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第1章 影太くんスゥちゃんと出会う

マレさんの理由

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 何でもマレさんは、こことは別の空間の《星》で卵の品質管理を行なっていたらしい。卵っていうのはたぶん《星》のことだと思う。始まりがあって終わりがあるもの……。白い長靴に白い作業着姿のマレさんが卵の生産ラインを管理している姿を思い浮かべる。インナーキャップもかぶってそうだ。
「そんな格好はしてなかったけどね~」
 これは俺に理解しやすいようにと、いろいろ言い換えての説明だった。言語化できない情報が多くて説明が難しいという。知覚レベル……見えるものの範囲が違うせいで、言葉では正確に説明することが難しいらしい。
「五感で得られる情報だけじゃ足りないんだもの~」
「頭のフタを閉められないのもそのせいよね。口を閉じるくらいに簡単なのに……」

 ……話を戻しましょう。
 そこでマレさんは《星食い》という虫に寄生された卵を選別して、虫の駆除をしていたそうだ。
「とっても手強いのよ。新しい型に進化もするし」
「核を潰さなきゃ死なないのよね。羽化した瞬間を狙うの。出てきたところをエイヤー! って」
 卵工場で話を進めていいんでしょうか……。とにかく、マレさんは複数の《器》でその作業をこなしていたそうだ。あれ……?
「体は二つじゃなかったんですか?」
「もともとは十一体あったの。《星食い》にみんなやられちゃったのよ。寄生は免れてたけど戦闘で破壊されちゃったわ」
 十一体……。量産型のロボみたいだ。十一体も自分の体があるってどういう感覚なんだろう……
「自分の《器》を少しずつ失うのって結構くるのよね……」
 残機二体……

 は……話を戻しましょう。
 自分の大部分を失ったマレさんはメンタルをやられて退職を願い出たらしい。
「アロマキャンドルがないと眠れないくらい心身疲れちゃったの……」
「リセットを勧めてきたけど断ったわ。記憶を消去して新しい気持ちでまた働けってひどすぎるもの……」
 何かすごいことを言ってる。記憶を……え?

 退職はすんなり認められたけど、マレさんの力、物理的な破壊力はかなり大きいそうで、個人での所有は危険だし、新任に引き継ぎたいから会社に置いて行くようにと命令されたそうだ。取り外しが可能なんですね……
 しかしマレさんは、悪用する気はないし力は自分の一部なんだから渡しません! と拒否。すると会社側はマレさんが眠っている間に勝手に彼女の力を奪ってしまったという。……世界観がもうわからない。
「横暴よね!」
「ホント頭にきちゃう!」
 そしてそのことに怒ったマレさんは……
「蹴飛ばしたら壊れちゃったのよね」
「蹴飛ばしたくらいで壊れる会社が悪いのよ!」
 力を奪い返して会社を物理的に壊滅、経営不能にさせて倒産に追い込んだそうです。

 そのこともあってマレさんは自身の力を過小評価していたのかな~と、会社が危惧した気持ちを自分でもちょっと感じてしまったとか。そしてマレさんは自分の力を半分にしてスゥを作ったと……
「作ったの……?」
「そうよ。いろいろ材料を混ぜ合わせて、私好みに作ったの♡」
 三分クッキングみたいに言う。
「スゥはマレさんの子供じゃないんですか? あれ……? なら、スゥもマレさんだったの?」
 困惑する俺にマレさんが笑い、のぞみは少し不貞腐れた。……何で?

「私の種族は影ちゃんたち人間種みたいな繁殖形態を持たないの。スゥは私とは別個体よ。私の物理破壊力の半分と《魂》の一部を合わせて、《器》と《時間》は新しく用意したもの」
 《星》ってそんなに簡単に作れるものなんでしょうか……
「設計スキルがあれば簡単よ♡ 生まれたてのスゥはこんなだったわね~」
「ちっちゃくて可愛かったのよね♡」
 人差し指と親指で十センチくらいの空間をのぞみが作っている。小さいにも程がある。スゥはマレさんの一部から作られたから彼女の子供と言えるのか……ん? あれ?
「材料の《魂》はマレさんなんですか?」
 肉体という《器》を複数所持しているというのなら、スゥものぞみ同様マレさん十二号ということではないの? 《時間》を共有してないから違うの?
 三度困惑すると二人は肩をすくめた。

「あのね影ちゃん、《器》は二つあるけど私の《魂》はひとつっきりよ。それに《魂》はね、《星》が崩壊すると分解されて新しい《魂》の素になる性質を持っているの。私から分離した《魂》の欠片は崩壊の法則に乗るから、そこからはもう私ではないのよ」
「何度も言うように《魂》と《器》と《時間》がセットで一個体の《星》なの。生まれたばかりのスゥは私に近い存在だったけど……ちょっとだけ他人の欠片も入ってるし……とにかく、今はもうまったく別の《星》だわ」

 『他人の欠片も~』と言ったあたりでマレさんの表情が一瞬鬼のようになったので、これ以上触れないことにしました。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 理解が追いつかないので、スゥとマレさん、のぞみとマレさんについて頭の中で整理してみる。
 スゥの《魂》の素はマレさんの《魂》の一部だったらしいけど、マレさんから分離した《魂》はもうマレさんではないそうで、さらに《時間》と《器》も別なので、スゥはマレさんとは別の存在なんですね………はい。
 対してのぞみはマレさんと《魂》と《時間》を共有した存在なので、マレさん本人なのだそうです。《器》も同じ規格だから複数同時に動かせるのだとか……
 どうにか頭をフル回転させて理解してみる。うーん……

 何というか、時間の概念がだいぶん特殊でつかみづらい。マレさんの言う《時間》とは、時の長さを単位化した……時計で確認できるやつとか、過去や未来の流れ的なやつとは少し違うのかな。ミシン糸で説明されたし……物質なの?
「視覚では見えないのよね。影ちゃんには無理だけど、私は触れるわよ。でも物質ではないの。要素そのものなのよね~」
 マレさんの話では、生まれた時から《星》の生命活動時間の最大値は決定しているということだった。最初から《星》一つ一つに《時間》というミシン糸みたいなものが個々に与えられているらしい。生命エネルギーみたいなもの……?

