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しおりを挟む王都グランティア――。
目の前には、変わらぬ賑わいを見せる街の景色が広がっていた。石畳の道に、風にたなびく市旗。塔のようにそびえる時計台からは、午後四つを告げる鐘の音が響いている。
「ねぇねぇ、ご飯は? 今日の気分はパン? それともシチュー?」
沙耶が明の横で飛び跳ねるように訊ねる。
「まずは宿だろ。荷物もあるしな」
卓郎が苦笑しながら、腰のポーチを軽く叩いた。すでにストレージに全財宝を収めたため、身軽そのものだった。
「シチュー……いいわね。バターのきいたやつ」
有紗が小さくつぶやき、沙耶と目を合わせると笑顔になる。
「“羽根亭”に行けば、夕食つきのコースがあるよね。お風呂も温かいし、ちょうどいいかも」
純子が街路を指さす。
「よし、決まり! 旅人の羽根亭へ向かいます!」
沙耶がぴょんっと片手を挙げて、先頭を走り出した。
街道を進む彼らの横では、荷馬車を引く商人たち、買い物袋を抱える市民、吟遊詩人の歌声に足を止める子供たちの姿があった。
「グランティアって、ほんと落ち着くな」
明がしみじみと言い、空を見上げる。
「でも油断はしないでね。都市部でも盗賊とか、偽商人とか、気を抜くと面倒なことになるからね」
純子の言葉に、明もうなずいた。
「さすが純子。警戒心MAX……。でも、それは大事だよなあ」
俺が笑うと、自然とみんなの表情もゆるむ。
中央通りを抜け、宿屋が立ち並ぶ通称〈休息の通り〉に入り、角を曲がると、見慣れた木造の宿が現れた。
──旅人の羽根亭。ロメオに教わりこの前も泊まった宿である。
看板に描かれた白い羽根が、夕陽に照らされて金色に光っていた。
「おかえり、って感じだね」
有紗がぽつりと呟く。
「そうだな……。たまにこうして、同じ宿に戻れるってのも悪くない」
卓郎が扉を開く。
中は木のぬくもりに包まれ、入り口そばの暖炉には小さな炎が灯っていた。受付には以前と同じ、柔和な表情の年配女将が立っている。
「まあ、皆さん。またおいでいただけるとは嬉しい限り。今日も五人様でよろしいですね?」
「はい。できれば前と同じ部屋を……」
卓郎が言うと、女将はにっこりと笑った。
「白羽の間ですね。ちょうど空いております。今日は夕食に、根菜たっぷりのシチューと焼き立てのハーブパンをご用意しておりますよ」
「わー! それ最高!!」
沙耶が目を輝かせる。
「やったな、沙耶」
明が軽く拳を合わせてきて、沙耶も嬉しそうに返す。
「では、こちらが鍵です。どうぞごゆっくり」
女将から鍵を受け取り、一行は二階の一番奥、白羽の間へ向かった。
白羽の間は以前と変わらず、清潔で落ち着く空間だった。
それぞれ荷物を置き、ベッドに腰を下ろす。
「……ふう。やっと落ち着いた」
卓郎が背中を伸ばす。
「お風呂は? すぐ入れるのかな?」
沙耶がそわそわして聞く。
「交代制みたいだな。たしか札を取って順番待ちだった」
明が壁の案内板を確認する。
「じゃあ、私たち三人で先に入ってくるね」
純子が有紗、沙耶と一緒にバスタオルを持って部屋を出て行く。
残された卓郎と明は、しばしの静けさの中、窓辺に座った。
「……なあ、卓郎」
「ん?」
静かに吹き込む夜風が、薄いカーテンを揺らしていた。
明は窓の外――王都の灯りを見下ろしながら、ぽつりと口を開いた。
「金、さ。もう使いきれねぇくらい貯まったんだよな、俺たち」
「……ああ。正直、今の資産だけで普通に一生暮らせる」
「だろ?」
明が、窓枠に肘をかけて片手で髪をかき上げる。
彼にしては珍しく、少し言葉を探しているようだった。
「……だからさ。次のダンジョン攻略したら、俺、引退してもいいかなって思ってる」
卓郎は一瞬、言葉を失った。
「明が? 冒険者をやめる?」
「ああ。別に今すぐってわけじゃないけどさ。ほら……俺、戦うのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも、そればっかやってたら、どっかで死んだり怪我したりする気がすんだよ」
明の声には、普段の勢いはなかった。
けれど、それがかえって真剣さを物語っていた。
「……なんかあったのか?」
「いや、特には。ただ……この間のドラゴン戦で、ちょっと思ったんだ。もし仲間の誰かが倒れたらって。お前とか、純子とか、有紗とか沙耶とか。俺、そうなったら、たぶん冷静じゃいられない」
明は、自分でも驚いたようにふっと笑う。
「昔は、自分が無茶しても構わなかった。でも今は違う。誰かの無茶を見る方が……キツいんだな、これが」
「……」
卓郎は黙って、彼の横顔を見つめていた。
夜風が、二人の沈黙をそっと通り抜けていく。
「だからさ。次のダンジョン、ちゃんとクリアしたら、その後はゆっくり旅でもして、静かな街にでも家借りて、字もちゃんと覚えて、本でも読みながら過ごすのもいいかなって思ってる」
「……明が、読書か。想像つかないな」
「バカにしてんのかよ」
明が笑い、卓郎もつられて笑った。
「でも……わかるよ。俺も、最近は冒険者だけが生き方じゃないって思い始めてる」
「だよな」
明がうなずき、少し視線を卓郎に向けた。
「お前はどうする? もし俺が引退して、冒険から離れたら……」
「……さあな」
卓郎は目を細めて、遠くの塔の灯りを見つめた。
「でも、お前がいなくなるなら、少しは考え直さなきゃな。――戦う相棒がいないと、寂しくなるかもな」
「おいおい、らしくねぇこと言うなよ」
明が笑いながらも、どこか安心したように息を吐いた。
「ま、まだ先の話だけどな。とにかく、次のダンジョン、派手にいこうぜ。これが俺の最後の大暴れになるかもしれないんだからよ」
「おう、付き合うよ。全力でな」
二人の拳が、軽くコツンとぶつかる。
静かな夜の王都。その一角で、戦士たちは次の戦いと、それぞれの未来に想いを馳せていた。
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