首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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17.

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 翌朝、すっきりとした目覚めを迎え、美味しく朝食を摂り、楽しく会話をしながら午後に備えていた時。アンネリザの部屋を訪う者があった。
 マツが所用で出ているため応対に出たナナリスが戻ってくると、手にはそれなりの大きさの菓子箱が乗っていた。
「シイラ・モリント様からです」
 こめかみを指でつつきながら必死に脳内を検索する。大した情報は思い出せないが、派閥だけはしっかり記憶している。
「えっーと…撫子派の方だったわね」
「はい。こちらは、王都で流行りのラウモット菓子店の詰め合わせです。お近付きの印にとの事でした」
 ナナリスが机の上に置いた箱をじっと見つめる。押型や箔で飾られた美しい緑色の箱には、レースのリボンで飾りが付いているが、カードなどは添えられていないし、大きくも小さくもないほどほどの箱だ。なるほど、お近付きの印なのだろう。
「そう」
 見栄えに加え、王都で流行っているとナナリスが言うのなら、味も間違いない品なのだろう。
「手頃だし、このままお茶会に持っていきましょうか」
「良いお考えだと思います。ラウモット菓子店は今一番ですから、どちらでお出ししても喜ばれると思いますよ」
「まぁ、あくまで念のための手土産だから、お出ししない可能性の方が高いけど…」
 箱を手に取って動きを止めたアンネリザを不思議そうにナナリスが見つめる。
「どうかなさいましたか?」
「ああ、いえ、大したことではないの。皆様決して友好的ではないでしょう? だから、モリント様がいらっしゃる撫子派のお茶会に持っていくのが一番かな、どうしようかな、って考えてたの」
「ああ、そうですね」
 バチバチと火花が散りそうなほどにやり合っている相手ばかりなのだ。別の相手からもらった、という菓子を出すのは、確かにちょっと相手の心象に悪いかもしれない。菓子自体は実に手土産に手頃な質と量なのだが。
(いい保険が手に入った、と思うべきかしらね)
 長居はしない事が前提にある上、建前上は気楽なお茶会の席なので、そもそも他の場では手土産を出すタイミングも無いだろう。アンネリザは箱を机に戻してそっと微笑んだ。
 やがて、マツが戻ってきて、要請通りに少し早めにかつ量の減った昼食を摂る。
 食後は早々にドレスアップタイムだ。もっとも、時間がかかるのは衣装というより髪なのだが。
「お嬢様は本当に肌がお綺麗ですね、白粉なんてなくてもこんなに真っ白」
 いちおう白粉を手に持ったナナリスだが、色白なアンネリザの肌には不要だな、と引っ込めた。代わりに淡い紅を乗せていく。
 あとは、昨日見立てたドレスを着込んで、椅子に座り髪をいじってもらうだけだ。
 アンスバッハ家から借りたドレスも幾つかはあるが、残念ながらどこかの派閥の象徴とも言うべき色に重なる物が多かったため、見合いの席や舞踏会で着た淡い青のドレスが再びの登場だ。もっとも、夏が過ぎ秋も深まった時節柄、ドレスだけではなく合わせて作ってある上着も着ているので、多少雰囲気は異なるのだが。
「っ大変よマツ!」
 ドレスを半ばまで着込んで、突然アンネリザが声を上げる。ナナリスがギョッとする横で、スカートの皺を確認していたマツはさして気にした様子もなく顔を上げた。
「どうされました?」
「王城に入って良い物を食べているせいかちょっとキツいわ…」
 そう言ってアンネリザがそっと腹部を押さえる。
 考えてみれば、見合いの際はダイエットをした上で着ていたドレスだ。花の館に来てからというもの、普段より運動をしていないにも関わらず食事量は増えている。当然の結果と言えた。
「然様でございますか」
 マツはにっこりと笑うとアンネリザの背中にある紐を緩める。が、ほっと息を吐くと、その隙を待っていたというように締め上げられた。
「待って、待って、マツ、ちょっとキツいわ」
「良かったですね、お嬢様、お胸が豊かになったなんて。お年頃でいらっしゃいますものね。これからも益々お育ちになりますよ」
「いや。違うのよ。胸っていうか、あれ、でも胸も大きくなったかしら」
 マツの言葉にそっと自分の胸を見下ろす。
「なってますよ。でもご安心ください。ちゃんと腹部を締めれば胸元を緩めても綺麗に着れますよ」
 だが、マツの続く言葉に気を取られて事の真相は解らない。
「え、待って! これ以上は無理よ!」
「大丈夫ですよ。さぁ、息を吸ってー…吐いてー…吸ってー…吐いてー」
 吸って吐いてと深呼吸を要求され、言われる通りに呼吸をすると、何度目かの吐ききった瞬間にぐっと締め上げられる。
「ぐっ…マツもう、本当にこれ以上は…」
「はい。このくらいにしておきましょう――どうせ胸を強調するスタイルのドレスではありませんし」
「え、マツ、今、ぼそっと何て言ったの? 何か言ったわよね?」
「何でもありませんよ。それよりお嬢様、お腹を意識して背中を丸めては駄目ですよ。しゃんと背を伸ばした方がキツくないですからね」
