首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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 二人はメインホールを出て少し離れたところにある一室に入った。談話室の一つと思われるその部屋は、やはりアンネリザが今まで見たどの談話室よりも素晴らしかった。
 入るなり、お茶を淹れよう、と言ってレンフロが準備を始める。
 自分から言い出したのならともかく、招かれた側である以上レンフロのことを止める理由もないため、その所作を見つめていた。そして、見つめられる位置で椅子に腰掛けながら、アンネリザは今までになく真剣に、これまでのことを考えていた。
(もしかして、陛下は私の事がお好きなのでは?)
 場違いにも呼ばれた舞踏会。陛下自ら真っ先に話しかけてくれた現実。二人きりで談話室へ退避している現状。それらを総合的に鑑みて客観的に判断すると、そうした結論が導かれた。
(え、なにそれ、困る…どうしよう)
 今回なんとか踊れて、アケチ家の、姉達が築き上げた社交界の華々しい評判を落とさずに済んだわけだが。王家に入れば今までとは比べることもできないほどに社交の場に出ていくことになる。
(無理よ。無理! 私は今まで田舎の貧乏令嬢であることに誇りを持って、存分にその地位を謳歌し、更に謳歌し尽くすつもりの将来設計を画いていたのに。王家って、王家って何? いや、王家は解るのよ。私だって貴族なんだから。でもそこに私が入るって、何? ありえないでしょう。ありえないわよ。お父様が卒倒するわ。それにコレトーも多分寝込むわね。ミナ姉様は、泣くかも知れないわ、気丈な方だからこそ不安で。アリ姉様は多分笑うわね…面白がるわ、うん。きっと。テーナ姉様は、心配してしまうわ、少なくとも妊娠中には絶対に耳に入らないようにしないといけないわね。キャス姉様は言っても信じないかもだけど、たぶん笑って祝福してくれるんだろうな。そして、レナ姉様は泣いて祝福してくれる。うん。問題は私が全く望んでないし、祝福じゃなくて破談に持ち込んで欲しいと望んでいることね…)
 彼女が妄想の中で次々に周囲の人々を寝付かせたり混乱させたりしていると、目の前に爽やかな香りの薄い琥珀色のお茶が置かれた。
「スエン産の黄金茶だ」
「ありがとうございます」
「いや」
 テーブルを挟んで向かい合う形で座り、互いにお茶を飲む。
(美味しいわ。さすがスエン州特産品。家の領内のお茶とは香りが違うし、舌当たりも違うわ。甘味の出し方はともかく、この舌当たりは陛下の淹れ方もあるのかしら? コレトーの淹れたお茶がこの世で一番美味しいと思って生きてきたけど。帰る前にアリ姉様の所に行ってスエン産の黄金茶をお持ちかどうか聞いてみましょう。コレトーが入れてくれたらきっと更に美味しいに違いないわ)
 さっきまでの絶望感も忘れ、目の前のお茶に夢中になっている。そんな彼女の様子を見て、レンフロの顔に笑みが浮かぶ。
「今日は、助かった。貴方が舞踏会に来てくれて、良かった」
「なんのことでしょう?」
(まぁ、招待されたら来ますとも。貴族ですから)
「私は、舞踏会というか、社交の場が本当に苦手で」
(あぁ、陛下のご性格だと合わないわよね、きっと)
 解り易い話ほど回りくどく例えてみたり、真実を語りたいのに嘘を織り交ぜてみたり、誇張と脚色が当然になって止まる事を知らない会話の応酬など。それを全て冷静に分析判断しなくてはならない王という立場で参加するには、レンフロは生真面目が過ぎた。
「だが、主催である以上誰か一人でも話すなりしないことには場を終わらせることもできないからな。変に含みの有る姫君方と話をするより、貴方のように端から王后の座に興味の無い方と話をできるのは良い」
 初めて苦笑ではなく、微笑んだ顔を見たな。と思いながら、アンネリザの口の中で急速にお茶の味が解らなくなった。
(あぁ…もう、もうっ! 勘違いが恥ずかしいし、本心がバレバレなのも恥ずかしい! あぁ、何か自分の存在が全面的に恥ずかしい! 我ながら神経の図太さは自覚があったけれど、これは格が違う。もう恥ずかしい。自分をここまで恥じたのは初めてかもしれない)
