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ナナリスに付き添われるように戻って来た主人を見て、コレトーがそっと声をかける。
「いかがなさいました」
「なんでもないわ、大丈夫よ、コレトー」
ぐっと気持ちを切り替えるように姿勢を正して、ナナリスに礼を言う。
「冬の間へ向かいましょうか」
冬の間への道順は、勿論中庭を通って行くのが一番近いのだが、お茶会の片付けをしているだろうし、先のお茶会が早くにお開きとなったためまだ時間もあるので、黒椿の棟を経由して向かうことにした。
黒椿の棟を歩きながら、アンネリザは今後の対応を考えていた。心配そうに様子を窺ってくるナナリスに、大丈夫よと微笑み返しつつ、先を行くコレトーの背を見つめる。
(あーどうしよう、もう本当にどうしようかしら。自分で考えていたよりはるかに腹が立つものね、コレトーを馬鹿にされるって。だいたい男娼って何よ、頭おかしいんじゃないかしらあの人達。真面目に働いてる世の男性侍従並びに女性侍従に失礼だし、男娼の方そのものにも失礼でしょうよ。職分を弁えていない愚か者の醜聞を他人の使用人に当てはめて笑うとか、頭沸いてるわ。あーもう本当に大っ嫌い。どうしてやろうかしら!)
アンネリザにとって、ナナリスは別に令嬢仮面を着けて対する相手ではない。そもそもアンスバッハ家での特訓の際も一緒に居たので、お転婆な部分などは知られている。だが、貴族令嬢というラインを通り越して、下手をすると王都の商会の娘よりもはるかに行儀作法に緩く、自分に甘く、楽しければそれで良いという行き当たりばったりな生き方をしている事までは、まだ知られたくなかった。
(ほぼアリ姉様の影響でしょうけど。ナナリス私のことも尊敬の目で見てくれるのよね)
色々な面で令嬢として規格外のアンネリザだが、ナナリスは彼女をちょっとお転婆なお嬢様、と考えている。きっと地方の自然豊かなご実家でのびのびとお育ちになったから活動的なのね、と思っているようなのだ。アンスバッハ家と花の館でしか一緒に過ごしていないため、そういう認識なのだろう。
(あんまり変な事しないようにしたいとは思ってるけど…)
そんな、アキコやユキコにも近しい、素直な尊敬の目を向けてくれる相手を失うのが嫌で、今は少々見栄を張っている。だが、先のお茶会を経て、自分なりにやりたいことが出来たのだ。それは、凡そ普通の令嬢らしい行動ではない。
(まぁ、良いか。バレないようにやれば)
その時、コレトーの背筋にぞわりと悪寒が走ったのだが、振り返って見たアンネリザは、ただきょとんとした顔で見返してくるだけだった。
「どうかした?」
「…いえ、なんでもありません」
何かあると思ってじっとアンネリザを見つめたが、本当に不思議そうにしているので、コレトーは首を捻りつつもまた歩み始める。
この時、アンネリザは見事にコレトーを騙し遂せたのではない。単純に、突然コレトーが振り返ったのに驚いたのだ。自分の考えを察知され振り返られたとは、考えていなかったので、本当に心から不思議そうにしていた。
同じく不思議そうにしているナナリスと目を合わせて首を傾げ合う。だが、コレトーに何かを言う前に、黒椿の棟から冬の間へ続く扉が開いており、案内のために控えているらしい女中の姿をみとめて、口を噤んだ。
「ご案内致します」
一礼し、静かな声で、女中は先導を始めた。
アンネリザは、白髪混じりの髪に、笑みを浮かべると皺で目が隠れてしまっていたが腰は曲がっていない女中を見て、モーリの事を思い出した。コレトーが追い返されないこともあって、元々攻撃的でない事が解っていた紅菊派への印象が上向いていく。
