颯爽

とうこ

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第6話

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 「借金?」
 佐伯と姫木の前で俯いていた友哉は、その一言を告げて黙り込んでいた。
「その借金は、博打でか?」
 やはりそこまで知られていたか、と友哉は膝の上で両手を握りしめる。
「まず不思議なのは、なんでまた賭場になんて出入りし始めたのかってことと、金子との関係だな」
 友哉に気を遣っているのか、極力静かな口調で佐伯は問うていた。
 友哉は一つ大きく息を吐き、ゆっくりと話し出す。
「バイト先の居酒屋で…金子さんがお客で来てて。ほぼ常連さんだったから俺も気を許しちゃったのも悪かったけど…お金が稼げるとこないかとか、別に紹介してほしいっていう意味で言ったんじゃないんだけど、そんなことを話してたら、いいとこあるよって…」
 やはり最初から金子絡みだったのか、と2人して同時にため息が漏れた。
「確か賭場あそこのシステムは、持参金サゲ銭無しの全て貸付だったよな。それでやられちまったってことか」 サゲ銭なし;もとより自分が持っていった金で遊ぶのではなく、その場で取り敢えず貸元から金を借り、それで遊ぶということだ。個人財産があるものならば、そこでいくら借金をしようと後で返せるし、そこで大勝ちをすればそれはそれで帳消しとプラスになるはずなのだ。
 友也とて、そこまで金に困っているわけではなかっただろうし、最初の少しの借金の時に返しておけばこんな目に遭うこともなかったのではないかと佐伯たちは思う。
「で、いくらなんだ。借金」
「800万…」
「800万??」
 思わず声が出る金額だ。なんでまたそんなに膨れ上がったのか…。
「せいぜい2.3百万かと思ってたが…それは…」
「俺、何十万辺りでもう止めるって何度も言ったんだけど、金子さんがどんどん借りてきちゃって、借りてこられちゃったらやるしかなくて…」
ー気づいたら…ーと 再び俯いて、自分の膝の上に涙を落とした。
「あいつ、最初から狙ってやがったな」
 佐伯は吐き捨てるように言って、2本目のタバコに火をつける。
「それで、こんな仕事させられて借金返してると」
 友哉の肩が震えたが、その後ーはいーと小さく応えた。佐伯はーいいかーと言葉を繋げタバコを咥えてしたから友哉の目を覗き込んだ。
「借金は多分、そんなには返せてないと思う」
 友哉の目が上がって、佐伯と目があった。
「俺らの世界だと、真っ当には返済できないことになっててな。トイチって聞いたことないか。10日で1割の利息が付くってことなんだが、俺らはそれでやってる。それでもかなり良心的だ。だがな、悪どいところだとトゴと言って10日で5割つくところだってある。金子は良心的か?」
 そこまで言われて、友哉はもう隠そうともせずに涙を溢れさせる。
「だからこんなことして借金返してるつもりでも返せてなくて、ずっとこんな仕事をさせられることになるんだぞ」 あまり追い詰めんな、と姫木が途中割って入るが友哉は大丈夫、と姫木の足に手を置いた。その手を取って、姫木は
「もう、こんな馬鹿なことはやめろ」
 とその手をぎゅっと握り込んだ。吐き気を催すほどこの一件に胸を痛めている姫木だが、事はそう簡単に収まるものではない。事情はわかった今、このまま友哉をここにおいておくわけにはいかなかった。まずはここから脱出させることが先だ。まあ元々そのつもりできたのだが…
「お前何か考えあんのか?」
 少し思案顔の佐伯に聞いてみるが、
「うまくいけば…の案なら」
 という曖昧な返事に、姫木は嫌な顔をした。
「もう一か八かはやめてくれ。確実な方法はねえのかよ」
「今ここでできることは、戸叶と佐藤を呼びつけて騒動を起こすか、密かに友哉君を連れ出すかの2択だ」
 どっちも無理そうなんだが…姫木は嫌な顔をますます嫌な顔にして佐伯を見る。
「友哉君さ、たとえば俺たちが終わったよ、って下へ行くとそれからどういう動きなんだ?」
「あ、少しして金子さんがここに集金に来ます。お金は俺が受け取ることになってるんで」
「なるほどね…」
 佐伯は再び数秒考えてから、よし!と声をあげ、
「そしたらじゃあ、俺と友哉君で一緒にここを出るから、姫木は残れ」
 唐突にそう言って、佐伯は立ち上がった。そして姫木と友哉にお互いの服を交換するように告げる。
「え、でも金子さんはすぐにくる…」
 友哉の声に被せ気味に
「今救援呼んでる」
 スマホを取り出しやにわに電話をかけ始めた。
「おい、わかるように話せ」
 姫木も流石に苛立ってくる。
「あ、佐藤?俺だけど、お前さ、あと…そうだな1時間ぴったり後に、金子と接触して友哉君を買いたいって交渉をしろ。2丁目であったサラリーマンに話を聞いてきた、とかでも言えば多分大丈夫だと思うから」
 多分とは随分曖昧な…姫木はなんだそりゃ、と声に出す。ーまあまあ、大丈夫だってやってみなきゃわかんねこともあるし、な?頼むわー 多分電話の向こうの佐藤は、ごねにごねてるに違いない。
「一体なんなんだよ」
 佐伯が何をしたいのかさっぱり読めない姫木と友哉は、ちょっと楽しそうになってきている佐伯を睨んだり見つめたり。
「じゃあ説明しよう」
 佐伯は再び元のところへ座り直した。
「まずは、大体今から1時間くらいしたら、佐藤が金子に友哉君を買いたいと交渉することになった。その頃合いを狙って、俺が友哉君を担いで下に行く。さっきやつは俺らのタッパのこと見てたから、姫木と友哉君のタッパは誤魔化せねえだろ、だから無茶したら相方伸びちゃって~くらい言えば担いでんのくらい納得するだろ。そうして俺らとすれ違いで佐藤にこの部屋に入ってもらって姫木と合流っていう作戦。佐藤にはどうしてもすぐにすぐにと言えと言ってあるから、集金は後回しになる かも しれん」
 2人は唖然。言いたい事はわかるが…いや、これは無理…そういう表情しかできない
「佐藤が来る前に金子がきたら?」
 姫木の真っ当であり素朴な疑問に、少し言葉を詰まらせるが
「お前なら、大丈夫だろ?」
 信用してんだよ、と笑う佐伯に姫木は他人事だと思いやがって、とは思うがまあ、佐伯も友哉を背負って金子と会うという賭けをするのだから、五分五分とは言わなくても仕方ないかと納得するしかなかった。
「で、なんで1時間も取ったんだ?」
「ここ来てまだ15分かそこらだぞ?普通はそんなに早く終わらねえだろ」
 考えてみりゃそうか…特にお前はしつこいもんな、という言葉が喉まで出かかって、あっぶねと咳き込むふりをして姫木は誤魔化した。

