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時を僅かばかり遡り、馬車で花の館に着いたレンフロは、目を見開いた。騒ぎになるのを避けるため、先触れを出さずに訪れたはずの花の館で、許嫁候補を自称する令嬢達に出迎えられたためだ。
アヤメ、シトロベル、メリーラッツァ、リリアンヌ、筆頭たる令嬢を中心に二十人を越える令嬢達が優雅に礼をとっている。居ないのは紅菊派の令嬢達だけだ。
「…礼は不要だ。私は貴方方に用がある訳ではない」
一瞬呆けてしまったが、相手のペースで話し始められては堪らないので、それだけ言うとさっさと歩き出す。もし一人からでも挨拶を受けてしまえば、全員の挨拶を受けなくてはいけなくなる。
だが、元々結婚の意志がないレンフロと結婚しようと思える意志の強い令嬢達である。足早に自分達を置き去りにする彼を後ろから追いかけた。
何故そこまで、と思いながらも、花の館の敷地内を付いて来るものを止める理由も無いのでそのままにする。足早に近付くと、遠目からでもぽかんとしているのが解ったアンネリザが、慌てて顔を作っているのが見えた。
「久しいな、アケチの末姫」
「お久しぶりでございます陛下」
「楽にしてくれ、そちらのエリット男爵夫人も。今日は急な願いを聞き届けてもらい感謝している」
「勿体無いお言葉でございます」
「しかし…本当に、立派な馬だ。グーシン王国は良馬の地と聞くが、正にだな」
グーシン王国とはヴァリシャの出身国であり、アイデル王国の西側、アケチ伯の領地を含むサッカイ州とミツラン州の一部が接している国だ。ちなみに接してはいるが峻険な高山を挟むため、アケチ伯領地では往来はない。
「触れても構わないだろうか」
「光栄なことです陛下。どうぞ」
レンフロの最も近くに居た月丸の轡を取りながら、馬体を柵に沿うように横へ向かせる。そっとレンフロがその首を撫でると、鼻を伸ばしてうっとりした顔をした。
(月丸…お前、私が撫でる時にはそんな顔してくれないのに…!)
密かにアンネリザがショックを受けていると、呼吸を乱した令嬢達に囲まれた。
「アケチの姫様、これは一体どう言うことなのか、お教え願えますかしら?」
「ええ、私もぜひお伺いしたいわ」
シトロベルとメリーラッツァの引きつった笑顔に、アンネリザは、わざとらしいほどきょとんとした顔を返す。
「どう、とは…? 一体何のことでしょうか?」
困惑した様子のアンネリザの顔を窺うように見ていた視線が、その後へ流れた。シレーナがアンネリザの肩に手を置いたのだ。
「アン。貴方は馬場に行きなさい。陛下をお待たせするものではありません」
既にヴァリシャに馬場で馬術を見せて欲しいと告げたレンフロの要請に従って馬達は柵を超えている。シレーナに頷いてそちらに向かったアンネリザは、ヴァリシャに声をかけて花丸の手綱をとった。
アンネリザを引き止めさせないよう、シレーナは優雅な動作で令嬢達に挨拶をしている。
「第三騎士団所属エリット男爵が妻、シレーナと申します。本日は陛下のお心遣いを賜り妹の元へ参りました。私の侍従は良馬の産地として名高いグーシン国の出身で、彼女自身が良馬の保有者であり馬術巧者なものですから――」
状況的に令嬢達を少しでも多く引き止めるべきだと判断したシレーナは、優雅な礼から静かに語りだす。優雅に挨拶をされて完全に無視するような礼儀知らずな真似を、令嬢達はできない。だがシレーナが語るのを止めないと返礼もできないのだ。
ただ、都貴族の中でも指折りの彼女達である。前面に出ていたシトロベルとメリーラッツァ以外はアンネリザの動きに合わせてレンフロを追いかけていた。
レンフロと並んで歩きながら、月丸をヴァリシャが連れ、後ろに花丸の連れたアンネリザ、風丸を連れたコレトーが続く。
アンネリザ達が渡り廊下の下へ戻ってくると、困惑した様子の紅菊派の令嬢達が居た。レンフロは、礼不要の旨だけを告げ、その前を歩んで行くが、アンネリザはそっと歩みを止める。
「これから陛下と馬場へ参りますの、よろしければご一緒に」
紅菊派にそっと誘いをかけると、後方から他の令嬢達が来ているのが見えた彼女達も、そっとアンネリザと歩き始めた。
「あの、馬場にいらっしゃるとの事ですが、騎乗されるのですか?」
そっと問いかけてくるヒナギクに、アンネリザが笑顔で頷く。
「はい。あっ、馬術を披露するのは、あちらの、陛下の後隣にいる私の姉エリット男爵夫人の侍従である彼女ですが」
「あちらの方が…?」
「素晴らしい馬術巧者ですの。連れてきた馬は皆彼女の馬なのですよ」
「まぁ…三頭も」
アンネリザと紅菊派の面々は並んで歩きながら状況を話し合う。本当は、後から追っている令嬢達もその話に割り込んでアンネリザを質問責めにしたいのだが、歩くペースが早過ぎる上、ずっと歩いていることもあって息が荒くなり、追いかけるだけで精一杯なのだ。
ちなみに、行きとは違い馬を連れた状態の一行は、中庭を通り、金桃の棟と緑蓮の棟の渡り廊下の下を通って正面へ向かっている。
「ねぇ、コレトー」
後の令嬢達の雰囲気に圧されたのか、気が付くと花丸と並んでいた風丸の手綱を取るコレトーへアンネリザが声をかけた。
「はい」
「陛下の侍従の方に、馬車に何人乗れるか、確認をとってもらえる?」
「…畏まりました」
答えると、コレトーは風丸を促して歩調を上げ、前にいたカツラへ話しかけに行った。
「せっかくですから、皆様は無理かもしれませんが一緒に参りましょう」
笑顔で紅菊派に告げると、レンフロと話をする機会だと理解した紅菊派の面々が頷き合う。
話をしながら歩いていた結果、後の令嬢達に追いつかれつつも追い抜かれないよう歩き、前方の陛下からはやや離れつつという位置をキープしていたアンネリザは、前方にレンフロの載って来た馬車が見え始めた頃に戻って来たコレトーの返事を聞いて少し考え込んだ。
馬車に乗る予定だったのは、レンフロ、アンネリザ、シレーナの三人だったらしい。作りの大きくない馬車であるため、ドレスのことを考えてレンフロが乗らない側に二人が妥当だろうとのことだった。
「お二人ほどであれば、ご一緒できるようです」
紅菊派にそう声をかけると、コレトーの言葉も聞こえていた彼女達は、ドレスのボリューム感の控えめな二人を選出した。アイーナとアイリスの二人だ。
「陛下にお話して参りますね」
馬車にほぼ近付いた所でコレトーに手綱を預け、レンフロの元へ向かう。カツラに声をかけ取次を頼む。
「馬車に同乗するのは構わないが、三人では、狭いのではないか?」
「あ、私は騎乗して参りますから大丈夫ですわ。アンス家の姫様と上杉家の姫様をお願いいたします」
あっけらかんと放たれるアンネリザの言葉に、レンフロも素直に本音が漏れる。
「私も乗りたいものだ」
「では、月丸に騎乗なさってはいかがでしょう? ヴァリシャの馬は皆よく馴れておりますから、私、訊いて参ります」
嬉しそうに言うやいなやカツラが止める間も無くアンネリザはヴァリシャの元へ向かう。レンフロもその後を追った。
「ヴァリシャ。馬場までの事なのだけど、陛下に月丸に騎乗していただこうと思うの。大丈夫かしら?」
「もし、可能ならば頼みたい」
「光栄です、陛下。どうぞ、乗ってやってください」
アンネリザの言葉に笑みを浮かべ、背後から近付いてきたレンフロにその視線を向け返答したヴァリシャは、傍らの月丸の首を撫でながら話しかけた。
「月丸。誉れ高いことだ。陛下がお前に騎乗してくださるそうだよ」
「まぁ、月丸ったら嬉しそうにして、私にはそんな態度とってくれたことないのに…。流石ですわ、陛下。月丸ったらもう陛下の事が大好きみたいです」
「馬は賢い生き物です。陛下のお心の美しさが伝わるのでしょう」
ヴァリシャから手綱を受け取って話をしているのを見ていたアンネリザが、そうだ、自分も花丸に乗ろう、と振り返ると。大人しく立っている風丸の横で構って攻撃をしてくる花丸を撫でながら、馬車の付近に視線を向けるコレトーが見えた。反射的にその視線を追うと、馬車の前には全棟派の筆頭令嬢がそろい踏みだった。
「…いつの間に」
紅菊派は元々一緒に居り、緑蓮派と桔梗派がすぐ後ろに居たのも解っていた。だが、シトロベルとメリーラッツァはいったい何時現れたのだろうか。
「王都の御令嬢は奥様のような方ばかりかと思っていたのですが、お嬢様の様な方が多いのですね」
感心したようにヴァリシャが呟くのを聞き、
(あの方々は私と一緒にされたくはないと思うわ)
と、考えたが、ヴァリシャの発言には全くなんの含みもない事を解っているので頷いて、自分を良い方に表す言葉で同意を示す。
「そうね、積極性があって行動的よね」
ちなみに、シトロベルとメリーラッツァは彼女達の取り巻きをシレーナの元に残す事で水仙の棟裏から離れ、馬を連れていないため室内を通って正面にやって来たのだ。
彼女達の取り巻きが居なくなったが、代わりに紅菊派が増えているため、相変わらず二十人近い令嬢達が居る。もっとも主に話をしているのは、筆頭の四人と紅菊派のアイーナとアイリスの六人だが。
どうなるのだろうと遠巻きにしていると、カツラがレンフロの元へやって来た。馬場へ向かう馬車に乗る人選で揉めていると言う。
「誰が乗ろうと構わないが、時間が惜しい…私は騎乗して向かうから好きにするように伝えてくれ」
「畏まりました」
困惑したような声だった、いや、ようなではないか、レンフロは花の館に着いてから始終困惑している。
言葉通りヴァリシャに尋ねながら月丸に騎乗して進み始めたレンフロを追うために、アンネリザもコレトーに近付いたが、ヴァリシャと風丸にお乗りくださいと言われてしまった。仕方がないか、と理解できたので、既に風丸に騎乗していたヴァリシャに頼んで彼女の前に乗せてもらう。
「あら…」
「いかがされました?」
「あ、ううん、今、馬車に五人乗り込んだような気がして…」
アイリスが馬車の下に取り残されている姿と、筆頭の令嬢達が見当たらないことから、馬車に五人が乗ったのでは、とアンネリザが驚いていると、ヴァリシャが同じように馬車の方を見て同意する。
「然様ですね、五名の御令嬢がいなくなっておいでです」
ヴァリシャには群衆の数を一瞥して把握する能力がある。正確には、群れる羊の頭数を瞬時に把握する技能だ。つまり、間違いではないのだろう。今、せいぜいが二人並ぶ程度幅で前後に席があるの小型の馬車に、アイーナ、アヤメ、シトロベル、メリーラッツァ、リリアンヌの五人が乗り込んでいるということだ。
(あの馬車にドレスを着て五人は辛いのじゃないかしら…)
歩くのすら大変そうな大きな膨らみを作っていた、主にシトロベルとリリアンヌのドレスを思い出しながら考える。メリーラッツァのドレスもよくある大きさと言えばそうだが、十分に膨らんでいた。アイーナとアヤメだけが比較的すっきりとしたドレスだと思えたが、あくまで、比較的でしかない。
(まぁ、乗っているのだから、平気なのよね、たぶん)
先頭を行く騎士に続いて、レンフロとお付の馬車が先を行く。アンネリザとヴァリシャは、コレトーと並んで重そうに進む馬車のすぐ後に付いた。
アヤメ、シトロベル、メリーラッツァ、リリアンヌ、筆頭たる令嬢を中心に二十人を越える令嬢達が優雅に礼をとっている。居ないのは紅菊派の令嬢達だけだ。
「…礼は不要だ。私は貴方方に用がある訳ではない」
一瞬呆けてしまったが、相手のペースで話し始められては堪らないので、それだけ言うとさっさと歩き出す。もし一人からでも挨拶を受けてしまえば、全員の挨拶を受けなくてはいけなくなる。
だが、元々結婚の意志がないレンフロと結婚しようと思える意志の強い令嬢達である。足早に自分達を置き去りにする彼を後ろから追いかけた。
何故そこまで、と思いながらも、花の館の敷地内を付いて来るものを止める理由も無いのでそのままにする。足早に近付くと、遠目からでもぽかんとしているのが解ったアンネリザが、慌てて顔を作っているのが見えた。
「久しいな、アケチの末姫」
「お久しぶりでございます陛下」
「楽にしてくれ、そちらのエリット男爵夫人も。今日は急な願いを聞き届けてもらい感謝している」
「勿体無いお言葉でございます」
「しかし…本当に、立派な馬だ。グーシン王国は良馬の地と聞くが、正にだな」
グーシン王国とはヴァリシャの出身国であり、アイデル王国の西側、アケチ伯の領地を含むサッカイ州とミツラン州の一部が接している国だ。ちなみに接してはいるが峻険な高山を挟むため、アケチ伯領地では往来はない。
「触れても構わないだろうか」
「光栄なことです陛下。どうぞ」
レンフロの最も近くに居た月丸の轡を取りながら、馬体を柵に沿うように横へ向かせる。そっとレンフロがその首を撫でると、鼻を伸ばしてうっとりした顔をした。
(月丸…お前、私が撫でる時にはそんな顔してくれないのに…!)
密かにアンネリザがショックを受けていると、呼吸を乱した令嬢達に囲まれた。
「アケチの姫様、これは一体どう言うことなのか、お教え願えますかしら?」
「ええ、私もぜひお伺いしたいわ」
シトロベルとメリーラッツァの引きつった笑顔に、アンネリザは、わざとらしいほどきょとんとした顔を返す。
「どう、とは…? 一体何のことでしょうか?」
困惑した様子のアンネリザの顔を窺うように見ていた視線が、その後へ流れた。シレーナがアンネリザの肩に手を置いたのだ。
「アン。貴方は馬場に行きなさい。陛下をお待たせするものではありません」
既にヴァリシャに馬場で馬術を見せて欲しいと告げたレンフロの要請に従って馬達は柵を超えている。シレーナに頷いてそちらに向かったアンネリザは、ヴァリシャに声をかけて花丸の手綱をとった。
アンネリザを引き止めさせないよう、シレーナは優雅な動作で令嬢達に挨拶をしている。
「第三騎士団所属エリット男爵が妻、シレーナと申します。本日は陛下のお心遣いを賜り妹の元へ参りました。私の侍従は良馬の産地として名高いグーシン国の出身で、彼女自身が良馬の保有者であり馬術巧者なものですから――」
状況的に令嬢達を少しでも多く引き止めるべきだと判断したシレーナは、優雅な礼から静かに語りだす。優雅に挨拶をされて完全に無視するような礼儀知らずな真似を、令嬢達はできない。だがシレーナが語るのを止めないと返礼もできないのだ。
ただ、都貴族の中でも指折りの彼女達である。前面に出ていたシトロベルとメリーラッツァ以外はアンネリザの動きに合わせてレンフロを追いかけていた。
レンフロと並んで歩きながら、月丸をヴァリシャが連れ、後ろに花丸の連れたアンネリザ、風丸を連れたコレトーが続く。
アンネリザ達が渡り廊下の下へ戻ってくると、困惑した様子の紅菊派の令嬢達が居た。レンフロは、礼不要の旨だけを告げ、その前を歩んで行くが、アンネリザはそっと歩みを止める。
「これから陛下と馬場へ参りますの、よろしければご一緒に」
紅菊派にそっと誘いをかけると、後方から他の令嬢達が来ているのが見えた彼女達も、そっとアンネリザと歩き始めた。
「あの、馬場にいらっしゃるとの事ですが、騎乗されるのですか?」
そっと問いかけてくるヒナギクに、アンネリザが笑顔で頷く。
「はい。あっ、馬術を披露するのは、あちらの、陛下の後隣にいる私の姉エリット男爵夫人の侍従である彼女ですが」
「あちらの方が…?」
「素晴らしい馬術巧者ですの。連れてきた馬は皆彼女の馬なのですよ」
「まぁ…三頭も」
アンネリザと紅菊派の面々は並んで歩きながら状況を話し合う。本当は、後から追っている令嬢達もその話に割り込んでアンネリザを質問責めにしたいのだが、歩くペースが早過ぎる上、ずっと歩いていることもあって息が荒くなり、追いかけるだけで精一杯なのだ。
ちなみに、行きとは違い馬を連れた状態の一行は、中庭を通り、金桃の棟と緑蓮の棟の渡り廊下の下を通って正面へ向かっている。
「ねぇ、コレトー」
後の令嬢達の雰囲気に圧されたのか、気が付くと花丸と並んでいた風丸の手綱を取るコレトーへアンネリザが声をかけた。
「はい」
「陛下の侍従の方に、馬車に何人乗れるか、確認をとってもらえる?」
「…畏まりました」
答えると、コレトーは風丸を促して歩調を上げ、前にいたカツラへ話しかけに行った。
「せっかくですから、皆様は無理かもしれませんが一緒に参りましょう」
笑顔で紅菊派に告げると、レンフロと話をする機会だと理解した紅菊派の面々が頷き合う。
話をしながら歩いていた結果、後の令嬢達に追いつかれつつも追い抜かれないよう歩き、前方の陛下からはやや離れつつという位置をキープしていたアンネリザは、前方にレンフロの載って来た馬車が見え始めた頃に戻って来たコレトーの返事を聞いて少し考え込んだ。
馬車に乗る予定だったのは、レンフロ、アンネリザ、シレーナの三人だったらしい。作りの大きくない馬車であるため、ドレスのことを考えてレンフロが乗らない側に二人が妥当だろうとのことだった。
「お二人ほどであれば、ご一緒できるようです」
紅菊派にそう声をかけると、コレトーの言葉も聞こえていた彼女達は、ドレスのボリューム感の控えめな二人を選出した。アイーナとアイリスの二人だ。
「陛下にお話して参りますね」
馬車にほぼ近付いた所でコレトーに手綱を預け、レンフロの元へ向かう。カツラに声をかけ取次を頼む。
「馬車に同乗するのは構わないが、三人では、狭いのではないか?」
「あ、私は騎乗して参りますから大丈夫ですわ。アンス家の姫様と上杉家の姫様をお願いいたします」
あっけらかんと放たれるアンネリザの言葉に、レンフロも素直に本音が漏れる。
「私も乗りたいものだ」
「では、月丸に騎乗なさってはいかがでしょう? ヴァリシャの馬は皆よく馴れておりますから、私、訊いて参ります」
嬉しそうに言うやいなやカツラが止める間も無くアンネリザはヴァリシャの元へ向かう。レンフロもその後を追った。
「ヴァリシャ。馬場までの事なのだけど、陛下に月丸に騎乗していただこうと思うの。大丈夫かしら?」
「もし、可能ならば頼みたい」
「光栄です、陛下。どうぞ、乗ってやってください」
アンネリザの言葉に笑みを浮かべ、背後から近付いてきたレンフロにその視線を向け返答したヴァリシャは、傍らの月丸の首を撫でながら話しかけた。
「月丸。誉れ高いことだ。陛下がお前に騎乗してくださるそうだよ」
「まぁ、月丸ったら嬉しそうにして、私にはそんな態度とってくれたことないのに…。流石ですわ、陛下。月丸ったらもう陛下の事が大好きみたいです」
「馬は賢い生き物です。陛下のお心の美しさが伝わるのでしょう」
ヴァリシャから手綱を受け取って話をしているのを見ていたアンネリザが、そうだ、自分も花丸に乗ろう、と振り返ると。大人しく立っている風丸の横で構って攻撃をしてくる花丸を撫でながら、馬車の付近に視線を向けるコレトーが見えた。反射的にその視線を追うと、馬車の前には全棟派の筆頭令嬢がそろい踏みだった。
「…いつの間に」
紅菊派は元々一緒に居り、緑蓮派と桔梗派がすぐ後ろに居たのも解っていた。だが、シトロベルとメリーラッツァはいったい何時現れたのだろうか。
「王都の御令嬢は奥様のような方ばかりかと思っていたのですが、お嬢様の様な方が多いのですね」
感心したようにヴァリシャが呟くのを聞き、
(あの方々は私と一緒にされたくはないと思うわ)
と、考えたが、ヴァリシャの発言には全くなんの含みもない事を解っているので頷いて、自分を良い方に表す言葉で同意を示す。
「そうね、積極性があって行動的よね」
ちなみに、シトロベルとメリーラッツァは彼女達の取り巻きをシレーナの元に残す事で水仙の棟裏から離れ、馬を連れていないため室内を通って正面にやって来たのだ。
彼女達の取り巻きが居なくなったが、代わりに紅菊派が増えているため、相変わらず二十人近い令嬢達が居る。もっとも主に話をしているのは、筆頭の四人と紅菊派のアイーナとアイリスの六人だが。
どうなるのだろうと遠巻きにしていると、カツラがレンフロの元へやって来た。馬場へ向かう馬車に乗る人選で揉めていると言う。
「誰が乗ろうと構わないが、時間が惜しい…私は騎乗して向かうから好きにするように伝えてくれ」
「畏まりました」
困惑したような声だった、いや、ようなではないか、レンフロは花の館に着いてから始終困惑している。
言葉通りヴァリシャに尋ねながら月丸に騎乗して進み始めたレンフロを追うために、アンネリザもコレトーに近付いたが、ヴァリシャと風丸にお乗りくださいと言われてしまった。仕方がないか、と理解できたので、既に風丸に騎乗していたヴァリシャに頼んで彼女の前に乗せてもらう。
「あら…」
「いかがされました?」
「あ、ううん、今、馬車に五人乗り込んだような気がして…」
アイリスが馬車の下に取り残されている姿と、筆頭の令嬢達が見当たらないことから、馬車に五人が乗ったのでは、とアンネリザが驚いていると、ヴァリシャが同じように馬車の方を見て同意する。
「然様ですね、五名の御令嬢がいなくなっておいでです」
ヴァリシャには群衆の数を一瞥して把握する能力がある。正確には、群れる羊の頭数を瞬時に把握する技能だ。つまり、間違いではないのだろう。今、せいぜいが二人並ぶ程度幅で前後に席があるの小型の馬車に、アイーナ、アヤメ、シトロベル、メリーラッツァ、リリアンヌの五人が乗り込んでいるということだ。
(あの馬車にドレスを着て五人は辛いのじゃないかしら…)
歩くのすら大変そうな大きな膨らみを作っていた、主にシトロベルとリリアンヌのドレスを思い出しながら考える。メリーラッツァのドレスもよくある大きさと言えばそうだが、十分に膨らんでいた。アイーナとアヤメだけが比較的すっきりとしたドレスだと思えたが、あくまで、比較的でしかない。
(まぁ、乗っているのだから、平気なのよね、たぶん)
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