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後編
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「ぜったいやだぁあ!!」
シィレーナは柱にしがみついて自分を見知らぬ許嫁の元に連れて行こうとする母に抵抗した。
「いやったらいやったらいやったらいやぁっ!!」
少年に会えなかった上に、何故自分が決めたわけでもない未来の夫に会わねばならないのか。自分が結婚するのは少年だ。さっきそう決めたのだ。それなのに何でその少年に目一杯綺麗にした姿を見てもらってもいないうちに知らないやつに会えと言われねばならないのだ。
シィレーナの心の中は不満の大嵐である。
「そんな我侭を言うんじゃありません」
困った顔でシィレーナを見下ろして、母は我が子を窘めた。
「わがままなんか言ってないもん! シィに何も聞いてくれないで勝手な事したのは父上と母上だもん! シィは悪くないぃ!!」
元々頑固な質である。まして自分が納得できない事を強要されては絶対に首を縦に振らない。それがシィレーナという少女である。
「もう…」
本当は力ずくで連れて行くことは出来る。ただ、それをすればシィレーナの格好は見るも無残な有様になるし、そもそも娘の心に傷をつけたい訳ではないのだ。母は、小さくため息を付きルーインに何事か言いつけると、好きになさいと呟いてその場を去っていった。
「シィ悪くないもん…」
「えぇえぇ、姫様、もう解りましたから、ね。手をお離しになって下さい。爪が割れてしまいますよ。ほら、ね? 御髪を直しましょう? 服も袷を整えなくては」
「………うん」
ルーインに宥めるように言われ、シィレーナはぐずぐずしながらも言葉に従った。
近くの鏡の有る部屋に入って、乱れてしまった服の袷と帯を整えてもらう。そして、丁寧に髪も梳き直され、濡れた柔布で顔を拭われると、鏡の中には可愛いシィレーナが映っていた。
(見てもらいたかったのに…ふわってするの)
せっかく可愛く戻ったが、それを一番に見せたい少年の不在にシィレーナの顔から笑顔が消える。
(また、池にいたら)
会えるかもしれない、と思いついたシィレーナはそっとルーインを窺う。できれば一緒に付いて来て欲しいが、ルーインも母と同じでシィレーナを許嫁とやらに会わせたく思っているかもしれない。もしそうなら一緒には行けない。
(ルーインはシィと一緒に来てくれるかなぁ…)
思い付いたら即行動なシィレーナだが、さっきの今でまた池に行って、何時まで経っても少年が来なかった時、自分が一人で居る事に耐えられない予感がしていた。
「どうなさいましたか姫様」
自分を窺っているシィレーナの視線に気付いて、ルーインが声をかけた。
その優しい視線に促されて、シィレーナはまた池に一緒に行って欲しいと告げる。
ルーインは最初困った顔をしたが、服が乱れてしまいますからゆっくり歩かなくてはいけませんよ、と言ってくれた。
「うん!」
満面の笑顔で返事をして、ルーインと一緒に再び池へ向かう。残念ながら、少年は居なかったが、ルーインと一緒に待つのだと決めたシィレーナはへこたれない。ルーイン相手にどう動けば可愛くふわりと見えるかの研究をして間を潰す。こうしたらどう、これならどう、こっちなら、とくるくる回って疲れて座り、元気になってまたくるくるまわる。そんな事を繰り返していた。
そして、その場でぴょんと弾んでとんと着地した時だ。背後から足音がしたのに気付き、驚いたシィレーナはばっと後ろを振り向く。
「きゃぁーっ!」
待ち望んだはずの少年の姿にあまりに驚き過ぎて、叫び声をあげてルーインの後に逃げ隠れてしまう。
「ごめんなさい。驚かすつもりじゃなかったんだけど…」
初対面でも逃げられた少年は、しょんぼりとした顔でシィレーナに謝った。
落ち込む少年にシィレーナは何かを言いたかったが、驚きはまだ過ぎ去っておらず、言葉が出ない。
そんなシィレーナの様子に、少年は自分の傍らに立つ父に向かって告げる。
「父様。やっぱり、この婚約は…彼女が嫌がっているのに」
「やじゃない!」
少年の言葉にシィレーナの中で様々な諸々が急に繋がった。普段はそこまで頭の周りが早いわけではない彼女だが、驚くべき事にこの時は一瞬にして少年が件の許嫁であると理解した。
「え?」
叫びに戸惑う少年に詰め寄り、シィレーナはぐっと拳を握って宣言する。
「シィあなたと結婚する!」
「えっと…結婚は十五にならないとできないから、婚約だね」
「うん!」
きょとんとした後で、微笑んでそう言った少年に、満面の笑みでシィレーナは答えた。
こうした一連を経た結果。
シィレーナは、初恋を実らせ結婚し幸せな夫婦になった自分、と認識しているが、傍目には、親が勝手に決めてしまった許嫁と結婚したが仲の良い夫婦に成れた、と認識される事になったのだった。
「ねぇ、あなた、見て? この梅枝の簪、どう? どう思う?」
「とても似合っているよ。可愛いね、シィレーナ」
「きゃー、もう嬉しいぃ!」
三児の母となった今も、新しい装いをすると必ず夫に見せに来るシィレーナは、褒められてきゃあきゃあとはしゃぎながら子供達を抱き締めてまわった。諦めたように無抵抗な息子も、嫌そうにジタバタする息子も、にぱぁと微笑んで受け入れ姿勢な息子も、ぎゅっと抱きしめては頬擦りをしていく。
「ああ、もう、私世界で一番幸せだわ!」
