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第24話
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ー現在ー
「そこに映ってたのは…まだ製造途中の俺だった。それがさっき圭吾が見た部屋さ」
蒼真は足を抱えたままラグの一点を見つめていた。
「俺は、3歳の時に頭がいいのをハワードに気に入られてMBLに連れてこられたって聞いてたから、その時点でも自分のクローン体が作られてたとしか思っていなかったんだ。その後、自分でいろいろ調べた。幸いハッキングすんのは得意だったからハワードの回線は全部破ったよ。そこで知ったんだ。実は俺がクローン体で、オリジナルがちゃんといることをさ」
蒼真は膝に顔を当ててしまう。
翔は黙って聞いていた。
自分が蒼真に作られた人間だと言うことは知らなかったはずだが、翔はさしたる動揺も見せず話を聞いていた。
「そして俺は、仲の良かった研究員を取り込んで、『蒼真』に会わせてもらったんだ。もうあちこち傷だらけでさ…チューブに繋がれて生きてる感じだったけど、それでも笑ってくれた。俺もすごい不思議な感じだったけど、蒼真も歩いて喋ってるクローン体の自分を見るのは初めてだって言って…嬉しそうに笑ってくれたんだ。いつでも笑ってくれてた。向こうの『蒼真』の方が少し年上みたいだったから、俺も少ししたらこんな雰囲気になるのかなって、なんかずっと不思議な感覚だったよ。辛くないか?って聞かれたから、今までは辛くなんてなかったけど、『蒼真』の事知った今が1番辛いって言ったら、笑ってくれてたのに、すごく悲しそうな顔されちゃって…そうだね、ごめんね…って…謝ったりして…謝られたって『蒼真』を責めたりできないし…俺自身『蒼真』がいなかったら…生まれてないしさ。あいつ、自分がこんなになっちゃったから、俺が実験体の元になってるのが辛いって言ったよ。俺がこんなとんでもないIQもって完成したのは『蒼真』のせいじゃないのに、それは実験の成功でしかないのに、『蒼真』は気にしてた。自分のクローン体がどんな実験のモルモットにされるより嫌だって言ってた。自分と同じ末路が見えるからだって言って…。だから…俺がMBL逃げ出したのは…『蒼真』の願いだったんだ」
「なんて…」
ジョイスが手が白くなるほど拳を握りしめて低く唸った。
まさかこれほどとは…の内容に、実際『蒼真』と会った圭吾も言葉がない。
今、世界中で歓喜しているHIVの特効薬が、ここにいる2人の細胞から作られた人間のおかげだと言う現実に、胸が痛いなどと言う言葉では表せない怒りにも似た感情が湧いてくる。
「だから翔…」
呼ばれて翔が顔をあげた。
「黙っててごめんな……そんなこと言えなくて…ずっと幼馴染とか言ってた…」
「謝るのは…俺のほうだ、蒼真。俺ね、自分のこと知ってたんだ…」
「え…」
と、蒼真の表情が変わる。
「ハワードが…教えてくれて…。まさか俺のクローン体を作られてるとは思ってなかったけど、ハワードは俺に…蒼真がいなかったらお前はいなかったって。だから蒼真の役に立つようにしないとなって言われて…」
身体をいいようにされた…と最後は小さな声で囁くように言った。蒼真の唇が噛み締められる。
「ごめん…翔。俺がお前を…」
「造らなければよかったなんて言うなよ」
蒼真は再び唇を噛んだ。
「蒼真のためだったから辛くなかったんだぜ…俺。そりゃああんな実験にされてる自分を見た時は…さすが…に…」
言葉では到底言い表せない思いを、無理に言葉にしようとしている翔の肩にジョイスがそっと手を置いた。
「もういい…翔。蒼真も、これ以上何も話さなくていいから…」
何かに耐えるように、ジョイスは言葉を振り絞っている。
圭吾はいま話を聞き、断末魔まで聞いたハワードだったが、あんな簡単に死なせるんじゃなかったと決して先には立たない後悔をしている。
「もういいよ…それよりこれからだろ」