「これはあまりやりたくはないんだけど、影ちゃん見ててね」
 一輪の花をどこかから取り出したマレさんは、花弁の中から何かを引っ張り出すような仕草をして見せた。すると花はみるみるしおれて茶色くなり、ボロボロとちりになって消える。
「私は今《星》を一つこの手で急速に分解させたのよ。お花じゃなく、人間でこれをやったら怖いでしょ? やらないけど。でも、《星》の規模なんて関係ないの。花も人もそれらの集合体である宇宙も、同列の存在なのよ。みんな同じ三つの要素で構成された《星》なの」
 《時間》を指でつまんで引っ張り出したらしい。花の《器》も《魂》も彼女の手で分解されてしまった。《時間》を《糸》と表現するのはそういうことなのか……
「ちょっと気の毒なことをしちゃったけど、分解された三要素は循環するから、悲しいことだとは思わないわね。あの花に特別な情があればべつだけど」
 そう言ってのぞみが俺にウインクした。《世界》の循環システム……

 眉間を押さえて頭の中を整理する。物事の捉え方が変わりすぎて理解はあまりできないけど、マレさんたちの金色の瞳が俺とは違った世界を見ているのだということはわかった。見える物、触れることのできる物の範囲が違うみたいだ。五感以上のものを持っているというのも頷ける。

「それでね影ちゃん、私たちは影ちゃんを追ってこの《星》に来たのよね」
「はい?」
 それでね、の流れが俺に行き着くとは思わなかった。『追って来た』とは……? 俺はずっとこの《星》の人間なのに……?
「循環システムよ。さっきも話したように《星》の最期は《魂》も全部バラバラの粉々になっちゃうんだけど、その粉々は《時間の海》に流れて行くのね」
「その粉々の一粒が新しい《星》の素になって海から蒸発してね、飛んで行った先の《器》に宿ってまた芽吹くわけなの」
「私たちは前の影ちゃんの最期を看取ってから《魂》の分解を防いでね、そのままの形で次の場所へ向かうのを待ったの」
「スゥの時とは違って影ちゃんの時には私だけだったから、そうするしかなかったの。私には《星》の設計スキルがないのよね」
「三要素を《星》に組み立てることが私にはできなかったのよ。何度も《器》と《時間》を用意して試したんだけど、《魂》が定着してくれなかったの。だから自然に再生するまで待つしかなかったわ。いろいろ誘導はしたけど……」
「前の《星》でお別れしてからここで再会するまで、この《星》の時間単位だと千年くらいかかっちゃったのよね。レンチンな設計スキルを妬ましく思ったわ」
「新しい《器》の影ちゃんがこの《星》で誕生してくれて心底ホッとしたのよ。私もやればできるんだって自信に繋がりました♡」

 頭が痛くなった。ちょっと待って……つまりそれって……
「俺には前世があるってことですか?」
 二人は紅茶を飲んで「うんうんそれ」と指をさして笑った。
「影ちゃんはつまりあれよね、《異世界転生》したってことね。正しくは星間転生かもだけど」
「私たちが《異世界転移》して来て、影ちゃんが《異世界転生》ね! 流行りを押さえたわね♡」
 イエーイ♡ とハイタッチする二人はノリが軽いし適当だった。

 前世とか衝撃です……。でも、そう言われても心当たりが何もない。俺の知っている俺は《臼井影太うすいえいた》という地味な高校生で、その生い立ちも地味だということくらいだ。急に『前世があるよ』と言われても、実感が湧かないどころかファンタジーだった。他人事のように思えてしまう。
「前の影ちゃんの希望で記憶を引き継いでないのよね。だから他人と思っても当然だわ」
「《記憶》は《器》に属するんだけど、私にも引き継ぎの処置くらいはできたのよ? でも前の影ちゃんはそれを拒んでね、まっさらな転生を望んだの。《器》に蓄積された記憶を放棄したから、そこに構築した人格も同時に分解されちゃったのよ」
「私、頑張ったのよ? 前の影ちゃんの希望通り……とまではいかないけど、地味キャラとか」
「そうそう」
 クスクスと笑い合う二人の会話に俺はゾワッと毛が逆立つ。何というか、聞きたくないと思った。自分の前世を知りたくない。生理的嫌悪感というものが心の底から湧いてくる。よほど嫌なことがあったのかもしれない……

「懐かしいわね~」
「守銭奴のクソビッチだったわね」
「環境が性格を作るのね~」
 いやもうホント聞きたくないです。やめて……。変な汗が出て来たし。
「その……それで、俺を転生させた理由は何なんです?」
 話題を変えたかった。声が上擦る。
「前の影ちゃんが望んだからよ♡」
「詳しく知りたいのなら、スゥに聞いてちょうだい♡」
 のぞみがバスルームの方を見ながら言った。スゥはお風呂に入ってるの? ガラス戸の閉じた浴室は薄暗いし、シャワーの音も聞こえないけど……

「スゥに会う前に《星食い》についてをもう少し詳しく話しておくわね。影ちゃんには《世界》を救うという重大な任務があるし、そのことをちゃんと理解してからダンジョンに挑んでほしいの」
 ダンジョン……? 俺の冒険はいつからはじまっていたんでしょうか。そして『世界を救う』とか重たい責任をサラッと押し付けないでください……
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