瓦斯灯夜想曲

とうこ

文字の大きさ
21 / 28

第21話

しおりを挟む
 藤代と大橋を見送った後、もう2人の頼政の門下生たちも見つからなかったと元の家の前に戻ってきた。
「お疲れ様です」
「いませんねえ。一体どこに…」
 頼政の門下生はちょくちょく家に来るので、既に顔見知りだった。
 毎年のクリスマスパーティにも来ているし。
 頼政の弟子?と言う事もあって一緒に探してくれているのだろうが…それは本当ににありがたいのだけど、やはりこの人たちも家族のもとへ返してあげなければいけないと思う。
 馨は藤代と大橋のことを告げて、2人にも家族のもとへ帰ったほうがいいと告げた。
 本人たちも、地震のことで舞い上がっていたらしく目先のことにしか頭が回らなかったが、確かに親も心配だが向こうも心配しているだろうと気がついたと話てくれた。
 任せるのは申し訳ないが…と言ってくれて、2人もその場で実家へと帰っていった。
 しかし寂しく思う一方で、その1人から、頼政の安否の情報を聞くことができていた。
 地震の直前に頼政が、使うものがあると言って家に戻ったと言うのだ。
 話によれば、地震発生の辺りに家に着くかどうかの時間に大学を出ていたとのことで、もしかしたら雪とトキは頼政と一緒かもしれないと言う望みが立った。
 これは可能性でしかないが、少し安心材料である。
 できればそうであってほしいと願うしかできないが、一緒だと思い込んで少し気持ちを楽にするしか方法はなかった。
 去ってゆく2人に手を振って、馨は
「さてと」
 と、家の方へ振り向いて、松の木を基準に大体の元の家の間取りを考えた。
 まず自分の部屋を探り、布団や服などを探そうと考える。
 明るいうちにしないと、9月の1日とはいえ夜は少し涼しくなってきているだろうから。
 瓦礫に足を踏み入れると、燃えないようにだろう水がかけられていて湿っていた。布団は平気かと少々不安になったが、大体の見当で元の自分の部屋の辺りまで向かい、瓦礫をどかしてみた。
 どかした瓦礫の少し先に、折り畳まれた布団が見えて馨はほっとした。
 自室を見つけたのでその部分の瓦礫を退かし、中へ入り込んでみる。
 立つと体半分は表に出てしまうが、しゃがめば風くらいなら凌げそうだ。
「これはいいな」
 と呟き、瓦礫を取り去り布団が一枚敷けるほどの広さを中に作り上げた。
 そして雪の部屋にあったはずの行灯を探しに行き、短くはあったが何本かの蝋燭を手にすると、それを布団の傘となっている瓦礫に並べた。
 当然夜は真っ暗になるだろうから、多少の明かりは欲しい。
 食べ物があるとも思えなかったが、台所と思われる場所に移動して瓦礫をよけると、ちょうど食事をしていた大きなテーブルが足が折れて天板がそのまま下に落ちたようになっていた。
 そしてそこにお盆が2枚逆に重なっているものがあり、なんだと思って開けてみたらなんと10数個のおむすびが並んでいた。
「トキさんのおむすびだ…」
 馨は感極まってしまい、涙が出そうだったがやっとの思いで堪えそれをそうっと持ち上げる。
 お盆が重なっていた上に瓦礫が載っていたので水に濡れることもなく、おむすびは美味しそうに輝いて見えた。
 暑さも内輪とは言え、まだ残暑も残る時期だから慎重に…と一個を取り出し割ってみると中身は梅干し。
 これなら大丈夫かなと、耐えきれず割った半分を口にして思わずーうめえーとつぶやいた。
 トキに会ったのも今朝で、まだ何時間しか経っていないのに何故だか酷く懐かしい。思えば地震は昼前だったから、カバンにも弁当は入っているはずだ。
 お腹が空いているのも忘れてたな、ともう半分を口に入れ、もぐもぐしながら布団のところにお盆ごと持ち出した。
 あとは…と頼政が隠し持っていた“ちょこれえと”が…確かここのあたり…に…
 ダイニングはこの辺かなと歩いて行き、棚があったあたりをめくりちょっとゴソゴソと探すと、2枚ほどの“ちょこれえと”が出てきた。
 これで少しは熱量的には大丈夫かな…あとは水だが、それは無理かもしれないなあ…と立ち上がり近所の周辺を見回した。
 井戸水が出ている家は近辺には確かなかったはずだ。
 水が問題だなぁなどと思い台所に確かブリキの水入れか水筒があったはず…と瓦礫をひっくり返すが、それは見つからなかった。そこで見つけたのは燐寸マッチで先ほど手に入れた蝋燭に、ちょうどよく蝋燭だけ見つけて満足していた自分を反省した。マッチは必需品だ。
 立ち上がるとご近所さんが荷物を取りに来たのか、顔見知りが何人か隣や前の家に人が来ている。
