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しおりを挟む魔力が空間を満たし、洞窟全体が唸りを上げていた。壁がびりびりと震え、頭上の鍾乳石が振動するたび、落ちてこないかと背筋が冷える。
「〈ファイアバレット〉ッ!!」
火花が弾け、俺の掌から魔力がほとばしる。
無詠唱の魔法発動と同時に、紅蓮の弾丸が五発、鋭く空を切ってギゼルへと襲いかかった。空気を焼くような轟音。炸裂と爆炎が続けざまにオーガロードの胸と肩を打ち抜く。
だが──。
「グォゥゥ……ッ!」
噴き出した血飛沫はすぐさま紅黒の瘴気に包まれ、まるで傷がなかったかのように癒えていく。肉の裂け目からにじみ出る闇色の液体さえ、次の瞬間には肉に吸い込まれていた。
「……ちっ、再生か。じゃあ、これはどうだ……! 〈スノウバインド〉!」
次の発動とともに、地を這う冷気が爆発的に広がった。氷の蔓がうねるように伸び、ギゼルの両脚を絡め取る。その瞬間、ギゼルの動きがわずかに鈍った。
見逃さず、さらに発動を重ねる。
「〈サンダーボルト〉!!」
空気がビキビキと裂けた。紫電が真上から叩きつけられる。ギゼルの右肩に命中──爆雷のような音と閃光。
その巨躯がのけぞり、焦げた煙が立ち昇る。
だが──それでも、崩れない。
「──クソッ、魔力障壁か!」
再生と防御、二重の防壁をまとったギゼルに、通常の魔法では決定打にならない。
「〈ディスペルマジック〉ッ!」
術式を一瞬で再構成し、魔力の剣のように鋭く精密な魔法を放つ。視界が歪むほどの衝撃とともに、ギゼルを包んでいた霧のような魔力がパリパリと音を立てて剥がれていく。
瘴気が薄れ、肌の表面が露出する。今だ──!
「本命いくぞ……!」
両腕を天へと突き上げる。魔力の奔流が骨の奥まで震わせ、視界が揺れる。洞窟の空間が軋みを上げ、頭上の岩肌が不気味なひびを刻み始めた。
魔法陣が浮かび上がる。一重、二重、三重──熱を伴った朱の輝きが幾重にも重なり、空間そのものを煮え立たせるように膨張していく。
掌に集まるのは、極限まで凝縮された高密度の魔力。もはや火球などという生易しいものではない。これは、災厄だ。
大気が乾き切り、空気が爆ぜる。口内が焼けるほどの熱に、息を吸うことすら苦しい。
「〈カタストロフブレイズ〉ッ!!」
詠唱とともに、空間が悲鳴をあげた。
爆砕──着弾の瞬間、地鳴りのような轟音が腹の底を揺らし、暴力的な閃光が視界を奪う。
火柱が天井まで突き抜け、洞窟全体を包み込んだ。岩壁が赤熱し、灼けた金属のような匂いが鼻を突く。
地を這う熱風が視界を歪ませ、砂と灰が巻き上がる。ひび割れた天井から崩れ落ちる岩が、音を立てて地に砕けた。
その中心──ギゼルは、確かに火炎の渦に包まれていた。全身を焼かれ、巨躯の輪郭がぐらりと揺れる。
……決まった、はずだった。
だが──。
その火の奔流の中から、突然、両腕が振り上げられた。獣のような咆哮が轟く。
「グオオオオオォォォッ!!!」
咆哮と同時に、衝撃波が広がる。魔力と呪詛を帯びたそれは、ただの音ではない。視界が波打ち、足元の岩が爆ぜ、熱風とともに吹き飛んだ。
──二歩、後退。体が無意識に逃げ腰になる。
炎の帳を裂いて、ギゼルが現れた。
その姿は──地獄そのものだった。
全身の皮膚は焼け爛れ、赤黒く泡立つ肉が露出している。片腕は骨が覗き、腹部は爆裂しており、内臓の一部すら垣間見える。
それでも、なお。なお──奴は歩いてくる。
一歩、また一歩。ズシン、ズシンと音を立てながら。
その瞳は──獣ではない。
絶対に、こちらを殺すと決めた意志を宿した、殺戮者の目だった。
俺は、思わず声を漏らす。
「……まだ、立つのかよ……!」
声が震えていた。全力の〈カタストロフブレイズ〉すら凌ぐ再生と防御力。もはや常識の範疇では測れない。
だが、目を逸らすわけにはいかない。こいつが止まらない限り──誰も、生きては帰れない。
「……なら、何度でも撃ち込むッ!!」
再び両手を天へ。
「〈カタストロフブレイズ〉ッ!!」
再び三重の魔法陣が展開され高密度火球が頭上に浮かぶ。だが今回は、さっきとは熱量が違った。
魔法陣の縁が灼け焦げ、空間そのものが悲鳴を上げている。洞窟の天井がガラリと崩れ、大量の岩が落下する直前、着弾! 轟音と共に火柱が噴き上がった。
ギゼルが叫ぶ。呻く。暴れる。
それでも構わない──沈めッ!!!
天井を貫いた火柱とキノコ雲が洞窟の上部をも破壊し、4階層まで達する。轟音と共に地面が揺れ、岩肌が剥がれ、世界が焼け崩れる。
それでも足りない。ギゼルの肉体は、なおも──立っている。
「もう一発……ッ!!」
声が裏返る。魔力の枯渇が指先にまで達し、指が震える。吐き気と眩暈、指先から漏れる血。
だが構わない。
「ラストだぁああああッ!! 《カタストロフブレイズ》ッ!!」
三発目の発動。限界を超えたその魔力が、超高密度超高温の漆黒の火球を形作る。魔法陣が崩壊寸前まで拡大し、着弾とともに火球が地を裂いた。轟音が鼓膜を破る。光が視界を奪う。全てが──焼き尽くされる。
ギゼルの肉体が、断末魔と共に崩れ落ちる。
「グ、ガアアアアア……オ、オオ……ッ!!」
最期の咆哮と共に、その巨体が爆ぜるように弾け、洞窟の奥へと崩れ落ちた。
──ドォォン……ッ。
巨躯が地に伏す音は、もはや雷鳴だった。
火の粉が舞い、焼け焦げた風が吹く。硝煙と血と灰の匂いが鼻を刺す。
何も動かない。何も、聞こえない。
静寂。まるで全てが終わったかのように、空間から音が消えた。
全身が汗に濡れ、筋肉は痙攣し、息もまともに吸えない。けれど、目を閉じる前に、俺は――呟いた。
「……勝った、のか……?」
しばらくして、後方からかすかに声が届く。
「……おい、お前……それ、本気で言ってるのかよ……」
明の声だった。振り返ると、膝をつきながら、必死に立ち上がろうとしていた。
俺は、かすかに頷いた。
それを聞いた瞬間、全員の体から力が抜けたように、どさどさと崩れ落ちた。
生きていた。誰も死んでいない。
燃え尽きた魔力の余韻が、洞窟の空気をなお震わせていた。
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