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第1章:養子

3.異母姉

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 突然の事態にとりあえず頷いたアンセラに、細かな事情が知らされたのは、その後だった。
(この人が、私のお姉様)
 アンセラは義母の薫陶のおかげで表には出なくなっていたが、その内心で呆然と目の前の少女に見蕩れた。自分が鏡の中の自分に感心していたのが恥ずかしくなるような、髪の毛先から指の爪先に至るまで、何処をどう切り取っても完璧に貴族の御令嬢がそこにはいる。
 父や義母と同じ茶色の肌を鮮やかな薄紅のデイドレスに包み、濃紺の絹リボンを編み込んだ銀の髪はキラキラと輝き、優しく細められた瞳の青がまるで晴れた空のようだ。いや、事実その瞳に見つめられていると、本当に暖かくなってくる気がする。
「こんなに可愛い妹ができるなんて、とても嬉しいわ。はじめまして、貴方の姉のレナ・ミスティよ」
 現在オークラント家の嫡子であるアンセラの異母姉は、本当に妹の存在を喜んでいるようだった。
「あ、はじめまして…シィ・アンセラです」
 父に会った時とも義母に受け入れてもらった時とも違う。
(素敵な人…)
 顔が似ているわけでも、声が似ている訳でもなかったが、微笑んでアンセラに声をかけてくれた雰囲気が、母に似ていた。内側を満たしてなお留まる事なく優しが溢れているような穏やかさが、視線にも、口調の端にも、表情にもある。
 恋ではない。
 だが、間違いなく一目惚れだった。
 生まれて初めて、こんなに美しい人を見た、とアンセラは思ったのだ。
 この姉と、あと少ししか暮らせないのは酷く悲しかった。
(私…お姉様のために頑張るわ!)
 だが、それが全て姉のためになるのならば、どこまでも頑張れる気がした。
「お部屋を案内するわ」
 行きましょう、とそっと触れられた手の温かな柔らかさにどきりと心臓が跳ねる。
「…はい」
 もっと、話をしたい。せっかく血の繋がった姉妹なのに、ようやく出会えたのに、何故全てお別れの準備なのだろう。
(駄目よ。お姉様を困らせるわ…せっかく好きな人と結婚できるのに…)
 そうか、こんな時のためなのだ。そうアンセラは考えた。貴族たるもの軽々に表情を出してはいけない、常に微笑みを浮かべて優雅に振る舞い、感情を相手に悟らせるような事があってはいけない。義母の教えの根底に在ったのは、相手を困らせないための配慮なのだから。
 アンセラは、自分の役割を胸に刻み付ける。
(オークラント家の嫡子には私が成ってみせる。お姉様は好きな人と絶対に幸せになるのよ!)
 何故、数ヶ月前までただの平民の娘であったアンセラが、伯爵家の嫡子に望まれたのか。
 それは、今目の前で妹に家の中を案内してくれている姉、ミスティが、愛する人と幸せになるためなのだ。
 ミスティには、想い合う大切な人がいる。しかしながら、相手もまた、貴族家の嫡子であるという。つまり、姉はオークラント家の嫡子のままではその相手へ嫁ぐ事など夢のまた夢なのだ。だが、紛れもなくオークラント家の父の血を引くアンセラならば、その立場に成り代われる。
 まだまだ目の前の素晴らしい姉のように振る舞えるとは思えない。
 それでも、アンセラは、頑張ると決めた。それだけは、ずっと彼女が誰にも負けないと胸を張れる事だから。
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