 馨はどこかで水を配給していないかとお隣さんに尋ねたら、避難所ならどこでも水配っているけど、食べ物がないんだと言われた。
 馨はおむすびを勧め、何個かを手渡すと、隣人のご夫人は水筒一つを渡してくれる。
「え、こんなに頂いては…」
 と返そうとするが、
「水も大事だけどおむすびは嬉しかったですよ、ありがとう。またここに戻れたら、よろしくね」
 と、親戚を頼って長野へ行くと言って去って行った。
 みんないなくなるなぁ…と再び感傷的になってしまう。
 今の人は、出かけるときに会えばいつでも笑顔で行ってらっしゃいと言ってくれ、雪にも優しいご婦人だった。
 道中気をつけてほしいと願い、その後ろ姿を見てまた会えたらいいなと胸が熱くなる。
 馨は水を一口いただいて、はぁぁ…と一息ついた。
 まだ暑いのにずっと歩いていたし喉はカラカラだったから、神の水に感じる。
 腕時計を見たら2時だった。1番暑い時間だが日が照っていないだけ助かっている。
 こうして残骸の、少し小高くなった場所からすでに住み慣れていた場所を見回すと、まるで違う世界のように平坦だった。
 細かくは思い出せないが、大体の家の作りが頭にあって、記憶の中の街並みを思い起こす。
 地震は怖いなぁ…そう呟き布団が置いてあるところへ戻り、丸めた掛け布団に寄りかかると、空を見上げた。
 雲は流れるように早く動いていて、不穏な空気を運んでくるようで馨は目を瞑る。
 寝転んでいると、余震なのか時折体感できるほどの揺れが襲ってきてその度にハッとするが、いささか疲れて眠りそうだった。
 うとうとしながらいると、誰かに身体を揺らされているのに気づく。
「馨くん、馨くん不用心だよ寝てるのは」
 と言われ飛び起きた目の前には笹倉がいた。
「あ、笹倉さん来てくれたんですね」
「書類がなんとか片付いて、壊れなかった部屋を別棟にひとつ借りられたんでね、そこに全部ツッコマしてきた。で、雪さんやトキさんは見つかったのかい?」
 隣に座って聞いてくれる笹倉に、おむすびを勧めて少し身体を起こす。
 二人して瓦礫の窪みに入り込み、布団を座布団がわりに話し込む。
 馨は避難所での出来事を笹倉に話し、雪とトキさんがどこにいるのかわからなくなってしまったと伝えた。そしてどうも、頼政も合流できている様子な話も聞いていて定かではないが、その可能性もある、とも伝えた。
「頼政が一緒にいたらいいけどな。しかし、雪さんのあの容貌は知らない人にはやはり怖いものなんだろうが、それにしても酷いよね。隔離してもいいからそこにおいてほしかったよな」
 おむすびを頬張りながら、笹倉も少し憤ったようだ。
「で、馨くんは今夜どうするんだ?」
「とりあえず布団もあったので、一晩はここでみなさんを待ってみます。もしかしたら来るかもしれないし。明日までに来なかったら、メモ書きでもしてとりあえず学校にでもいってようかなと思ってますけど…どこにいったらいいかは追々考えます…」
 馨には帰るべき実家はないから。
「よかったらだけど、私の家にくるかい?頼政の家ほどデカくはないけど、さっき行ってみたら、なんとか地震にも持ち堪えたようでね。それを言いに来たんだよ」
「え、でもそんなご迷惑は…」
「頼政の預かり子は私の預かり子でもあるよ。3人を探す足がかりに使ってよ。事務所からそう遠くないところだから、ここにも通えるしそれに仕事も手伝ってもらえるしさ。いいと思うんだよね」
 学校に寝泊まりしたところで、建物が歪んでいたら追い出されてしまうしな…と考え、
「じゃあ、3人が見つかるまでお世話になっていいですか」
「いいとも、3人次第ではみんなでおいで」
 相変わらずの笑みは、馨を穏やかにしてくれる。
「じゃあ明日迎えにくるよ。何かあったら…まあどっちにしろここで待っててくれ。見つかったらここに連れてきておいて」
 またそう笑って、笹倉は瓦礫を降りて手を振って歩いていった。
 それを見送って、馨は再び布団に寄りかかった。
 何故か何もする気にもならない。
 さっきの避難所のおばさんの言葉や、見つからない雪や頼政やトキの事が気がかりでいるがどうしたらいいか手詰まりで動きようがないことも、気持ちの澱みに拍車をかける。
 今日は…もう動かないでいいや…そう呟いて雲を眺め、時折流れてくる黒い煙に眉を寄せながら時間が過ぎてゆくのを待っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...