女中が冬の間の扉を叩き、アンネリザの来訪を告げると、すぐに扉は開いた。扉の向こうでは、円形の机に令嬢達が既に着席していた。コレトーの手を借りて上着を脱ぎ、ナナリスに預ける。最終的には室内にいた女中が預かってくれていたが。
そのやり取りを少し待って、案内役の女中はまた先導を再開する。机の近くまで行くようだ。
唯一空席となっている箇所がアンネリザの座席だろう。真っ直ぐにそちらへ歩み始めると、右隣にあたる席から、藤色のドレスを着た令嬢が立ち上がって迎えてくれた。
「ようこそお越し下さいました」
畏まって礼を取ろうとしたが、そう声をかけてアンネリザの動作を止め、気楽なお茶会の場ですから、と着席を促してくれる。
コレトーに手伝ってもらって着席し、同席している面々を見回すと、全員が柔らかな微笑みで迎えてくれている。金桃派のお茶会とは比べようもなく友好的である。
菓子は既に二人の間に一皿の割合で置かれており、簡素な白磁のカップに注がれた赤茶が配膳され、用意が整ったところで、アンネリザを迎えてくれた藤色のドレスの令嬢が口を開いた。
「まずは、簡単に名乗り合いましょうか。私、招待状を書かせていただきました、アンス家が長女アイリスです」
真っ直ぐな栗毛を上だけ後にバレッタで止めている、レンフロと同じ歳だったと記憶しているが、控えめで落ち着きのある様も似ていた。
「あの」
招待状を書いたという言葉に思わず声を出してしまったが、まだ他の方の名乗りも終わっていない内から話をするべきではないか、と慌てて押し黙った。だが、アイリスも周りも特に気にした様子はなく、声の先を促してくれる。
「はい、なんでしょう?」
「手跡が大層お美しくて、私、招待状をいただけて、とても嬉しかったです」
「まぁ、有難うございます。昔から父母に厳しく躾られましたの。その様に仰っていただけて、こちらこそ嬉しいわ」
「ふふ、ほらね、だから言ったじゃない。アンス家の一姫様が絶対適任よって」
アイリスの更に右隣、白に近い黄色のドレスを着た赤毛の令嬢が声を上げた。少々彫りの深い派手さのある顔立ちをしているが、強い印象はなく、柔らかな表情を浮かべている。
「まずは名前を言いなさい」
「あら、御免なさい」
親しい間柄なのだろう、アイリスの言葉に澄ました顔で答えて、アンネリザを見つめた。
「彼女とは幼馴染ですの。フォートリー家が次女、ヒナギクですわ。幼い頃から一緒に字を習ったのですけど、私どうも上手くなれなくて、やっぱり手跡の美しさは羨ましいですよね?」
「はい、とても」
思わず答えたアンネリザに頷き、そっと、自分の右隣へ視線を向ける。つられるようにそちらを見ると、薄紅色のドレスを着た銀髪の令嬢が微笑んでいた。
色合いこそ金桃派の主たるメリーラッツァに近かったが、アイリスのように控えめに微笑む様は全く真逆の印象を抱かせる。
「ウエスギ家の次女、アイーナと申します」
今回入城した令嬢の中で最も歳上だった令嬢である。そうはいっても、二十二歳で、アンネリザのすぐ上の姉シレーナと同じ歳なだけなのだが。
「はぁい、マツキ家の長女、レンシーナよ」
アイーナに何か言う前に、右隣の若草色のドレスの令嬢が声を上げた。この中では最もアンネリザに歳が近い十七歳だ。ひらひらとアンネリザに手を振っている。
そんなレンシーナの手をとって膝の上に戻し、苦笑しながら、更に右隣の藍色のドレスの令嬢が名乗る。
「騒がしくて、御免なさいね。私はイトカワ家の次女クリエッタよ」
マツキ家とイトカワ家は、母親同士が姉妹で親交の深い家だと聞いていた。アイリスとヒナギクのように、仲の良い幼馴染なのだろう。
「別に騒がしくはしてないでしょう」
