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しおりを挟む視界が淡い光に包まれ、空間がわずかに歪む。
転移魔法による跳躍が終わり、俺は《姫の宮都市》の転移門前に立っていた。
白い石造りの建物が連なる海辺の街。潮の香りと、南国特有の湿った風が肌をなでる。都市の活気は以前と変わらず、商人の声や波の音が遠くから混ざって聞こえていた。
「さて、ここから調べ始めよう」
人々の表情に緊張や怯えといった特段変わったところがないところを見ると、この街自体に直接的な脅威は及んでいなさそうだ。周辺の村などの異変を調べるには、冒険者ギルドに出されている依頼を確かめるのが手っ取り早いだろう。
俺は《姫の宮都市》にある東西南北中央の5つの冒険者ギルドを確かめることにした。一番近くの姫の宮冒険者ギルド北支部に向かう。
白亜の街並みを抜け、賑わいの絶えない市場通りを南北に横切っていくと、北支部ギルドの建物が見えてきた。
ギルド北支部は、《姫の宮都市》の中でも比較的新しい造りだ。石造りの正面に、冒険者ギルドの紋章が掲げられている。扉を押して中に入ると、酒と汗と革の混ざった冒険者特有のにおいが鼻をついた。
「冒険者登録ですか? 依頼なら掲示板の方をご覧ください」
カウンターの奥から、まだ若いが手慣れた様子の受付嬢が声をかけてくる。
俺は身分証を提示しつつ、探索の目的を簡潔に伝えた。
「――というわけで、近隣で起きている異常や不穏な動きについて、何か報告や依頼が出ていないか確認したくて」
「Sランク冒険者様! 教会の依頼ですか。なるほど……少しお待ちください。昨日と今日の分の依頼記録を確認します」
彼女が帳簿をめくり始めたそのとき――
「ちょっとぉ! ふざけんなよ、これ絶対にギルドの調査不足じゃねーか!」
扉が乱暴に開かれ、泥と血にまみれた三人組の若手冒険者が騒ぎながら入ってきた。装備は軽装だが、無駄に目立つ装飾が多い。見るからに見栄っ張りで実力の伴わないタイプだ。
「アクタ村の依頼だよ、あれ! 急に獣が狂ったみたいに襲ってきてよ! おい! どうなってんだギルドは!」
「お客様、落ち着いてください! 依頼内容は村長から直接の――」
「直接だろうが何だろうが、死ぬとこだったんだぞ!? 危険度の再調査しろよ、クソが!」
受付嬢が戸惑い、周囲の冒険者たちも面倒ごとは御免といった顔で目をそらす中――俺は、彼らの言葉の中に小さな違和感を覚えた。
「アクタ村……?」
俺はカウンターに歩み寄り、受付嬢に声を落として訊ねた。
「アクタ村って、この都市からどれくらいの距離ですか?」
「北へ一日、内陸のほうです。……確かに最近、依頼が急に増えていて……ですが内容はどれも“軽い”ものばかりで、危険とは記されていませんでした」
それなのに、若手とはいえ冒険者たちがこれほど動揺して戻ってきている――つまり、依頼には書かれていない“何か”が現地で起きている可能性が高い。
「おい、そこのにーちゃん。……やけに綺麗な防具してるじゃねえか。冒険者か? そんな顔して、俺たちのこと疑ってんだろ? だったら、代わりに行ってみろよ。俺たちみたいにひでぇ目に遭うぞ」
一人がこちらに絡んできた。目が血走り、まだ興奮が冷めていない様子だ。だが、その言葉に俺は淡々と返す。
「……そのつもりだ。だが、そうなる前にもう少し何が起きたかを話してもらえると助かる」
俺はこの男の肩に手を置き手に金貨を一枚握らせる。
「はあ? ……チッ、面倒なやつだな。おっ……金貨……。いいよ、教えてやるよ。あそこ、なんか変だったんだよ。山の獣の目が全部光ってて、まるで見張ってるみたいだった」
ギルドの空気が一気に変わった。冒険者たちがざわつき、受付嬢の手が止まる。
獣の異常行動――。
(……アクタ村の近くに、何かある)
「ありがとう、重要な情報だった。あとは俺が確認してこよう。ついでにアクタ村の依頼とやらもかたずけてくるよ」
「ありがとうございます。では手続きをいたします。Sランク冒険者の卓郎様ですね」
「えっ……えっ? Sランク!」
驚愕する若手冒険者たちに、俺はサムズアップで応えて軽く微笑んだ。先ほどまで荒れていた彼らも、すっかり黙り込んでしまった。
受付嬢が小さく息を吐く。
「手続きすみました。アクタ村にあらわれる狼型魔獣の群れ討伐依頼です。……お気をつけて」
「分かりました。すぐに向かいます」
俺はギルドを後にし、アクタ村へと足を向けた。
***
アクタ村は、小高い丘に囲まれた内陸の集落だった。木造の家々が並び、農地が広がるのどかな村だが、今はその空気がやや張りつめていた。家々の扉や窓が固く閉ざされ、子どもたちの姿も見当たらない。村の外れには、簡易な防壁のようなものが作られており、住民が慌てて応急の柵を修理している様子が見える。
俺が村の中心部に差しかかると、数人の村人がこちらに気づき、やがて年配の男が駆け寄ってきた。
「おお……! もしや、姫の宮ギルドから来てくださった冒険者様か!」
「その通りです。卓郎といいます。あなたが村長ですか?」
「はい、わたしがこの村の村長、ローレンスでございます。遠いところを……いや、本当にありがたい。あなたのような方が来てくださるとは……!」
村長の顔には安堵の色がにじんでいたが、それと同時に、数日間の緊張と疲労が積もっているのも明らかだった。
「詳しい状況を教えてください。ギルドに報告されていた依頼内容と、実際に起きたことに差があるようなので」
「ええ、確かに……最初は家畜が襲われる程度だったのです。けれど数日前から、群れの動きが異様になりましてな。夜通し吠え、明らかに数も増えておりました。村人が襲われたのは昨日が初めてです」
「狼型の魔獣、とのことでしたね?」
「ええ。どうやら『灰牙(はいが)』と呼ばれる魔獣の群れです。もともとこの地域にも少数生息していましたが、あそこまで凶暴で統率の取れた動きは……」
「分かりました。では、彼らの出没地点を教えてもらえますか」
「はい。村の北、二つの尾根の谷間です。夜になると、必ずそこから吠え声が聞こえるのです」
村人たちに見送られながら、俺は指定された谷間へと向かった。
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