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13.最終話
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ミツマがはっと目を覚ますと、朝日に白み始めた窓の外が見えた。背には人の体温を感じる。素肌に、しっかりと。
(え? え? なんで? 何があった? なんだこれ………)
混乱するミツマの思考は湯船での一件で止まっている。
それもそのはず、ミツマは湯船でのぼせ上がって気絶したのだ。その後リーグクラットに介抱され、服を脱がされて、寝室まで連れ込まれたのだが。その辺はさっぱり記憶にない。つまり、湯船から突然の全裸で同衾である。混乱するなというのは無理な要求だった。
(服、着てない………うん。大丈夫。たぶん何もない…別に体痛いとかないし、大丈夫だ)
身動ぎをしてもし背後の人物が目を覚ましたらと考え、動かないまま自分の体の状況を確認した。相変わらず腹の辺りに腕が乗っているのを感じ、何とか起こさずに離れる術はないかと考えるが、いっそ相手が起きて何処かに行くまで寝たふりを続けるのが最善ではないかと思いつく。
(…いや。このまま起きないでいると侍従が入ってくるから駄目だ、まずい、さっさと服を調達してどっか行かないと)
何とかしなくては、と思いつめただけで、まだ動いてはいなかったのだが。ミツマの腹部にあった手が動いて、ぐっと背後に抱き寄せられた。
「大丈夫か? ただの湯あたりだと思って他人は呼ばなかったが、どこか具合が悪いのならさじを呼ぶ」
他人を呼ばれなかったのは大いに有難かったし、特に具合が悪いわけではなかった。だが、項に落ちる声に、動悸が激しくなり顔が火照る状況に混乱して、謝意を示すことはできなかった。
「大丈夫です」
たった一言返すだけで精一杯だ。
「そうか」
するりとリーグクラットの手が腹から胸に動く。慌てて手を止めようと触れるが、上ってきたところで止まった。
「鼓動が早いな」
声にはからかいの色はなく。その事がかえって気恥ずかしさを呼び起こす。ミツマは息さえ上手くできなくなって、口を池の鯉のように動かした。リーグクラットの頭が動く度、首の後ろを擽るように髪が触るのが辛かったが、それを言葉にして止めてもらうこともできない。
(うわぁ…あぁ…)
もはや思考さえ上手く言語化できない有様で硬直していると、ついに侍従が扉を叩いて朝を知らせてきた。
(まずい、とにかく此処から移動しないと………服どうしよう)
リーグクラットが離れるのを感じて自分も寝台を下りようとするが、自分が全裸でしかも視界の範囲に一切の衣類がない事を理解して固まる。
「そのまま、少し待っていろ」
掛布で頭から包むようにされ、こくこくと無言で首を縦に振った。寝台を下りたリーグクラットが扉を開けて侍従と話しているのが聞こえる。適当に挨拶をして、お湯で顔を洗いたいから持ってきて欲しいと告げ、どうやら室内に入れることなく引き返すよう促してくれているらしい。
(服、もういいや、この布このまま被って…いや、まずいかさすがに)
何とか状況から脱却しようと考えるが、もう全裸のまま天井裏に登る選択肢しか見当たらなかった。その思考はある意味現実逃避だったが、戻ってきたリーグクラットが寝台に乗り更に後ろから抱きすくめられると、結局真っ白になってしまった。
「エータ」
「?」
囁かれた言葉が解らず、リーグクラットの顔がない方に首を傾げる。
「好きに呼んで良いと言っただろう。だから、エータと呼ぶことにした」
「そ、うで、すか」
自分に名前が付いたのか、と考えると無性に腹の中がむずむずとした。
「エータ」
耳を震わせるリーグクラットの声がひどく甘いような気がするのも、歯の付け根がぞわぞわするのも、今すぐ天井裏に駆け上りたいはずなのに体が動かないのも、全て初めて付いた名前に何かの呪いがかかっているからなのだと、訳の解らない考えが頭を過る。
「あ…」
間の抜けたリーグクラットの声が寝室に落ちた。下から手を侵入させ、掛布の中にすっぽり包まっていた足に触れたと思ったのだが、次の瞬間、掛布だけ残して人が消えた。いや、掛布で死角になっていただけで寝台の下に入ったのだというのは解っている。
「居ないか…」
直ぐに寝台の下を覗き込んだが、視線が追いつく前にかたりと壁のあたりから音がしていたので、既に壁の中に消えたのだとは解っていた。ただ、流石に全裸にしておけば逃げないだろうと考えていたので、当てが外れたなと頭を掻いた。
「まぁ、やりがいがあるというものか」
呟いて、逃げれば追いたくなるのだと、猛獣が牙をむく様が透けて見える笑みをリーグクラットは浮かべたが、天井裏を全裸で逃走している、ミツマ、改め、エータは気付かない。背筋に悪寒は走ったのだが、なにぶん全裸なので寒さだと勘違いしたのだ。
こうしてエータの、本人にとっては受難の日々は幕を開けた。
ちなみに、リーグクラットからの攻勢にじたばたと足掻いていたエータに、追い打ちをかけるように頭から伝えられた言葉は、要約すると、
