迷図(めいず)(探偵シリーズ)

とうこ

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供述

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 あれから4日経って、事務所では近藤智史の家族への報告書作成に難儀していた。
「全て伝えるには、ご家族の心痛察してあまりあるっていうか、まさか自分の息子が…あんなやつとはねえ…」
 唯希もため息しか出ないままパソコンを開きっぱなしでやる気も出ない。
「金井さんもすぐに意識取り戻して良かったですね。これから色々検査があるんだろうけど、昨日会った感じだとどこも悪くはなさそうだったし」
 報告書のページにzの文字を並べては消しながら、昨日のお見舞いを思い出す。
「頚部圧迫の心停止だもんな。あんな無事なのが奇跡だと思うわ。脳イかなくて良かったよ」
 時臣も、酒井から送られた調査資料を読みながら、一旦顔を上げた。
 今回共同の捜査に図らずもなってしまったために、酒井からはその後の詳細が特別に知らされていたのだ。
 特に菜穂の日記は、今回の事件解明に大層役に立っていて、ことの成り行きが70%くらいは判り、それと金井の供述を合わせると、事実だろうことがほぼ88%程判明してきていた。
 残りの数%の事実としては近藤智史と金井菜穂の死因と言うことになるが、こちらは司法解剖の結果、近藤が頭部打撲による失血と頭蓋内損傷で、これは後頭部の頭蓋骨の陥没具合と三和土の形状から、玄関の三和土に強く打ち付けたものと判断された。
 金井菜穂は刃物による頚部鋭的損傷による失血死という事となり、2人の死因の事件性については、起訴後の金井への現場検証で確定するはずだ。
 
 
「金井菜穂の日記がねえ…結構辛いのよ…」
 酒井から送られて来た資料には、いくつか項目があって、そこに『金井菜穂の日記』というものがあった。
 事件に関係しそうな所から抜粋されていたが、その他に時臣達が追っていた近藤のことが書かれているであろう箇所が別に送られて来ており、それには『サービスです』と書かれていた。
 押収品の中身を内緒で送ってくれたらしい。それはそれで近藤智史の調査報告書には役立ちそうだった。 
 唯希は軽く目を通しただけだった菜穂の日記を開いて、今度はじっくりと読むことする。

ー金井菜穂の日記(一部抜粋)ー

7月11日(木曜日)
街で男の人にぶつかられて、膝を擦りむいてしまった。
ぶつかってきた人は、丁寧に謝ってくれてハンカチを貸してくれた。
少し近藤さんに似ている気がしたな。
ハンカチは汚れてしまったから、買って返さなきゃと思って、連絡先だけ聞いてきた。


7月14日(日曜日)
この間ハンカチを貸してくれた人に会って無事に返せた。 買わなくてもよかったのに、とは言っていたけど血もついていたしそういうわけにもいかないと言ったら、返って悪かったなと照れていた。
あの人に似た顔で言われるとこっちも照れちゃうよ。


7月20日(土曜日)
ハンカチの人と関係を持ってしまった…。
軽い気持ちじゃなかったけど、あの人を裏切ってしまった気持ちにもなってちょっと辛いな。
でも、もう少し…エッチが上手になればあの人ももっと優しくしてくれるんじゃないかとも思ってしまって…。
利用するわけじゃないんだけど、ごめんなさい影山さん。もう少しだけ…会ってくださいね。
 それと、写真撮るのは恥ずかしいのでやめてって言わなくちゃ…
あの人を忘れるためにこういうことした気持ちが自分にあるのはちょっとびっくりするけど、でも無理なんだよね…

7月21日(日曜日)
影山さんに部屋に誘われてついていってしまった。
昨日初めてだったのに今日もなんて…男の人にしては珍しいんじゃないかな。あの人は間が結構開くけどな。
影山さんはいつも優しくしてくれる。あの人の抱き方とは違うんだよね…私にはどっちがいいって言えないけど、でも愛しているのはあの人…智史さん…


7月27日(土曜日)
今日も影山さんのところに行ってしまった。
あまり頼ってもいけないな。そろそろこういうのはやめないと。あの人への裏切りになってしまう。
でも、あの優しいセックスは…(字で書くと恥ずかしいな…)優しいのは好きかもしれない。
いやいや、私が好きなのは近藤智史さん1人だけ。浮気はいけないね。


7月28日(日曜日)
智史さんに呼ばれてウキウキでホテルに行ったのに…どうして影山さんのことがバレたんだろう。
すごく怒ってた。嫌なセックスされてとても痛かった…。ベッドにすら連れていってくれないなんて、相当怒っていたんだろうな。
私が悪い。
今度の休みに影山さんに会って、きちんともう会わないって言ってこよう。
そうしたらまた、元のようになってくれるでしょう!ファイト!自分♪


「辛いわ…純粋すぎるわこの子…」
 唯希はテーブルに突っ伏した。
 誰も見ない日記ということで、かなり赤裸々に書かれていて切なさも増す。
「ああ~切ない!っていうか、この子もこの子よね。よく言えば前向きなんだけどさ…まあ、悪くは言わないでおくけど…」
 と唯希にしてははっきり言わないスタンスで言葉を濁す。
「近藤の方もなかなかだぞ」
 時臣もうんざりした顔でパソコンを親指立てて示した。
 近藤の資料は携帯のラインやショートメールの抜き出しで、金井菜穂をどんだけぞんざいに扱っていたかが窺い知れる物である。
 データは金井の家にあった菜穂の日記と金井の供述は勿論、金井が持っていた近藤の携帯、菜穂の携帯等から引き出されたもので、あとは自分が知る限りのことを書き記してあった金井の遺書だった。
「金井さんの供述っていう項目もあるな」
 そう言われて唯希もそれを確認し、2人は意図せず同時にそれを見始めた。

