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trick or…
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血が滴り落ちる腕を右手で掴んで、カイルは目の前のケリートを睨み返した。
ケリートというのは総称で、一般的には「魔女」や「魔法使い」に相当する。
「いくらこんなことをしたって、お前らの言いなりにはならないからな」
ケリートの持つ剣で切り付けられた腕はジンジンと痛みを増し、術のかかった剣の傷は血が固まらない。
「そんな頑固な事を言ってないで、即刻妾の願いを叶えろ。そうしなければお前の傷からは、身体中の血が出切っても出続けてゆくぞ?妾の術はしつこいでなぁ」
紫色の唇が気味悪く歪み、浮かんだ木の枝の上に立ったケリートはカイルの目線よりも高いところから見下ろしている。
「さあどうする?妾の願いなど大したことはあるまい。お前が手下に言いつければすぐに済むことだ」
「断る。お前たちと約束はしない。それをしたらお前たちは我々の国に侵攻してくるに違いないからな」
ケリートは上空で笑う。
「当たり前じゃ。妾の欲しいものはお前たちのところにしかないのだからなあ。でもカイルよ、妾は「お前」から欲しいのじゃ…お前が跪いて、妾に向かい『お納めください、これが我が国でできる一番の物です』と、差し出すところが見たいのじゃよ。そうでもなければお前の国のようなへっぽこな国は、すぐにでも妾の物にしてしまっているところじゃ」
音もなく目の前に降りてきて、ボタボタと音を立てて流れる血を片手で抑えているカイルに顔を近づける。
「意地を張るのもいい加減にしたらどうじゃ?そろそろ血が足らなくなってくるだろう?そうしたら妾が血を足して…その苦しみをずうっと味わわせることもできるのだよ…?さあどうす…っ!!」
カイルの顎に長い爪をした指を当てようとしたその刹那、ケリートは枝ごと上空へと飛び跳ねた。
「なにやt…」
「うちの王子に何してくれてんだよ、クソ魔女が!」
「レクシードっ!ぐぬぅっもう少しであったのに!」
ケリートはより上空へ上がり、長い爪の先から一条の光をレクシードと呼んだ男へと振り下ろすが、その光はレクシードの剣により弾かれ、代わりにケリートの真下の木へと当たった。
「ぎゃああっ」
木に当たった光はそのまま木を瞬時に炎上させ、上空のケリートの元へ焔の先を走らせている。
「おのれレクシード!!」
綺麗な顔立ちを鬼のように変えケリートはレクシードを睨みつけるが、
「お前の睨みなんか効かねえ。うちの王子にしてくれたことはお前への貸にする。いいな忘れねえからな」
「そんな軟弱な王子でこの国は…っっぎゃう」
「うるせえって言ってんだ、とっとと帰れ!」
投げられた小さな小刀は、ケリートの白い頬に傷をつけ、その剣を素手で受け止めたケリートは身体から火が出るのではないかと思うほど怒り狂ったが、このレクシードにはどうしても勝てない理由があった。
「お…覚えておれ!またくるぞ!その王子にも伝えておけ!約束のものは必ずもらうからとな!」
木の枝に乗ったままもっともっと上空へ上がり、ケリートは消える。
「カイル、大丈夫か…」
腕を押さえたままかろうじて立ってはいるが、カイルの顔色はもう白いを通り越し始めていた
「レクシード…ありがとう。だい…丈夫だ…。あ…俺は、ケリートと約束なんて…してな…い」
「約束」などをしてしまうと、長い間それに縛られることになるので、土地のもの達は絶対にしない事なのである。
「解ってるからもう黙れ、酷い怪我だ。ケリートの術の剣でやられてんな…まず術を解かなくちゃ…」
「先生の所へ…連れてって…」
「ああ、キリエ先生の所か…解った。先生ならなんとかしてくれるか…悪いな担ぐぞ」