「………申し訳ございません」
 思わず顔を両手で覆って頭を下げる。
 ついさっきまで陛下は自分を好きなのでは、という妄想をしていた事実が恥ずかしかった。そもそも隠す気も特にない本心だったが、見合いを成功させる気がなかったことが察せられていたことも恥ずかしかった。そういう小生意気な小娘が自分に失礼な態度を取っても、鷹揚さを崩さないレンフロの寛容さを前にしている事が、ただもうひたすらに恥ずかしかった。
「いや、謝りたいのは私の方だが。すっかり巻き込んでしまった。もし、私にできることがあれば言ってくれ」
 レンフロはそう言って、その表情を苦笑に変える。
 王后の座に興味がない以上アンネリザはこの舞踏会が終わればアケチ領へ帰るだろう。しかし、少なくともこの舞踏会の場では、彼女だけが国王と話し、踊り、共に下がったことになる。しばらくは様々な噂を呼ぶだろう。
 そうした迷惑をかけてしまうことをレンフロは謝罪していた。そのことはアンネリザにも察せられた。
 そして、かつて無いほどに恥じ入っていたアンネリザは、自分の中だけで一周回ってしまっていた。もうこの際恥という恥を全てかいてしまおうという気になったのだ。
「では、あの、不躾なのですが、お願いしてもよろしいでしょうか」
 レンフロは、この場から誰の目にも触れずに退出するとか、ひっそりと王都を旅立てるようするとか、そうした手配が必要であればしようと思い声をかけていた。もちろんできないことはできないと言うが、できる限りのことはするつもりだった。
「私でできることなら」
「いえ、はい、それはもう。陛下にしかできないことです」
 アンネリザは喜色満面の笑顔ではっきりと頼んだ。
「首をとってみせてください!!」
「………」
 この時、レンフロは悟った。見合いの席でがっかりだという顔をしたあの時、本当に彼女はがっかりしていたのだと。
「それはかまわないが。あまり女性に評判の良いものでは…」
「是非!」
「…解った」
 そういうお願いを聞くことになるとは思っていなかったが、できることなら何でもするといった以上、断るのも気が引けた。人としての礼儀に鑑みれば十分に断れただろうが、レンフロ自身別にかまわない、という気になっていた。
 自分の首の無い姿は多くは恐怖を与える。あるいは、畏怖を喚起させる。だが、驚きの後には多くの者が奇異な者への蔑みを浮かべる。本人達にもその気はないのかもしれない。だが、レンフロには透けて見えるようだった。そういう後暗さのある、嫌な感情がアンネリザには一切無い。好奇心で人の首を取ることを望むのはどうかと思いはするのだが、悪意や邪気が無いのだ。純真なまでに興味本位である。
「わぁ…」
 アンネリザの口から感嘆の声が漏れる。
 まるで置物を動かすように、すっとレンフロの首が取れていた。生々しい肉の色に赤い血管の点、更には白い脛骨が剥き出しになる。
「っ…!」
 言葉にならない興奮で、何の意味もなく腕を上下にバタつかせる。光源の位置は何も変わっていないのに、アンネリザの瞳の中で光がキラキラと輝きを増した。
「そんなに、喜んでもらえるとは思わなかったな」
 顔色はそのままに、瞼を閉じたレンフロの顔が微笑む。
 アンネリザは首を傾げながらそんなレンフロの手の中にある顔を見つめる。
「………あの、陛下、今、どうやって喋っていらっしゃるのですか?」
「ん?」
 初めて訊かれた事だった。そして、言われてみれば考えたこともなかったが、首が取れて発声できるはずがない。現にレンフロの口は動いていない。彼女もその姿を見て疑問を持ったのだ。
「そう言われると、どうやって喋っているのだろうな………口が動くだけだな」
 声が聞こえていると思った途中で、手の上のレンフロがぱくぱくと口を動かす。もちろん声は出ない。
「あの、近付いてみてもよろしいですか?」
「かまわない」
「私、今から陛下の周りを一周しますので、詩か、何か、声を出し続けていただいてもよろしいですか?」
