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〜兄弟の絆〜
二人の約束
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ローゼンブルグの北東へ二キロほど離れた所にグラナダと呼ばれる町があった。
ここはギルディアとルーン大国の国境の町として度々熾烈な戦いが繰り広げられた。そのため今では町の住民は誰も居なくなり、ギルティーの司令室だけが町の中央にポッンと建っているだけである。
夜叉神とカイトと私の三人はこのグラナダにあるヒロタ川に到着した。すでに日が沈み周りは暗くなっていたので対岸の景色は全く見えないが、この川を渡った先にルーン大国がある。
私達は川岸まで馬で近寄ったが、数日前に降った雨によって川は増水して馬で川を渡ることは難しいと思った。
「馬で川を渡るのは難しいな」
夜叉神はそう言うと馬を降りて着ている鎧を脱ぎ始めた。どうやら泳いで川を渡るようだった。私は兜を外した夜叉神の顔を見て驚いた。夜叉神と呼ばれたルーン大国の将軍があまりにも歳をとっていたからだ。
夜叉神は鎧をすべて脱ぐと下着姿になった。下着と言っても薄いボロ布のような布が申し訳程度に体に巻かれているだけの簡素なものだった。
私は目のやり場に困っているとカイトがため息をついて馬から降りて、川に飛び込もうとしている夜叉神に近づいた。
「待て、俺に任せろ」
カイトはそう言うと川岸に近づいた。川岸に立つと目を閉じて呪文を詠唱し始めた。すると先程まで増水して荒れ狂っていた川の流れが次第にゆっくりと流れるようになった。
「これは驚いたな。あいつ精霊術が使えるのか?」
「精霊術?」
「ああ。お嬢ちゃんは知らないのか。精霊術とは自然にいる精霊の力を借りて行う術だよ。高度な術だから極一部のエルフにしか使えない術だと聞いたことがある。あいつは水の精霊を使役しているようだな」
「水の精霊?」
私は再び川を見ると川の流れがだんだん止まっているように見えた。
「よし、この上を渡るぞ」
カイトはそう言うと川の中に入っていった。川の流れは緩やかになったとはいえ水嵩は依然として高いままなので私はカイトを心配したが、その心配はすぐに無くなった。それというのもカイトは川の上を歩いていた。
「さあ早く、こっちに来いよ」
カイトは川の上を少し進んだところで振り返ると手を差し伸べてきた。
「え? こっちに来いと言われても……」
「大丈夫だ。川の上を固めて歩いて渡れるようにしたから、さあ早く川を渡ろう」
私はカイトに言われた通り川の上に足を置いた。すると本当に川の上が舗装された道路のように固まって人が川の上を歩けるようになった。
「雷帝のスキルといい、ギルティークラウンの称号は伊達じゃないな」
甲冑を再び身に纏った夜叉神はそう言いながら馬を引き連れて川を渡っていった。
私もカイトと一緒に川を渡っていたが、川の中央まで差し掛かったところでカイトが急に立ち止まった。
「どうしたの? カイト?」
「ゴメン、ティアラ……、俺は……一緒には行ってやれない」
「え? 一緒に着いてきてくれるって……」
私はあまりのショックで言葉が出てこなくなった。
「ロイとマチルダを守らないと……俺のせいで処罰が重くなるかもしれない。隊長として全責任は俺にある」
「そんな……もともと私が悪いのに……」
「それは違うよティアラ。君は間違ってこの国に来てしまっただけだ、すべての責任は君を匿った俺にある」
「そんな……」
「良いんだティアラ。気に病むことはないよ。ルーン大国に行っても元気で暮らせよ」
「カイト……」
カイトの顔を見ると寂しそうな顔をしていた、その顔を見ただけで彼の思いが痛いほど伝わった。私はこのまま悲しい顔で別れたくないと咄嗟に思った。
「カイト、約束を覚えている?」
「約束?」
「そうよ。私がルーン大国に行ったらあなたのお兄さんを探してギルティアに連れてきてあげる」
「ああ。そう言えば行っていたな……そうか、兄ちゃんに会えるのか」
「ええ。絶対に連れてきてあげる。約束するわ」
「ああ。待っているよ」
「本当に待っててね」
「ああ。ルーン大国に行っても元気でな」
「ええ。ありがとう、カイトも元気でね」
「ああ……」
そう言うとカイトは振り返ってギルティアに戻って行った。私も再び川の上をルーン大国に向けてあるき出した。もう少しでルーン大国に着く手前で急に後ろから叫び声が聞こえてきた。
「ティアラーーーーーーーー!!!!!」
カイトの叫び声で振り返るとこちらに走って来るのが見えた。その姿を見た瞬間、私もカイトに向かって走り出していた。
川の中央で会った私達はそのまま抱きしめ合った。まるで何年も会えずにいた恋人同士のように力いっぱい抱きしめあった。
「どうしたの? カイト……」
「最後の別れの挨拶を忘れたから……」
カイトはそう言うと顔を近づけてきた。私達は川の中央でキスをした。周りにホタルのような昆虫が舞い、月明かりに照らされて幻想的な情景の中で私達は熱い最後のあいさつを交わした。
しばらくの沈黙の後、私の唇から離れたカイトの顔は寂しそうに写った。
「カイト、私を救ってくれてありがとう」
「そんなこと……、良いんだよティアラ……いつかこの戦争が終わったら絶対に君を迎えに行くよ」
