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しおりを挟む馬車はゆるやかな石畳の坂道を抜け、草の香り立つ南方街道へと入っていく。六人乗りの幌馬車の中、フォーカスの一行とロメオは向かい合うように座っていた。
ガタン、と馬車が段差を越えるたび、カバンに詰め込まれた羊皮紙がふわふわと揺れる。
「……しかし、この馬車に全員乗るのって、けっこう窮屈だな」
明が腕を組みながら、やや窮屈そうに背を壁に預けた。
「ほんと。せめてもう少し大きな馬車に擦ればよかったのに」
純子がぼやくと、沙耶がぴょこんと隣から身を乗り出す。
「でもちょっとした旅行みたいで、こういうのも悪くないよ。ね、有紗?」
「うん。たまには、こういう移動もいいよね。ギスギスした戦場より、ずっと」
笑顔を交わす双子に、ロメオが感嘆したように両手を広げる。
「まさに、旅は心の余白を育む! この車中で交わす言葉の数々も、きっと後世の記録者たちにとって貴重な一次資料となるに違いない!」
「……いや、そういうの記録しなくていいです」
純子があきれたように即答すると、明と沙耶が思わず吹き出した。
「で? 今回はどうやってその『古代の魔法陣』ってやつを探すの?」
俺が話を戻すと、ロメオは懐から一枚の古地図を広げる。
「ふふ……見よ、これが〈記録結晶〉の中から再構築された、古代ルドゥス王朝の版図だ。ここ、この南の断崖地帯に魔力集中反応がある。しかもその真下に『魔法陣』という記述があった」
「つまり、崖の下に何かあるってこと……?」
有紗が地図を覗き込みながら言うと、ロメオが満足げに頷いた。
「その通り。古代遺跡というのは、往々にして地上からは見えない。だが魔力の痕跡は、時を超えて残り続ける……それを辿れば、道は開ける!」
「……だから、その魔力反応ってやつを調べに行くってことね」
純子が確認すると、ロメオは指を立てた。
「まずは古代の魔法陣の所在を確かめ、次に、その魔法陣の先にある《蒼穹の門》の『青き天の封印』とやらがどのような性質を持つかを見極める。そしてできれば、それを記録し、持ち帰る!」
「なんか、すっごい面倒そうな気しかしない」
沙耶がこぼすと、明も同意するようにため息をついた。
だが、卓郎だけは静かにロメオを見据えた。
「……その封印、危険なんですね?」
その問いに、ロメオは一瞬だけ目を伏せ、真剣な口調で答えた。
「記録には、『人ならざる存在を封ずる』とある。何が封じられているかはわからない。だが、だからこそ調べる価値があるのだ」
馬車の車輪が砂利を弾く音だけが、一瞬だけ沈黙の空気を埋めた。
「なるほど」
俺は頷いて、視線を車外へ向けた。
「……何が出てきても、俺たちがいれば守れる。そういう役目で、来てるんですから」
その言葉に、仲間たちが静かに頷いた。
「うん。あたしたちなら、なんとかなるよ」
沙耶がにっこりと笑い、有紗がそれに続く。
「卓郎くんがそう言うなら、大丈夫だと思う」
「何が出てきても、俺たちがいれば守れる……って。フッ、カッコいいじゃねーか。そのセリフ」
明がニヤリと笑って肩を叩き、純子は小さく笑いながら口を開いた。
「……まあ、ここまで来たら、最後まで付き合うわよ。明が無茶しない限りは、ね」
馬車は緩やかな丘を越え、やがて断崖地帯の入り口が遠くに見えてきた。
空の青はどこまでも高く澄み渡り、目的地へと続く長い道が、光に照らされていた。
だが、断崖地帯に足を踏み入れると、草原の香りは次第に薄れ、風は冷たく乾いたものに変わる。岩肌がむき出しになった地形は、かつてこの地にあった文明の痕跡を思わせた。
「……馬車はここまでだな」
御者がそう告げると、卓郎たちは順に馬車を降りた。
眼前には巨大な断崖。足元には乾いた石と苔むした岩が広がり、崖下へと続く細い獣道のようなルートが見えた。
「おいおい、ここ降りんのかよ……まるで探検隊じゃねぇか」
明がため息交じりに言うと、ロメオはうれしそうに眼鏡を押し上げる。
「そう! これぞ探検隊! かつてこの地を訪れた古代の学者たちも、きっと同じ風を感じていたに違いない!」
「……はいはい、テンション上がってるのはわかったから、足元見て歩いてよ。あんた転んだら骨折じゃ済まないでしょ」
純子が呆れたように言う。
「気をつけて。地面、ところどころ崩れてる」
有紗が声をかけ、沙耶が小さくうなずいた。
「うん。でも、なんか空気が違う。下のほうから……魔力、流れてきてない?」
俺も感じていた。微かながら、風に乗って漂う魔素の気配。それは、瘴気とは異なる、澄んだ力だった。
「ロメオさん。魔力集中反応って、この先か?」
「うむ。この崖を降りきった先に、魔法陣の刻まれた岩盤があるはずだ。古文書には《転移封印陣》と記されていた」
「転移……ってことは、そこからどこかへ通じてたってこと?」
沙耶が目を丸くする。
「その可能性が高い。だが、現在は封印され、外部からの干渉も遮断されている。我々のはじめの目的は、その封印の調査、そして――」
そのときだった。
ゴゥ……と、低いうなりが断崖の底から響いた。鳥が一斉に飛び立ち、風が逆巻く。
「な、なに!? 今の音……」
沙耶が肩をすくめ、有紗が卓郎の腕に手を伸ばす。
「今の……魔力が揺れた?」
俺は地面に手を当て、目を細めた。
――下で、何かが目覚めた。
「急ごう。遅れたら、封印が勝手に壊れる可能性もある」
ロメオの声が緊迫する。俺は仲間たちを見回した。
「みんな、用心して。戦闘になるかもしれない」
「よし、じゃあ俺が先行する。魔物がいないか確かめてくるぜ」
明がミスリルソードを引き抜き、さっさと先へ進もうとする。
「ちょっと、あんた本当に無茶しないでよ!」
純子が呆れながらも後に続く。
そして全員が崖下へと慎重に降りていくと、そこには奇妙な輝きを放つ、巨大な魔法陣の跡があった。
石畳の広場のような平面に、青白くかすかに発光する円形の紋様。すでに機能を失っているはずのそれが、まるで呼吸するかのように脈打っていた。
「……まさか、まだ生きているのか」
ロメオが声を震わせる。
「いや、誰かが……封印に触れた?」
俺が魔法陣に近づこうとしたその瞬間、空気がねじれた。
ゴウッ!
魔法陣の中央から、黒い靄が吹き上がる。その中に、誰かの気配があった。
「来る!」
俺は剣を構えた。
現れたのは、まるで影が人の形をとったような異形の存在。仮面をつけたような顔に、音もなく動く足。そして、両手には黒い鎌のような武器。
「『死語を語る者』……か」
ロメオが唖然と呟いた。
「気をつけて! こいつ、こないだの瘴縛兵より強い!」
俺が叫ぶと、明がすでに突撃体勢に入っていた。
「よっしゃあ、やるぞォ!! フレイムバスターッ!!」
剣に炎が灯り、戦いが始まった――。
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