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しおりを挟む断崖地帯に、冷たい風が吹き抜けていた。
日が傾き始める頃、卓郎たちは『ルドゥス廃城』を後にし、険しい岩場を進んでいた。道なき道を越えて帰還地点を目指すその途中──。
有紗が立ち止まる。
「……何か、いる」
その言葉に、全員が動きを止めた。
辺りを見回すと、断崖の上に黒い影が一つ、また一つと姿を現す。まるで待ち伏せしていたかのように、黒い法衣をまとった集団が岩陰から次々に姿を現した。
「囲まれてる……!」
明が剣に手をかける。
ロメオも息を呑んで後退した。
中央に立つ、一際背の高い男が口を開いた。
「我々に気付くとは、流石だな。邪魔者には消えてもらおう」
その声は低く、ざらついていて、まるでどこか別の世界から響いてきたようだった。
男の顔は黒い仮面に隠され、ただ一つ、胸元には禍々しい紋章が浮かび上がっていた。まるで焼き印のように、肌に刻まれている。
「こいつらなにもの……」
純子が矢を構える。
「ベリアルとかと契約しようとしている者たちか?……!」
卓郎もミスリルソードを抜く。
「お引き取りを願えるかな。封印が敗れたら大変なことになるよ」
ロメオが声を張ると、仮面の男はくく、と笑った。
「愚かな研究者よ。封印など、いずれ朽ちる。我ら『暗黒教団』の手によってな」
その瞬間、仮面の男が印を結んだ。
「──契約、解放」
突如、断崖の足元から黒い蔦のような魔力の束が噴き出し、地面を穿つように伸びる。
数体の異形の獣──瘴気に染まった人型の獣兵が、咆哮を上げながら飛び出してきた。
「変な獣兵呼び出したよ。契約者だわ!!」
純子が守るようにロメオの前に出る。
「来るぞッ!!」
明が吠え、炎の剣を抜く。
「フレイムバスター!」
燃え上がる刃が獣兵の一体を切り裂くが、倒れてもすぐに黒い瘴気が体を再生させていく。
「回復してる……?」
明が叫ぶ。
「止められるのは、聖なる力だけだ! サンクチュアリ!」
輝く光が蔓を焼き払い、異形の再生を止める。
「この中ならいけるよ、たっくん!」
「……セラフレイム!」
ミスリルソードがまばゆい金色の光に包まれる。火と光の二重の刃が走り、獣兵の胴を一閃。 獣兵は断末魔を上げ、瘴気ごと浄化されて崩れ落ちた。
その隙に、純子、有紗、沙耶の三人が一斉に矢を放つ。
「「「光の矢──ロングショット!!」」」
放たれた三本の光の矢が、獣兵の体に命中し浄化した。
断崖に、浄化の光と獣兵の悲鳴が散った。
「やるな……」
仮面の男が呟く。
「貴様ら、光の力を持つ者か」
男が再び印を結ぶと、背後に〈転移の円陣〉が浮かび上がる。
「……『主』が目覚める時は近い。束の間の勝利を楽しむがいい」
男と教団のメンバー達が霧のように掻き消えた。
──静寂が訪れる。
断崖を背に、俺たちは狐につままれた顔をして立っていた。
「なんだったんだよ。今のは。あいつら弱すぎじゃね」
「もう終わり? 逃げちゃったの?」
「あいつら、バカ? 何しに出てきたのかしら」
「『暗黒教団』って、名乗ってたわね」
「うん。あいつらが封印壊して回ってるのかな?」
5人がごちゃごちゃ酷評していると、ロメオがため息をつきながら割って入る。
「帰ろう……まずは、報告だ」
***
福佐山の町に戻ったとき、俺たちは全身に砂埃と疲労をまとっていた。
冒険者ギルドの扉を開くと、ちょうどカウンターで帳簿をめくっていた礼子さんが顔を上げた。
「おかえり。無事戻ったのね……って、なにそのボロボロ具合」
「まあ、いろいろあってな」
明が肩を回しながら苦笑する。
「っていうか聞いてくれよ。変な教団が出てきて、瘴気の獣が襲ってきて」
「明! 順番、順番。ちゃんと報告書いてからにしよ」
有紗がなだめるように声をかける。
俺たちはギルドの応接室に通され、ロメオが書き上げた調査報告に目を通した。
丁寧な字で記された内容には、「暗黒教団」「封印の危機」など不穏な単語が並んでいる。
「この文面で、教会本部と聖女由里殿に送ります。直接話すより、慎重にね」
ロメオが眼鏡を直しながら言う。
「しばらく私は教会方面での調査に回ります。君たちも、無理しないでね」
「ロメオさんも気をつけてね」
「危ないとこには行かないつもり。遺跡探索は少しお休みさ。私は〈記録結晶〉の翻訳の続きをする予定だよ。封印が完全に壊れてしまえば、元に戻すことはできないでしょ。……その前に、何か手がかりを見つけなければならないからね」
ロメオは静かに立ち上がり、革の鞄を肩にかけた。カバンの中では、無造作に詰め込まれた本が小さく揺れている。
「ではまた……しばらくしたら、また指名依頼で会うかもしれんぞ」
「フラグ立てないでよ、ロメオさん」
俺が言うと、彼は珍しく小さく笑った。
──ロメオ・ヴァインは、ギルドの扉を静かに開けて出て行った。
* * *
「さてと……」
明が椅子から立ち上がる。
「これで任務完了だろ? 次はなんかこう、もっと普通のでよくね?」
「私は美味しい果物探しとかがいいな~」
沙耶が両手を上げる。
「瘴気とか呪いとか、しばらくはもう勘弁してほしいわね」
純子が肩を叩いてぼやいた。
「でも……」
有紗がつぶやく。
「また、来るんだろうな。『主』ってやつ、ほんとうに目覚めたら……」
「そのときはそのときだ。俺たちが、ぶっ飛ばす」
俺はミスリルソードの鞘に手を置いた。
礼子さんが、カウンターの奥から顔を出す。
「はいはい、おしゃべりはそこまで! 次の依頼、見ていくでしょ? あと1回Aランクチャレンジに成功すれば昇格試験を受けられるんだから」
「お薦めは、ありますか?」
俺の質問に、礼子はにっこりと笑顔を見せた。
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