ジョイスはいきなり…というか、無理矢理に笑って強引に話を変えてしまった。
しかしMBLの事がかたづいたにしろ、これから蒼真たちがTOKYO区で暮らしてゆくには問題がある。
「それなんだけど…俺たちはTOKYO区を出ようと思ってる。これ以上の迷惑はもう…」
「蒼真…」
圭吾は、研究所を脱出する際の言葉は聞き入れてもらえなかったのか…と少し不安そうな面持ちである。
ジョイスも、いつの間にか翔の肩に回した手でぎゅっと抱きしめて蒼真を見返した。
勿論今までのことが迷惑とは思ってはいないが、迷惑をかけたと思っているのならもう少しかけてほしいと思っている圭吾とジョイスだ。
「2人がバイオレットだと言う事は、俺たちももう確信しているが、それ以外に何か迷惑をかけると思うことがあるのなら言ってみてくれ」
俯く蒼真にむかって、圭吾は言い放つ。
「だからだよ。だから俺たちが一緒にいたら、圭吾たちは麻薬捜査官続けられないだろう?やりたかった仕事なんだろ?勿論俺たちもうあの仕事しないけど、容疑がかかってるんでしょ俺達って。そんなんと一緒にいたら、圭吾達に迷惑がかかるよ」
「それもそうだな…」 とジョイスがわかってるじゃん、と感心したようにうなずいたが、ーでもなーと続ける。
「そんなに自分たちがかわいかったら、俺達2人を助けに行ったりしてないと思うけど」
まっすぐな目で蒼真を見た。
「迷惑だと思ってたら、バイオレットはいなくなってもらった方がこっちとしては楽なんだ。でもそんなこと考えもしなかったぜ、俺達。仕事なんてなんでもあるけど、お前達は1人づつしかいないから、そっちの方が大事だったんだ」
ジョイスの言葉を聞きながら、翔はあんなにいた『翔』の中から、迷いもせずにこの翔を見つけてくれた時のジョイスを思い出していた。
「蒼真…」
圭吾達と一緒にいることを渋っている蒼真に、翔が向かい合う。
「俺…」
一言言って俯いた。
「なに?」
言い辛そうにしている翔に、蒼真は優しく問う。
「め…迷惑かける…とかの話を聞いてると、凄く言い辛いんだけど…俺…ジ、ジョイスと一緒にいたい…」
消え入りそうな声で言い切った翔の言葉の意味は、そこにいた全員に伝わった。
「しょ…」
「翔!ほんき?本気で言ってくれてんの?」
蒼真が呼ぼうとした声を遮って、隣に座っていたジョイスは、ピョンッと横を向いて翔の方を向く。翔は俯いたままより深く顔を隠すように頭を下げ、それでも小さく頷いた。
「翔の方がよっぽど素直だな」
やれやれ、と圭吾はしかたなさそうな顔で蒼真をみる。蒼真はちょっとバツが悪そうに顔を背けてみるが、実際はそれ以上に翔の発言に驚いていた。
今まで何度となく自分の主張を言わせて見ようと思って来たが、翔はいつだって蒼真の考える通り、言う通りに行動をしてきたのだ。
そんな翔がここで、自分の主張をした、しかもこんな形で。
しかし…
「翔」
蒼真はソファから降りて床に座り、目線を合わせて翔を向き合った。
「大丈夫…なのか…?」
真剣に翔に問う。圭吾とジョイスは訳がわからない。
「うん、多分…」
多分という辺りが怪しいな…と蒼真は首を傾げる。
「したの?」
その問いには、翔は頭をブンブンと横に振った。
「一体なんだ?」
圭吾は訳がわからんと続けた。蒼真は一度ため息をついて、またソファへ戻る。
「さっきの話で、翔がハワードに何をされていたかはわかったでしょ。翔はそれが原因でセックス恐怖症なんだよ」
前髪をうざそうに払って、蒼真はソファへ寄りかかった。
「性的なことされると過剰に反応しちゃうんだ。ジョイスが初めて会った時に寝ぼけてキスした時だってそうだっただろ?」
そういえば…と納得する節はある。
「だから、俺はいいのかって聞いてるんだ。ジョイスだってなにもしないわけじゃないでしょう」
ーでも、ーと蒼真は話を続ける
「翔本人が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なんだろうな。治ったか治らないとかは関係ないんだろ?」