『もう面倒だからキョートウ国付としてずっと諜報しとけ』
と、なっていた。文面を理解した瞬間、文を握りしめて膝から崩れ落ちる事になるのだが、それはまた数日後の話である。
□fin
(え? え? なんで? 何があった? なんだこれ………)
混乱するミツマの思考は湯船での一件で止まっている。
それもそのはず、ミツマは湯船でのぼせ上がって気絶したのだ。その後リーグクラットに介抱され、服を脱がされて、寝室まで連れ込まれたのだが。その辺はさっぱり記憶にない。つまり、湯船から突然の全裸で同衾である。混乱するなというのは無理な要求だった。
(服、着てない………うん。大丈夫。たぶん何もない…別に体痛いとかないし、大丈夫だ)
身動ぎをしてもし背後の人物が目を覚ましたらと考え、動かないまま自分の体の状況を確認した。相変わらず腹の辺りに腕が乗っているのを感じ、何とか起こさずに離れる術はないかと考えるが、いっそ相手が起きて何処かに行くまで寝たふりを続けるのが最善ではないかと思いつく。
(…いや。このまま起きないでいると侍従が入ってくるから駄目だ、まずい、さっさと服を調達してどっか行かないと)
何とかしなくては、と思いつめただけで、まだ動いてはいなかったのだが。ミツマの腹部にあった手が動いて、ぐっと背後に抱き寄せられた。
「大丈夫か? ただの湯あたりだと思って他人は呼ばなかったが、どこか具合が悪いのならさじを呼ぶ」
他人を呼ばれなかったのは大いに有難かったし、特に具合が悪いわけではなかった。だが、項に落ちる声に、動悸が激しくなり顔が火照る状況に混乱して、謝意を示すことはできなかった。
「大丈夫です」
たった一言返すだけで精一杯だ。
「そうか」
するりとリーグクラットの手が腹から胸に動く。慌てて手を止めようと触れるが、上ってきたところで止まった。
「鼓動が早いな」
声にはからかいの色はなく。その事がかえって気恥ずかしさを呼び起こす。ミツマは息さえ上手くできなくなって、口を池の鯉のように動かした。リーグクラットの頭が動く度、首の後ろを擽るように髪が触るのが辛かったが、それを言葉にして止めてもらうこともできない。
(うわぁ…あぁ…)
もはや思考さえ上手く言語化できない有様で硬直していると、ついに侍従が扉を叩いて朝を知らせてきた。
(まずい、とにかく此処から移動しないと………服どうしよう)
リーグクラットが離れるのを感じて自分も寝台を下りようとするが、自分が全裸でしかも視界の範囲に一切の衣類がない事を理解して固まる。
「そのまま、少し待っていろ」
掛布で頭から包むようにされ、こくこくと無言で首を縦に振った。寝台を下りたリーグクラットが扉を開けて侍従と話しているのが聞こえる。適当に挨拶をして、お湯で顔を洗いたいから持ってきて欲しいと告げ、どうやら室内に入れることなく引き返すよう促してくれているらしい。
(服、もういいや、この布このまま被って…いや、まずいかさすがに)
何とか状況から脱却しようと考えるが、もう全裸のまま天井裏に登る選択肢しか見当たらなかった。その思考はある意味現実逃避だったが、戻ってきたリーグクラットが寝台に乗り更に後ろから抱きすくめられると、結局真っ白になってしまった。
「エータ」
「?」
囁かれた言葉が解らず、リーグクラットの顔がない方に首を傾げる。
「好きに呼んで良いと言っただろう。だから、エータと呼ぶことにした」
「そ、うで、すか」
自分に名前が付いたのか、と考えると無性に腹の中がむずむずとした。
「エータ」
耳を震わせるリーグクラットの声がひどく甘いような気がするのも、歯の付け根がぞわぞわするのも、今すぐ天井裏に駆け上りたいはずなのに体が動かないのも、全て初めて付いた名前に何かの呪いがかかっているからなのだと、訳の解らない考えが頭を過る。
「あ…」
間の抜けたリーグクラットの声が寝室に落ちた。下から手を侵入させ、掛布の中にすっぽり包まっていた足に触れたと思ったのだが、次の瞬間、掛布だけ残して人が消えた。いや、掛布で死角になっていただけで寝台の下に入ったのだというのは解っている。
「居ないか…」
直ぐに寝台の下を覗き込んだが、視線が追いつく前にかたりと壁のあたりから音がしていたので、既に壁の中に消えたのだとは解っていた。ただ、流石に全裸にしておけば逃げないだろうと考えていたので、当てが外れたなと頭を掻いた。
「まぁ、やりがいがあるというものか」
呟いて、逃げれば追いたくなるのだと、猛獣が牙をむく様が透けて見える笑みをリーグクラットは浮かべたが、天井裏を全裸で逃走している、ミツマ、改め、エータは気付かない。背筋に悪寒は走ったのだが、なにぶん全裸なので寒さだと勘違いしたのだ。
こうしてエータの、本人にとっては受難の日々は幕を開けた。
ちなみに、リーグクラットからの攻勢にじたばたと足掻いていたエータに、追い打ちをかけるように頭から伝えられた言葉は、要約すると、
『もう面倒だからキョートウ国付としてずっと諜報しとけ』
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