とある隠密の受難

nionea

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 リーグクラットの任意で操作できるのではなかったのか、とミツマの顔も困惑を浮かべた。ただ、目当ての部分は解いていないのでリーグクラットには伝わらなかったが。
「すまない、本当に」
 腕に力を込められ、ぐっと抱き締められる。謝るなら手は放して欲しいというのがミツマの感想だが、お湯から引き上げてもらった手前言い難かった。お湯に落とした原因も相手ではあるのだが、そこはどうやら故意でなかったらしいので。
「俺が考えていたよりも力が強いらしい、この指輪は…」
 リーグクラットの呟きにはっとする。
(そうだ、指輪! 効果の話!)
 そう考えたが、リーグクラットの行動のせいで声に出たのは違う言葉だった。
「ちょっ何を!」
 何故がリーグクラットがミツマの隠密服の帯を解きにかかっているのだ。隠密服は素早く着脱できるように考えられており、腰帯を解かれると上下とも脱げてしまう。
「湯の中で服を着ているのはどうかと思うぞ」
(真面目な顔してあんたが言う事か)
「誰のせいだと!」
「俺のせいだと思うから手伝ってやろうというのだ」
「いらん!」
 水の中で結び目がよく解らなかったため、引かれていたらまずい事になる端はなんとか無事だった。ばしゃばしゃとしぶきを上げながら抵抗し、帯を解かれることなく湯船の縁に逃げ、そのまま湯船を這い出た。
 掘り下げる形で作られている湯船の中で、胸から上だけ出したリーグクラットが笑顔を浮かべている。
(殴りたい…できるもんならぼっこぼこにしたい)
 己の非力を嫌というほど解っているミツマは心で拳を握りこんで血涙を流した。
 ちなみに慌てる自分の姿を見て笑っているのだとミツマは考えているが、実際のリーグクラットは、動きを阻害しないよう体に沿って作られた隠密服が濡れて張り付いているのを見てにやついている。知らぬがなんとやらだ。
 ぼたぼたと顔にお湯が垂れてくるため、目当てや頭巾も取り外し、ついでに睨みつけるが、全く効いているようには思えない。
「あの、聞きそびれていた指輪の効果について伺いたいのですが」
「ああ、そうだったな。では、服を脱いでこちらに」
 寝台を示した時のように湯の表面を手で叩いて要求される。
「………何故ですか?」
「服を着たまま湯に浸かるのはどうかと思うからだが?」
「そうではなく…何故湯に入る必要があるのかと聞いているのですが」
「俺だけ湯に浸かっていては話し辛いだろう」
「問題ありません。どうぞそのままで」
 立ち上がって歩み寄りつつ答えたが、リーグクラットが湯船の縁を離れて中央へ移動した。
「………」
(俺に腕力さえ有ったなら…!)
 ミツマに腕力があればそもそもキョートウ国を探る隠密になっていなかっただろう。
 にやつくリーグクラットに怒りを覚えつつも、服を着たまま湯船に飛び込んで中央へ向かった。立って入れる風呂の深さは当然ジンナ王家仕様で、肩がしっかり出ているリーグクラットに対してミツマは沈んでしまう。間抜けこの上ない状況だったが、気にはならなかった。
 露な怒りにリーグクラットはからかい過ぎたなと反省したが、不機嫌な猫を宥める様な面白さも感じているせいでつい口元が緩む。
(まんまとお湯の中に引きずり込まれてるあたり自分でもどうかとは思ってるけどにやつかれると本当に腹立つ)
 腹立ち紛れにお湯をリーグクラットの顔にかける。きょとんとした顔をされ、腹立ちが紛れるどころかいたたまれなくなった。
(子供か…)
 自嘲する思いが湧いたが表向きは怒りの表情のまま対峙すし、手で顔を拭って苦笑を浮かべるリーグクラットに問いかける。
「それで、指輪の効果ってなんですか」
「ああ、これは初代からずっとジンナの男系に代々引き継がれてる指輪でな」
(それは何となく解ってる)
「魔法というほど明確な呪文が込められている訳ではないはずなんだが」
(?)
「運命の相手を導く呪いの指輪だ」
「………は?」
「運命の相手を導く呪いの指輪だ」
(いや、別に、繰り返して言ってくれなくても良いんだけど…)
 真剣なリーグクラットの顔に、本当の事なのだとは理解するが、その効果を理解できず表情をなくして俯いてしまう。
「そう、ですか…」
 それだけ呟くと、ミツマは踵を返して湯船の縁へ向かって歩き出す。知りたかった指輪の効果は知れた。後は報告書をまとめて交代人員が到着するのを待つだけだ。さあ忙しくなるぞ、と思考は現実逃避を始めたが、リーグクラットがそれだけでミツマを逃すわけがなかった。 
「逃げることはないだろう」
 背後から近付かれて抱き寄せられる。地上にいてもろくに抵抗はできないが、お湯の中では更にあっさりと抱えられてしまう。お湯の中で浮いてしまいながらも足掻くが、どうにもならない。
「放して、下さい」
「頼むから聞いてくれ」
 背後から耳元に囁かれてぞくりと背筋が粟立つ。お湯に浸かっているからだと自分に言いかせるが、それだけでは説明のつかない血の巡りが顔を赤くしている。心臓が早鐘を打つのが信じられず、ミツマは自分の腹に回された手を剥がそうと必死に掴んだ。
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