翔を見るとーうんーと強く頷いていた。
蒼真は、なるべくなら2人の前から消えたかったのだが、翔の初めての主張を無碍にしたくはない。
「ジョイス、あんたに翔を預けてもいいのか?」
今日の話で、蒼真が異常なほど翔を気にかけていた理由も解った。言わば、父親のような感情で翔を見守って来たのだ。13歳の頃から…。
勿論ジョイスとて『できないならいいや』なんて事は微塵も思わない。
「翔が俺を選んでくれたんだぜ」
不敵に笑って蒼真をがっつりと見つめた。
そう、翔が決めた事なのだ。蒼真は何も言えない。
「じゃあ、翔はそうしようか。頑張れよ」
何を、だかは敢えて言わないが、とにかく色んなことをな、と付け加えて翔の手を握った。そしてジョイスとも握手を交わし
「よろしくな」
と笑う。
「任せとけ」
ジョイスも笑って蒼真の手を握り返した。
「で、蒼真はどうするんだ?」
一つのことが解決したところで、圭吾が1番キツイ所を突いてくる。
途端に蒼真は黙り込んだ。
蒼真にしても、圭吾の元から離れたくはないのだ。ラボで圭吾が言ってくれたことも嬉しかったし、今まで圭吾に抱いた感情を他で持ったことがなかったから、自分にとって圭吾が大事な人なんだな…という認識はある。
「蒼真…」
翔が心配そうに声をかけた。
一緒に居よう、というのは簡単だったけど、翔も翔なりに蒼真の意思を尊重しているようである。
「一つだけ言っておくが…」
圭吾が言った。
「署の方には、2人は死亡したと連絡をするつもりだ。MBLの地下研究所の爆発は、行政的にもタダでは済まないだろう。放射能で調査が遅れるにしても、蒼真は職員として登録がしてあっただろうから死亡とみなされるだろうし、翔に関しては…多少…その、法に触れる事として、人造人間の死亡も確認されると思う。なんにしろ、MBLの地下研究所及び、ハワード・リーフが死亡した今、HIVの特効薬開発に関わる一切の事項はここにいる俺たち意外には誰も知らないことになる」
あとは蒼真の気持ち次第だ。と、圭吾は黙る。
「明日…返事するんで…いいかな…」
考えあぐねた返事であったのだろう。
ジョイスにも翔にも、そしてもちろん圭吾にもどうして蒼真がそこまで迷っているかが判らなかった。
「じゃあ、明日また来るから」
「蒼真、あまり悩まないようにな」
夜も8時頃になり、疲れもあるからとジョイスと翔は帰ることにした。
「うん、大丈夫だよ。明日また会おうな」
そう言って蒼真は手を振った。
「頑張れ新婚」
蒼真の後ろで、圭吾が『HAPPY WEDDING』と書かれた紙の旗でも振りそうな感じでニヤついている。
「やめろよぉ~そういうの~~」
こちらも負けずににやけて、ジョイスは後頭部に手を当てた。翔も顔が真っ赤だ。
「翔、嫌だったら突き飛ばしても、張り倒してもいいからな、無理はするなよ!無理は!」
蒼真が翔の手を取って、言い聞かせるようにしている。
「もう、そおま!」
ジョイスや圭吾を気にしながら、翔は真っ赤だった顔がますます赤くなってしまった。
「あまりいじめるな」
圭吾の手が蒼真の頭に乗っかって、翔の手がやっと解放される。
エレベーターが来たのが音で告げられる。
「じゃあまた明日ね蒼真」
「うん、気をつけてな」
「ジョイスも気をつけて」
「あいよ。そっちもがんばんなよ?倦怠期の夫婦みたいだぞ?」
とジョイスが言い切ったところでタイミングよくドアが閉まった。
閉まる間際の嫌な笑みのジョイスの顔だけが圭吾の脳裏に焼き付いてしまい、圭吾は舌を鳴らしてリビングへと戻る。
蒼真は飲みかけのビールを瓶ごと抱えてソファに沈んでいた。
圭吾もビールの瓶だけを持って、蒼真の横に座る。
蒼真は、隣の圭吾をチラッとみては目を離す、ということを2度ほど繰り返したあと、漸く言葉を発した。
「すぐに返事をやれなくて。悪い…」
バツが悪そうに瓶を爪でカリカリしている蒼真に、圭吾は
「大丈夫だ…謝るな」
