とある少女の初恋

nionea

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前編

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 キョートウ国の王都にある王城の離宮。
 その日が自分の産まれた日だとは知らなくて、自分が六歳になった事実をまだ解っていなかったシィレーナは、屋敷の奥まった部屋で乳母のルーインと共に居た。
 可愛らしい蝶のように髪を結われて、ひらひらとしたよそ行きの着物に袖を通し、普段は見ることもできない金製の梅花の頭冠を載せられる。
「わぁ」
 鏡に映る己の姿に、まるで天女のようだと驚喜する。優しい母も逞しい父も美しい銀髪で、シィレーナは自分の銀に近い薄い金髪が嫌いだった。だが、金の頭冠を載せた自分の髪は、驚く程綺麗に見える。
「見て、ねぇ見て、私、似合ってる? 可愛い? ねぇ? どう?」
「大変お似合いですよ姫様」
 元が茶髪なため、白い髪が混じり始めた事が解り易いルーインに褒められて、シィレーナは頬に手を当てて舞い上がる。
(あぁ、すごい、すごいわ! 私可愛いんだわ! いつもみたいにくすんだ銀みたいじゃないもの、ひらひらして私が動くとふわってなるこのヒレも、ちょうちょみたいにぱたぱたする髪も、ずっとずぅっと素敵だわ! 朝からなんだかばたばたしてて、お父様もお母様もかまってくれなくて嫌だったけど。なんて良い日なのかしら! 私、今世界で一番幸せだわ!)
 せっかくすっきりとした目覚めの朝だったのに、父母がそろって慌ただしくしていて自分を構ってくれない事が不満だった。見かねたのか、乳母のルーインにこうして身支度部屋で綺麗に着飾ってもらえなかったら、きっとシィレーナは不機嫌顔のまま構って欲しくて池にでも飛び込んだだろう。
 にこにこと舞い上がるシィレーナを褒めていたルーインは、姫様が鏡に夢中になっている間に、と頭冠を仕舞っていた箱や晴れ着を入れていた櫃を片付け始めた。
(そうだわ! お母様にも見ていただかなくちゃ! そうよ、お父様にも! きっと褒めてくださるわ!)
 思い付いたら即行動なシィレーナから目を離したのは、本当に呼吸ほどの間もない内だった。
「姫様? 姫様!」
 振り返って鏡の前に居たはずのシィレーナの不在に気が付いたルーインは、慌てて表に飛び出したが、活動的なシィレーナは影も形も見当たらなかった。
 乳母がおおわらわで自分を探し始めた事など気付きもしないシィレーナはその頃。
「ふんふんふんふふふ~」
 鼻歌を歌いながら庭池の橋から水面を見下ろしていた。
 父母に会いに行こうと思い立って飛び出したのだが、目の前をひらりと横切った燕に心を持って行かれ、探しに庭へ下り、追ったところで水面に映る自分に気付いたのだ。青い空を背景に、陽の光の下で見る金の髪はより輝いて見える。
(へへへ。ふふふ。私可愛いわ。すっごく可愛い!)
 普段シィレーナはどちらかというと自分の姿を見るのが嫌いである。理由は両親に似なかった髪の色。ところが今はその髪の色が綺麗に見えるのだ。産まれて初めて自分で自分を可愛いと感じている。
 そんな風に舞い上がって、浮かれて、この上なくはしゃいでいる状態だった。だから、シィレーナは気付かなかった。
「可愛いね」
 声に顔を向ければ、銀髪碧眼の少し年上に見える少年が微笑んでいた。
(え? え? え?)
 シィレーナはぱっと顔を赤く染めた。
(あ、え? 誰? 今、可愛いって言った…私のこと? 私! えぇええっ私可愛いって、言われた!)
 熱い頬に手を当てて立ち上がったシィレーナは、慌てて橋の上から駆け出した。
(わーわーわー、どうしようどうしたら、かっこいい男の子に可愛いって言われた! 私、可愛いって!)
 自分の名前を呼びながら探していたルーインの姿を見つけると、心できゃーきゃー叫んでいたシィレーナはその勢いのまま飛び付いた。
 一人橋の上に取り残された少年が、ぽつりと呟く声は勿論聞こえていない。
「一緒に見たかっただけなんだけどな…」
 シィレーナが真剣に見つめていた、と少年は思っている池の鯉が、あらもっと褒めて良いのよ、というように跳ねた。
「可愛いなぁ、赤い鯉」
 にこにこと鯉を見ていた少年は、しばらくして呼びに来た侍従と共にその場を去った。
「いない!?」
 そのため、一頻り興奮して、走ってしまったせいで乱れた服を直してもらったシィレーナが、急ぎつつも服装が乱れないようにかけ戻った時にはそこには誰も居なかった。
「そんなぁ…」
「姫様、そろそろ、参りませんと」
 テンションの高過ぎる説明がいまいち解らなかったルーインだが、しょんぼりするシィレーナがとても楽しみにしていた事だけは解る。とはいえ、既にシィレーナの六歳の誕生日を祝う宴の準備が整っているのだ。その上宴の前に客人との面会も控えている。あまり時間がなかった。
「はぁい…」
 ついさっきまでの楽しそうな姿が嘘のように、ルーインに手を引かれてとぼとぼと歩くシィレーナは、ぐすりと鼻をすすり上げ、滲む涙を拭った。直ぐにそれに気付いたルーインが袖ではなく手巾で目元を拭ってくれ、そのまま手巾を渡してくれた。
(ちゃんと、見てもらおうと思ったのに、ひらひらは回った方が可愛いいのに…)
 結局、とぼとぼぐずぐずとしたシィレーナの気持ちは母に抱きしめられても回復しなかった。
 今日は貴方の許嫁もお祝いに来てくれたのよ、という寝耳に水な情報がもたらされるその瞬間まで、シィレーナの心は少年に占められていたのだ。
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