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しおりを挟む南東の山岳地帯……《黒影の断崖》の下の大きな鍾乳洞、《影食いの穴》と呼ばれるその場所に、俺たちはやってきていた。
断崖の岩肌は鋭く、ところどころに黒ずんだ苔が貼りついている。入り口はまるで大口を開けた怪物のように口を開け、俺たちを飲み込もうとしていた。
「ここ、ほんとに入るの?」
純子が眉をひそめる。
「言いたいことはわかるけど……第六の言葉がある可能性が一番高いのはこの中だよ。行くしかないんじゃない」
俺は足元の石を踏みしめながら答える。
「ふむ、まさに『影を喰らう』洞窟か。陽光すら染み込まぬこの黒さ……ぞくぞくするね」
ロメオが興奮気味にメモを走らせる。
「明かり、気をつけてね。光源を落としたら、二度と拾えない気がするよ」
有紗が注意を促す。
俺たちは魔導灯のスイッチを入れ、それぞれ腰や胸元に固定する。淡い光が、湿った鍾乳石をぼんやりと照らすたび、水滴の音が静寂の中に響く。
「じゃ、行こうぜ」
明の声で、俺たちは《影食いの穴》へと一歩を踏み出した――。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たい、けれど湿っている。不自然な静けさが耳を打ち、わずかな足音さえも反響して不気味に響く。鍾乳洞の天井は高く、ところどころに垂れ下がるつらら状の石が、まるで牙のように見えた。
「気をつけて。足場、滑りやすいよ」
有紗が前を行く俺にそっと声をかける。
見れば、床面は黒光りするほど湿っており、小さな水たまりがそこかしこに広がっている。ロメオは慎重に足を運びながら、壁の模様や形状を観察していた。
「……これは興味深いな。自然にできたにしては、壁面があまりにも……均一すぎる。加工された形跡があるぞ」
「ってことは、ここも誰かの手で造られた遺構ってわけか?」
明が前方を警戒しながら言う。
「可能性は高いね。太古の神殿か、儀式の場か……少なくとも、ただの洞窟じゃない」
数分ほど進むと、進路が三つに分かれる分岐点にたどり着いた。
「どうする?」
純子が、周囲を警戒する。
そのときだった。遠くの通路の先――中央の道から、ほんの一瞬、ほのかな光がまたたいた。
「……あっちだ」
ロメオは迷わず中央の道を選び、俺たちも静かに頷いた。
通路は次第に狭くなり、肩をすぼめるほどの幅になる。だが進むごとに、壁に刻まれた文様や模様が増えていった。まるで言葉のような、あるいは絵のような、それらは意味を持つように配置されている。
「見て……ここ」
有紗が手を止めた場所に、小さな手形のような模様が刻まれていた。中心には、金属のように光る黒い石が埋め込まれている。
その手形にロメオがそっと手を重ねた瞬間――
──ゴゴゴゴ……
壁が震え、奥へと続く隠された扉が開いた。ひんやりとした空気と共に、まばゆい光が差し込む。
「これは……!」
中は広間だった。水晶の柱に似た構造物が中心に立ち、その周囲には光の粒が舞っていた。
「第六の言葉! ……記憶の装置か」
ロメオが囁くように言った。
気がつけば、またあの感覚――意識が引き込まれていく。
光が視界を覆い、気づけば俺たちは異なる景色の中に立っていた。
石造りの回廊。そこには人の姿があった。古代の装束に身を包んだ者たちが、祈るように膝をついている。全員が同じ方向――巨大な闇の穴のような裂け目を見つめていた。
その奥から、うねるような黒煙があふれ出し、空を、地を、生命を飲み込んでいく。
「これは……あのときの黒い霧と同じね」
純子が息を呑む。
だが今回は違った。人々は逃げ惑うだけではなかった。
その中に、一人の人物が立ちふさがった。白い衣をまとい、光を帯びた杖を掲げる、女性。彼女の口が動き、何かを詠唱している。
その言葉は、俺たちには理解できなかった。だが、光となったその言葉が黒霧を押し返し、空を裂いた。
「封印の言葉……彼女が発してるのか」
ロメオが呟く。
しかし、その光は一時的なものに過ぎなかった。黒霧は再び押し寄せ、彼女ごと飲み込んでいく。だが彼女は『光の書』をかざして黒霧を遠ざけ、無事その場から逃げることに成功した。
「……この場面は終わりじゃない。次の記憶がある」
俺達は何かに導かれるように視線を巡らせる。
場所が変わった。
先ほどの女性が、別の場所――山岳地帯の山肌に空いた洞窟のような場所に佇んでいる。『光の書』を天高く掲げ、呪文を唱えると洞窟は、ふさがり小さな社によって封印された。そして彼女は、社の中にうやうやしく『光の書』を収め、祈りをささげると、そのまま『光の書』を残して立ち去る。静寂があたりを包み雲の流れが時の流れを映していた。
そして場面は崩れ、俺たちは、またあの静かな水晶の間に戻ってきた。
俺たちは、無言でしばしその余韻に包まれる。『光の書』はあの黒霧に対抗できる唯一の手立てかもしれない。『光の書』を手に入れその秘密を解き明かさねばならない。
「……場所、わかった?」
純子がポツリとつぶやき、ロメオに視線を向ける。
「ああ。見覚えがある。あれは、たぶん……『白火の峰』ですね」
『白火の峰』――火山帯に近く、白い噴煙が絶えず上がる険しい山。かつて使われた祈祷の地だという伝承が残る、誰も近づかない場所。
「『白火の峰』には『光の書』が残っているかもしれん」
ロメオがうなずきながら、興奮した様子でメモを走らせる。
「次はそこだな」
明がそう言うと、仲間たちがうなずいた。
こうして、俺たちは『白火の峰』を目指して、新たな一歩を踏み出すことになった。
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