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しおりを挟む装備と準備を整える必要のない(『お取り寄せ』でいつでも準備できる)俺たちは、ギルドを出ると、そのまま軽部村への調査依頼に向けて歩を進めた。
山本村よりさらに奥、北の山間にある小さな村――軽部村。
依頼書には「最近、連絡が途絶えている」としか書かれておらず、危険度の詳細も不明。だが、俺たちはEランクになったばかりだ。ここで実績を積み、さらなる依頼に繋げたいという想いは全員にあった。
「今のとこ天気もいいし、順調だね」
有紗がにこやかに言うが、俺はなぜか背筋が少しだけ寒くなった。
道中、鳥の声も虫の音もほとんどしない。森の中なのに、耳に届くのは自分たちの足音と、風が枝葉を揺らす音だけ。
「……あれ? なんか静かすぎない?」
沙耶が首を傾げると、明も口を尖らせる。
「気配が薄い。動物がいないっていうか……妙だな」
辺りには、野兎の巣跡や、踏み荒らされたような小道がいくつかあった。だが、そこに生き物の気配はまるで感じられない。
「最近何かあったのかも……って、あんた聞いてる?」
純子が俺の横顔を覗き込む。
「あ、ああ……ごめん。ちょっと気になって」
得体の知れない静けさが、じわじわと足元から這い上がってくるようだった。
そして昼過ぎ。ついに軽部村の入口が見えてきた。
「……ここが、軽部村?」
視界に入ったのは、木造の小さな家がいくつか並ぶ、静かな集落。だが、煙は上がっておらず、人の姿もない。
「……変だな、昼間だってのに誰もいないのか?」
明が眉をひそめる。
「どこか……おかしい」
有紗の表情も固くなり、沙耶はぎゅっと弓を握り直す。
俺は静まり返った村を見回しながら、確かに何か違うと感じていた。道には誰かが通ったような跡がある。洗濯物も干されていた。完全に廃村というわけじゃない。
なのに、まるで……人の気配だけが綺麗に消えている。
「……ひとまず、村の中心まで行ってみよう。何か手がかりがあるかもしれない」
心の中に、薄い霧のような不安が広がっていく。まだ何も起きていない――でも、何かが確実に“起きた後”なのだと、肌が告げていた。
村の中心には広場があり、小さな祠と、朽ちかけた掲示板がぽつんと立っていた。だが、その周囲にも、人影は一つもない。風が草を揺らす音ばかりが、やけに大きく聞こえる。
「……静かすぎるな」
明が眉をひそめてあたりを見回す。
「とりあえず、今夜はどこかで休もう。調査は明日から本格的に始めよう」
俺の提案に、皆が小さくうなずいた。
数軒ある民家のうち、一番手前にあった家を選び、戸をそっと開けて中を覗く。
「失礼しまーす……って言っても、誰も出てこないか」
沙耶が遠慮がちに声をかけたが、応える声はない。
中に入ると、室内は驚くほど整然としていた。床には埃一つなく、壁にかけられた布も風に揺れている。誰かが今朝まで住んでいたような気配が、そこには確かにあった。
「見て。囲炉裏に火を入れた跡がある」
有紗がしゃがみ込んで、灰の中に手をかざす。「まだ少し、あったかいかも……」
「……ほんとにさ、ついさっきまで誰かいたみたい」
純子がそっと食卓に手を置いた。木の器の中には、半分かじられたパンがそのまま残っていた。傍らには、ひび割れたマグカップと、冷えたスープの痕跡。
俺は一瞬、背筋が寒くなるのを感じた。まるで、誰かが慌てて姿を消したような……あるいは、連れ去られたような。
「布団も敷いたままだし、箪笥の中もちゃんと服がある。逃げたっていうより……置いていかれた?」
明が不穏そうに呟く。
「人だけが、すっぽりいない……なんか、怖い」
沙耶が俺の腕にぴとっとくっついた。
「でも、獣に襲われた痕とかはなさそう」
純子が冷静に周囲を見渡す。
「この感じ、異常なだけで荒らされた形跡はないよな……」
俺も窓の外を見ながら、押し寄せる違和感を必死にかみ殺す。
――何かが、あった。この村で。
けれど、それが何か、まだはっきりとは分からない。
「とりあえず、戸締りはちゃんとして、交代で見張りしよう。何かあったら、すぐに声かけてくれ」
皆、黙ってうなずいた。
それぞれが寝床を準備しながらも、沈黙は夜の気配とともに深まっていく。
その沈黙の中で、俺たちはまだ知らなかった。夜の帳が下りると同時に、それが近づいてきていることを――。
――夜。
月は雲に隠れ、星もほとんど見えなかった。
用心のため、俺たちは交代で見張りを立てることにした。最初の見張りは明と俺。
家の外に立ち、冷たい空気を感じながら村を見渡す。
「……なあ、卓郎」
明が低く囁いた。
「……あれ、見えるか?」
彼が指さした先、民家の裏手。誰か――人影のようなものが、一瞬、立っていた。
「……っ!」
俺たちが駆け寄ると、そこには誰もいなかった。ただ、裏の土に、不自然な引きずられたような跡が残っていた。
「これ……誰か、引きずっていった跡だ」
明がつぶやく。俺は言葉が出なかった。
家に戻ると、純子が焦ったように手帳を持って出てきた。
「これ、あの家で見つけた。誰かの……日記帳みたい」
ページをめくると、内容はこうだった。
『――最近、森の中から変な音が聞こえる。夜になると、低いうなり声のような……獣じゃない、何か別の――』
『村長が神父さまと何かを相談していた。古い儀式について、とか……あれはやらないはずじゃ……』
『今夜、何か来る。みんな、そう言ってる。でも、逃げようとする者はいない。まるで、もう覚悟を決めたみたいに』
『私は、生きたい。だから、これを読んだ誰かへ。どうか――』
「……これ、マズいやつだな」
明が顔をしかめた。
そしてその瞬間、村の奥の祠の方角から――
ごぉぉぉ……という、風のような、でも決して自然ではない、うねる音が聞こえてきた。
「聞こえた……?」
有紗が囁き、沙耶が弓を構える。
俺は無言でうなずき、仲間たちを手で制した。何かが起きている。この村で。確実に。
次に、俺たちが目にするのは、想像を超える現実かもしれなかった。
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