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第19話
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馨は逃げる時に鞄を持っていたのでそのまま校庭を出て、神田和泉町にある家に向かった。
学校は上野だから、まあまあ距離はあるが歩けない距離ではない。
途中に笹倉の事務所があるのでそこに寄ってみようと足を向けたが、事務所のある煉瓦造りのビルヂングは、かろうじて建ってはいるもののひび割れてみるからに傾き、その前で中から持ち出しているのであろう書類や備品を揃えている笹倉に会えた。
「馨くん無事だったか。いやあ凄かったね」
笹倉は書類を分類しながら、中から持ち出してきている事務員たちに気をつけてと声をかけ、雨が来たらお手上げだなと空を見上げた。
「今から家に戻るのかい?」
「ええ、今は雪さんとトキさんしかいなかったはずなので心配で」
「だよね、行ってあげて。頼政の学校もそうそう潰れるような建物じゃないと思うから大丈夫だとは思うけど、なんにしろ連絡の取りようがないからな。あの家なら滅多なことはないと思うけど、雪さんたちによろしく」
「はい、ではまた後ほど」
足早に去ってゆく薫の後ろ姿に
「こっちは気にしないで、雪さんたちのそばにいてあげてな。何かあったらこの先の公民館にいるから」
そう声をかけられ、それに手を上げて応えて馨は家に急いだ。
毎朝一応歩いてはいるが、今は地面もところどころ隆起したり、ビルのかけらや、家の残骸が転がったりで普通の道ではなくいつもよりも時間がかかる。
懸念していたのは火災で、歩いている道すがらも類焼を避けるため消防団が家を引き倒したりしているのが目に入る。
『家の周りも家が密集しているからな…多分屋敷はもうないかもしれない』
そう考えながら、いつもと違って見えるいつもの道を辿り歩いていた。
火の手が上がっているところも少なくはなかったが、家に近づく間に目に見えての火災はなく、小火で済んだ場所を何ヶ所か見かけた程度だ。
いつもならあの道を曲がって…となるところだったが、倒壊家屋が多くいつも曲がる道を曲がらなくとも住んでいた家があったところが見通せたのはいささかショックを感じる。
そして家があった場所には瓦礫があり、家は跡形もなかった。
「馨さん!」
後ろから声をかけられ振り向くと、藤代と頼政の門下生数人が走ってくる。
「藤代さん!皆さんもご無事で!」
「はい、馨さんも」
馨を入れて5人になった集団は、家があった場所まで歩き玄関先に立っていた松の木の切り株を見てここですね…と呟いた藤代の言葉には後が継げなかった。
頼政がロープで伝言を巻きつけた松の木は、燃焼性が高いと判断されたのか切り倒されていて、その木自体もどこかへ運ばれてしまっていた。
伝言は馨に届かなかった。
しばし呆然と邸跡を眺めていると、近所の人が4軒先で結構大きく火の手が上がり、この屋敷は倒壊せずに居たけれど火事が広がらないようにと消防がこの家を壊したと教えてくれる。
「家が地震で壊れなかったのなら、雪さんもトキさんも無事と言う事ですかね」
一縷の望みを口にして、藤代に向き直った。
「この辺りの避難所を手分けして探しましょう」
「そうですね」
5人はそこここにいる警官や消防の人に避難所の場所を聞き、3組に分かれて雪とトキを探しに走った。
雪の容貌は目立つから、情報は入りやすいと思ってはいたがそれが結構出てこない。それが馨には不安だった。
一つ目の避難所へ行き、中を歩いて確認する。
皆が家族で抱き合い慰め合って、避難所である近くの学校の体育館にひしめいていた。
馨は目を凝らして、多分雪は布をかぶっているだろうからそう言った人物と未だに鏡餅ヘアのトキを探すが、どうやらここにはいないらしかった。
少し歩いて次の避難所へ行ってみた。
公民館の1番広い場所で人がひしめき合っていたが、やはりそう言った感じの二人組は見当たらない。
こうして歩いていても無駄足ということもあると、公民館前で各々が手にした茶碗や水筒に水を配っているおばさんに尋ねてみた。
まさか白い体に白い髪の…とも言えず、こう…布を纏って白っぽい着物を着た人物と、40手前の女性の2人づれを見かけなかったかと聞いてみた。
するとその女性は、
「ああ、来たよ。でも1人の人が真っ白な顔で髪も眉毛もなにもかもまっ白だろ?気持ち悪くてさ。あれ皮膚病なんじゃないかね、こんな時に病気がうつったら嫌だから帰ってもらったよ」
と忌々しそうに言ってきた。
「え…」
馨は地震にあった時よりもひどい衝撃を受け、その場に立ち竦んでしまった。
「あんな気味の悪いののそばに居たくないからねえ」
あまりにひどい言葉につい
「あれは!びょ…病気ではあるかもしれないけど!感染るものではないです!私は何年も一緒に住んでますがほら!大丈夫でしょう!」
と、腹が立って両手を広げて自身を見ろと声を荒げてしまった。が、女性は
「ああ、そうなんだね。でもあんなのが一緒にいたら子供達も怖がるからね。まあここにいてくれなきゃいいかな。あんた邪魔だよ、暇なら手伝いなよ。男手はいくらあっても足らないんだから!」
腹が立ちすぎてもう何も言えなくなり、馨は走り出した。
もしも…どこの避難所でもこんな目に遭っていたら…。
あの屋敷の周りの人は、頼政やトキの努力で雪を理解してくれていたんだなと思い知ったし、雪が夏でも布を被り顔を隠すように出かけるのはこういうことなのかと今、この場で、やっと、理解した。
悔しくて唇を噛み締め、大股で次の避難所へ…と思ったが、今となっては避難所にいるのかすら定かではない気がしてくる。
その辺の路地で2人でうずくまっているのではないか、どこか雨風凌げるところに居ればいいが、と心配しかできなくなってきた。
路地裏や倒壊はしていても屋根が少しでもある軒下を探しながら、とりあえず探しながら元の屋敷まで戻ってみようと歩き回るが、2人は見つけられずに家まで来てしまう。
「どこにいるんだ…嫌な思いしてないといいんだけど…」
焦燥感と切なさが胸に押し寄せて、なんとも言えない気持ちになっていた。
しかし、邸跡を見れば見るほど、違った意味で切なさが湧いてくる。
まだ2年しか住んでいないが色々あった家。こんな天災で無くなってしまうのか…
家の残骸に腰掛けて、ため息をついた。
しかし家ならまた建てられる。でも、雪やトキ、頼政は唯一無二だ…どこにいるんだろう…
辺りはまだ昼間だというのに何だか薄暗く感じ、鼻の奥に臭ってくるのは燻る何かが燃えた匂い。
どこかで家が燃えて煙が空を覆っているようだ。
台風の関係で風も強くなってきていて、まだ髪が揺らされる程度だがこれからどのくらい強まるのか…。
足音を聞いて顔を上げると、藤代ともう一人が走ってきている。
「藤代さん、大橋さんどうでした?」
「いや…どこにもいなかった…」
藤代も少し寂しそうな顔をしていた。それは見つけられなかったこともあるだろうが、もしかしたら馨と同じ目にあってきたのかもしれない。
そして藤代は続けて
「馨さん。こんな時に大変申し訳ないんですが、今大橋とも話しながらきたんですが、実家が…東京の郊外なんです。農家で…こんな状況で連絡も取れません。私は家に戻ろうと思うのですが、雪さんや旦那様のこと、馨さんにおまかせしてもいいですか」
と、本当に申し訳なさそうに言ってきた。
橋本も、千葉県だそうでやはり家が心配だと言ってくる。
そうなのだ。みんな家族がいるのだ。
こんな大きな地震で、みんなが不安で家族の心配だってそれはする。自分は雪やトキ、そして旦那様が家族だから、藤代や大橋は実家に帰るのは当たり前。自分が雪やトキを探すのも当たり前なのだ。
「あたりまえですよ。もちろんです。早く実家に帰ってあげてください。きっと待ってるますよ藤代さんのこと。大橋さんも。無事なことも知らせてあげてください」
「ありがとう、馨さん。ありがとう。先生にお会いできたら落ち着いた頃また会いにくるとお伝えください。絶対に来ますからと」
「私もです。学校再開したらまた先生の元で学びたいと、そうお伝えいただけますか」
大橋も馨の手をとってそう訴えてくる。
「うん、わかった。絶対に伝える。また会いましょうね藤代さん。大橋さんの言葉も絶対に伝えます。また会いましょう」
「はい、それでうちの実家の住所をお知らせしておきます。何かありましたら…いや、なくても連絡をください。よろしくお願いします」
藤代が肩にかけた鞄からノートを出して住所を書き、無造作に破って馨へと渡してきた。それに倣って大橋も。
「うん、絶対に連絡する。気をつけて帰ってね。乗り物あったら利用してくださいね」
「はい。では」
そう言って藤代と大橋は手を振って去っていった。
こうやって散り散りになってゆく。
震災がなければこんなことにはならずに…そう思っても仕方がないのだ。起こってしまったことはどうにもならない。
