瓦斯灯夜想曲

とうこ

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第25話

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 馨は夢を見ていた。
 雪と頼政の屋敷にいて、2人で睦みごとを始める夢である。
 雪の唇が近づいてきて、馨はその両頬を両掌で包んだ。
 吐息が生えかけの髭をくすぐり、柔らかい唇が重なって来る。
 抱きしめて舌を貪り、長く白い髪を撫でると雪が半身起き上がらせて寝巻きの前を少しずつ開いて舌を這わせてきた。
 それに思わず声が漏れるが、
「雪さん…おかえり…やっと触れ合えたよ。嬉しい。もっと俺を感じて」
 徐々に降りてゆく雪の舌を感じながら、馨は腰を揺らし中心を含まれて少し大きめな声をあげてしまった。
「気持ちいいよ…雪さん…やっぱり雪さんの…いいなぁ」
 雪の髪を優しく掴んで、上下する頭を髪ごと撫で回す、
「でも、もう俺我慢できないから…」
 そう告げると雪は起き上がり、馨の上に跨ると硬くなった馨自身に手を添え、そこに自分の尻を当てがいゆっくりと沈んでいった。
「ぁ…はぁぁ…気持ちいい…」
 雪のあごが晒され、両手をお腹に付いて腰を上下に揺らしながら、髪を乱して声を上げる。
「ああ…いい…俺もいいよ雪さん…嬉しい…やっと会えて嬉しい、雪さん…あぁ」
 雪の動きがあまりに滑らかで、まだいくものかと思っても馨は
「ごめっはやいっっくぅっ」
 下から突き上げるように、馨は雪の中へと射精した。
 その瞬間に、はっと目が覚め上にいるはずの雪を確認するが当たり前だが居なく、次の瞬間には股間にヌルついた嫌な感触を感じて嫌な顔をした。
 布団の上に起き上がり、とうとうこんな夢でいってしまうところまで来てしまったか…
 震災からすでに5年が経った11月。お若くしてご崩御された大正天皇の後に昭和と元号も変わり、昭和天皇が即位して3年目の暮れになっていた。
ー昭和元年は1週間しかなかったので、実際はほぼ2年めー
 皆の行方もわからぬまま今に至っている。
 昨晩の夕食を笹倉と桂香と3人で食べながら、既に懐かしい話として話している自分に気づいて、もしかしたらそんな夢を見たのかも知れなかった。
 馨も既に22歳となり、中学を卒業して弁護士になるための法科専門学校へ進学していた。
 笹倉の下で仕事を手伝っていたのが功を奏し、学校の勉強がわかりやすく、楽しく学べている。
 食事の時の話は、笹倉が話してくれる頼政の面白い話や雪があの家に来た頃の様子、研究の内容でちょっと笑えることを教えてもらったとかいう話で、だいぶ吹っ切れてきた笹倉と馨はその話を面白く話し、そして聞いていた。
 しかし最後にはどうしても
「あいつら何やってんだろうな…」
 ということになってしまっていた。
 「心配」というのはもうとっくに無くなり、今は本当にもう『どこにいるんだろう』『困っていないか』と思う方が多かった。
 忘れようにも忘れられない人たちだから、時折胸を掠めては切ない思いに駆られてしまう。
『会いたい…』
 自分を地獄から救ってくれた頼政。自分に知らなかった感情や、そして男としての感情を教えてくれた雪。目に見えることや見えないことまでの色々を教えてくれたトキさん。みんな一緒にいるのかな…。
 
 
 その日の朝は冷え込んでいて、夜には雪が降るだろう曇天だった。
 馨は学校帰りに友人と食事をしていた。
 銀座の喫茶店で、法律などは勿論だが女性の話やこんどカフェーに行ってみないか等、年頃の男性なりの話で盛り上がった。
 この頃のカフェーと言ったら女性が席につく、今でいう銀座のクラブのようなところになっていたのだ。
 友達と別れ、銀座線に乗るべく歩いていたら忘れもしない最初に雪にあった場所の近くを歩いていることに気づいた。
「あの時、腹が痛くて瓦斯灯に火を入れる点消夫てんしょうふを見つめ、羨ましがってたな」
 と思い出した。
 雪と出会ったあの場所も近くだったと路地を覗き込み、行ってみようかな、と路地を曲がった。確かこっちの道に…
 その時は腹が痛くて寒くて、店の軒下で壁から伝わる熱を頼りに目立たない路地へ入ったんだと思い出す。
 その店はまだそこに存在し、結局はそこでわずかな暖を取ることもなかったが、いずれ思い出の一端として尋ねてみようなどと考えて、当時を思いながら歩き始めると、先の方から誰かが会話をする声が聞こえてきた。
ーどこかの家族かなーなどと、少し見えた3人ぽい姿をあまり見ないようにして脇の店を見ながら馨は歩く。
「ですから、ここで会ったんです、最初に」
「こんな裏路地でか?」
 そんな会話まで聞こえる距離になってきて、人様の話も聞いてはいけないななどとおもいながらも、入ってくる声と内容に少し気になるところを感じ、歩みをゆっくりにして失礼だと思いながらもまだ7メートルほど先の声に耳をそばだてた。
「だから、私は今日…なんだかここで会える気がして仕方ないんです…なんでなのかは私にもわかりません」
 向こうも足を止めているらしく、その声は暫く止まったが次に聞こえた声は驚いたような…それでいて嬉しそうな声。
「ほら!頼政さま。私の勘が当たりましたよ!」
ーえっ?ー
 聞こえてきた声に、馨は完全に足を止める。
「ほぉ、流石だな雪。でも本当は偶然なんじゃ無いのか?」
 どちらの声も聞き覚えのある…
 馨は立ち止まったまま、失礼を承知で前から来るだろう3人をじっと見つめた。
 瓦斯灯はもうとっくに廃れ、今や電気の街灯が降り頻る雪を映し出す。
 3人組は徐々に近づいてきて、街灯が照らす下へとやってくる。
ーまさか…え…まさかー
「偶然なんかじゃありませんよ。私はここで会える気がしたんですから……ねえ?馨くん」
 街灯の下の、まるでスポットライトの中に現れたような3人の1人が、涙の目で微笑んで自分の名前を呼んだ。
「あ…あああ…」
 馨はその場に膝をつく。
 何を言ったら良いのか、言いたいことが頭の中を駆け回りすぎて口から出てこない。
 3人はそんな馨に近づいてきて、真ん中の紳士が膝を折って目線を合わせてくれた。
「大きくなったな、馨」
 頭を…あの時の様に頭を撫でられて、馨の目から涙が溢れ出す。
「旦那様…」 
 震災あれから一度も流したことのない涙が、留めようもなく溢れ出てくる。
「馨さん、これ」
 1番小さな影が綺麗なハンカチーフを差し出し、それを受け取ると
「トキさんも…」
 そして、
「やっと会えたね、馨くん」
 頼政の隣で同じくしゃがんでくれた雪が、同じく目を潤ませながらもニコニコと背中を叩いてくれた。
「雪さんだ…」
 馨は顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくり、そのまま前に手をついて
「皆様ご無事で何よりでした」
 と、土下座のように頭を下げた。
「おいおい、そこまでしなくても」
 頼政が笑って馨の腕を取り立ち上がらせて抱きしめてくれ、その馨に雪も後ろから抱きつき、トキもそばで馨の背中に手を当てて頷いてくれていた。
 昭和3年冬
 肩を寄せ合い再会を喜ぶ者たちの肩に背中に、雪がシンシンと降り注いでいた。
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