「なあ…」
 佐藤は戸叶から佐伯の指令を聞いて暫くは黙っていたが、何かを思ったらしく運転席の戸叶に顔を向けた。
「さっきの電話さ、佐伯さんお前にかけて来たじゃん?」
「? うん」
「なんで新浜さんを買うように交渉すんの俺なの?」
 佐伯は確かに佐藤に行くように言った。
「さあ、お前が適任と思ったんじゃね?」
「男を買うのが………?」
 お互い顔を見合って、色々考えたが、
「あまり深く考えんなよ、佐藤」
 と、戸叶が宥めるしかなかった。

 1時間後、友哉のスマホが鳴った。
「はい」
 電話をとる瞬間確認した名前は金子だ。
「はい、大丈夫です。ええ、もう。はい、じゃあ入れ違い来てもらってください」
 慣れた口調が、佐伯と姫木の胸を突く。
「佐藤さんて人、うまく話しつけたみたいっすね」
「お、流石だな。じゃあいくか」
 姫木のコートを着た友哉は、オオタニサンのエンジェルスのキャップを目深に被り佐伯の肩に担ぎ上げられた。
「じゃあ姫木、後は頼んだぞ」
「おう」
 見送ろうと玄関まで来た姫木に、
「あ、それと」
 と 佐伯が振り向く。
「くれぐれも佐藤とアヤマチを起こさないように」
「殺すぞお前!」
 かなり本気の声で姫木が唸る。その声に佐伯の肩の上の友哉の体が緊張した。
「友哉君怖がっちゃったじゃんか。あまりしろーとさんをおどすんじゃないよ。じゃあな」
 担いでいない方の手を振って、佐伯はドアを出る。
 姫木はその閉まったドアを思い切り蹴り、深さにして3cmほどの凹みを作成した。やべえ、とは思ったが 後で佐伯に払わせればいいや、と姫木は部屋へ戻って行った。

