首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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33.

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 アンネリザと別れ、自家の馬車に乗り込んだミコトは、眠っているように項垂れていた祖父へ声をかける。
「おじいさま」
 顔を上げたところで、ジンライの大旦那様と呼ばれるジンライ・ヤマトの重そうに垂れた眉毛で半分隠れた目は、開いているのか閉じているのか解らないほど細いのだが。
「ん? ああ、戻ったね」
「ええ、馬車を出しますから、しっかりとお座りになって下さいませ、ね」
「はいはい。どうだったね?」
 祖父の返事でミコトが御者に合図を出せば、馬車が静かに走り出す。
「よく解りませんでしたわ。ただ、私はアケチの末姫様の事がとても好きになりましたから、あの方と仲良くしたいと思います」
「そうかね。まぁ好きになさい」
「ええ」
 楽しそうに微笑む孫の顔をちらりと見て、ヤマトは小さく笑んだ。孫の姿に微笑ましさを覚えたのではない。情報収集にかけては国内随一を自負するジンライ家の老爺は、今頃慌ただしくしているだろう家々の事を考え笑ったのだ。
 そんな笑いが向けられている事など知るはずもない家々では、かの予想通りに慌ただしくしていた。
 主な内容はどの家も同じだ。
 アンネリザがレンフロと連絡を取る手段が不明な件を調査する事。
 どうやら二人の仲が深まってしまったらしい事。
 今後の身の振り方について。
 これらの中で対応が別れたのは最後の部分だろう。紅菊派はもとより、フランドール家もアヤメ自身の切望により、王后という立場を望む事はなくなった。更に、下手を打ったと判断したクランド家が自重する方針で固まる。
 未だ前面に王后位を望み動いているのは、リンドブル家とカフス家だけとなった。もっとも、どちらもレンフロの方から完全に拒まれ、ゴリ押しでこの騒動を引き起こした手前、すぐにまた大きな動きに出るという事は出来なくなっていたが。
「そういえば」
 ふと思い出した、というような仕草と共に、ミコトがヤマトへ問いかける。
「お茶が、とても美味しかったのですけれど」
「へぇ」
「あの方、元庭師だという報告なのですが…どういった経緯で侍従になられた、のかしら? お茶を淹れるのがお上手だから、と、いう事では、ありませんよ、ね? おじいさまは何かご存知?」
「あの家は当の娘と侍従が仲良くなれるかどうかで侍従を選んでいるはずだよ」
「…それは…」
 確かに仲の良さはよく解った。異性の侍従は王都ではあまり評判が良くないが、そんな例とは全く異なり、信頼関係のある主従であった。だがそんな判断基準で選んでよいものなのだろうか。
(侍従としての能力は、二の次という、事?)
 しばし動きを止めて考え込んだミコトは、納得したというように小さく頷くと、話題を変える。
「ところで、陛下はアケチの姫様とだけ、仲を深められましたけど。この騒動、これで治まると思いまして?」
「ん?」
「精霊を祖に持つ国は我が国だけではありません、でしょう?」
 欠伸を噛み殺すような間があり、ヤマトが口を開く。
「あぁ。まぁ悶着はあるだろうね。なにせ陛下との婚姻についてはもう十年近く前からずっと言ってるからね。お隣さんは」
 表情は解りにくいが、声音と仕草が呆れを伝えて来た。ミコトは今まであまり国外の事には興味がなかったため、つい先ほど思いついたのだが、どうやら事はこの騒動よりもずっと前から始まっていたらしい。
「あら…そうでした、の?」
「知らなかったのかい? もうずっとだよ。精霊の血を持つ者同士、その血を濃くするために協力しよう、って」
「あまり、興味ありませんでした、ので」
「それでいいよ別に。実現性はほぼ無いからね」
 ヤマトが何処かうんざりしたように呟いていたその頃。
 アイデル王国の隣国。
 ドリミァ王国の王族が生活を営む離宮の一室で、一人の少女がレンフロの姿絵を掲げて、いつぞやのアンネリザのようにくるくると回っていた。
 銀線のような真っ直ぐでさらさらとした白銀の髪は、ドレスの裾同様に広がっていたが、ぴたりとその足が止まると体にくるりと巻き付くようになってから流れ落ちた。美しいその髪の長さは、腰を超え腿の中ほどまで達している。
「この方がレンフロ様」
 うっとりとした目は、藍よりは薄く、空よりは濃い、青玉のような青だ。
 先日、めでたく十六歳となり、ドリミァ王国独自の文化である加冠の儀という式典を終え、公的に王族の仲間入りを果たした彼女の名は、リファーナという。
「素敵」
 近くに引き寄せた姿絵を見つめて、吐息交じりに呟いては、また少し遠ざけ、近付けて、を繰り返す。
 周囲では、心配そうな表情を浮かべた数人の側仕え達が、はらはらしながらその様子を見つめていた。
「どうして誰もこの絵を見せてくれなかったの? こんなに美しいお顔をされていたなんて、知っていたら結婚を嫌がったりなどしなかったのに!」
 彼女にとってレンフロとの結婚とは、隣国の王が特異な力を持つ事を知ったリファーナの父が勝手に言い出した妄言という印象だった。