馨はもう一度瓦礫に座り、門下生のみんなのことを考えちょっと笑った。
「結局最後まで、俺にまで敬語を使うの止まなかったな」
学校は上野だから、まあまあ距離はあるが歩けない距離ではない。
途中に笹倉の事務所があるのでそこに寄ってみようと足を向けたが、事務所のある煉瓦造りのビルヂングは、かろうじて建ってはいるもののひび割れてみるからに傾き、その前で中から持ち出しているのであろう書類や備品を揃えている笹倉に会えた。
「馨くん無事だったか。いやあ凄かったね」
笹倉は書類を分類しながら、中から持ち出してきている事務員たちに気をつけてと声をかけ、雨が来たらお手上げだなと空を見上げた。
「今から家に戻るのかい?」
「ええ、今は雪さんとトキさんしかいなかったはずなので心配で」
「だよね、行ってあげて。頼政の学校もそうそう潰れるような建物じゃないと思うから大丈夫だとは思うけど、なんにしろ連絡の取りようがないからな。あの家なら滅多なことはないと思うけど、雪さんたちによろしく」
「はい、ではまた後ほど」
足早に去ってゆく薫の後ろ姿に
「こっちは気にしないで、雪さんたちのそばにいてあげてな。何かあったらこの先の公民館にいるから」
そう声をかけられ、それに手を上げて応えて馨は家に急いだ。
毎朝一応歩いてはいるが、今は地面もところどころ隆起したり、ビルのかけらや、家の残骸が転がったりで普通の道ではなくいつもよりも時間がかかる。
懸念していたのは火災で、歩いている道すがらも類焼を避けるため消防団が家を引き倒したりしているのが目に入る。
『家の周りも家が密集しているからな…多分屋敷はもうないかもしれない』
そう考えながら、いつもと違って見えるいつもの道を辿り歩いていた。
火の手が上がっているところも少なくはなかったが、家に近づく間に目に見えての火災はなく、小火で済んだ場所を何ヶ所か見かけた程度だ。
いつもならあの道を曲がって…となるところだったが、倒壊家屋が多くいつも曲がる道を曲がらなくとも住んでいた家があったところが見通せたのはいささかショックを感じる。
そして家があった場所には瓦礫があり、家は跡形もなかった。
「馨さん!」
後ろから声をかけられ振り向くと、藤代と頼政の門下生数人が走ってくる。
「藤代さん!皆さんもご無事で!」
「はい、馨さんも」
馨を入れて5人になった集団は、家があった場所まで歩き玄関先に立っていた松の木の切り株を見てここですね…と呟いた藤代の言葉には後が継げなかった。
頼政がロープで伝言を巻きつけた松の木は、燃焼性が高いと判断されたのか切り倒されていて、その木自体もどこかへ運ばれてしまっていた。
伝言は馨に届かなかった。
しばし呆然と邸跡を眺めていると、近所の人が4軒先で結構大きく火の手が上がり、この屋敷は倒壊せずに居たけれど火事が広がらないようにと消防がこの家を壊したと教えてくれる。
「家が地震で壊れなかったのなら、雪さんもトキさんも無事と言う事ですかね」
一縷の望みを口にして、藤代に向き直った。
「この辺りの避難所を手分けして探しましょう」
「そうですね」
5人はそこここにいる警官や消防の人に避難所の場所を聞き、3組に分かれて雪とトキを探しに走った。
雪の容貌は目立つから、情報は入りやすいと思ってはいたがそれが結構出てこない。それが馨には不安だった。
一つ目の避難所へ行き、中を歩いて確認する。
皆が家族で抱き合い慰め合って、避難所である近くの学校の体育館にひしめいていた。
馨は目を凝らして、多分雪は布をかぶっているだろうからそう言った人物と未だに鏡餅ヘアのトキを探すが、どうやらここにはいないらしかった。
少し歩いて次の避難所へ行ってみた。
公民館の1番広い場所で人がひしめき合っていたが、やはりそう言った感じの二人組は見当たらない。
こうして歩いていても無駄足ということもあると、公民館前で各々が手にした茶碗や水筒に水を配っているおばさんに尋ねてみた。
まさか白い体に白い髪の…とも言えず、こう…布を纏って白っぽい着物を着た人物と、40手前の女性の2人づれを見かけなかったかと聞いてみた。
するとその女性は、
「ああ、来たよ。でも1人の人が真っ白な顔で髪も眉毛もなにもかもまっ白だろ?気持ち悪くてさ。あれ皮膚病なんじゃないかね、こんな時に病気がうつったら嫌だから帰ってもらったよ」
と忌々しそうに言ってきた。
「え…」