「お疲れ」
 一階に降りた佐伯を金子が迎えた。
 ちょうど佐藤をエレベーターに乗せる所だったらしい。
「どこで楽しんでたんだ?ベッドは使わなかったみてえだけど」
 その金子の言葉に、佐伯と佐藤が反応した。ーそういう事かー
「いやあ、俺たちでかいじゃないっすか、しかも3人って事でベッドは狭そうでね、リビングで盛り上がっちゃって」「その割に友哉は元気そうだったな」
「あの子はタフだねえ、いい子抱えてるよ金子さん。こいつなんかほら、伸びちまって。いい子を紹介してくれてありがとな。またよろしく頼むよ」
 できるならあまり長く金子と対峙していたくはない。気をつけてても、ボロが出る時には出てしまうから、できるだけ焦りを悟られないようにそれでいて迅速にこの場を去りたかった。
 言うだけ言って、佐伯はじゃっと軽く挨拶してマンションから出ようとしたが、
「おい」
 と金子に不意に声をかけられる。
「なんすか?」
 にこやかな顔を金子に向けて振り向いた。
「あんた、またよろしくって俺の連絡先知らねえだろ。これ名刺持っといて」
 金子はジャージのポケットからケースを取り出し名刺を一枚佐伯に差し出してくる。
「あ、そうすよね有難うございます。じゃあありがたく」
 片手ですんませんとか言いながら名刺をうけとり、
「また、連絡するんで」
 と手を振って、ようやくマンションからでることとなった。
「びっくりした…」
 背中で友哉が小さく呟く。
「俺も」
 名刺を一瞬眺めてー情報くれるよなーと一笑し、一応ポケットへとおさめた。
 マンションの敷地に入るまっすぐな道を歩いているときに、友哉が少し頭を上げて佐藤がエレベーターに乗るのを確認する。
「佐藤さん、エレベーターに乗りました」
「お、サンキュー。じゃあ今のところはうまくいってんだな」
 そう確認しあい、突き当たりまでいったところの道路にでると、佐伯は左右を確認した。左方向にレクサスが止まっていて中から戸叶がでてきた。
「お疲れ様です」
 と労いながら近づき、友哉を下ろすのを手伝ってくれた。ずっと同じ格好でいた佐伯の左肩がギシギシと軋み、限界だった、と笑う。
「それもお疲れ様でした」
 と戸叶も笑い、友哉はすみませんと恐縮していた。
「で、どうでした?首尾は」
「ああ、佐藤はちゃんと部屋に入れたみてえだな。エレベーターに乗るのを友哉君が確認してくれた。集金も後になったようだし、ラッキーだったよ」
 友哉を後部座席に座らせ、自分はナビシートへ入り込む。
「けどな、気づいたか?友哉君」
「え?」
「寝室にカメラ仕掛けられてるぞ」
「ええ?」
 今度の声は戸叶だ。友哉は息を詰める。
「え…それって…」
 行為を録画されて、多分だけど売られてるかもな、と佐伯がつづける。
 友哉は呆然とした。
「佐藤も気づいてたみたいだから、姫木に伝えるだろ。2組続けて寝室使わねえのはおかしいって、金子が気づくかもしれねえから。伝えられてたらその前に行動ができるな。だったら安心だ」
 佐伯の行こうか、の声でレクサスは静かに発進した。
「心配ですか?」
 戸叶はチラッと佐伯を伺う。
「あいつだからな、別に心配はしてねえよ」
 と言って窓を細く開け、タバコに火をつけた。
「佐藤もあの言葉で即座に反応したのは大したもんだ」
 佐伯が佐藤を褒めると、戸叶も嬉しそうだ。
「俺らですから」
 その言葉を発した戸叶の横顔を、佐伯は嬉しそうにみる。
「そのくらいできなくて、佐伯神楽と姫木譲のお付きなんてできませんよ」
 自信に満ちた声と、顔つきに佐伯は頼もしさを感じ、その肩を一つ叩いて
「これからも頼んだわ」
 とタバコを思い切り吸い込んだ。
 それから数分間佐伯はゆっくりと一本のタバコを吸い、車内は静かだった。そしてタバコを灰皿で揉み消すと、
「これからの友哉君の事だけど」
 と話を切り出した。
「姫木と佐藤が戻ったら、榊さんに連絡して明日にでも話をしようと思う」
 一度名前を呼ばれて身を乗り出していた友哉だったが、そう言われてシートへと沈んだ。「うりの事は黙っててやる。でも、賭場への出入りと借金のことはちゃんと自分で話しな」
 友哉は後部座席から小さな声で「うん」 と一言返事をした。
 自身とて、あの抗争の後に狙われてたことがあったのだから、少しは理解している。あの場で自分が高遠の幹部の息子だとバレなかったことは奇跡だと思うことにした。
 たまたまじぶんを知る人物が居合わせなかっただけなのだ。
 佐伯もいたずらに脅かすこともないなと思い黙っていたが、柳井は新浜に深い恨みをもっていて、その恨みを息子で晴らすことくらいはやりそうな組である。
「まあ、無事でよかったよな」
 取り敢えず、友哉を柳井から離せてよかったと安堵はした。だが、これからのけじめの付け方を考えると、佐伯自身も久々に血が沸る思いがしていた。
「まあ、今日は解放感に満ち溢れなよ」
 シートを倒して、後ろの席の友哉の頭をポンポンする。
 それに少し笑って、友哉はこくりとうなづいた。
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