ハチドリの住処

とうこ

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不安の種

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 至は真衣子がまとめたトレイを持って、
「楽しかったね~思わず」
 と、上機嫌でカウンター奥の洗い場へと向かった。
「あ!私がやりますから~」 
 と、真衣子が後を追うが
「洗うのは任せる~」
 と、トレイを洗い場に置いて厨房へ戻った浩司の隣に立つ。
「ん?」
 不思議そうに至を見て、持っていたセロリを口に入れてみた。
 浩司が181cmあるのに対し、至は170cm。
「セロリが欲しいんじゃないけどさ、なんか初々しくて可愛かったなって思ってね~ちょっと昔思い出しちゃったよ」
 洗い場の真衣子はーまたイチャイチャが始まったーと殊更お湯を多めに出して会話が聞こえないように配慮。
「僕らもあんな時期あったんだなってね」
「まあな。でも随分としっかりしてそうな奴だったから、一馬くんとやらも幸せだろうな」
「ん?なんか 浩司おれがしっかりしてるからぼくが幸せだって聞こえるけど?」
「そう言ったけど」
 にっと笑って浩司は至の顔を見る。
「なんだそれ。逆じゃない?」 
 と反論しかけたが
「至…」
「ん?」
「少し顔色悪いぞ。大丈夫か?」
 店内だとわからなかったが、厨房は自然色の照明を使っているので違いが顕著だ。
「いや?別にどこも何ともないよ?」
 両手を広げて大丈夫とアピールする。が
「定期検診いつだった?」
「明後日」
 そうか、とカレンダーを確認して浩司は至に向き直り
「ディナータイムまで少し時間あるから、上で仮眠してろ」
 上とは2人の住居だ。
「大丈夫だって、僕にだって夜用のコーヒー準備があるし」
「真衣子に任せておけ。少し休んでこい」
 浩司がここまで言うには理由があった。
 至は先天的な肝臓の疾患を抱えており、ここ数年それの状態があまり良くなくなって来ているのだ。
 無理は良くない病気だし、肝臓はあまり症状が出にくいから気をつけて養生するに限るのだ。
「今休まないと、明日一日寝かせるぞ」
 半脅しの様に言ってまでも至を休ませたい
「わかったよー。真衣ちゃん、夜用の焙煎お願い。いつも通りでいいから」
「わかりました。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがと」
 片手を振って、至は裏口から出て外階段から2階へ向かった。
 浩司はいつでも気にかけてくれている。肝臓の数値はここ数年変わらずで、いい方向へは向かわない。
 今度検診に行ったら、きっと肝移植を勧められる気がしていた。
「体感はないんだけどなぁ…ちょっと疲れやすいけど」
 玄関を上がって、リビングのソファーへ横たわり茶色のブランケットをかけると、モスグリーンのビーズ
クッションを抱えて目を瞑った。
「大輔くんと一馬くんかぁ。なんか早く会いたくなっちゃったな」
 至も、同性カップルということで人に隠さなければならないことも多いし、普通に惚気ることもできない寂しさはよく理解できる。
「うちみたいな店があって、彼らによかったな~。偶然夕立に振られたサラリーマンを助けてあげただけなのに、すごい縁だな」
 そんなことを考えながらいるうちに、うとうとと寝入っていってしまった。