最後には、臆面なく笑う言葉に微笑みを返す夫に抱き着いて頬を寄せた。
□fin
シィレーナは柱にしがみついて自分を見知らぬ許嫁の元に連れて行こうとする母に抵抗した。
「いやったらいやったらいやったらいやぁっ!!」
少年に会えなかった上に、何故自分が決めたわけでもない未来の夫に会わねばならないのか。自分が結婚するのは少年だ。さっきそう決めたのだ。それなのに何でその少年に目一杯綺麗にした姿を見てもらってもいないうちに知らないやつに会えと言われねばならないのだ。
シィレーナの心の中は不満の大嵐である。
「そんな我侭を言うんじゃありません」
困った顔でシィレーナを見下ろして、母は我が子を窘めた。
「わがままなんか言ってないもん! シィに何も聞いてくれないで勝手な事したのは父上と母上だもん! シィは悪くないぃ!!」
元々頑固な質である。まして自分が納得できない事を強要されては絶対に首を縦に振らない。それがシィレーナという少女である。
「もう…」
本当は力ずくで連れて行くことは出来る。ただ、それをすればシィレーナの格好は見るも無残な有様になるし、そもそも娘の心に傷をつけたい訳ではないのだ。母は、小さくため息を付きルーインに何事か言いつけると、好きになさいと呟いてその場を去っていった。
「シィ悪くないもん…」
「えぇえぇ、姫様、もう解りましたから、ね。手をお離しになって下さい。爪が割れてしまいますよ。ほら、ね? 御髪を直しましょう? 服も袷を整えなくては」
「………うん」
ルーインに宥めるように言われ、シィレーナはぐずぐずしながらも言葉に従った。
近くの鏡の有る部屋に入って、乱れてしまった服の袷と帯を整えてもらう。そして、丁寧に髪も梳き直され、濡れた柔布で顔を拭われると、鏡の中には可愛いシィレーナが映っていた。
(見てもらいたかったのに…ふわってするの)
せっかく可愛く戻ったが、それを一番に見せたい少年の不在にシィレーナの顔から笑顔が消える。
(また、池にいたら)
会えるかもしれない、と思いついたシィレーナはそっとルーインを窺う。できれば一緒に付いて来て欲しいが、ルーインも母と同じでシィレーナを許嫁とやらに会わせたく思っているかもしれない。もしそうなら一緒には行けない。
(ルーインはシィと一緒に来てくれるかなぁ…)
思い付いたら即行動なシィレーナだが、さっきの今でまた池に行って、何時まで経っても少年が来なかった時、自分が一人で居る事に耐えられない予感がしていた。
「どうなさいましたか姫様」
自分を窺っているシィレーナの視線に気付いて、ルーインが声をかけた。
その優しい視線に促されて、シィレーナはまた池に一緒に行って欲しいと告げる。
ルーインは最初困った顔をしたが、服が乱れてしまいますからゆっくり歩かなくてはいけませんよ、と言ってくれた。
「うん!」
満面の笑顔で返事をして、ルーインと一緒に再び池へ向かう。残念ながら、少年は居なかったが、ルーインと一緒に待つのだと決めたシィレーナはへこたれない。ルーイン相手にどう動けば可愛くふわりと見えるかの研究をして間を潰す。こうしたらどう、これならどう、こっちなら、とくるくる回って疲れて座り、元気になってまたくるくるまわる。そんな事を繰り返していた。
そして、その場でぴょんと弾んでとんと着地した時だ。背後から足音がしたのに気付き、驚いたシィレーナはばっと後ろを振り向く。
「きゃぁーっ!」
待ち望んだはずの少年の姿にあまりに驚き過ぎて、叫び声をあげてルーインの後に逃げ隠れてしまう。
「ごめんなさい。驚かすつもりじゃなかったんだけど…」
初対面でも逃げられた少年は、しょんぼりとした顔でシィレーナに謝った。
落ち込む少年にシィレーナは何かを言いたかったが、驚きはまだ過ぎ去っておらず、言葉が出ない。
そんなシィレーナの様子に、少年は自分の傍らに立つ父に向かって告げる。
「父様。やっぱり、この婚約は…彼女が嫌がっているのに」
「やじゃない!」
少年の言葉にシィレーナの中で様々な諸々が急に繋がった。普段はそこまで頭の周りが早いわけではない彼女だが、驚くべき事にこの時は一瞬にして少年が件の許嫁であると理解した。
「え?」
叫びに戸惑う少年に詰め寄り、シィレーナはぐっと拳を握って宣言する。
「シィあなたと結婚する!」
「えっと…結婚は十五にならないとできないから、婚約だね」
「うん!」
きょとんとした後で、微笑んでそう言った少年に、満面の笑みでシィレーナは答えた。
こうした一連を経た結果。
シィレーナは、初恋を実らせ結婚し幸せな夫婦になった自分、と認識しているが、傍目には、親が勝手に決めてしまった許嫁と結婚したが仲の良い夫婦に成れた、と認識される事になったのだった。
「ねぇ、あなた、見て? この梅枝の簪、どう? どう思う?」
「とても似合っているよ。可愛いね、シィレーナ」
「きゃー、もう嬉しいぃ!」
三児の母となった今も、新しい装いをすると必ず夫に見せに来るシィレーナは、褒められてきゃあきゃあとはしゃぎながら子供達を抱き締めてまわった。諦めたように無抵抗な息子も、嫌そうにジタバタする息子も、にぱぁと微笑んで受け入れ姿勢な息子も、ぎゅっと抱きしめては頬擦りをしていく。
「ああ、もう、私世界で一番幸せだわ!」
最後には、臆面なく笑う言葉に微笑みを返す夫に抱き着いて頬を寄せた。
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