「解った。蒼々たる草の原を撫でるように薫風が吹き過ぎる 笑う山々は輝くような息吹に包まれて 白く眩い冠雪の遠きに見える輝きは宛ら古城の俤か 見つめる足下に煌く湖面は白鳥と遊び とめどもなく揺れる心は春の中 天の恵みは隈の無く地の望みは果ても無く 彼の理想郷は何処にか ただ吹き過ぎる風のみぞ知る」
 詩人トリトハクが伝説の亡国を詠った短い詩であった。
 その詩の終わりまでの間に、レンフロの周りを一周し、近付いたり離れたりしつつ発声源を検証しようとしていたアンネリザが立ち止まって手を顎に添える。
「元々首の有る部分から聞こえているように思います。ですが、首から空気、というか、音が出ているというのではないです。背後に回っても聞き辛いということはないですが、離れたら離れた分小さくなりました。陛下としては、首の有無と喋り方はどのような関係性なのですか?」
「実は、訊かれるまで気にしたことがなかったのだが、喋ろうと思って喋っている、としか言いようがないな。確かに発声していないはずなのだが、首の無い状態でも喋ろうと思うと声…ではないのか、まぁ、喋れている」
「もしかして、いわゆる念話というものなのでしょうか? 精霊と人間は心で会話をするとも言いますし………………いかがですか?」
 突然目を閉じて黙ったかと思うと、期待を込めた目で見つめられた。レンフロとしては何が何やら解らない。
「ん?」
「今、心の中で必死に叫んでみたのですが」
「いや、解らないな」
「そうですかぁ…陛下は今、心の中で何か考えていらっしゃいますか?」
「そうだな……………考えてみたが」
 レンフロの言葉にアンネリザの肩ががっくりと落ちる。
「聞こえませんでした。念話ではないのですね。うーん…そういえば、陛下は今、見えていらっしゃるのですよね? ずっと、瞼は閉じていらっしゃいますが」
 向かいの席に戻りながら、アンネリザが問いかける。
「ああ。視界は瞼を開けると頭の方が優先されるのだが、閉じると元々目のあったあたりから見えている」
 その返答に、戻りかけた足を止め、再びレンフロに近付く。
「手を、頭の、首の上にかざしてみてもよろしいですか?」
「かまわない」
 アンネリザはまず右手を首があった場合目前になるだろう位置で左右に振ってみせる。
「今、目の前で手を振っていると思うのですが、合ってますか?」
「そうだな、確かに目の前にある」
「では」
 今度は手を振るのを止め、目前からゆっくりとレンフロの背後へ押しやる。本来首があれば当然顔に当たって止まるわけだが、ゆっくりとその手は首の上を通過していく。
「視界はどのような状態でしたか?」
「…私も初めて知ったのだがな。私の視界は動くようだ」
「え?! ど、どういうことですか、私が押したら視界が動いたということですか?」
 思わずレンフロの両肩をがしっと掴んでしまうが、咎める者が誰もいない状況のため、冷静になるタイミングがない。無礼なアンネリザの興奮はひたすら増していく。
「手が、視界を塞ぎかけた時にな、反射的にその手を避けようと考えた。すると自分の意志で動くことが解った」
「凄い! 凄いです! 動くというのは、どのくらいですか? ずっと上や、私の後まで見えたりするのでしょうか?!」
「そう、だな………室内を出ていくことはできないが、この部屋の中ならどこにでも動かせるな」
「では、外に、バルコニーに出てみましょう! 鳥の視界も超えられるかもしれません!」
「そうだな。私も試してみたい」
 アンネリザの興奮に当てられたわけではないが、レンフロも少し興奮していた。今まであまり自分の首がない状態のことを細かに考えたことがなかったが、自分が認識していたよりも使い道があるように考え始めていた。
 そもそも、レンフロの首が取れることになった経緯は、単純である。
 彼の父、つまり先王の時代。彼には五人の妻がいた。第一王后は、自分の息子がレンフロの三歳年少であるために、王位継承権が第二位なことが気に入らなかった。そして、刺客を放ってレンフロの寝首をかかせたのだ。
 このように、経緯はいたって単純で、残念ながらよく聞く話でもあった。だが、彼の首が取れるようになっても彼が死ななかったことには稀有な所以がある。
