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しおりを挟む陽が沈みかけた頃、谷間に到着した俺は気配を殺しながら待機した。
やがて、木々の間を縫って、音もなく灰色の影が現れる。数は――八体。確かに、狼型魔獣《灰牙》。特別な変異種や魔力の異常は感知されない。魔素の濃度も平常。これは……自然発生の群れだ。
……当てが外れたな。まあすぐに見つかるはずもないか。
俺はいつの間にか八体の狼型魔獣《灰牙》に囲まれていたが別に慌てるようなことではなかった。近づく《灰牙》を何事もないように斬り殺す。
最後に残った個体が飛びかかってきたが、遅い。子の群れの魔獣は全て倒したので討伐証明の部位を寄ってから百点カードの『買い取り』にうつる。
俺は魔獣たちを確認したが、異常な兆候は見られなかった。どれも自然界の魔獣。繁殖期と餌不足が重なった結果、村を襲ったのだろう。
その後、近くの群れを2つ潰し、村の安全を確保する。合計で26匹の《灰牙》を狩ったことになる。
その足でアクタ村へ戻ると、村人たちが迎えてくれた。
「討伐は完了しました。異常な個体ではありませんでしたが、狼型魔獣の数は多かったですね」
「やっぱりたくさんいましたか! ……本当にありがとうございました、卓郎様!」
村長が頭を下げ、周囲の村人たちから拍手が湧き起こった。
「三つの群れを退治してきたので、もうこの村は暫く《灰牙》に襲われることはないと思います」
俺は討伐証明部位の右耳を見せるとその数の多さに村人たちからどよめきが起こった。
「あんなにいたのか!」
「あれだけ狩ったらもういないだろう」
「もう安心だぞ!」
「冒険者様、強ーい」
「冒険者様結婚してー」
外野から様々な声が聞こえたがそれはスルーして村長に別れを告げる。
「それでは俺はこれで失礼します」
「これから《姫の宮都市》まで帰るのでは日が暮れてしまいます。一晩ここにお泊りください」
「大丈夫です。明るいうちにつけますので」
瞬間移動で《姫の宮都市》でも、《北野村》でも、一瞬で帰れるのだが、そのことには触れず、村長の誘いは断って村を後にした。
村から少し離れたところで、俺は再び空を仰ぎ、転移魔法で《姫の宮都市》へと戻った。ギルドで依頼完了の報告を終え10万ゴルドの報酬をうけとると外はもう日が落ちそうになっている。なお、《灰牙》26匹の『買い取り』額は280万ゴルドでカードにプールされていた。
まずは宿を押さえよう。南部の調査には何日かかるか分からない。ここを拠点に、各ギルドにあたる必要がある。
以前も使った宿屋《潮風亭》へ向かう。
宿に荷を下ろしたあと、俺は手早く地図を広げ、南部の主要都市とギルドの位置を確認する。
「《姫の宮都市》の次は西の《トアナ都市》と東の《海谷都市》か。あとは《トアナ都市》のさらに西、山地の《セレト都市》……」
街道は整備されているが、距離はある。今までに訪れれいない地点が多いため、移動にかかる時間も含めて調査計画を練る必要がある。
明日は中央支部から回ってみるか……と考えていたら、腹がグウと鳴った。
俺は情報収集も兼ねて、繁華街に出て晩飯を食うことにした。
夜の《姫の宮都市》は、昼間とはまた違った顔を見せていた。通りには提灯の明かりが揺れ、どこからか焼き魚や香辛料の匂いが漂ってくる。港町ならではの賑わいだ。音楽と笑い声、酒場の扉が開くたびに溢れる熱気。活気に満ちた夜の市場は、どこか懐かしささえ感じさせた。
目星をつけていた屋台へ向かい、焼き魚と貝のスープ、それに酒を注文する。料理はすぐに出てきた。港町だけあって、魚の鮮度も焼き加減も見事なものだった。
うまい――そう思っていた矢先、隣の席で怒鳴り声が上がった。
「ふざけないでよ! 私がいなかったら、今ごろあんたは商会に潰されてたでしょ!」
「うるせぇな……勝手に助けたくせに、恩に着せんな!」
若い男女が口論していた。女は冒険者風で、軽装の鎧に剣の柄がのぞいている。男は旅商人のような格好。酔っているのか、顔が赤く、言葉に勢いがある。
「借金を肩代わりして、商会に頭下げたのは私よ? あんた、泣きながら頼んできたじゃない……」
「もう終わったことだろ。いちいち蒸し返すな!」
「……わかった。もういい。あなたの問題には口を出さない。あんたがどうなろうと、もう知らない」
女は唇を噛み、目を伏せたまま席を立とうとした。その拍子に足元の木箱につまずき、体がぐらりと傾く。
――思わず立ち上がり、彼女の腕を支える。
「大丈夫か?」
「……あ、すみません。すぐ行きますから……」
足首が少し腫れているようだ。転びかけたときにひねったのかもしれない。
それを見ても、男は眉ひとつ動かさず、酒をあおる。
「勝手に怒って、勝手に転んで……知らねえよ」
胸の奥が冷えたような感覚がした。
――腹減り虫は収まっていたが、別の虫が騒ぎ出した。
「おい、お前。少し黙って聞いてりゃ……いい加減にしろ」
「は? なんだあんた、関係ないだろ」
「関係ないさ! でも、一つだけいわせてもらうぜ。――助けてもらったことを『勝手に』って言えるやつは、まともな人間じゃないぞ!」
男が顔をしかめる。口を開きかけたが、周囲の視線が向いているのに気づき、舌打ちして店を出ていった。
女はしばらく呆然としていたが、やがて俺に頭を下げた。
「……助けてくれてありがとう。」
「いや、ごめん。勝手に自分の感情でさわぎを大きくしちゃったな」
「私は、リーナ。元はここの貧民区育ちで、細々と冒険者やってる。あんな男に関わったのは……ちょっと、間違いだったかも」
「人を見る目はなかったかもな。でも優しいのは悪くない」
彼女は少し笑って、でもその目はどこか疲れていた。
この夜をきっかけに、俺とリーナは何度か顔を合わせることになる。
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