「え、ええ。解ったわ」
 背筋が伸びて張っている胸に羽飾りを着ける。
 一連のお茶会の最初と最後にあたる、金桃派と撫子派のお茶会は、中庭で行われるのでおそらく上着は着たままになるだろう。だが、間の三つの派閥のお茶会は、各派が専有する饗応の間で行われる。上着を脱ぐことも視野に入れ、胸元をしっかり飾るのだ。
 ようやくドレスを着込み終わり、椅子に座る。後はマツとナナリスの二人にされるがままに身を任せるだけだ。髪の毛先まで隙無く整えられていく。
「どのようになさいますか」
「二人に任せるわ」
「そうですか。では、気軽なお茶会ですし、髪は下ろしておきましょう」
 頭は、器用なマツによって、アンネリザには全く再現不可能なことになっていく。
 下の方はただ下ろしているだけなのだが、耳から上のリボンを編み込んだ三つ編みが渦山を作っているかと思えば、リボンを巻き込んでいない三つ編みがティアラのように前髪の上にも通っている。自分の髪はそんなに量があっただろうかと不思議に思うほど複雑に、髪飾りを使わないのに派手さがある手の込んだ仕上がりとなっている。
「二人共、ありがとう」
 仕上がりを満足気に見つめるマツと手を叩いて褒めてくれるナナリスの横で、鏡に映して確認する。
 宝玉や貴金属の宝飾品は相変わらず着けていないのに、見合いや舞踏会の時より、全体に華やいだ仕上がりになっているように見える。馬車での道中、マツがアンネリザの礼装に刺繍を施してくれたからというのもあるだろう。襟元や裾だけでなく、手袋にもさり気無い模様が踊っている。
(陛下とお会いする時より女性に合う時の方が気合を入れなくてはならないのだから不思議なものよね)
 秋の色を使った扇子を広げて顔の下半分を隠してみる。姉達に比べると目が丸いせいだろうか、あまり様にならない。胸元に下ろしてみるが、やはり様にならない。閉じてもみるが大差無い。
(んー…もうちょっと、こう…)
 アンネリザが鏡の前で何をしているのか、解るマツと解らないナナリスがひそひとと言葉を交わす。
「あの、お嬢様は何を気にされてるのですか? 仕上がりが、なにか気に入らないのでしょうか?」
「気に入らなければご要望を出されるでしょう。お嬢様はお姉様方の様に目で語れる様に成りたいのですよ」
「ああ…」
 マツの言葉にナナリスは自身の本来の主人であるアリエーナを思い出す。扇子を広げて顔の下半分を隠した状態で、目線だけで使用人を動かす様は、確かに目で語るというものだろう。
(目の形が違うだけなのに、どうしてもお姉様達みたいにいかないのよね。こう、すっとあしらう様な視線が、どうも………あぁもう、きょろきょろしてるみたいにしかならないわ)
 アケチ家の娘達は、皆が金髪碧眼だが、顔立ちはカゼリーナとアンネリザ以外が父方の、アケチ家の顔をしている。
更に、カゼリーナは母方の祖父に似ているのだが、涼しげな目元のそのきりっとした雰囲気は、アケチ家の系統に近いのだ。そのため、アケチ家の娘の中ではアンネリザだけが母方の祖母に似たくりっとした目をしていた。
(でも形の問題ではないはずなのよね、何と言ったってお祖母様の魔女の瞳は恐ろしかったし、指先一つ動かさなくても皆を指揮していたもの)
 アンネリザ史上最高に着飾っているので、淑女ごっことも言うべき、視線で他人を動かすという事を練習してみたのだが、どうも上手くいかない。鏡の前でただの百面相大会になりつつある。
「お嬢様、そろそろお時間が」
「あらいけない、そうね」
 お茶会の会場がすぐそこの中庭とはいえ、あまりぎりぎりの到着というのも良くはない。マツに声をかけられて、アンネリザは鏡の前から離れた。
「行きましょうかコレトー」
 着替えの邪魔にならないようにと居間に出ていたコレトーに声をかけ、マツに留守を任せる。侍従のコレトーを引き連れ、ナナリスに念のための荷物を持ってもらい、水仙の棟から直接中庭に出られる部屋へ向かう。コレトーに扉を開けてもらい中庭に足を踏み入れると、向かう先から女中らしい女性がやってきた。
 女中はリンドブル家の使用人であると名乗りその場で礼して、案内を申し出ると、続けて告げる。
「どうぞ、お姫様とお女中の方だけで、お越し下さい。殿方の居ない女性だけのお茶会ですので」
 一瞬アンネリザの眉がぴくりと動いたが、頭を軽く下げている案内役は気づかない。
「然様ですか。コレトー、中で待っていてくれる。ナナリス、それ、預けておきなさい」
「畏まりました」
 ナナリスから荷物を受け取って、コレトーは水仙の棟へ戻る。
 女中の後を歩きながら、少し俯いて沈んだ様子になったアンネリザに、私が付いておりますよ、ナナリスがこっそりと声をかける。その励ましに、微笑みで応えつつ歩みは止めずにいると、蔦の絡まるアーチの手前で、女中が止まり脇に控えた。
 女中の前を通って、アーチをくぐり、すぐの低い階段状になっている白い石を登る。
 同じ白い石で作られた台の上で、椅子と机を背後に五人の令嬢達が並び立っていた。
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