 精霊王と称されるアイデル王国の開祖。高位生命体と呼ばれる精霊と人の間に産まれ、その人ならざる力でアイデル王国の領土を人の治めることができる土地にしていったという、ほぼ伝説のような王を始祖とするためだ。
 その血を継いでいる王家には、時折人智を超えた力を持つ人物が産まれる事があった。レンフロもその一人だったのだ。
 とはいえ、レンフロが産まれるまでは百五十年ほど、そうした王は出ていなかった。長く歴史が続く中で、精霊の血も薄くなってしまったのだろうと考えられていた矢先であった。
 精霊の力をもって王となったアイデル王国の王、その先祖返りとも言うべきレンフロ。彼の父はそのレンフロの首が取れてなお生きている姿をこそ王に相応しいとし、彼が十五歳で成人を迎えるとすぐに譲位した。こうして、レンフロは周囲の望むまま、本来戻すことも可能な首を、切り離されたままにしているのだ。
 彼が父王の要請を受け入れて首をそのままにした時から、父王は彼を息子ではなくアイデル王国の王として扱うようになった。また、レンフロの首が落とされて、それでも生きていた時から、彼の母は歓喜の涙を流すと共に人ならざる血を受け継ぐその体に触れることができなくなった。
 己の逸脱した部分が、肉親を遠ざけていることを悟った彼は、必要とされている逸脱である首が無いということ以外、逸脱することが無いようにしようと努めてきた。常に王として求められる責務に誠実に対応し、望まれる王としての人格に成ろうと励んだ。
 そのため、首が取れることを喜んで見つめ、どのような仕組みになっているのかに興味を示すようなアンネリザを、逸脱していることを当然のように受け入れる相手を前にして、初めて、自分の逸脱している部分の可能性を真剣に模索し始めていた。
「あの、陛下、その、置いていかれるのですか?」
 バルコニーに出ようと立ち上がったレンフロが、今まで座っていた椅子に自分の首を置くのを見て、アンネリザが問いかける。
「ああ、頭というのは重くてな。持ってるのも疲れるので、置いていく」
「持たせていただいてもよろしいですか?」
「………かまわないが、本当に重いぞ?」
「私、体力には自信がありますので、決して落としたりなどいたしませんわ!」
 別に落とされることを心配したのではなかったが、自信満々に腕を突き出す様に微笑ましさが湧く。もし、落とされてしまったとしても、どうせ彼の首は傷一つ付かない。
「好きにしてくれ」
「では!」
 座面に置かれた首を持ち上げるため、さっとその場に膝を着いて、両手をそっと伸ばす。頬下から耳の後に沿うように手を当てる。
「温かいですね」
「死んでいるわけではないからな」
「あの、お痛み等はありませんか、その力加減とか」
「大丈夫だ。切り離されている時の首は、殻に包まれているような感覚で、触覚や痛覚なども鈍い」
「そうなのですか」
「普段など箱に入れて寝室に放置している。そういば、一度鼠にかじられたことがある」
「えっ!!」
 驚きのあまり反射的に立ち上がってしまう。勢いが付いてしまったせいで手の中の首がぐらつき、慌てて抱えるように持ち直す。
「申し訳ありません。落とさないとお約束しましたのに、さっそくこの体たらくで」
「いや、大丈夫だ。落ちてはいないのだし。それと、鼠にかじられた件だが、さっきも言った通り殻に包まれているからな、なんともなかった」
「あ、なるほど…かじられた箇所がどこかにあるのかと思ってしまいました」
「ああ、ところで…」
「はい! バルコニーに出ましょう!」
「…そう、だな」
 レンフロが言いたかったのは、自分の顔がアンネリザのささやかな胸に埋まっている状況をどうにかしないか、ということだったのだが。勘違いした彼女は意気揚々とバルコニーへ向かって歩み始めてしまう。
 本人が申告した通り、首の触覚は殻に包まれており、決してアンネリザの胸の触感が知覚できるわけではないのだが。胸に顔が埋まっている状況には違いない。全く気にしていない様子のアンネリザに、指摘することが適切であるのか判断がつかず、レンフロはこの状況をそのままにすることにした。
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