183 / 265
182
しおりを挟む「Sランク! ちょっと行って狩ってこい!」
先頭の胡堂から、突然、俺に指示が飛んだ。
俺はすくっと立ち上がり手を天にかざす。
「スカイリッパー(空中から一直線に風の刃を降らせる広域攻撃魔法)!!」
俺の声が風に乗り、空へと響き渡った瞬間――天高く、空間がざわめいた。
上空に、無数の緑がかった魔法陣が展開される。重なり合い、螺旋を描きながら輝きを増していくその中心から、鋭い風の刃が一気に地上へと降り注いだ。
――シュバァアアアアッッ!!
空気が裂ける轟音。広範囲にわたって、鋭利な風の束が雷鳴のように地面を引き裂いた。草原の中を疾走していた〈黒刺狼〉たちは、避ける間もなく切り裂かれ、叫びすらも届かないまま、倒れ伏していく。
一頭、二頭……三頭……風の収まるころには、五体の〈黒刺狼〉が動かなくなっていた。
俺は静かに腰を下ろし、荷車の上に座り直す。
「討伐完了。五体全部やっつけたよ」
淡々と告げると、馬を走らせて戻ってきた胡堂が、口の端をほんの少しだけ持ち上げた。
「……早ぇな。あっという間だ」
「えっ、い、今の魔法……広域、即発、しかも全弾命中……!?」
後ろの剛志が言葉を失っている。荷車の上で硬直したように俺を見つめ、目を見開いていた。
「は、はは……やっぱSランクって、Sランクなんですね……」
明が後ろからひょいと顔を出し、ニヤニヤ笑っていた。
「おーおー、爽快だったなあ!」
俺は肩をすくめて笑い返した。
馬車隊はそのまま再び前進を開始。胡堂は一言、「警戒は続ける。気を抜くな」と言い残して再び前に戻った。
ただ、剛志の目だけは――まだ俺を見たまま、固まっていた。……いや、少し震えてすらいるように見える。
(……やっぱ、Sランクって浮くんだよな……)
そんなことを思いながら、俺は腰の剣を軽く撫でた。
次は、もう少し普通っぽくやってみるか――そんなことを考えつつ、俺は再び荷台に体を預けた。
「魔獣の素材を回収しろ!」
商人の声がとび、胡堂たち三人が馬を走らせ回収に向かった。勿論臨時雇いの四人もその後を走って追う。荷馬車はその間停車した。
草原に横たわる〈黒刺狼〉の死骸は五体。風の刃に切り裂かれた傷は深く、美しくさえあるほどに均一だった。
胡堂が先頭で馬を降り、手早く一体の個体を検分する。
「……牙と皮は使える。内臓は潰れてるが、肝もギリギリいけるな。早めに解体しろ」
「おーよ。武八、手伝えや」
「へいへい、俺は皮剥ぎ職人じゃねぇんだけどな」
武八と京二がそれぞれの狼に取りかかり、器用にナイフを使い始める。慣れた手つきだ。
俺と明、それに剛志と重蔵も遅れて駆けつけた。すぐに胡堂がこちらを振り向く。
「卓郎、おまえは見てろ。明は補助。残り二人、手を出せるなら一体ずつ回収だ。できないなら覚えろ」
「了解」
明が軽く返事しつつ、血に染まった京二の手元を見て頷く。
「なあ卓郎、今の魔法のあとにこれやるって、わりと地味だよな……いや、必要なのはわかってるけどさ」
「護衛ってのは、派手な戦闘だけじゃないってことだね」
俺がそう言うと、明は「お前が言うと説得力あるわ」と苦笑いした。
その横では、剛志が黙々と作業を進めていた。動きに無駄はなく、脚の腱を切り離す手つきも慣れたものだ。派手さはないが、確実で、丁寧だ。
「……牙は、こいつで抜くか」
腰の小型ペンチを取り出し、根元を支えながら慎重に角度を定める。少し力を加えると、乾いた音を立てて牙が抜けた。
「よし、一本目……っと」
剛志はそれを布に包みながら、ふと隣で作業する重蔵に視線を送る。
「そっちは、もう二本抜いたんすね。早いっす」
「慣れだな。おまえも悪くない動きだ」
重蔵は手を止めずにそう言った。褒めるというより、事実を述べたといった口ぶりだったが、剛志は小さく笑った。
「……ありがとうございます」
作業に戻る剛志の背には、先ほどの卓郎の魔法に見せた動揺の影はなかった。素材回収という地味な任務でも、自分の役目を全うする――そんな静かな覚悟がにじんでいた。
(悪くないな、このチーム)
そう思いながら、俺はしゃがみ込み、胡堂の解体作業を静かに見守る。Cランク以上の冒険者は魔獣の価値を戦いだけでなく、素材としてどう扱うかまで知っている。
日が少し傾き始めたころ、魔獣の素材回収がひと段落し、馬車隊は短い休憩を取ることになった。
俺は荷車の上で空を見上げながら、胡堂に声をかけた。
「黒刺狼、ここまで来るのは珍しいんじゃないですか?」
胡堂は草の上に腰を下ろし、口にしていた干し肉をかみ砕く。
「……そうだな。通常はもっと北に生息してる。これだけの群れが南下してるってのは、何かに追われた可能性があるかもしれん」
「魔獣を追い払うような存在って、たとえば……」
「でかい奴だ。もしくは、異常気象。あるいは――瘴気だな」
言葉の最後に、微かに緊張が走った。
瘴気。あの呪詛の谷で感じた、生命を削るようなあの気配。それがまた広がりつつあるとすれば、のんびり旅してる場合じゃない。
「……嫌な予感がするな」
俺がそう呟くと、明がぽんと俺の肩を叩いてきた。
「でもまあ、今は腹ごしらえだろ」
俺はふっと笑い、再び空を見上げる。
――と、そのとき。遠く、風が違和感を伝えてきた。
(……風が逆流してる?)
ほんの一瞬、周囲の空気がざわめいた。草の波が、ある一点を中心に逆巻くように揺れ動く。
俺は立ち上がり、目を凝らす。
遠く、丘の向こうに……何かが、立っていた。
それは――人の形をしていた。が、風景に溶け込むような異質さを持っていた。透明のようでいて、確かな存在感。全身が灰色の霧のように揺らいでいる。
「……誰か、あれ見えてる?」
俺が言うと、胡堂が立ち上がり、目を細めた。
「……あれは……魔族か?」
次の瞬間、そのそれが、すぅっと地面を滑るように姿を消した。
空気が止まる。
「警戒態勢! 馬を囲め! 休憩中止だ、すぐ出発する!」
胡堂の怒鳴り声が響き、全員が素早く動き出す。馬の手綱を握り直す者、武器を構える者。俺も剣を腰に差し直した。
あれは――偶然じゃない。何かが、確実にこっちを見ていた。
明が、少し遅れて俺の隣に来る。
「……卓郎。今の、見たやつ……なんなんだ?」
「わからない」
俺は、風を読みながら静かに答えた。
馬車が再び動き出し、草原を抜ける旅が再開された。
風は、どこか不吉な旋律を含みながら、俺たちの行く先をなぞるように吹き抜けていった。
0
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル
異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった
孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた
そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた
その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。
5レベルになったら世界が変わりました
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる