首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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 中庭を通って、春の間へ向かう。
 緑蓮派のカフス・リリアンヌはレンフロと同じ黒髪に、青い瞳の麗人であった。取り巻きの令嬢達は皆金髪か銀髪で、全体に派手さの無い顔立ちをしている。
(………金桃派の方々も、こちらも…もしかして自分が引き立つ相手を選んで入城なされたのかしら)
 元々が美しい顔立ちだというのは、アンネリザの目から見ても疑いようがない。その上に、服飾の類だけでなく、その髪質や肌質、体型など、手もお金もかけて努めているのだろうなと解る。
(これって普通なの?)
 正直に言えば、端から競う気の無いアンネリザにとって、都貴族の美しい令嬢達は、疑いようも無く深い教養を備え、麗しいばかりだ。そのため、自分より見た目の華が薄い取り巻きに周りを囲ませ、自分が大輪の花として咲き誇るようなやり方は、美貌ではなく性格の悪さを引き立たせかねないと思うのだが。
(まぁ、女ばかりの中で一人の視線が欲しい場と、殿方の目を引きたい場での競い合い方は違うということ、かしらね)
 アンネリザを迎えた時から意地の悪そうな笑みを浮かべていたリリアンヌは、お茶会が始まると、金桃派でのお茶会の事を事前に聞き込んでいたのだろう、貴方ではそもそも同じ土俵に立てていないのよ、と言わんばかりに子供扱いをしてくれた。ちなみに緑蓮派は、六人の令嬢全員が十八歳だ。
(まぁ、有難い話よね。そもそもここにいる方々と火花を散らせる気なんて、無いし)
 結局、アンネリザは始終笑みを浮かべてリリアンヌの自慢話を聞くだけで、春の間を退出することとなった。
 もっとも、このやりとりは想定内、むしろ望み通り、である。
 アンネリザの入城が、レンフロの意向かどうかは解らないが、カツラが動いて果たされたという事は、花の館に入っている令嬢達が既に掴んでいた情報である。ここで、重要なことは、解っていないレンフロの意向、の部分だ。そして、金桃派でのお茶会によって、アンネリザはその意向部分に、陛下が共に下がったのは辺境の話を聞くため、という色恋の要素など微塵もない理由をねじ込んだ。
 つまり、花の館の令嬢達の最新情報は、
「単に辺境の話を聞いただけの小娘を侍従長が巻き込んだ」
と、なっているはずなのだ。
 アイデル王国では、法律上、十五歳から結婚可能である。とはいえ、生まれながらに許嫁が決まっていても十七、八での結婚が一般的であるし、二十歳頃に結婚する令嬢が最も多い。
(これで、私は巻き込まれた小娘でしかなく、敵にもならない、と認識されるはず)
 春の間を出ると、桔梗派の女中が待ち構えていて、コレトーを呼ぶ事は断られた。もはやうんざりするのも面倒になってきていたが、ナナリスが元気づけようと笑いかけてきてくれるので、とりあえず笑顔で頑張るわ、という意思を示してみる。
 秋の間へ辿り着くと、攻撃的ではないが友好的でもない雰囲気の中、美しい女中と麗しい令嬢達が待ち構えていた。
(桔梗派は全体的に華やかなのね)
 他家の令嬢はともかく、身の回りを囲む侍従や女中に至るまで美しい者達で揃えていた。そして、桔梗派の長、当のフランドール・アヤメは、その美しい花園で、そっと咲いていた。
(巧みな演出ね。二十歳ともなると押し出すだけじゃないってことかしら。流石にこの雰囲気を十代で出してたら妖艶が過ぎるわよね)
 アヤメは、例えばメリーラッツァやリリアンヌの様な、ぱっと見て目が惹きつけられるような派手な華やかさがない。だが、目が困るような派手な中に居ると、逆にすっと目が惹きつけられていくようだった。
 艶のある栗毛を美しく編み上げ横に垂し、細い項から背中にかけての艶かしい曲線を晒している。それでいてぐっと盛り上がった胸元はレースで少し隠し、素晴らしい体型であることを理解させつつも清楚な品を崩さない。
(テーナ姉様と同じね。一度見つけてしまえば目を離せない種類の引き込む美しさ。まぁ、目を離せないのは義兄様が恋に落ちたからで私は別にいくらでも他所に目を向けるけど)
 派手で華やかなアリエーナの影で、義兄の目を一度で釘付けにしたコルテンタの事を思い出しつつ、明らかに違うと思えるアヤメの目と、目を合わせた。魂を蕩かすような、甘い紫の瞳。
(先の王后様を彷彿とさせる素晴らしい武器ね)
 笑顔で挨拶をすると、慣れぬ場に緊張した子供を労わるようにアヤメは優し気な笑みを浮かべた。
 アヤメの笑顔が物語っていたように、桔梗派においても、アンネリザは始終、敵にならないお子様として扱われた。
(良いわね良いわね。この調子よ私)
 精神的疲労が尋常でないお茶会が、首尾良く運んでいることを喜びつつ秋の間を出る。
 案内役だろう撫子派の女中と、その横にコレトーの姿を見て微笑む。もっとも、コレトーは荷物、朝に届けられた菓子箱を持って来ただけで、相変わらずお茶会への参加は断られた。とはいえ、アンネリザへの攻撃の手が緩んでいるからだろう、お茶会の舞台を囲む生垣のすぐ外で待てることとなった。
(最後だからどうやってお開きにしようか悩んでたのよね。まったく、良い物をくれたわ。本当に)
 心の中でにやつくアンネリザを迎えた撫子派の面々は、強い既視感を彼女に与えた。