革の鎧は軽いけれど、日々鍛えているカイルも結構重いはずだが、この国で取れる鉱物マサラルで作られた鎧を纏っているレクシードの方がきているものも重いのに軽々とカイルを持ち上げてしまい、
「先生ん家が近くてよかった」
などと軽く言って歩き出すのに、カイルは担がれながらも気分が最悪の中いささか面白くなさも感じていた。
手のひらから優しい萌葱色の光が出ている。
キリエ・トーニングは王室のお抱え医師で、街のはずれで看板を上げている民間の医師だった。
お抱えとは言え、医師の少ないこの国で市井の者たちも診たいとお城に住まず、辺鄙な所で開業をしていた。
「なんでまたあんな所を彷徨いていたんです?危なかったですよ?」
光を収めて、キリエはまだ術のかかっていそうな緑色に光る水に手を入れて布を出すとその光る布で傷口を覆う。
「そろそろ祭りがあるだろ…ジャックを探しにきたんだ…」
部屋の隅で壁に寄りかかっていたレクシードが顔をあげ、
「ジャック自体も野生で危ねえのになんで1人で来ようとするんだ。この時期ケリートみたいなのとかもっと邪悪なものが森には出てくるって解ってんだろ」
レクシードの一族はカイルの一族の守護家系で、実際はカイルとレクシードは主従の関係ではあるのだが、この2人は幼馴染として育ち城ではこんな口のききかたをしないレクシードも、城外ではこんな感じで話している。
時々城でも出てしまい父親に脳天にゲンコツをもらうことも少なくはないが、カイルは別に気にしなくていいと言っている。
「小さいのが欲しかったんだ。ジャックの小さいの可愛いだろ。祭りまでに慣らして、飾りたかったんだよ」
ジャックというのはオレンジ色の浮遊物体で、体の中に火を宿し怒るとその火を吹きかけてくるという、それなりに危険な生き物だ。
「ジャックを飼うのは難しくないか…いくら小さくたって」
腕に巻かれた薄緑色の布が薄い黄色になってゆくのをレクシードは見ていた。
「さて、いいでしょう。これでやっと薬が効くようになった。手間をかけさせないでくださいね」
キリエは2人の学問の先生で、小さい頃から城で一緒に勉強を教えてもらっている。
言葉は丁寧だが少し怒った口調は、やはり少し危なかったことを物語っていた。
「血液は私達人間には急に増やせませんからね。少しお城でおとなしくしながら、栄養のあるものをたくさん食べて血を増やしてください。しばらく目眩がするかもしれませんけれど、それは自業自得です」
ー相変わらず手厳しいーとレクシードはつぶやいた。
薄黄色の光となった布を剥がして、患部を見る。
そこは鋭利な刃物で切られており、術で血は止めたが太い血管を半分ほど割かれていて、なるほど出血が多かったはずだとため息をついた。
「少しだけ内部に指を入れますね。痛かったら言ってください」
「え、傷口にってこt…んぃっ」
カイルから変な声が漏れたが、思うほど痛くはなくしかし傷口に手を入れられている光景など見たくもないので顔を背け、そばで見ていたレクシードも壁に頭をつけてめをつむってしまう。
キリエは何かを唱えながら指先を少しずつ蠢かせていたが、それから数秒で指を離し
「これでいいでしょう。もう出血はしないはずです」
そう言って再び輝く水に手を入れ、その滴を傷の中に数滴垂らすと今度は傷口をギュッと寄せてその線状になったところを指でなぞった。
「いってえっ」
傷口に指を突っ込まれるより寄せられる方が痛いのは不思議だったが、かなりな痛みに顔を歪めたカイルの目には涙が。
「泣くほどか?」
あまりの声に目をあけたレクシードは、笑いそうな顔を崩さないようにするのに苦労する。
「笑ってるだろ…痛いんだってマジで」
指先でなぞられた箇所はそのまま固定され、傷口に薬を塗られまた緑に輝く布を被せられた上に白い布で巻かれた。
「厳重だね、先生」
「術の傷は侮ったらいけません。念には念を入れて。ケリートは中等の魔物なので甘く見られません」