不満そうにするレンシーナを笑顔で黙らせて、クリエッタが次をどうぞと視線で名乗りを促す。視線を受けた落ち着いた橙色のドレスを着た令嬢は、まずそんな二人を見てから、アンネリザに向き合った。
「朗らかなのは良い事ね。私、ジンライ家の次女でミコトです」
アイリスやヒナギク同様に十九歳だったはずのミコトは、悪戯を隠す子供の様な微笑みを浮かべている。
「あらあら、悪い顔」
ミコトの隣の紫のドレスを着た令嬢が、茶化すように笑う。
「私は、セイリット家の長女、ウィーネと申します。どうぞ、よろしくね」
楽しそうに微笑みながら、二十歳の令嬢は、そっとその手でアンネリザの順番を教えてくれた。
「はい。私、アケチ家の末のアンネリザと申します。こちらこそ、どうぞ、よろしくお願い致します」
全員が名乗りを終えたところで、アイリスが冷めない内にと飲食を勧める。和やかで、実に楽しいお茶会が始まった。
「あら、このお菓子、美味しい」
「どれ?」
「今日のお茶、香りが良いわね」
「じゃあ舞踏会の招待状のご署名は陛下ご自身で」
「ええ、祐筆に従兄弟が勤めているから、教えてもらったの」
「お上手なのねぇ」
「こちらにもう一杯お願いできる?」
「本当ね、美味しいわ」
楽しい時はあっと言う間に過ぎる、とはよく聞く言葉だが。そもそも三十分しか時間が無いので、楽しくなくてもあっと言う間に過ぎるだろうが、楽しければ尚更だ。
「まぁ、では、陛下とは御領地のお話を?」
「はい。恥ずかしながら、お見合いの場でお話した内容ではうまく伝わっていなかったようで」
終わりが近くなった頃、丁度レンフロとの件を話すことになった。直後に、アイリスの侍従が時間を主人に告げたため、アンネリザはこのお茶会を退出することになる。
「本日は、お招きいただいて、本当に有難うございました。とても楽しい時を過ごせました」
「こちらこそ、とても楽しかったです。どうぞ、また、何時でもお越しになって下さいね」
「嬉しいです。是非」
嘘偽りなく楽しい時を過ごし、名残惜しみながら冬の間を退出する。
すると、冬の間の前に女中が居り、春の間へご案内いたします、と告げる。しかも、当然のようにコレトーを除外しろと言ってくる。そんな女中の態度からも、既に好意的な気配が微塵も無い。
一瞬にして気分が急落するのを感じつつ、再びコレトーにナナリスの荷物を預けて水仙の棟の中庭への出入り口となる部屋で待っているよう頼んだ。心の底からうんざりしているが、女中の先導に従って歩き出す。
その背後では、アンネリザに同情的な思いを寄せる紅菊派の面々が、心配そうに見送っていた。
「いかがなさいました」
「なんでもないわ、大丈夫よ、コレトー」
ぐっと気持ちを切り替えるように姿勢を正して、ナナリスに礼を言う。
「冬の間へ向かいましょうか」
冬の間への道順は、勿論中庭を通って行くのが一番近いのだが、お茶会の片付けをしているだろうし、先のお茶会が早くにお開きとなったためまだ時間もあるので、黒椿の棟を経由して向かうことにした。
黒椿の棟を歩きながら、アンネリザは今後の対応を考えていた。心配そうに様子を窺ってくるナナリスに、大丈夫よと微笑み返しつつ、先を行くコレトーの背を見つめる。
(あーどうしよう、もう本当にどうしようかしら。自分で考えていたよりはるかに腹が立つものね、コレトーを馬鹿にされるって。だいたい男娼って何よ、頭おかしいんじゃないかしらあの人達。真面目に働いてる世の男性侍従並びに女性侍従に失礼だし、男娼の方そのものにも失礼でしょうよ。職分を弁えていない愚か者の醜聞を他人の使用人に当てはめて笑うとか、頭沸いてるわ。あーもう本当に大っ嫌い。どうしてやろうかしら!)