そう言って、瓶からビールを流し込む。
なぜ戸惑っているのかは解ってあげられないが、圭吾に対して申し訳なく思ってることはよくわかっていた。なんせ、ジョイスと翔が盛り上がってしまったものだから、ますますバツが悪いというものだ。
「圭吾のことが嫌とかそういうんじゃあ…」
それを聞いて圭吾は口の端をあげてしまう。
「なんだよ…」
一生懸命話そうとしてるのに!と蒼真は少々不貞腐れた。
「いや、生意気な子供かと思ってたら、案外可愛いんで驚いただけだ」
驚くと笑うのかよ!と呟いて、ビールを煽る。
「まあ、そう怒るな」
圭吾は腕を伸ばして蒼真の肩を抱いた。
「怒るよ、普通は!」
グリッと振り向いて、怒った顔を全開に圭吾へ晒す。圭吾はーああ、ああ、悪かった、だから拗ねるなーと頭をポンポンと撫でた。
「俺は、蒼真が決めたことに従うよ」
額をくっつけてそう言った圭吾は、そのまま蒼真を抱き込んだ。
「もし、蒼真がどこかへ行くって言っても会いに行くし、俺を忘れないという自信もあるから」
「自信過剰だなあ…」
「当たり前だ」
背中に回った蒼真の手が、ほんの2日振りなのに何故か酷く久しぶりのような気がする。
「圭吾とこうすんの…すげえ久しぶりな気がする…」
同じことを考えていた事に驚いて思わず顔を見てしまった。
「今度はなんだよ!」
「たった今、同じことを考えてたから心を読まれたのかと思った」
圭吾は蒼真を抱きしめて、そして膝の上に乗せる。
「倦怠期の夫婦だと言われたが…?」
さっきのジョイスの言葉に蒼真は笑う。
「新婚に当てつけようか…」
蒼真の言葉に圭吾も笑って、蒼真にキスをし蒼真もそのまま圭吾に寄りかかって行った。
「そこに映ってたのは…まだ製造途中の俺だった。それがさっき圭吾が見た部屋さ」
蒼真は足を抱えたままラグの一点を見つめていた。
「俺は、3歳の時に頭がいいのをハワードに気に入られてMBLに連れてこられたって聞いてたから、その時点でも自分のクローン体が作られてたとしか思っていなかったんだ。その後、自分でいろいろ調べた。幸いハッキングすんのは得意だったからハワードの回線は全部破ったよ。そこで知ったんだ。実は俺がクローン体で、オリジナルがちゃんといることをさ」
蒼真は膝に顔を当ててしまう。
翔は黙って聞いていた。
自分が蒼真に作られた人間だと言うことは知らなかったはずだが、翔はさしたる動揺も見せず話を聞いていた。
「そして俺は、仲の良かった研究員を取り込んで、『蒼真』に会わせてもらったんだ。もうあちこち傷だらけでさ…チューブに繋がれて生きてる感じだったけど、それでも笑ってくれた。俺もすごい不思議な感じだったけど、蒼真も歩いて喋ってるクローン体の自分を見るのは初めてだって言って…嬉しそうに笑ってくれたんだ。いつでも笑ってくれてた。向こうの『蒼真』の方が少し年上みたいだったから、俺も少ししたらこんな雰囲気になるのかなって、なんかずっと不思議な感覚だったよ。辛くないか?って聞かれたから、今までは辛くなんてなかったけど、『蒼真』の事知った今が1番辛いって言ったら、笑ってくれてたのに、すごく悲しそうな顔されちゃって…そうだね、ごめんね…って…謝ったりして…謝られたって『蒼真』を責めたりできないし…俺自身『蒼真』がいなかったら…生まれてないしさ。あいつ、自分がこんなになっちゃったから、俺が実験体の元になってるのが辛いって言ったよ。俺がこんなとんでもないIQもって完成したのは『蒼真』のせいじゃないのに、それは実験の成功でしかないのに、『蒼真』は気にしてた。自分のクローン体がどんな実験のモルモットにされるより嫌だって言ってた。自分と同じ末路が見えるからだって言って…。だから…俺がMBL逃げ出したのは…『蒼真』の願いだったんだ」
「なんて…」
ジョイスが手が白くなるほど拳を握りしめて低く唸った。
まさかこれほどとは…の内容に、実際『蒼真』と会った圭吾も言葉がない。
