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第2章:新生活
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濃い緑色のデイドレスの裾をそっととって挨拶をする姿は、姉同様に優雅だった。
軽く膝を曲げ、一言挨拶をする。
(お姉様と同じ)
たったそれだけの事で解ってしまう。生まれながらに貴族の令嬢であると。
「本日より、オークラント家御嫡子シィ・アンセラお嬢様の家庭教師を務めさせていただきます」
軽やかな声が耳に心地良く、心の中で、温かく明るいものが弾むような気がする。アンセラが見た事のない、美しい紫色の瞳が、優しく見つめていて、始めて姉に会った時のように、暖かくなってきた。
「エグリス・ララ・アリシェと申します」
髪の色や仕草、雰囲気だけではない。年の頃も姉とそう変わらないように見える。
アンセラは、元々義母に教えられていた事もあって、教師という人はみな親くらいの目上なのだと考えていた。だが、これは嬉しい誤算だ。アリシェの優しい微笑みを見るだけで、疲れていた心が息を吹き返す。頑張ろうという思いが湧き上がってきた。
「オークラント・シィ・アンセラです」
精一杯、優雅に、礼を返す。
「お会いできて嬉しく思います」
本当は、いつものように気取った微笑を浮かべるはずだった。だが、満面の笑みを浮かべたアンセラの目からはポロポロと涙が零れ落ちた。
「あ…!」
人前で泣いたりしてはいけないと言われていたのを思い出し、アンセラは慌てて涙を拭う。だが、次々に溢れてくる涙は、拭っても拭っても、拭い切れない。
焦って目元を擦っても、痛いばかりで涙は止まらなかった。
「貴族令嬢が泣き崩れるなどはしたない!」
そんな義母の叱責が耳にこだまして、心は焦り、腹の底が恐怖に固まっていった。感情を昂らせるどころか、今日会ったばかりの他人の目の前で表に出してしまっている。あってはならない事だ。常に優雅に微笑み、相手に感情を悟らせるような真似をしてはいけない。そう言わてれいるのだ。そもそも貴族でなくたって、いきなりあったばかりの他人が目の前で泣き始めたら、どうして良いのか解らず困るだろう。
(困らせたくなんてないのに!)
せっかく家庭教師に来てくれた、目の前の素晴らしい人に軽蔑されたら、もう立つ事さえできなくなるような気がする。
(どうしよう)
焦躁と恐怖で緊張し、周りが解らなくなっていたアンセラが、アリシェの気配が近付いた事に気付いたのは、滑らかな絹の肌触りが頬に触れた後だった。
「そのように擦っては、肌が傷付きますわ」
そっと、白いハンカチを当て、アンセラの目元から頬にかけての涙を吸い取ってくれた。
「すみませっ…」
「かまいません。気になさらないで」
優しい瞳と目が合うと、もう言い訳も口にできなくなる。
「っひぃ…えっ…ひぅ…」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
アンセラの涙がすっかり流れ出ていくまで、アリシェの優しい手は肩を抱き、声をかけながら背を撫で続けてくれた。
軽く膝を曲げ、一言挨拶をする。
(お姉様と同じ)
たったそれだけの事で解ってしまう。生まれながらに貴族の令嬢であると。
「本日より、オークラント家御嫡子シィ・アンセラお嬢様の家庭教師を務めさせていただきます」
軽やかな声が耳に心地良く、心の中で、温かく明るいものが弾むような気がする。アンセラが見た事のない、美しい紫色の瞳が、優しく見つめていて、始めて姉に会った時のように、暖かくなってきた。
「エグリス・ララ・アリシェと申します」
髪の色や仕草、雰囲気だけではない。年の頃も姉とそう変わらないように見える。
アンセラは、元々義母に教えられていた事もあって、教師という人はみな親くらいの目上なのだと考えていた。だが、これは嬉しい誤算だ。アリシェの優しい微笑みを見るだけで、疲れていた心が息を吹き返す。頑張ろうという思いが湧き上がってきた。
「オークラント・シィ・アンセラです」
精一杯、優雅に、礼を返す。
「お会いできて嬉しく思います」
本当は、いつものように気取った微笑を浮かべるはずだった。だが、満面の笑みを浮かべたアンセラの目からはポロポロと涙が零れ落ちた。
「あ…!」
人前で泣いたりしてはいけないと言われていたのを思い出し、アンセラは慌てて涙を拭う。だが、次々に溢れてくる涙は、拭っても拭っても、拭い切れない。
焦って目元を擦っても、痛いばかりで涙は止まらなかった。
「貴族令嬢が泣き崩れるなどはしたない!」
そんな義母の叱責が耳にこだまして、心は焦り、腹の底が恐怖に固まっていった。感情を昂らせるどころか、今日会ったばかりの他人の目の前で表に出してしまっている。あってはならない事だ。常に優雅に微笑み、相手に感情を悟らせるような真似をしてはいけない。そう言わてれいるのだ。そもそも貴族でなくたって、いきなりあったばかりの他人が目の前で泣き始めたら、どうして良いのか解らず困るだろう。
(困らせたくなんてないのに!)
せっかく家庭教師に来てくれた、目の前の素晴らしい人に軽蔑されたら、もう立つ事さえできなくなるような気がする。
(どうしよう)
焦躁と恐怖で緊張し、周りが解らなくなっていたアンセラが、アリシェの気配が近付いた事に気付いたのは、滑らかな絹の肌触りが頬に触れた後だった。
「そのように擦っては、肌が傷付きますわ」
そっと、白いハンカチを当て、アンセラの目元から頬にかけての涙を吸い取ってくれた。
「すみませっ…」
「かまいません。気になさらないで」
優しい瞳と目が合うと、もう言い訳も口にできなくなる。
「っひぃ…えっ…ひぅ…」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
アンセラの涙がすっかり流れ出ていくまで、アリシェの優しい手は肩を抱き、声をかけながら背を撫で続けてくれた。
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