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#17.呼び合った魂
しおりを挟む『お願いだ。一緒に来てくれ』
タケルは彰に懇願された。
断る理由として、これからアルバイトがあると伝えた。
『何ら支障はない。既に代わりの者を行かせた。むろんギャランティーは君に発生する』
と彰は言い、さらに続けた。
『来てくれなければ、俺は死ぬ』
真顔で脅迫まがいのことを言われ、タケルは仕方なく彰の車に乗った。
ようやく傷も癒え、自分の中で決着したはずの事件の現場へ再び足を踏み入れることになった。
そこは二度と訪れるはずのない場所だった。また、そこの主も以後自分の人生に決して関わることのない行きずりの人であるはずだった。
「今日は誰にも邪魔されたくない」
マンションに到着すると、彰はインターフォンをオフにし、スマートフォンの電源も切った。そして、それをタケルにも強いた。
ふたりは向かい合ってソファに座っていた。
タケルは彰からワインを勧められたが、当然断った。
「貴水さん、未成年じゃないんですか?」
青樹と同じくらいの齢だと思えた。
「俺は二十歳だ」
彰は一人で杯を重ねた。
「酔ってしまいますよ」
「酔えるから飲むんだ」
タケルは彰と初めて逢った時のことを思い出していた。
優しく温かい。それが彼の印象だった。なのに、今はまるで別人のようだった。
「ねぇ降谷くん、さっき君が言った罰の意味を、よかったら教えてくれないかな。君があの夜、凍えながら徘徊していたことと関係あるのか?」
「……話したくありません」
『罰』と、先ほどつい口にしてしまったことをタケルは後悔していた。
最愛の青樹に心にもない侮蔑的な言葉を吐いた罪ゆえの罰。それが、あの受難。
しかし、許されるなら、あの夜の記憶を全て消し去りたい。タケルはずっとそう願っていた。にも拘わらず、それに関わった人物と再会することになろうとは。
「そうか。話したくなければいいんだ」
そう言った後、少し間を置いて苦笑いを浮かべながら彰は続けた。
「千鶴が君のことを好きだった。たぶん、今でも好きだろう。俺にとっては可愛い妹だ。君はよくもふってくれたな」
「それで僕を許せなくて……」
「違うんだ。俺はただ、もう一度、君に会いたかっただけだ。会って、あの夜のことを謝りたかった。君に俺の謝罪の気持ちを知って欲しかった。そして願わくば……天使に……妹が君を天使みたいな人だと言っていた。俺もそう思う。君は天使なんだ。あの日、神が可哀想な俺の元に君を遣わした」
「僕は天使と言ってもらえるような者じゃありませんよ。それに……可哀想? あなたが?」
目の前にいる男ほど何一つ不自由のない豪奢な人間を、タケルは今まで現実に見たことはなかった。資産家の親、欠点のない完璧な容姿、約束された未来。貴水彰は生まれながらにして、およそ人が望むほとんどの福徳を手にしていた。いったい、どこをどう押せば彼が可哀想なのか、タケルには理解できなかった。
「懺悔、していいだろうか?」
「それであなたの気が済むのなら」
そう応えて、タケルは胸の内で嘆息を漏らした。神だの懺悔だの、どこまで自分を天使扱いするのやらと。
「俺の、つらさ、哀しさ……それを、誰にも言えず今日まで来た。あの夜、君と……天使と出逢って、初めて救われる予感がした」
「買いかぶらないで下さい。僕は天使でもなければ、人を救えるような強い人間でもない。むしろ、あの日は最低の……」
最低の自分だった。青樹へのやるせない想いを抱え、あてもなく彷徨っていた惨めな自分。それこそ、まさに彰が言った『つらさ、哀しさ』そのままに。
つらさ、哀しさ。
ああ、そういうことなのかとタケルは思い至った。似通った思いを持つ者同士の魂が、あの夜、呼び合ってしまったのかもしれない、と。
つづく
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