今、世界中で歓喜しているHIVの特効薬が、ここにいる2人の細胞から作られた人間のおかげだと言う現実に、胸が痛いなどと言う言葉では表せない怒りにも似た感情が湧いてくる。
「だから翔…」
呼ばれて翔が顔をあげた。
「黙っててごめんな……そんなこと言えなくて…ずっと幼馴染とか言ってた…」
「謝るのは…俺のほうだ、蒼真。俺ね、自分のこと知ってたんだ…」
「え…」
と、蒼真の表情が変わる。
「ハワードが…教えてくれて…。まさか俺のクローン体を作られてるとは思ってなかったけど、ハワードは俺に…蒼真がいなかったらお前はいなかったって。だから蒼真の役に立つようにしないとなって言われて…」
身体をいいようにされた…と最後は小さな声で囁くように言った。蒼真の唇が噛み締められる。
「ごめん…翔。俺がお前を…」
「造らなければよかったなんて言うなよ」
蒼真は再び唇を噛んだ。
「蒼真のためだったから辛くなかったんだぜ…俺。そりゃああんな実験にされてる自分を見た時は…さすが…に…」
言葉では到底言い表せない思いを、無理に言葉にしようとしている翔の肩にジョイスがそっと手を置いた。
「もういい…翔。蒼真も、これ以上何も話さなくていいから…」
何かに耐えるように、ジョイスは言葉を振り絞っている。
圭吾はいま話を聞き、断末魔まで聞いたハワードだったが、あんな簡単に死なせるんじゃなかったと決して先には立たない後悔をしている。
「もういいよ…それよりこれからだろ」
ジョイスはいきなり…というか、無理矢理に笑って強引に話を変えてしまった。
しかしMBLの事がかたづいたにしろ、これから蒼真たちがTOKYO区で暮らしてゆくには問題がある。
「それなんだけど…俺たちはTOKYO区を出ようと思ってる。これ以上の迷惑はもう…」
「蒼真…」
圭吾は、研究所を脱出する際の言葉は聞き入れてもらえなかったのか…と少し不安そうな面持ちである。
ジョイスも、いつの間にか翔の肩に回した手でぎゅっと抱きしめて蒼真を見返した。
勿論今までのことが迷惑とは思ってはいないが、迷惑をかけたと思っているのならもう少しかけてほしいと思っている圭吾とジョイスだ。
「2人がバイオレットだと言う事は、俺たちももう確信しているが、それ以外に何か迷惑をかけると思うことがあるのなら言ってみてくれ」
俯く蒼真にむかって、圭吾は言い放つ。
「だからだよ。だから俺たちが一緒にいたら、圭吾たちは麻薬捜査官続けられないだろう?やりたかった仕事なんだろ?勿論俺たちもうあの仕事しないけど、容疑がかかってるんでしょ俺達って。そんなんと一緒にいたら、圭吾達に迷惑がかかるよ」
「それもそうだな…」 とジョイスがわかってるじゃん、と感心したようにうなずいたが、ーでもなーと続ける。
「そんなに自分たちがかわいかったら、俺達2人を助けに行ったりしてないと思うけど」
まっすぐな目で蒼真を見た。
「迷惑だと思ってたら、バイオレットはいなくなってもらった方がこっちとしては楽なんだ。でもそんなこと考えもしなかったぜ、俺達。仕事なんてなんでもあるけど、お前達は1人づつしかいないから、そっちの方が大事だったんだ」
ジョイスの言葉を聞きながら、翔はあんなにいた『翔』の中から、迷いもせずにこの翔を見つけてくれた時のジョイスを思い出していた。
「蒼真…」
圭吾達と一緒にいることを渋っている蒼真に、翔が向かい合う。
「俺…」
一言言って俯いた。
「なに?」
言い辛そうにしている翔に、蒼真は優しく問う。
「め…迷惑かける…とかの話を聞いてると、凄く言い辛いんだけど…俺…ジ、ジョイスと一緒にいたい…」
消え入りそうな声で言い切った翔の言葉の意味は、そこにいた全員に伝わった。
「しょ…」
「翔!ほんき?本気で言ってくれてんの?」
蒼真が呼ぼうとした声を遮って、隣に座っていたジョイスは、ピョンッと横を向いて翔の方を向く。翔は俯いたままより深く顔を隠すように頭を下げ、それでも小さく頷いた。
「翔の方がよっぽど素直だな」
