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しおりを挟む〈ポータルシフト〉を使って帰ってきた福佐山都市は、夕暮れに包まれていた。
「冒険者ギルドに、純子の死亡を報告しなくちゃならないな……」
ギルドハウスを見上げて立ちすくす。
「そうだね」
「なんだか、まだ信じられないよ……」
有紗も沙耶も俯いている。
「なあ、卓郎。この前の話、覚えてるだろう」
「ああ、あれな……純子がいなきゃ、できないじゃん」
俺はうつろな表情で明に返事をする。
「そっちじゃねーよ。やめるって話の方さ」
「え! 何それ?」
「二人には、まだ話してなかったがよ……」
明が淡々と続ける。
「俺、このダンジョンを最後に、冒険者を引退して、ほのぼの暮らそうかと思ってたんだ」
「純子にプロポーズして、結婚して、家建ててだよな」
俺の補足に有紗と沙耶が驚きの表情を隠せない。
「……金も使いきれねーほど稼げたし、もう働かねーでも良いころかなって思ってよ。まさかこんなことになるなら、すぐにやめてりゃ良かったぜ」
「で! どうすんだよ。明、やっぱり『フォーカス』やめるのか?」
「エー! そんなー」
「報告をすませようぜ!」
明は俺のといに答えなかった。だがその瞳には、もう答えがあった。
ギルドの受付は、夕暮れの光の中で静かだった。
受付嬢の礼子さんは、俺たちの顔を見るなり表情を曇らせた。俺たちが無事帰ったことへの安堵と、すぐに察した何かへの不安が混じっていた。
「報告……ですね」
俺は静かにうなずいた。
純子が、帰らぬ人になったこと。ダンジョン〈ウツロ森の裂け目〉の5階層、〈五重螺旋の門〉の最奥で、文明の“記録”と戦い抜いたこと。
全てを話し終えるころには、礼子さんの目にも涙が浮かんでいた。
「……よく、無事で戻ってきてくれましたね」
その言葉に、俺はただ苦笑することしかできなかった。
報告を終え、ギルドの酒場コーナーに移動すると、明がぽつりと切り出した。
「……俺、正式に離脱申請出すつもりだ。『フォーカス』を抜ける」
そう口にしたとき、もう誰も驚きはしなかった。
代わりに、有紗が小さく口を開いた。
「……どこか、行くの?」
「いや。どこかに家でも買って住むつもりさ。もう金は十分持ってるからな」
明の声は、思いのほか穏やかだった。
けれど、その穏やかさの奥には、どうしようもない喪失が潜んでいた。
沙耶がぽつりと言った。
「明……また、いつか戻ってきてくれる?」
明は、少しだけ笑った。
「さあな。だけどよ――俺の中の時間は、もう止まっちまったんだ」
それは強がりでも、逃げでもなかった。
本当に、彼は自分の時間を終わらせたのだと思う。
「ありがとうな、みんな。おかげで、ここまでこれた。……本当に、楽しかったぜ」
その言葉を最後に、明はギルドの酒場コーナーを出ていった。
誰も追いかけなかった。
それが、彼のけじめだと分かっていたから。
しばらくして、俺たちは再びギルドのロビーに戻った。
そこには、これまでのような活気はない。
だけど、俺たちは立ち止まるわけにはいかない。
純子の弓の欠片を抱きしめるように持っていた有紗が、静かに口を開いた。
「……ねえ、卓郎。これから、どうするの?」
俺は空を見上げた。
すでに陽は沈みかけ、星が一つ、瞬いていた。
「……もう、命がけの冒険なんて、したくないよな」
俺は、自分でも驚くくらい素直にそう言っていた。
有紗と沙耶が、少し目を見開く。
「うん、分かるよ……」
有紗が静かにうなずいた。
「だって……あんなの、もう二度と、嫌だもん」
沙耶の声が震えていた。強がってたけど、本当は限界だったんだ。
俺たちは、三人きりになった。
大事な仲間が一人いなくなり、もう一人も去っていった。
……それでも、誰かが無理して元気を出さなきゃならないなんて、思わなかった。
今だけは、弱音を吐いていい時間だった。
「『フォーカス』……解散、かな」
俺が口にすると、有紗と沙耶がそっと目を伏せた。
長く一緒にいたチームだった。最初は寄せ集めだったけど、どんな困難も一緒に乗り越えてきた。けど――もう、違う。
あの5人だったから、意味があったんだ。
「でも、なんか……変だよね」
沙耶がぽつりと呟いた。
「純子がいなくなって、明がいなくなって……それなのに、誰もやめるなって言わなかった」
「うん……分かってたんだよ。たぶん、私たちも」
有紗の声には、静かな覚悟があった。
俺は唇を噛みしめた。
分かってた――確かに、心のどこかではそうだった。
だけど、口にするのが怖かっただけなんだ。
俺たちの冒険の日々が、もう終わってしまうのを、本当に認めたくなかっただけなんだ。
「俺、ちょっと……どこか静かな場所で暮らしてみたい」
不意にそう言った自分に、少し驚いた。けど、嘘じゃなかった。
「命がけのバトルじゃなくて、畑とか、動物とか……そういうの、悪くないなって思えてさ」
「卓郎がそれ言うとはね……ふふ、でも分かるかも」
沙耶が、久々に少し笑った。
「私も、弓は好きだけど……殺すためじゃなくて、動物を追い払うくらいがちょうどいいかも」
「薬草とか……育ててみたいな。薬師の村、行ってみようかな」
有紗も、ゆっくりと前を向く声をしていた。
俺たちは、戦って、奪って、生き残ることばかりをしてきた。
でも、それがすべてじゃない。
たとえ『フォーカス』がなくなっても、俺たちはまだ生きてる。
まだ、選べる――これからの生き方を。
「……ちゃんと、墓を作ってやろう」
俺は、ポーチの中に収めた純子の矢じりに手を添えた。
「うん……純子の分も、生きましょう」
沙耶が言った。
「うん。生きよう」
有紗が続ける。
それは、誓いだった。
俺たちは、冒険者じゃなくなる。
だけど――命を、未来を、これからの時間を、大切にする生き方を選ぶ。
これが、〈フォーカス〉最後の夜だった。
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