 そして、それはあまり間違っていない。王家において発言力を持つリファーナの祖父母、ならびに母と叔父は父の言葉をいつも否定していた。
 更に言うならば、リファーナ自身にも理由があった。産まれてすぐから言い続けられていた割に全く歯牙にもかけていなかったのは、結婚すべきだと言っていたのが父ただ一人だったからだけではなく、彼女自身が物心着いた頃から極度の面食いだったためでもあったのだ。彼女は自分の夫には絶対的に顔が良い事を求めていた。つまり、首無し王などと称される相手は、論外だったのだ。
 だが、今、彼女は知ってしまった。
「本当に素敵」
 ちなみに、今リファーナが見つめている姿絵は、ただ一人主張を続ける父から贈られたものだ。
 国外向けには首無し王としての姿しか出回っていないはずのレンフロの姿絵に、レンフロの母の顔を描き足したものである。無論、そっくりそのまま首を乗せたというのではなく、一流の画家が特徴を残しつつ、男性的かつ威厳を持たせ瞳の色は青く描いたものだ。
 レンフロの見合い騒動を知ったリファーナの父は、早く婚約を取り付けなくてはと焦り、周囲の説得よりも何よりも本人をその気にさせる事にしたのだった。
「この方がわたくしの夫」
 幸か不幸か、その姿絵の出来は、とてもよくレンフロに似ていた。
「わたくしの横に並び立つのに、これほど相応しい方がいらっしゃるかしら」
 とはいえ、レンフロが結婚に乗り気でない事など、リファーナを除く王族のほとんどが知っている事だ。その臣下従僕も含めて。だからこそ今、側仕え達は心配そうにしているのだ。
「決めたわ!」
 アイデル王国側としても、友好国であるドリミァ王国との婚姻関係は全く利の無い事ではないのだが、王族同士の結婚はともかく、王后にという考えはなかった。そのため、実はアイデル王国の王妹とリファーナの兄との話であれば双方協力的に進められているのだが。
「この方と結婚します!」
 リファーナはきっぱりと、そう宣言した。
 その後、周囲が慌ただしく駆け回り、彼女の父が彼女の母から叱責されるまで小一時間ばかりの時を要するが、結局、親族一同にどんな説得をされても、彼女の決意は翻る事はなかった。
 無事に進んでいる王妹と兄との結婚話にだけは問題が起きないように、と苦心する周囲を他所に、リファーナはせっせと独自で準備を整えていく。
 そして、五ヶ月後にアイデル王国内で行われる交流の場に参加する段取りを取り付けたのだった。
「リファーナ」
 リファーナの兄、ローディオは、妹と同じ髪と目の色をしているが、何処か武骨で雄々しいその顔を顰めて妹の前に立った。本来、五カ月後の交流は、彼とその許嫁であるアイデル王国王妹リルカティアとの交流のために設けられた場なのだ。妹が付いて来る事までは許容できるが、そこで好き放題にされては困る。
「何ですお兄様、そのお顔。あまり暗い顔をなさっていますと女性に嫌われましてよ? ただでさえ陰気臭い顔なのですから、笑顔ぐらい心がけられてはいかがです?」
 一言釘をという思いで妹と向かい合った兄の出鼻は挫かれ、更にその心に大いなる攻撃を受けた。
「陰気………余計なお世話だ!」
「怒鳴らないでください。全く。わたくし義理の姉になられる方には心から同情いたします。お兄様みたいな方とご結婚なさらなくてはならないなんて、御可哀想ですわ」
「そん…お、お前とリルカティア殿を同列にするな、あの方は」
「わたくしよりもお淑やかで、お優しくて、万事に控えめなか弱い女性なのでしょう? だから、同情すると申し上げているのですわ。お兄様みたいに不愛想で無思慮で、口下手な上にちょっと言い負けそうになると怒鳴るような殿方が夫だなんて。言いたいことも言えず、かといってお兄様が察して差し上げる事も出来ず、不平不満があっても内に溜め込んでお心を壊す未来が見えるようですわ」
「…そんな、ことは…」
 妹に抗議と注意をしに来たはずが、気が付けば肩を落として踵を返す事になる。そんなローディオの肩を、傍らから近侍がそっと支えた。
 その憮然とした後姿をつまらなそうに見送って、リファーナは肩を竦める。
「もう、レンフロ様にお会いするための準備で忙しいというのに、お兄様は本当に無粋だわ」
 側仕え達は、リファーナに同意する訳にもいかず、そっと苦笑しながら己の仕事に徹する。
 その様子に戸惑いつつも、自分も仕事に徹する他ないと感じた仕立係は、ドレスのデザインを描いた紙と使用予定の生地をリファーナに広げて見せた。
 デザインを見て生地に触れ、リファーナは口をむっと曲げ、指で自身の頤に触れながら、少し考え込んで口を開く。
「ドレスの生地はこれで良いわ。ただ、このデザインは変えてちょうだい。もっと軽やかな感じが良いの。五か月後は春なのだし。あ、それと、靴の踵ももっと洗練された感じに出来ない? それから、当日は生花で髪を飾ろうと思うけど、良い感じの花がなかった時のために宝石とリボンで代替できる髪飾りも沢山作りたいの。わたくしのこの白金の髪をより引き立てるようなものにしてね」
 ポンポンと飛び出す注文を必死に書き留める仕立係は、その日から四ヶ月の間、あちこちへと方向が変わるドレス作りに翻弄される事となった。
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