やれやれ、と圭吾はしかたなさそうな顔で蒼真をみる。蒼真はちょっとバツが悪そうに顔を背けてみるが、実際はそれ以上に翔の発言に驚いていた。
今まで何度となく自分の主張を言わせて見ようと思って来たが、翔はいつだって蒼真の考える通り、言う通りに行動をしてきたのだ。
そんな翔がここで、自分の主張をした、しかもこんな形で。
しかし…
「翔」
蒼真はソファから降りて床に座り、目線を合わせて翔を向き合った。
「大丈夫…なのか…?」
真剣に翔に問う。圭吾とジョイスは訳がわからない。
「うん、多分…」
多分という辺りが怪しいな…と蒼真は首を傾げる。
「したの?」
その問いには、翔は頭をブンブンと横に振った。
「一体なんだ?」
圭吾は訳がわからんと続けた。蒼真は一度ため息をついて、またソファへ戻る。
「さっきの話で、翔がハワードに何をされていたかはわかったでしょ。翔はそれが原因でセックス恐怖症なんだよ」
前髪をうざそうに払って、蒼真はソファへ寄りかかった。
「性的なことされると過剰に反応しちゃうんだ。ジョイスが初めて会った時に寝ぼけてキスした時だってそうだっただろ?」
そういえば…と納得する節はある。
「だから、俺はいいのかって聞いてるんだ。ジョイスだってなにもしないわけじゃないでしょう」
ーでも、ーと蒼真は話を続ける
「翔本人が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なんだろうな。治ったか治らないとかは関係ないんだろ?」
翔を見るとーうんーと強く頷いていた。
蒼真は、なるべくなら2人の前から消えたかったのだが、翔の初めての主張を無碍にしたくはない。
「ジョイス、あんたに翔を預けてもいいのか?」
今日の話で、蒼真が異常なほど翔を気にかけていた理由も解った。言わば、父親のような感情で翔を見守って来たのだ。13歳の頃から…。
勿論ジョイスとて『できないならいいや』なんて事は微塵も思わない。
「翔が俺を選んでくれたんだぜ」
不敵に笑って蒼真をがっつりと見つめた。
そう、翔が決めた事なのだ。蒼真は何も言えない。
「じゃあ、翔はそうしようか。頑張れよ」
何を、だかは敢えて言わないが、とにかく色んなことをな、と付け加えて翔の手を握った。そしてジョイスとも握手を交わし
「よろしくな」
と笑う。
「任せとけ」
ジョイスも笑って蒼真の手を握り返した。
「で、蒼真はどうするんだ?」
一つのことが解決したところで、圭吾が1番キツイ所を突いてくる。
途端に蒼真は黙り込んだ。
蒼真にしても、圭吾の元から離れたくはないのだ。ラボで圭吾が言ってくれたことも嬉しかったし、今まで圭吾に抱いた感情を他で持ったことがなかったから、自分にとって圭吾が大事な人なんだな…という認識はある。
「蒼真…」
翔が心配そうに声をかけた。
一緒に居よう、というのは簡単だったけど、翔も翔なりに蒼真の意思を尊重しているようである。
「一つだけ言っておくが…」
圭吾が言った。
「署の方には、2人は死亡したと連絡をするつもりだ。MBLの地下研究所の爆発は、行政的にもタダでは済まないだろう。放射能で調査が遅れるにしても、蒼真は職員として登録がしてあっただろうから死亡とみなされるだろうし、翔に関しては…多少…その、法に触れる事として、人造人間の死亡も確認されると思う。なんにしろ、MBLの地下研究所及び、ハワード・リーフが死亡した今、HIVの特効薬開発に関わる一切の事項はここにいる俺たち意外には誰も知らないことになる」
あとは蒼真の気持ち次第だ。と、圭吾は黙る。
「明日…返事するんで…いいかな…」
考えあぐねた返事であったのだろう。
ジョイスにも翔にも、そしてもちろん圭吾にもどうして蒼真がそこまで迷っているかが判らなかった。
「じゃあ、明日また来るから」
「蒼真、あまり悩まないようにな」
夜も8時頃になり、疲れもあるからとジョイスと翔は帰ることにした。
「うん、大丈夫だよ。明日また会おうな」
そう言って蒼真は手を振った。
「頑張れ新婚」