 気づいたのは19時30分だった。
「ええっ?」
 と慌てて起き上がり、顔だけを洗面所で流すと急いで店へと戻っていく。
 そうっと裏口を開けると、サワサワとした店の中の人声が聞こえてきた。
「え、混んでるのかな。悪いことしちゃった」
 控え室へ行き髪を束ね、新しい洗濯済みのエプロンをつけて店へ戻ると、満席ではないが、ほぼ埋まった状態でホールを真衣子がスイスイと歩いていた。
「浩司、ごめん」
 厨房の浩司の元へ行き片手で謝ってから、焙煎機を確認し、ローストされた豆も確認する。
「よく寝ていたんで起こさなかったんだ。さっきより顔色もいいし、休んで正解だったな」
「起こしてよ。結構混んでるじゃないか」
「まあこのくらいは大丈夫だぞ。悲しい話だが、お客さんは回転してない」
 苦笑して浩司は、セットメニューのサラダをカウンターへ置いた。
「平日だしね。水曜や木曜日はそんなもんでしょ。でも人は多くいてくれるからありがたいね」
「まあな」
「あ、おはようございます」
 サラダをとりに来た真衣子が言ってくれた。
「おはよう。ごめんね真衣ちゃん。オーダー確認して手伝うね」
「ごゆっくりで大丈夫ですよ」
 サラダを持って去っていく真衣子に
「頼もしいバイトさんで助かったね」
 至はそう言ってオーダー表を確認し、コーヒーの出ている席を確認に向かった
「お待たせいたしました」
 席を確認した後、食事が終わりそうだった席へコーヒーの準備を始め真衣子が食器を下げると同時にカップへ注ぎ、至自身が持っていった。
「あれ、至くんさっきまで見かけなかったな」
 その席は常連の芝さんだった。
「ちょっと用ありで遅れて入りました。芝さん僕を待っててくれたんですか?」
「おお、待ってたぞ~週に何回かその顔拝まないと、カミさんに優しくできないんでな~」
「やだな~僕の顔見なくてもやさしくしてあげてくださいよ」
 その場で笑いが起き、ーではごゆっくりーとカウンターへ戻ってくる。
「次のコーヒーは、ウッドの4番…まだ早いね」
 独り言なのか、浩司に確認なのかわからない声の大きさで独り言を言う。
 ウッドと呼ばれた席はあの大きな一枚板のテーブル席だ。窓側から数えて時計回りに座ったお客さんの順番に番号をつけていた。
 ぎゅうぎゅうに詰めればいくらでも座れるので、混んでいる時はウッドの18番まで出てくることもあった。
「静かな混雑って感じでいいね、こう言う日も」
 店内を見回して満足そうな笑み。
「至さん、今日マカロンありましたっけ?」
 真衣子がオーダー表を書きながらやって来て尋ねてきた。
「あるよ。ランチの残りだけど」
 じゃあ今出してもいいですか?ちょっと聞かれたもので」
「あ、いいよ準備する。何名様?」
「4名です。あ、お一人はプリンで」
「マカロン三つとプリンが一つだね」
 厨房の調理台へ入って、デザート用のガラスの小さなお皿を3つとプリン用の足付きグラスを一個取り出して、準備に取り掛かった。

 そんな感じでディナータイムは過ぎてゆき、今日は至の言う静かな混雑に終始して終わった。
 閉店時間は21時。
 ランチもそうだったがお客さんも時間にはいなくなって、いつもより早く店が閉められそうだ。
「真衣子飯食ってくか?好きなもの作ってやるぞ」
 洗い場で洗い物をしている真衣子に浩司が聞いてみると、
「え~!好きなもの作ってくれるんですか?こんな好機に勿体無いんですけど、今日友達と飲みにいく約束しちゃってて~え~~ざんねん~~店長のトリプルチーズドリアが食べたかった…」
 お皿を予洗いしながらがっかり。
「お友達呼べば?」
 軽く至が言ってくるが
「いえいえそこまでご迷惑はおかけできません。それにちょっと合コン要素もちらりとあってですね…」
 じゃあ邪魔できないねーと至は焙煎器具を棚へとしまった。
「頑張ってね。彼氏できたら連れてくるんだよ」
 何の気なしにそうは言ったが麻衣子には
「母ですか?」
 と、まるで親の言葉に捉えられてしまった。
「俺も言おうと思った」
 浩司にもそう言われ
「なんでだよ」
 と棚の扉を閉めて、浩司の背中を肘で打つ
「痛え」
 それでも笑いながら、浩司は浩司で明日の朝のモーニング用のゆで卵を冷蔵庫へ入れにいった。

