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しおりを挟む夜が深まっていく。
静寂が村を包み、虫の声すらどこか遠くに感じた。
明と俺は最初の見張りを担当することになっていた。囲炉裏の火が静かにぱちぱちと音を立てる。家の中に漏れる明かりは、それだけ。
「……本当に、何も起きないな」
明がひそひそ声で言う。
「起きないに越したことはないけど……逆に静かすぎて不気味だな」
俺も同じように声を抑える。
俺たちは窓の隙間から外を見張っていた。風が木々を揺らす音が時折聞こえるが、それ以外は一切の音がない。
――ピシ。
何かが軋む音がした。振り返っても、仲間たちは皆それぞれ寝袋の中。寝息も静かに聞こえる。
「……今の、聞こえたか?」
「……ああ、外だな。行ってみるか」
俺たちはそっと立ち上がり、戸口をゆっくりと開けた。油断せずに外を覗く。空には満月が浮かび、村は青白い月光に照らされていた。
――何かが、動いた。視界の端、祠の方だ。
「……祠の前、誰かいないか?」
「いや……影、か?」
二人で慎重に近づく。足音は草の上で吸い込まれていくようだ。
そして祠のすぐ近く。何かが地面に落ちているのを見つけた。
――本。
それは小さな革張りの手帳だった。明が拾い上げ、ページを開いた。
「……日記、だな。たぶん、この村の誰かの」
ページにはびっしりと文字が並んでいた。
『……またそれが来た。今夜も誰かが連れていかれた。次は誰だ? もう、眠るのが怖い。』
『祠に供物を捧げたのに、それは止まらなかった。祈っても、願っても、何も届かない。』
そこまで読んだところで、明がピタリと手を止めた。
「……血、だ」
日記の最後のページ、インクのような、けれど明らかに乾いた血のような染みが広がっていた。にじむ文字が読みにくい。
『あれが、祠の中から――』
風が吹き抜け、パラリと最後のページがめくれた。そこには、読めない何かの記号のような線が描かれていた。
「……おい、卓郎。あれ」
明が目を細めて祠の扉を指差す。
――わずかに、開いていた。
誰も触れていないはずの扉が、月明かりの中で、ぎぃ……と、音もなく揺れていた。
「戻ろう。まずは皆を起こして、全員で確認しよう」
俺はそう言ったが、心のどこかで、既に確信していた。
――この村には、何かが潜んでいる。
俺たちはその正体に、すでに触れてしまったのかもしれない。
朝日が村の屋根を照らしはじめる頃、俺たちは皆で輪になって座っていた。明が拾った日記の内容と、夜の出来事を共有したからだ。
「……祠の扉が勝手に開いたってのは、やっぱりただ事じゃないよね」
純子が腕を組み、眉をひそめる。
「日記の最後、あれが祠の中からって……」
有紗が不安げに声を落とす。
「行こう。祠を調べよう。何かがあるはず」
俺の提案に、皆うなずいた。
祠は広場の中央にある。朝の光を受けても、その佇まいにはどこか冷たい気配があった。
扉は昨日と同じように、わずかに開いている。今にも「何か」が中から覗いてきそうで、背筋にじんわりと寒気が走った。
「……行くよ」
俺は剣の柄に手をかけながら、ゆっくりと扉を開けた。
中は薄暗く、埃が舞い上がる。石造りの小さな空間の奥には、古びた祭壇のようなものがあり、朽ちかけた供物が置かれていた。干からびた果物、花、そして――小さな人形。
「……なにかしら、これ?」
沙耶が足元を見て、小さく叫んだ。
祭壇の前、床にべったりと乾いた血痕が広がっていた。擦れたような跡もある。
「誰か……引きずられてる?」
有紗の声が震える。
そして、明が壁に目を留めた。
「……こっち。文字、みたいだ」
壁には掘り込みで何かの文が刻まれていた。古い文字だったが、少し読める部分もあった。
『――封ぜられし者、目覚めるとき、この地より人の灯消ゆ――』
空気が一段と冷たくなった気がした。俺たちは顔を見合わせる。
「……この村の人たち、もしかして、それに……」
純子の言葉を最後まで聞くまでもなかった。みんな同じ考えにたどり着いていた。
外に出ると、空は晴れているのに、どこかどんよりと曇ったような光が村を包んでいた。
不自然な沈黙。空気の重さ。
まるで、村全体が「目覚めた何か」の息遣いに包まれているかのようだった。
祠から出たあと、俺たちは念のため村の家々をもう一度調べてまわった。人の気配はない。それでも――昨日よりも確かに、「何かが見ている」ような感覚が強まっていた。
その後、祠に再び向かう。もう一度、あの祭壇の奥を調べるためだ。
「この床、よく見ると石が少し浮いてるな……」
明が剣の柄でコンコンと床を叩いた。ある一箇所だけ、明らかに音が違った。
俺たちは慎重に石板を取り外す。下には暗い穴。地下へと続く階段が口を開けていた。
「……まさか、本当に何か隠されてたとはね」
純子が低くつぶやく。
提灯の明かりを手に、俺たちは一歩ずつ階段を下りていく。空気はどんどん冷たく、湿ってくる。石の壁に苔が生え、ところどころに古びた魔法陣らしき模様が描かれていた。
やがて開けた空間にたどり着く。地下の広間――だがそこは、ただの地下室じゃなかった。
「な、何これ……」
沙耶が声を漏らす。
広間の中央に、石の台座。そしてその周囲を囲むようにして、複数の人のようなものが立ち尽くしていた。よく見ると、それは干からびた村人たちの遺体だった。瞳は虚ろで、微かに口を動かしている。
「……生きてるのか?」
俺が一歩近づこうとした瞬間、空気がピキリと裂けるような音を立てた。
台座の上――封印の札が貼られた棺のようなものが、微かに動いた。
バチッ。
札の一枚が、黒い炎に焼かれて崩れ落ちた。
「……まずい、戻るぞ!!」
俺の叫びと同時に、棺からそれが這い出す音がした。
形を成さぬ黒い影。蝕むような瘴気をまとい、村人たちの遺体がひとつ、またひとつと影に取り込まれていく。
「逃げるよ!! いまは戦う時じゃない!!」
純子が先頭を切って走る。俺たちは、振り返る暇もなく祠の階段を駆け上がった。
外に出ると、夜の空には不自然な満月が浮かび、村全体が紫がかった靄に包まれていた。
「……あれが、封ぜられし者?」
有紗が震える声で言った。
「違う。あれはまだ目覚めかけただけだ」
俺は自分の喉が、乾いたように鳴るのを感じた。
――やばい! 時間がない。
早く何か手を打たなければ、村どころかこの一帯が飲み込まれる。
俺たちは、間髪入れず、自由商業都市『福佐山』の冒険者ギルドに向かって駆け出した。
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