 クランド・シトロベルを中心に左右に二人ずつ並ぶ令嬢達は、皆栗毛で、ふわりと波打たせた金髪のシトロベルは飛び抜けた美貌を持っていた。
 事前に得ていた情報では、もうすぐ十八歳になる十七歳とのことだったが。胸元を強調し、体のラインを引き立たせるような仕立てのドレスのせいか、潤んだ緑の瞳と艶かしい唇が作る笑みのせいか、大人の女性という雰囲気がひしひしと伝わってくる。撫子派の中では、シトロベルが一番歳下であるはずなのだが、堂々としたものである。
(顔は似ていないのに浮かぶ表情はそっくりね)
 樅の間を巡る争いをより鮮明に想像しつつ、挨拶をして席に着く。お茶が出され、名乗りが始まる前に、菓子箱を持って来た事を告げる。
 シトロベルの横に座る令嬢が驚いた顔をした。
(なるほど貴方がシイラ・モリント様なのね、嬉しい贈り物をありがとう)
 机の上に置いた菓子箱を、ナナリスが開ける。
「あ、まっ」
「きゃあぁー!!」
「いやぁー!」
「ひぃっ!!」
 モリントの静止をかき消して、お茶会の席が令嬢達の悲鳴で満たされた。
 美しい緑の菓子箱の中では、様々な虫が蠢いていた。それだけではない。箱が空いた瞬間にコオロギが跳び出し、蛾がばたばたと飛び出し、バッタが跳び出した挙句にシトロベルのカップへ飛び込んだ。
 椅子を倒して逃げ惑い侍従を盾に騒ぐ者、慌ててひたすら遠くへ向かう者、驚きのあまりその場で硬直する者。様々な反応の中で、アンネリザはじっと席に座ったままだ。ナナリスは状況が飲み込めず呆然としている。
「お嬢様!」
 ナナリスの手から箱の蓋をとり、再び閉め、すぐ傍まで来ていたコオロギを払いつつ倒れこむアンネリザに呼びかけ、コレトーは気を失ったアンネリザを抱き上げる。ナナリスにアンネリザが落とした扇子を拾うよう告げ、傍らの誰かの侍従に退席する旨を告げる。
 侍従や令嬢達は一瞬にして虫をどうにかしてくれという目を向けてきたが、アンネリザを抱えてそのまま場を下がってしまう。その背を扇子を拾ったナナリスが足早に追い掛けた。
 水仙の棟に入ると、コレトーは一旦歩みを止めたが、再び歩き出し居室へと向かう。ナナリスに扉を開けてもらい、居室のソファへアンネリザを下ろすと、嫌そうな顔を作った。
「お茶を飲まれますか?」
「そうね、気分がさっぱりするようなお茶が良いわ」
 ぱっちりを目を開け、悪戯に成功した笑みでアンネリザが答えた。
「畏まりました」
 ソファの上で身を起こし、驚くナナリスににこりと笑いかける。
「お嬢様、あの大丈夫ですか?」
「全然、大丈夫よ。私、あの箱の中身、解ってたもの」
「え!」
「箱を持ち上げた時にね、丁度中でゴソゴソしてたから、ああ、虫かなって思ったのよ」
「え、あの、え…お嬢様、虫だと解っていてお茶会にお持ちになったのですか?」
「そうよ。撫子派のお茶会、三十分っていう制限時間もないし、どうせその前までのお茶会を探り合って私の伝えたいことは伝わってるだろうし、さっさと退席するにはどうしたら良いか悩んでたのよ。本当に良かったわ。撫子派の方が攻撃的で」
「はぁ…」
 ドレスを脱いでしまいたいから手伝って、という言葉に従って寝室へ共に向かいながら、ナナリスは自分が思い違いをしていた事に混乱していた。とはいえ、嫌な気持ちは無く、先ほどのお茶会の騒動を思い返すと、むしろ胸がすくようである。
 シャツとスカート姿になって伸びをするアンネリザの楽しそうな笑顔を見つめながら、気が付けばナナリスも笑顔になっていた。
(良いわね良いわね)
 夕食も何もかも終え、寝台の中でアンネリザは上機嫌である。
 やり遂げた充足感を後押しするように、マツとナナリスが集めてくれた各派の最新情報は、概ね思惑通りになっていた。その上、今日レンフロと話をしたところ、どうやら近々はっきりと許嫁候補達を解散させる用意が固まったらしい。
「レナ姉様にも会えることになったし、良いことばかりだわ」
 アンネリザが巻き込まれている事情が解らず心配になったシレーナが、アリエーナの元に訪ねてきているという知らせを受け、レンフロに相談し、城側を通して申請を出せば面会可能と言われたので、色々手配した。そして、今日からだと二日後に会えることになっているのだ。
「そろそろね」
 蝋燭の長さを見て、アンネリザは寝台から身を起こす。光を隠せるように蓋のついたカンテラにロウソクを移し、そろそろと扉へ向かう。蓋を閉めて暗闇を作り、そっと扉を開ける。隙間から廊下を覗き、人影が無いことを確かめる。
(よし、誰もいないわね、いざっ!)
「黒椿の棟への扉は既に施錠されておりますよ」
「………コレトー」
 意気は揚々、しかし静々と出た扉の影に、呆れ顔の侍従が立っていた。
「お部屋へお戻りを」
「………ちっ」
「お嬢様」
「はしたない真似をしました、ごめんなさい」
 帰る目処が立ったので、悔いを残さないよう黒椿の棟へ向かおうとしたアンネリザだったが、その行動は完全に読まれていた。流石に、日中の疲労度が高かったので、コレトーと言い争う気力はない。
(待ってなさい黒真珠の君!)
 まだ何日か猶予はある、その間になんとしても、と決意を固めつつ、今回は大人しく部屋へ引き下がるのだった。
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