 真衣子もいないし、2人なら軽くでいいねと店でスパゲティを作り食べて2階の部屋へ戻ってきた。
「なんだか今日はいい日だった気がする~」
 部屋へ入って至が大きく伸びをする。
 浩司はそんな至の体を反転させて顔をじっと見た。
「なに?」
 色っぽいことなのかそうじゃないかは目でわかるもので、至は戸惑った。
 浩司は至の顔色を見ていたのだ。
「また顔色悪くなったな疲れてるのか?今日は風呂入って早めに休めよ」
 ぎゅっと抱きしめてそう伝える。
「大事にして欲しいんだよ」
 至も抱き返して、
「ん、わかってる。でも大丈夫だからあまり心配しないで」
 と背中をポンポンとした。
「ね、今日の彼…大輔くん達のこと見てたらね…その…」
 顔を離してじっと浩司の顔を見上げ、背中の手でキュッと浩司のシャツを握る。
 お誘いの合図だ。浩司もちょっとその気にはなりかけていたが
「いや、今日はやめておこう。ゆっくり休め」
 再びぎゅっと抱きしめてから
「風呂入れてくる」
 と腕をポンポンとして浴室へ向かっていった。
 浩司の鉄壁の自制心は、至がよく知っている。が、なんとなくそれでは気持ちが収まらなかった。
 至は浴室まで追って行き、浴槽に蓋をかけている浩司の背中に抱きつき
「キスくらいしたい…」
 とすり寄った。
「甘えたか」
 苦笑して体を反転させると、至の両頬に両手を当て唇を合わせる。
 キスくらいなら多少激しくてもいいだろう、とちょっと欲情しているパートナーが満足できるキスをしてあげた。
 息が上がるほどのキスは、満足どころか煽ってしまったようで…
「俺に触って…」
 ああ…至の一人称が俺になってしまった…と激しいキスを後悔。欲情した時の至のわかりやすいサインなのである。
 シャツを脱ぎ捨てて、至は再び正面から抱きついた。
「下…脱がせて…」
 こうなっては仕方がない。浩司は至の耳元で
「寝る時間はとりたいからここでいいか…」
 ベルトを外しズボンを脱がせながらそういうと、至の頭が頷いた。
 至を全て脱がすと、浩司も服を脱ぎ捨てパネルでお湯を汲む操作をしてからシャワーを2人の体にかけた。

 髪を乾かしてベッドに入ると、至はすぐに浩司の腕枕で寝入ってしまった。
ー今日は随分甘えただったな…大輔くんに当てられたかー
 そう思いながら愛しい人の寝顔を見つめる。
 言うほど顔色は悪く無くなってきたが、それでも浩司は心配だった。
 お互い一生かけて愛すると決め、お互いの家族の反対を振り切って現在がある。
 知り合いの誰もいないこの土地に2人してやってきてもう…8年が経とうとしていた。
 至が肝臓の先天的疾患を話したのは、出会ってすぐの頃。
 大きな病院が側にある好立地の所へ店が持てたのはラッキーだった。月に一回至はそこに検診に行っている。
 数年前に疲れやすいとか目が霞むと言い出して、人間ドッグまがいの健康診断を受けたところ、肝臓が悪くなっていると聞かされた。
 肝炎や肝硬変といった急激な悪化にならないよう、気をつけながらの生活が始まったが、それほど目に見えての注意もなく、薬をのみ適度な運動、飲酒はそこそこにと言った程度のことではあった。しかしそれだけで浩司は心配だった。
 定期検診の後は、至はあまり内容を話さないから浩司は医者に連絡をするのが常になっていて、前回の検診の結果もあまり良くなく浩司には先に肝移植に伴う脳死肝移植希望患者の申請が打診がされていた。
 良くなくと言うより、悪化はしていないがここ半年の数値を見て好転する要素がないと言う事だ。
 至は次に行ったら言われる覚悟をしているようだが、先に聞いている浩司が心配するのも無理はなかった。
「脳死肝移植希望患者か…」
 先は長いと聞いている。今登録しておけば少しでも早い順番で回ってくるから、と医者は言うが、その順番が来る前に悪化しない保証はない。それに関しては、浩司にも決めていることがあって、もしもそう言う話が具体的になったら至と話し合う事があった。
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