馨は地震にあった時よりもひどい衝撃を受け、その場に立ち竦んでしまった。
「あんな気味の悪いののそばに居たくないからねえ」
あまりにひどい言葉につい
「あれは!びょ…病気ではあるかもしれないけど!感染るものではないです!私は何年も一緒に住んでますがほら!大丈夫でしょう!」
と、腹が立って両手を広げて自身を見ろと声を荒げてしまった。が、女性は
「ああ、そうなんだね。でもあんなのが一緒にいたら子供達も怖がるからね。まあここにいてくれなきゃいいかな。あんた邪魔だよ、暇なら手伝いなよ。男手はいくらあっても足らないんだから!」
腹が立ちすぎてもう何も言えなくなり、馨は走り出した。
もしも…どこの避難所でもこんな目に遭っていたら…。
あの屋敷の周りの人は、頼政やトキの努力で雪を理解してくれていたんだなと思い知ったし、雪が夏でも布を被り顔を隠すように出かけるのはこういうことなのかと今、この場で、やっと、理解した。
悔しくて唇を噛み締め、大股で次の避難所へ…と思ったが、今となっては避難所にいるのかすら定かではない気がしてくる。
その辺の路地で2人でうずくまっているのではないか、どこか雨風凌げるところに居ればいいが、と心配しかできなくなってきた。
路地裏や倒壊はしていても屋根が少しでもある軒下を探しながら、とりあえず探しながら元の屋敷まで戻ってみようと歩き回るが、2人は見つけられずに家まで来てしまう。
「どこにいるんだ…嫌な思いしてないといいんだけど…」
焦燥感と切なさが胸に押し寄せて、なんとも言えない気持ちになっていた。
しかし、邸跡を見れば見るほど、違った意味で切なさが湧いてくる。
まだ2年しか住んでいないが色々あった家。こんな天災で無くなってしまうのか…
家の残骸に腰掛けて、ため息をついた。
しかし家ならまた建てられる。でも、雪やトキ、頼政は唯一無二だ…どこにいるんだろう…
辺りはまだ昼間だというのに何だか薄暗く感じ、鼻の奥に臭ってくるのは燻る何かが燃えた匂い。
どこかで家が燃えて煙が空を覆っているようだ。
台風の関係で風も強くなってきていて、まだ髪が揺らされる程度だがこれからどのくらい強まるのか…。
足音を聞いて顔を上げると、藤代ともう一人が走ってきている。
「藤代さん、大橋さんどうでした?」
「いや…どこにもいなかった…」
藤代も少し寂しそうな顔をしていた。それは見つけられなかったこともあるだろうが、もしかしたら馨と同じ目にあってきたのかもしれない。
そして藤代は続けて
「馨さん。こんな時に大変申し訳ないんですが、今大橋とも話しながらきたんですが、実家が…東京の郊外なんです。農家で…こんな状況で連絡も取れません。私は家に戻ろうと思うのですが、雪さんや旦那様のこと、馨さんにおまかせしてもいいですか」
と、本当に申し訳なさそうに言ってきた。
橋本も、千葉県だそうでやはり家が心配だと言ってくる。
そうなのだ。みんな家族がいるのだ。
こんな大きな地震で、みんなが不安で家族の心配だってそれはする。自分は雪やトキ、そして旦那様が家族だから、藤代や大橋は実家に帰るのは当たり前。自分が雪やトキを探すのも当たり前なのだ。
「あたりまえですよ。もちろんです。早く実家に帰ってあげてください。きっと待ってるますよ藤代さんのこと。大橋さんも。無事なことも知らせてあげてください」
「ありがとう、馨さん。ありがとう。先生にお会いできたら落ち着いた頃また会いにくるとお伝えください。絶対に来ますからと」
「私もです。学校再開したらまた先生の元で学びたいと、そうお伝えいただけますか」
大橋も馨の手をとってそう訴えてくる。
「うん、わかった。絶対に伝える。また会いましょうね藤代さん。大橋さんの言葉も絶対に伝えます。また会いましょう」
「はい、それでうちの実家の住所をお知らせしておきます。何かありましたら…いや、なくても連絡をください。よろしくお願いします」
藤代が肩にかけた鞄からノートを出して住所を書き、無造作に破って馨へと渡してきた。それに倣って大橋も。
「うん、絶対に連絡する。気をつけて帰ってね。乗り物あったら利用してくださいね」
「はい。では」
そう言って藤代と大橋は手を振って去っていった。
こうやって散り散りになってゆく。
震災がなければこんなことにはならずに…そう思っても仕方がないのだ。起こってしまったことはどうにもならない。
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