アンネリザにとって、ナナリスは別に令嬢仮面を着けて対する相手ではない。そもそもアンスバッハ家での特訓の際も一緒に居たので、お転婆な部分などは知られている。だが、貴族令嬢というラインを通り越して、下手をすると王都の商会の娘よりもはるかに行儀作法に緩く、自分に甘く、楽しければそれで良いという行き当たりばったりな生き方をしている事までは、まだ知られたくなかった。
(ほぼアリ姉様の影響でしょうけど。ナナリス私のことも尊敬の目で見てくれるのよね)
色々な面で令嬢として規格外のアンネリザだが、ナナリスは彼女をちょっとお転婆なお嬢様、と考えている。きっと地方の自然豊かなご実家でのびのびとお育ちになったから活動的なのね、と思っているようなのだ。アンスバッハ家と花の館でしか一緒に過ごしていないため、そういう認識なのだろう。
(あんまり変な事しないようにしたいとは思ってるけど…)
そんな、アキコやユキコにも近しい、素直な尊敬の目を向けてくれる相手を失うのが嫌で、今は少々見栄を張っている。だが、先のお茶会を経て、自分なりにやりたいことが出来たのだ。それは、凡そ普通の令嬢らしい行動ではない。
(まぁ、良いか。バレないようにやれば)
その時、コレトーの背筋にぞわりと悪寒が走ったのだが、振り返って見たアンネリザは、ただきょとんとした顔で見返してくるだけだった。
「どうかした?」
「…いえ、なんでもありません」
何かあると思ってじっとアンネリザを見つめたが、本当に不思議そうにしているので、コレトーは首を捻りつつもまた歩み始める。
この時、アンネリザは見事にコレトーを騙し遂せたのではない。単純に、突然コレトーが振り返ったのに驚いたのだ。自分の考えを察知され振り返られたとは、考えていなかったので、本当に心から不思議そうにしていた。
同じく不思議そうにしているナナリスと目を合わせて首を傾げ合う。だが、コレトーに何かを言う前に、黒椿の棟から冬の間へ続く扉が開いており、案内のために控えているらしい女中の姿をみとめて、口を噤んだ。
「ご案内致します」
一礼し、静かな声で、女中は先導を始めた。
アンネリザは、白髪混じりの髪に、笑みを浮かべると皺で目が隠れてしまっていたが腰は曲がっていない女中を見て、モーリの事を思い出した。コレトーが追い返されないこともあって、元々攻撃的でない事が解っていた紅菊派への印象が上向いていく。
女中が冬の間の扉を叩き、アンネリザの来訪を告げると、すぐに扉は開いた。扉の向こうでは、円形の机に令嬢達が既に着席していた。コレトーの手を借りて上着を脱ぎ、ナナリスに預ける。最終的には室内にいた女中が預かってくれていたが。
そのやり取りを少し待って、案内役の女中はまた先導を再開する。机の近くまで行くようだ。
唯一空席となっている箇所がアンネリザの座席だろう。真っ直ぐにそちらへ歩み始めると、右隣にあたる席から、藤色のドレスを着た令嬢が立ち上がって迎えてくれた。
「ようこそお越し下さいました」
畏まって礼を取ろうとしたが、そう声をかけてアンネリザの動作を止め、気楽なお茶会の場ですから、と着席を促してくれる。
コレトーに手伝ってもらって着席し、同席している面々を見回すと、全員が柔らかな微笑みで迎えてくれている。金桃派のお茶会とは比べようもなく友好的である。
菓子は既に二人の間に一皿の割合で置かれており、簡素な白磁のカップに注がれた赤茶が配膳され、用意が整ったところで、アンネリザを迎えてくれた藤色のドレスの令嬢が口を開いた。
「まずは、簡単に名乗り合いましょうか。私、招待状を書かせていただきました、アンス家が長女アイリスです」
真っ直ぐな栗毛を上だけ後にバレッタで止めている、レンフロと同じ歳だったと記憶しているが、控えめで落ち着きのある様も似ていた。
「あの」
招待状を書いたという言葉に思わず声を出してしまったが、まだ他の方の名乗りも終わっていない内から話をするべきではないか、と慌てて押し黙った。だが、アイリスも周りも特に気にした様子はなく、声の先を促してくれる。
「はい、なんでしょう?」
「手跡が大層お美しくて、私、招待状をいただけて、とても嬉しかったです」
「まぁ、有難うございます。昔から父母に厳しく躾られましたの。その様に仰っていただけて、こちらこそ嬉しいわ」
「ふふ、ほらね、だから言ったじゃない。アンス家の一姫様が絶対適任よって」