ーはいできましたよー
布を留めてキリエはポンポンと底を叩き、それにー痛いよーと呟くカイルに笑いながら
「さっきも言いましたが、しばらく大人しくしててくださいね。食事は栄養のあるものをちゃんと食べること。まずは血を増やしてください」
何かを紙にかいてそれをレクシードへと渡してくる。
「あなたが責任を持って、これを食膳部門の方に渡してください。王子自らは言いにくいでしょうし」
「わかりました、預かります」
紙を受け取って、レクシードは鎧の下のポケットへと紙をしまった。
「じゃあ帰るか。カイル、歩けるか?」
椅子に座って少々くったりしているカイルに向かうと、やはり顔色はすぐれない。
「仕方ないな、おぶって行くか…」
その言葉にカイルは嫌な顔をしてみたが、抗ってみても座った状態で眩暈がする以上、歩いて帰るのは無理だ。
「それがいいです。出血が多かったので無理はしないでください。帰ったらすぐに横になってくださいね」
背負うのを手伝いながら、キリエも言ってくる。
「はあい…」
さっき担ぎ込まれた時にも似た面白くなさが甦ったが、まあ仕方ない。
「じゃあ先生、ありがとうございました」
「ん、お大事に。ああ、あとこれ。眩暈がひどかったら飲んでください。それと傷口が腫れたらすぐに連絡を。私が向かいますので」
薬をカイルに渡し、そう告げると2人は手を振って家を出て行った。
「一つ聞きたいんだけどさ」
「なに?」
背中のカイルは揺られて眠そうだ。
「ケリートが言ってた『約束』ってなんだったん?そんなんしてねえのはわかってるけど、何か言われたんだろ?」
ああ…と声を出してカイルは思い出した。
「あいつさ」
「うん」
「うめぇ棒の30本入り各種全部もってこいとか言ったんだぜ、酷くないか?」
ん?とレクシードの頭に「?」が浮かぶ。
「うめぇ棒…?」
「そう。うちの国切っての銘菓うめぇ棒。そんなのを魔物にやれないだろ?だから断ったら切りつけてきやがって…」
レクシードは手が空いていたら頭を抱えたい気持ちになった。
うめぇ棒とは、確かに美味い。国の子供達も大好きな「駄菓子」だ。祭りも近くて、忙しい家はそのお菓子を揃えがちだし、なんなら子供たちはそれ目的に家々を回るほどでもある。…が
「うめぇ棒を?ケリートが欲しがったって?」
「うん…天下の銘菓を…」
いや、まあ確かに…「あげるよ」と『約束』はできないかもしれない。そして今更それを森に投げに行くこともできないが…
「レクシード?どうした?」
急に黙ったレクシードが心配になり、腕を引き寄せて顔を覗き込む。
さっきのキリエの診察を見ていても、この傷がかなり重症なことは窺い知れた。
ケリートの術は思っているより悪化の可能性も高い。が…原因が
「うめぇ棒…」
顔を覗かれても、その言葉しか出てこない。重傷を負った原因がしょぼしょぼで力が抜けてくる。
「でもやっぱ、女の子だしお菓子欲しかったかな。約束はできないって言ってから森に置きに行けばよかったかな…」
レクシードの肩に頬を預け、カイルはますます眠そうだ。薬のせいもあるのかもしれない。
しかしケリートのことは、あの勢いだったら何言ったって無駄だっただろうとは思う…
「祭りは、魔物も楽しみなんだな」
多分菓子が集まってくるのを知ってるだけだろう。しかし菓子を食うとは知らなかったな…としばし思案するが、重大なことをカイルに伝えなければと思う。
「なあカイル」
呼びかけてみたが、カイルは寝息を立てていた。
「なんだ、寝ちゃったか?」
しょうがねえなあ…と、苦笑して木陰から見えてきた城に向かう。
もう少しいけば衛兵がきてくれるだろう。
起きたら教えておこう。カイルが勘違いしていることを。
「なあカイル。さっき会ったケリートは魔女じゃないぞ。WitchじゃなくてWizardだ。覚えとけよ。そしてあいつは俺にも因縁のあるノアルっていうWizardだ。きっとまた会うことになると思うよ。そん時うめぇ棒でもくれてやろうぜ」