蒼真の後ろで、圭吾が『HAPPY WEDDING』と書かれた紙の旗でも振りそうな感じでニヤついている。
「やめろよぉ~そういうの~~」
こちらも負けずににやけて、ジョイスは後頭部に手を当てた。翔も顔が真っ赤だ。
「翔、嫌だったら突き飛ばしても、張り倒してもいいからな、無理はするなよ!無理は!」
蒼真が翔の手を取って、言い聞かせるようにしている。
「もう、そおま!」
ジョイスや圭吾を気にしながら、翔は真っ赤だった顔がますます赤くなってしまった。
「あまりいじめるな」
圭吾の手が蒼真の頭に乗っかって、翔の手がやっと解放される。
エレベーターが来たのが音で告げられる。
「じゃあまた明日ね蒼真」
「うん、気をつけてな」
「ジョイスも気をつけて」
「あいよ。そっちもがんばんなよ?倦怠期の夫婦みたいだぞ?」
とジョイスが言い切ったところでタイミングよくドアが閉まった。
閉まる間際の嫌な笑みのジョイスの顔だけが圭吾の脳裏に焼き付いてしまい、圭吾は舌を鳴らしてリビングへと戻る。
蒼真は飲みかけのビールを瓶ごと抱えてソファに沈んでいた。
圭吾もビールの瓶だけを持って、蒼真の横に座る。
蒼真は、隣の圭吾をチラッとみては目を離す、ということを2度ほど繰り返したあと、漸く言葉を発した。
「すぐに返事をやれなくて。悪い…」
バツが悪そうに瓶を爪でカリカリしている蒼真に、圭吾は
「大丈夫だ…謝るな」
そう言って、瓶からビールを流し込む。
なぜ戸惑っているのかは解ってあげられないが、圭吾に対して申し訳なく思ってることはよくわかっていた。なんせ、ジョイスと翔が盛り上がってしまったものだから、ますますバツが悪いというものだ。
「圭吾のことが嫌とかそういうんじゃあ…」
それを聞いて圭吾は口の端をあげてしまう。
「なんだよ…」
一生懸命話そうとしてるのに!と蒼真は少々不貞腐れた。
「いや、生意気な子供かと思ってたら、案外可愛いんで驚いただけだ」
驚くと笑うのかよ!と呟いて、ビールを煽る。
「まあ、そう怒るな」
圭吾は腕を伸ばして蒼真の肩を抱いた。
「怒るよ、普通は!」
グリッと振り向いて、怒った顔を全開に圭吾へ晒す。圭吾はーああ、ああ、悪かった、だから拗ねるなーと頭をポンポンと撫でた。
「俺は、蒼真が決めたことに従うよ」
額をくっつけてそう言った圭吾は、そのまま蒼真を抱き込んだ。
「もし、蒼真がどこかへ行くって言っても会いに行くし、俺を忘れないという自信もあるから」
「自信過剰だなあ…」
「当たり前だ」
背中に回った蒼真の手が、ほんの2日振りなのに何故か酷く久しぶりのような気がする。
「圭吾とこうすんの…すげえ久しぶりな気がする…」
同じことを考えていた事に驚いて思わず顔を見てしまった。
「今度はなんだよ!」
「たった今、同じことを考えてたから心を読まれたのかと思った」
圭吾は蒼真を抱きしめて、そして膝の上に乗せる。
「倦怠期の夫婦だと言われたが…?」
さっきのジョイスの言葉に蒼真は笑う。
「新婚に当てつけようか…」
蒼真の言葉に圭吾も笑って、蒼真にキスをし蒼真もそのまま圭吾に寄りかかって行った。
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沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
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邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
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山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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