金井義治の供述
ー影山との関係はー
 私は直接はなかったんですが、娘の日記に名前があって娘は好いた男がいるのに何故なんだ、と疑問を持ちました。

ーそれであなたは?ー
 娘の日記に、影山のアパートの周辺情報が書いてあり、近藤の携帯に影山の画像があったので面も割れたから、比較的簡単に見つかりました。
 それで、直接訪ねていって話があるからと影山にはうちに来てもらいました。
 
ー自宅にですか?ー
 そう。菜穂のことを聞きたかった。それを聞くのにアウェイは嫌だったんだ。
 菜穂に好きな人がいることは知っていたのか、何故相手にしたのか。菜穂がなぜ影山に身を任せるに至ったか、全てが知りたかった。

ー何を影山に聞きたかったんですか?ー
 最初に聞いたのは、何故菜穂に近づいたかを聞いたんだ。
 影山は言いにくそうだったが、いいからといったら、近藤に借金を肩代わりするからその代わりに菜穂を襲うように言われたと言った。
 俺は驚いたよ。なんのためにそこまでする必要がある?
 影山は乱暴はしたくなかったから、そうならないように近づいたといったな。
 そこは感謝したよ。
 なんでそんなことをするのか近藤に聞いたのかと尋ねたら、それをネタに自分から菜穂を離すためだと言われたと話してくれた。
 それっぽいことは菜穂の日記で見ていたんだが、関係者から直接事実を聞くと正直気が滅入った。ずいぶんなことしてくれたよ、近藤は。
 でも、そんな男を菜穂は心から愛してしまったんだな。
 影山は、正直菜穂がなぜ近藤に夢中なのかわからないと言った。
 でももう自分にはもう関係ないし、そこは人の気持ちだからと干渉しないとも言ってたな。自分の仕事は終わったから菜穂を離そうとしたら、自分からもう会わないと言ってきてくれてそこは良かったと思ったとも言ってた。
 菜穂の事を考えてくれて、自分がもう来るなと拒否したら傷つくと思ったんだと。強姦じゃなく優しく相手をしてくれたり、いいやつだなと思ってしまったよ。
 しかし、借金の代わりに菜穂を凌辱したのはかわりがない。影山が仕事を受けなければ菜穂は…こんなことにはならなかったんだ。あんな近藤クズに、より酷いことをされることはなかった。
良いやつだと思ってはだめだと思ったんだよ。憎まなければと思った。
それからは、睡眠薬を茶に交ぜて眠らせてからあの洋館に連れてったよ。
あの揺れる椅子に座らせて、すぐに血管がありそうなところにニコチンを打った。俺は素人だから、採血の時の看護師さんの見よう見真似だったがね。案外わかるもんだな。じっくりもなにもなく、すぐにさ。苦しめるのは可哀想だと思ったからな。
ー家宅捜査では、ニコチンを精製した気配はなかったがー
ああ、あれは署の喫煙室の灰皿から貰ったんだ。火を消す水が入ってるだろ。あれさ。
あ、そうだ。思い出した。眠らせる前に今なんか仕事やってるのか聞いたらな、近くの鉄工所に勤めたと言ってたんだ。まだ2日くらいだと言ってたな。近藤を見てこんな人間になりたくないと思ったって言ってたよ。菜穂みたいな子といずれ一緒になれるように仕事をしたいと思ったんだともな…。
ほんといいやつだったんだよ…根はいいやつなんだ…

 読み終わった合図はお互いの椅子が軋む音だった。
 胸が詰まる気がする。言葉にできない何かが身体の中でぐるぐるする感覚。
 時臣は、影山が発見された次日に見た国上署の灰皿の綺麗さを思い出した。
ーあの時にはもう全てが終わっていたんだなー
「金井さんは…」
 時臣が空気清浄機のスイッチを入れてタバコに火をつけた。
「ずっと後悔し続けるんだろうな…」
「影山を殺したことをですよね…」
 唯希は冷めてしまったコーヒーを、キッチンに行ってレンジで温め直しに向かう
 深いやるせなさが残った。
 こうして結果が見えてしまうと、なるほどねとはなるが今回の件は外から攻めたのでは絶対にわからない事だった。
 まして自分たちの依頼の近藤と、殺人事件の被害者が接点があったなどとは…思いつくはずもない…。
「でもねえ~~」
 カップをレンジから取り出して、今度は熱くしすぎてふうふうしながら唯希はため息まじりに言い募る。
「こんな2件分の仕事をあたしたちしたのに、請求は一件分ってさあ?割にあわなくない~~~~~?」
 ダイニングテーブルに伸びて、現実に戻ったことを言い出した。
 切なくなっていても仕方がないよね、という唯希なりの切り替えではあったのだろう。
「台無しだなお前」
 時臣も笑って、終わったことは終わったことにしようと切り替えた。
 しかし現実問題といえば、近藤智史の調査依頼の報告書をどうしようかと言うことが、非常に悩ましいと言う話に戻ってしまう。
「もう1番のクズは近藤なのよ!」
 そんな人の調査報告書なんて書けないわ~~~~~と地団駄を踏んだりテーブルを叩いたり大騒ぎ。切り替え失敗。
「ま、それが俺たちの仕事だからな…うまく書いてやろうや。近藤の遺族には関係のないことだ」 
 と肩をすくめ、時臣はパソコンへ向かう。
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