一応眠っているカイルにも伝えて、レクシードは前から走ってきた衛兵に手を挙げて、輿を頼んだ。
ケリートというのは総称で、一般的には「魔女」や「魔法使い」に相当する。
「いくらこんなことをしたって、お前らの言いなりにはならないからな」
ケリートの持つ剣で切り付けられた腕はジンジンと痛みを増し、術のかかった剣の傷は血が固まらない。
「そんな頑固な事を言ってないで、即刻妾の願いを叶えろ。そうしなければお前の傷からは、身体中の血が出切っても出続けてゆくぞ?妾の術はしつこいでなぁ」
紫色の唇が気味悪く歪み、浮かんだ木の枝の上に立ったケリートはカイルの目線よりも高いところから見下ろしている。
「さあどうする?妾の願いなど大したことはあるまい。お前が手下に言いつければすぐに済むことだ」
「断る。お前たちと約束はしない。それをしたらお前たちは我々の国に侵攻してくるに違いないからな」
ケリートは上空で笑う。
「当たり前じゃ。妾の欲しいものはお前たちのところにしかないのだからなあ。でもカイルよ、妾は「お前」から欲しいのじゃ…お前が跪いて、妾に向かい『お納めください、これが我が国でできる一番の物です』と、差し出すところが見たいのじゃよ。そうでもなければお前の国のようなへっぽこな国は、すぐにでも妾の物にしてしまっているところじゃ」
音もなく目の前に降りてきて、ボタボタと音を立てて流れる血を片手で抑えているカイルに顔を近づける。
「意地を張るのもいい加減にしたらどうじゃ?そろそろ血が足らなくなってくるだろう?そうしたら妾が血を足して…その苦しみをずうっと味わわせることもできるのだよ…?さあどうす…っ!!」
カイルの顎に長い爪をした指を当てようとしたその刹那、ケリートは枝ごと上空へと飛び跳ねた。
「なにやt…」
「うちの王子に何してくれてんだよ、クソ魔女が!」
「レクシードっ!ぐぬぅっもう少しであったのに!」
ケリートはより上空へ上がり、長い爪の先から一条の光をレクシードと呼んだ男へと振り下ろすが、その光はレクシードの剣により弾かれ、代わりにケリートの真下の木へと当たった。
「ぎゃああっ」
木に当たった光はそのまま木を瞬時に炎上させ、上空のケリートの元へ焔の先を走らせている。
「おのれレクシード!!」
綺麗な顔立ちを鬼のように変えケリートはレクシードを睨みつけるが、
「お前の睨みなんか効かねえ。うちの王子にしてくれたことはお前への貸にする。いいな忘れねえからな」
「そんな軟弱な王子でこの国は…っっぎゃう」
「うるせえって言ってんだ、とっとと帰れ!」
投げられた小さな小刀は、ケリートの白い頬に傷をつけ、その剣を素手で受け止めたケリートは身体から火が出るのではないかと思うほど怒り狂ったが、このレクシードにはどうしても勝てない理由があった。
「お…覚えておれ!またくるぞ!その王子にも伝えておけ!約束のものは必ずもらうからとな!」
木の枝に乗ったままもっともっと上空へ上がり、ケリートは消える。
「カイル、大丈夫か…」
腕を押さえたままかろうじて立ってはいるが、カイルの顔色はもう白いを通り越し始めていた
「レクシード…ありがとう。だい…丈夫だ…。あ…俺は、ケリートと約束なんて…してな…い」
「約束」などをしてしまうと、長い間それに縛られることになるので、土地のもの達は絶対にしない事なのである。
「解ってるからもう黙れ、酷い怪我だ。ケリートの術の剣でやられてんな…まず術を解かなくちゃ…」
「先生の所へ…連れてって…」
「ああ、キリエ先生の所か…解った。先生ならなんとかしてくれるか…悪いな担ぐぞ」
革の鎧は軽いけれど、日々鍛えているカイルも結構重いはずだが、この国で取れる鉱物マサラルで作られた鎧を纏っているレクシードの方がきているものも重いのに軽々とカイルを持ち上げてしまい、
「先生ん家が近くてよかった」
