十魔王

nionea

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萬魔の王

6.

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 どれだけ叫んでも彼に救いは訪れなかった。だが、体に与えられている行為への嫌悪も未知への恐怖も、頭の真ん中が鈍くなっていくような感覚と共に次第に遠ざかっていく。
「はぁっんぅ…」
 徐々にナークの思考が快楽に支配され、擦られずとも押し広げるように中を刺激されただけで艶を孕んだ声が漏れた。閉ざせない口からは声と共に唾液が垂れる。
「あぁ、あっ、んくっ、ふぁ」
 縒り合わさった触手がネジのような錐形になり回転しながら出入りしても、拒絶や救いを求める声はもう出ない。彼が悦楽に喘ぐ度、硬く勃ち上がった性器の先から透明な体液が飛び散って腹の上を濡らしていた。
「う、ん…?」
 靄がかった思考に過ぎた快楽で疲労した体は、後孔から触手が抜き去られた事に疑問と不満を感じる。にちゃっとした音を立てて、一度は窄まった後孔がまた口を開けた。だが、弛緩して力の入らない彼の体はそれ以上の動きを見せる事はない。
 触手はそんな彼の上半身を寝台の上に仰向けに横たえた。
 下半身だけが後孔を突き出し開くように持ち上げられており、彼の視界に自分の体を嬲っていたものがなんであったのか見えるようになった。だが、今の彼にはそれに恐怖や嫌悪を感じるだけの正常な感覚は残っていない。ただ、もう一度自分の中に入ってきて、掻き回して欲しいと願うだけだ。
(もっと、ほしい…)
 欲求と期待で震える彼が、自分の広げられた両足の間に見たのは、触手ではなかった。
「あ、んっ…」
 男が鋭い刃物のような爪が生えた手で、柔らかい皮膚の尻を掴んでも、彼の目に恐怖は浮かばない。ただ、見下ろす目線に焦燥を煽られたように、ひくりと下の口が動くだけだ。
 ナークは明るい室内で、確かにその男の姿を見ている。だというのに恐怖は抱かない。その異形の風体よりも、自身の後孔にあてがわれている屹立したものがもたらすだろう快感に、期待だけが高まっている。
「は、やく…入れてぇ、おっねが、い、はやああぁあっ!」
 男が彼の懇願を聞き入れたとは思えないが、彼の要求通り熱が内側を満たした。
「あんっ、あっ、んぁ、あんっ、んっ、あぁ、あっ、いぃ、あぁ」
 触手は再び彼を宙に浮かし、振り子のように揺らしている。
 規則正しい抽挿に、彼の性器は壊れたように透明な体液を溢れさせ、募るように快感は高まり、思考や感情とは関係なくきゅうきゅうと搾り取るように中のものを締め付けた。
(もうすぐ…もう…また)
 記憶は無いはずだった。だが、花の絵を見上げた時のように、強烈な既視感が彼を襲っている。規則的な律動と、募る快感の先には、必ず彼を満たす喜悦が待っていると確信していた。
「くぅるっあぁっ」
 その時が近付いている事が解り、彼の後孔はぎゅうっと窄まる。
「いぃいっん、ああぁあっ…!」
 ナークは腹部内を待ち望んで熱に満たされ、更にその熱が脳裏も焼くように駆け上っていき、白い光の中に熔けて消えるように意識を失った。
 痙攣に近い形で、硬度をやわらげた男のものを締め付けているナークの後孔から、それは引き抜かれる。
 触手からも解放されぐったりと寝台に横たわる彼を見下ろして、男は前と同じようにその腹が膨れている事と後孔から漏れ出るものもない事を視認していた。
 明るい室内ではっきりと姿を見せた白い手は、男の半分ほどの背しかないメイド姿の女のもので、相変わらずの丁寧な仕草で男のものを拭い清め、仕舞っていく。
「…陛下?」
 作業を終えてもナークを見下ろしていた男に、控えめに女が声をかけた。
 女の声には応えず、男はまだしばらくナークを見ていたが、何かを否定するように首を横に振って部屋を出て行く。
 男に付き従って部屋を出ながら、ちらりと女はナークに視線をやったが、男が何を気にしていたのかは解らず首を捻った。
 しばらくすると、室内にそれが普通なのだろうが顔色の悪い老婆が入ってくる。寝台脇の小棚に水の入った吸呑を置くと、とんとん、とつま先が床を叩いた。応えるように触手が寝台の下から伸びて、ナークの体を宙に持ち上げる。老婆はくしゃくしゃになったシーツを寝台から取り、持ってきた新しいシーツをかけた。
 再び寝台に寝かせられたナークは、ぼやっとした顔で、瞼を薄く開く。
 それをみとめた老婆は、吸呑を彼の口元に持っていった。
 吸呑からは、わずかにとろみのある水が注がれ、彼の喉がこくりこくりと動く。喉が動きながらも、彼の瞼は再び閉じていった。
 瞼が完全に閉じると、まだ喉が動いているようだったが、老婆は吸呑を彼の口から離す。しばらくは規則正しい寝息を立てる彼を観察するようにじっと見つめていた。
 こうして、また、ナークの夢現の日々が始まった。
 ずっと寝台の上で、ひたすら寝て起きてを繰り返すだけの日々。時折膨らんだ自分の腹部を撫で、老婆に渡される吸呑から水を飲む。ただ、それだけ日々が。
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