アイリスの更に右隣、白に近い黄色のドレスを着た赤毛の令嬢が声を上げた。少々彫りの深い派手さのある顔立ちをしているが、強い印象はなく、柔らかな表情を浮かべている。
「まずは名前を言いなさい」
「あら、御免なさい」
親しい間柄なのだろう、アイリスの言葉に澄ました顔で答えて、アンネリザを見つめた。
「彼女とは幼馴染ですの。フォートリー家が次女、ヒナギクですわ。幼い頃から一緒に字を習ったのですけど、私どうも上手くなれなくて、やっぱり手跡の美しさは羨ましいですよね?」
「はい、とても」
思わず答えたアンネリザに頷き、そっと、自分の右隣へ視線を向ける。つられるようにそちらを見ると、薄紅色のドレスを着た銀髪の令嬢が微笑んでいた。
色合いこそ金桃派の主たるメリーラッツァに近かったが、アイリスのように控えめに微笑む様は全く真逆の印象を抱かせる。
「ウエスギ家の次女、アイーナと申します」
今回入城した令嬢の中で最も歳上だった令嬢である。そうはいっても、二十二歳で、アンネリザのすぐ上の姉シレーナと同じ歳なだけなのだが。
「はぁい、マツキ家の長女、レンシーナよ」
アイーナに何か言う前に、右隣の若草色のドレスの令嬢が声を上げた。この中では最もアンネリザに歳が近い十七歳だ。ひらひらとアンネリザに手を振っている。
そんなレンシーナの手をとって膝の上に戻し、苦笑しながら、更に右隣の藍色のドレスの令嬢が名乗る。
「騒がしくて、御免なさいね。私はイトカワ家の次女クリエッタよ」
マツキ家とイトカワ家は、母親同士が姉妹で親交の深い家だと聞いていた。アイリスとヒナギクのように、仲の良い幼馴染なのだろう。
「別に騒がしくはしてないでしょう」
不満そうにするレンシーナを笑顔で黙らせて、クリエッタが次をどうぞと視線で名乗りを促す。視線を受けた落ち着いた橙色のドレスを着た令嬢は、まずそんな二人を見てから、アンネリザに向き合った。
「朗らかなのは良い事ね。私、ジンライ家の次女でミコトです」
アイリスやヒナギク同様に十九歳だったはずのミコトは、悪戯を隠す子供の様な微笑みを浮かべている。
「あらあら、悪い顔」
ミコトの隣の紫のドレスを着た令嬢が、茶化すように笑う。
「私は、セイリット家の長女、ウィーネと申します。どうぞ、よろしくね」
楽しそうに微笑みながら、二十歳の令嬢は、そっとその手でアンネリザの順番を教えてくれた。
「はい。私、アケチ家の末のアンネリザと申します。こちらこそ、どうぞ、よろしくお願い致します」
全員が名乗りを終えたところで、アイリスが冷めない内にと飲食を勧める。和やかで、実に楽しいお茶会が始まった。
「あら、このお菓子、美味しい」
「どれ?」
「今日のお茶、香りが良いわね」
「じゃあ舞踏会の招待状のご署名は陛下ご自身で」
「ええ、祐筆に従兄弟が勤めているから、教えてもらったの」
「お上手なのねぇ」
「こちらにもう一杯お願いできる?」
「本当ね、美味しいわ」
楽しい時はあっと言う間に過ぎる、とはよく聞く言葉だが。そもそも三十分しか時間が無いので、楽しくなくてもあっと言う間に過ぎるだろうが、楽しければ尚更だ。
「まぁ、では、陛下とは御領地のお話を?」
「はい。恥ずかしながら、お見合いの場でお話した内容ではうまく伝わっていなかったようで」
終わりが近くなった頃、丁度レンフロとの件を話すことになった。直後に、アイリスの侍従が時間を主人に告げたため、アンネリザはこのお茶会を退出することになる。
「本日は、お招きいただいて、本当に有難うございました。とても楽しい時を過ごせました」
「こちらこそ、とても楽しかったです。どうぞ、また、何時でもお越しになって下さいね」
「嬉しいです。是非」
嘘偽りなく楽しい時を過ごし、名残惜しみながら冬の間を退出する。
すると、冬の間の前に女中が居り、春の間へご案内いたします、と告げる。しかも、当然のようにコレトーを除外しろと言ってくる。そんな女中の態度からも、既に好意的な気配が微塵も無い。
一瞬にして気分が急落するのを感じつつ、再びコレトーにナナリスの荷物を預けて水仙の棟の中庭への出入り口となる部屋で待っているよう頼んだ。心の底からうんざりしているが、女中の先導に従って歩き出す。
その背後では、アンネリザに同情的な思いを寄せる紅菊派の面々が、心配そうに見送っていた。
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