などと軽く言って歩き出すのに、カイルは担がれながらも気分が最悪の中いささか面白くなさも感じていた。
手のひらから優しい萌葱色の光が出ている。
キリエ・トーニングは王室のお抱え医師で、街のはずれで看板を上げている民間の医師だった。
お抱えとは言え、医師の少ないこの国で市井の者たちも診たいとお城に住まず、辺鄙な所で開業をしていた。
「なんでまたあんな所を彷徨いていたんです?危なかったですよ?」
光を収めて、キリエはまだ術のかかっていそうな緑色に光る水に手を入れて布を出すとその光る布で傷口を覆う。
「そろそろ祭りがあるだろ…ジャックを探しにきたんだ…」
部屋の隅で壁に寄りかかっていたレクシードが顔をあげ、
「ジャック自体も野生で危ねえのになんで1人で来ようとするんだ。この時期ケリートみたいなのとかもっと邪悪なものが森には出てくるって解ってんだろ」
レクシードの一族はカイルの一族の守護家系で、実際はカイルとレクシードは主従の関係ではあるのだが、この2人は幼馴染として育ち城ではこんな口のききかたをしないレクシードも、城外ではこんな感じで話している。
時々城でも出てしまい父親に脳天にゲンコツをもらうことも少なくはないが、カイルは別に気にしなくていいと言っている。
「小さいのが欲しかったんだ。ジャックの小さいの可愛いだろ。祭りまでに慣らして、飾りたかったんだよ」
ジャックというのはオレンジ色の浮遊物体で、体の中に火を宿し怒るとその火を吹きかけてくるという、それなりに危険な生き物だ。
「ジャックを飼うのは難しくないか…いくら小さくたって」
腕に巻かれた薄緑色の布が薄い黄色になってゆくのをレクシードは見ていた。
「さて、いいでしょう。これでやっと薬が効くようになった。手間をかけさせないでくださいね」
キリエは2人の学問の先生で、小さい頃から城で一緒に勉強を教えてもらっている。
言葉は丁寧だが少し怒った口調は、やはり少し危なかったことを物語っていた。
「血液は私達人間には急に増やせませんからね。少しお城でおとなしくしながら、栄養のあるものをたくさん食べて血を増やしてください。しばらく目眩がするかもしれませんけれど、それは自業自得です」
ー相変わらず手厳しいーとレクシードはつぶやいた。
薄黄色の光となった布を剥がして、患部を見る。
そこは鋭利な刃物で切られており、術で血は止めたが太い血管を半分ほど割かれていて、なるほど出血が多かったはずだとため息をついた。
「少しだけ内部に指を入れますね。痛かったら言ってください」
「え、傷口にってこt…んぃっ」
カイルから変な声が漏れたが、思うほど痛くはなくしかし傷口に手を入れられている光景など見たくもないので顔を背け、そばで見ていたレクシードも壁に頭をつけてめをつむってしまう。
キリエは何かを唱えながら指先を少しずつ蠢かせていたが、それから数秒で指を離し
「これでいいでしょう。もう出血はしないはずです」
そう言って再び輝く水に手を入れ、その滴を傷の中に数滴垂らすと今度は傷口をギュッと寄せてその線状になったところを指でなぞった。
「いってえっ」
傷口に指を突っ込まれるより寄せられる方が痛いのは不思議だったが、かなりな痛みに顔を歪めたカイルの目には涙が。
「泣くほどか?」
あまりの声に目をあけたレクシードは、笑いそうな顔を崩さないようにするのに苦労する。
「笑ってるだろ…痛いんだってマジで」
指先でなぞられた箇所はそのまま固定され、傷口に薬を塗られまた緑に輝く布を被せられた上に白い布で巻かれた。
「厳重だね、先生」
「術の傷は侮ったらいけません。念には念を入れて。ケリートは中等の魔物なので甘く見られません」
ーはいできましたよー
布を留めてキリエはポンポンと底を叩き、それにー痛いよーと呟くカイルに笑いながら
「さっきも言いましたが、しばらく大人しくしててくださいね。食事は栄養のあるものをちゃんと食べること。まずは血を増やしてください」
