話しますけど、今我々はクローン再生の最終段階に入っています。むろん、オリジナルと同じ形態、性格に作るのが王道ですが、我々としてもそれじゃあ科学者の名が廃ります。そこで、オリジナルよりも優れたクローンを作る。それが目標です」
エトウは、『蒼真』のチューブを確かめながら、話を続ける。
「実はこの実験は一応完結しているんですよ。10年前にIQ380という驚異的な知能を持った完全クローン体を完成させているんだそうです。設定年齢10歳でDNAから1人の人間を作り上げた天才をね。でも彼は、その人造の人間を連れて5年前に行方をくらましたそうなんですよ。もったいないことですよねえ」
きっと、それが圭吾の知る蒼真であるのだろう。…が、連れて逃げた人造人間というのは…翔…なのか。翔が蒼真が造った人間だということなのか…。
あまりの事に、圭吾は思考がついていかなかった。
ただの実験材料と聞いていたから、人体実験に使われていた者だと漠然と…思い込んでいた。
「なんて…」
圭吾はそう呟いたきり言葉を失った。
蒼真が隠しに隠して来た真実。それがこれだったのか…
本当に吐き気がした。目の前の『蒼真』を見ることができず、顔をそむけたさきに透明の瓶が数個おかれていて、その中の物を目にした時込み上げる何かを必死に耐えるしかなかった。
瓶の中には、発達した神経細胞や、電極が瓶に繋がれ脈打つ心臓。少し大きめな瓶には脳まで入っているのだ
圭吾が刑事という仕事ではなかったら、既に吐いていたかもしれない。
「あ、それね、15号以降…あ、さっきお話しした逃げたクローン体は15号だったんですけどね、16号以降の優秀な『蒼真』から摘出した“部品”です。優秀な器官を使ったら、優秀なクローン体できるかなという実験です。しかし、15号ほどのクローン体はまだまだできないですね」
半ばうっとりして話す、若きマッドサイエンティストの後ろで、圭吾は無意識のうちに銃を手にしていた。
「中々好評だよ。従順ないい子達だとね」
嫌な笑い方をするハワードに、蒼真は一歩後退る。
今まで失敗したクローン体は、未知の病原体のワクチン製造や、病原体自体の組織の研究のために培養地として使われたりしていた。
ハワードが開発したHIVのワクチンも、蒼真と翔の不完全クローン体を元に作られた物だったのである。
しかもハワードはそれに飽き足らず、容姿の完璧なクローンを世界の好事家に売りに出したというのだ。
「世界中回って来たけど、あんたほどのゲスにはお目にかかれなかったよ、ハワード」
「世界中回ってきて汚い言葉も覚えて来た様だな、蒼真」
ハワードは立ち上がり、蒼真のそばまで足早に来ると、蒼真の顎をぐいっとあげさせる。
「今まではお前たちしか造っていなかったけどね、みなさんお好みがうるさくて、今度新しい『人形』を作ろうと考えているんだ。誰だか判るか?」
蒼真は顎の手を振り払い、相変わらずの強い目で睨みつけている。
「ゲスの考えなんて、俺には思いつかない」
その言葉にハワードは大きな声をあげて笑い、自分の机に戻ってパネルをいくつか押した。
「まあそれは、売りに出す専門の方だから、綺麗に越したことはないんだ。…お前も知っている人物だよ。お前が知っていて、とても綺麗な男…」
蒼真は眉を寄せた。自分が知っていて、凄く…綺麗な…
「圭吾…」
「ほほう、よく判ったね。蒼真がそういうくらいなら、彼は本当の美形なんだな」
満足そうに頷いて、ハワードはずっと机にあった冷え切った紅茶を一口口にした。
「余り驚かないんだな」
腕を組むハワードに、蒼真は一癖ありそうな笑みを浮かべて、パンツのベルトに入れていた銃を取り出す。
「別にね、だって…あんたそれできないから」
銃をハワードへと真っ直ぐに向けた。
「私が撃てるのか?」
全く焦りも見せずに、ハワードは余裕で銃口を見ている、
「もう、逃げるのはやめるよ。疲れたし。撃てるのかって聞くの?そりゃあ撃てるよ。あんた殺して俺も死んで、この研究所もろともこんな実験は抹殺するんだ」
と、言った瞬間に爆発音が響いて、床が揺れた。
「何だ⁉︎」
倒れかけた身体を立ち直らせて、ハワードはコンソールに飛びつき爆破の起こった箇所を調べ始める。
蒼真もバランスを戻し、背中を向けているハワードに銃口を向けた。引金を引こうとしたその瞬間
「圭吾っ⁉︎」
ハワードが映し出した爆破箇所に映った人物を見て、蒼真は思わず声をあげてしまった。
「これは…とんでもないことをしてくれたな!」
その部屋も蒼真には判っている。自分のオリジナルがいる部屋。研究の中心になっている部屋だ。
その部屋が圭吾によって爆破されている。…と言うことは、圭吾はアレをみた…のか?
呆けている蒼真に、ハワードが銃を取り上げようと飛びかかかった。
パーンッ!旧式な音を立てて銃が打たれた。
「この銃は!」
「そうだよ。このシステムは全部レーザー弾くでしょ?だから、旧式の弾の出るやつ用意したんだ。この研究をぶち壊すのに1番必要なやつだったよ」
言い様、ハワードがさっきまで立っていたコンソールから画面から、構築されているすべての機体に銃を乱射した。
物理的に破壊された箇所がバリバリと音を立てて火花を散らし、火花を散らしあった箇所が、ニューロンから発生する軸索の様につながってより大きな火花へとなってゆく。
「やめろ!止めてくれ」
蒼真は初めてハワードが慌てる姿を見て、可笑しいと共に哀れになった。
弾が埋め込まれた箇所が全てつながり、まるで目の前に雷が落ちる直前のような光が迸る。
ー哀れなハワード…せめて一緒に地獄へいってあげるー
光が大きくなり今度こそ落雷のような音で爆破が起こり、蒼真は壁に叩きつけられ気を失った。
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