何かを紙にかいてそれをレクシードへと渡してくる。
「あなたが責任を持って、これを食膳部門の方に渡してください。王子自らは言いにくいでしょうし」
「わかりました、預かります」
紙を受け取って、レクシードは鎧の下のポケットへと紙をしまった。
「じゃあ帰るか。カイル、歩けるか?」
椅子に座って少々くったりしているカイルに向かうと、やはり顔色はすぐれない。
「仕方ないな、おぶって行くか…」
その言葉にカイルは嫌な顔をしてみたが、抗ってみても座った状態で眩暈がする以上、歩いて帰るのは無理だ。
「それがいいです。出血が多かったので無理はしないでください。帰ったらすぐに横になってくださいね」
背負うのを手伝いながら、キリエも言ってくる。
「はあい…」
さっき担ぎ込まれた時にも似た面白くなさが甦ったが、まあ仕方ない。
「じゃあ先生、ありがとうございました」
「ん、お大事に。ああ、あとこれ。眩暈がひどかったら飲んでください。それと傷口が腫れたらすぐに連絡を。私が向かいますので」
薬をカイルに渡し、そう告げると2人は手を振って家を出て行った。
「一つ聞きたいんだけどさ」
「なに?」
背中のカイルは揺られて眠そうだ。
「ケリートが言ってた『約束』ってなんだったん?そんなんしてねえのはわかってるけど、何か言われたんだろ?」
ああ…と声を出してカイルは思い出した。
「あいつさ」
「うん」
「うめぇ棒の30本入り各種全部もってこいとか言ったんだぜ、酷くないか?」
ん?とレクシードの頭に「?」が浮かぶ。
「うめぇ棒…?」
「そう。うちの国切っての銘菓うめぇ棒。そんなのを魔物にやれないだろ?だから断ったら切りつけてきやがって…」
レクシードは手が空いていたら頭を抱えたい気持ちになった。
うめぇ棒とは、確かに美味い。国の子供達も大好きな「駄菓子」だ。祭りも近くて、忙しい家はそのお菓子を揃えがちだし、なんなら子供たちはそれ目的に家々を回るほどでもある。…が
「うめぇ棒を?ケリートが欲しがったって?」
「うん…天下の銘菓を…」
いや、まあ確かに…「あげるよ」と『約束』はできないかもしれない。そして今更それを森に投げに行くこともできないが…
「レクシード?どうした?」
急に黙ったレクシードが心配になり、腕を引き寄せて顔を覗き込む。
さっきのキリエの診察を見ていても、この傷がかなり重症なことは窺い知れた。
ケリートの術は思っているより悪化の可能性も高い。が…原因が
「うめぇ棒…」
顔を覗かれても、その言葉しか出てこない。重傷を負った原因がしょぼしょぼで力が抜けてくる。
「でもやっぱ、女の子だしお菓子欲しかったかな。約束はできないって言ってから森に置きに行けばよかったかな…」
レクシードの肩に頬を預け、カイルはますます眠そうだ。薬のせいもあるのかもしれない。
しかしケリートのことは、あの勢いだったら何言ったって無駄だっただろうとは思う…
「祭りは、魔物も楽しみなんだな」
多分菓子が集まってくるのを知ってるだけだろう。しかし菓子を食うとは知らなかったな…としばし思案するが、重大なことをカイルに伝えなければと思う。
「なあカイル」
呼びかけてみたが、カイルは寝息を立てていた。
「なんだ、寝ちゃったか?」
しょうがねえなあ…と、苦笑して木陰から見えてきた城に向かう。
もう少しいけば衛兵がきてくれるだろう。
起きたら教えておこう。カイルが勘違いしていることを。
「なあカイル。さっき会ったケリートは魔女じゃないぞ。WitchじゃなくてWizardだ。覚えとけよ。そしてあいつは俺にも因縁のあるノアルっていうWizardだ。きっとまた会うことになると思うよ。そん時うめぇ棒でもくれてやろうぜ」
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