「本当に?」
「ああ。10年でも100年でも待っていてくれ」
「そんな100年後まで私は生きていないわ」
「ああそうか……、でもたとえ100年以上時が過ぎて君がこの世に居なくなったとしても、俺は君を思い続けるよ」
「本当? 嬉しいわ」
「君が生きている間に絶対に俺がこの戦争を終わらせてみせる」
「本当?」
「ああ。約束するよ。そして必ず迎えに行くからそれまで無事で生きてくれ」
「うん。分かったわ。ロイさんやみんなを守ってね」
「ああ。任せろ!」
そう言うとカイトは振り返って行ってしまった。私もルーン大国に向かってあるき出した。振り返るとすぐにカイトに向かって走り出してしまうと思ったので振り返らなかった。
私は夜叉神に連れられてルーン大国に渡った。
◇
ギルティアの首都ガンダニアにトラビス監獄という罪人を収容する施設がある。監獄は高さ10メートルの石壁に囲まれていて、ここには軍属の犯罪者やルーン大国の捕虜が500人ほど収容されていた。
その独房の一つにカイトは収監されていた。石造りの壁に四方を囲まれていて入り口は頑丈な鉄製の扉で小さな小窓が付いている簡素な物だった。カイトは牢屋の石造りの硬いベットの上で座っていた。
ティアラと別れた後、ローゼンブルグに戻ったカイトはデミタス達に捉えられてこのトラビス監獄に収監された。罪状は聖女を上層部に報告せずに匿ったことで明日には軍法会議に掛けられて刑が決定する。軍法会議をすると言っても形だけのもので有罪は確定していた。おそらく何十年も牢屋から出られないだろう。ティアラには安心させようとすぐに会いに行くと言っておきながらそれが叶わない自分に嫌気がさした。だが自分がすべての罪を被ることでロイやマチルダやセナを含めた部下の罪を軽くするようになんとか司法取引が出来たのが唯一の救いだった。
カイトは自分の情けなさにフッと鼻で笑って牢屋の上の小さな窓を見上げた。鉄製の格子が着いた小さな窓だったが、そこから見上げると夜空に月が見えた。あの日ティアラと別れた夜も二人の頭上にはきれいな月が出ていた。
(ティアラもどこかでこの月を見ているかもしれない)
そう思うとたとえ離れていてもティアラが近くにいるような感覚に涙が出てきた。こぼれ落ちる涙を拭きながらカイトは何かに気づいた。石の廊下を誰かがこちらに向かって歩いて来る足音が聞こえた。夜の食事の時間はとっくに過ぎていたので、不思議に思っていると足音はカイトの扉の前で止まった。やがて鉄製の扉の小窓が開いて誰かが立っているのが見えた。
「カイト」
名前を呼ばれた瞬間、その声に聞き覚えが有った。
「メルーサか?」
「ああ。そうだ」
声の主はメルーサだった。
「どうしたんだ? なぜここに?」
「デミタスが居なくなった」
「なに? デミタスが? 何処に行ったんだ?……まさか!!」
「そのまさかだ、やつはルーン大国に渡った」
「そんな……あいつまさか?!」
「そうだ。おそらくティアラを始末するのが目的だろう」
「くそ!! なんてことだ!!」
カイトは石の壁を拳で殴った。今こうしている間にもデミタスの魔の手がティアラに伸びようとしていると思うと居ても立っても居られなかった。
「どうして……、あいつはそこまでティアラにこだわるんだ!!」
「デミタスは悪魔憑きかもしれない」
「なに?」
悪魔憑きとは暗黒邪神アルサンバサラに魅了されたエルフの呼称で悪魔に身を捧げその見返りとしてとてつもない力を手に入れたエルフの成れの果てとされていた。はるか昔に悪魔憑きのエルフが現れギルディアは壊滅的な被害を受けた歴史がある。
「そんな悪魔憑きなんて、昔話でしか聞いたことが無いぞ」
「だが悪魔憑きなら聖女に固執する理由に説明がつく」
昔から悪魔憑きを倒せるものは神格スキルの勇者か聖女のみと記されていた。
「まさか? デミタスが悪魔憑きだという証拠は? その情報の出どころは何処だ?」
「ルーン大国の夜叉神だ」
「夜叉神だと?」
カイトは夜叉神とデミタスが戦っていたときの様子を思い出した。確か夜叉神は俺のことも思い出せないのか、とデミタスに言っていた。夜叉神とデミタスは昔からの知り合いなのかもしれない。しかも自分の雷魔法がデミタスに全く効かなかった。悪魔憑きには魔法が効かないことも思い出した。
デミタスが悪魔憑きだったとしても自分は助けに行くことが出来ない。カイトは自分が置かれている状況が悔しくてたまらなかった。
「カイトここから出てティアラを救いなさい」
メルーサの言葉が信じられなかった。
「本当か? ここから出られるのか?」
「ええ。私は夜叉神からデミタスの話を聞いてすぐに中央司令部に向かったのよ。あなたをここから出すことを司令部に納得させるのは大変だったのよ感謝しなさい」
メルーサはそう言うとカイトの牢屋の扉を開けた。カイトはすぐに牢屋から飛び出るとメルーサに感謝した。
「ありがとうメルーサさん。この恩は一生忘れないよ」
「良いのよ。その代わりお願いがあるの」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「あなたのお兄さんのマルクスにあったら私に会いに来てほしいと伝えてほしいの」
「何だよ? それなら一緒にルーン大国に行こう」
「本当なら一緒に行きたい気持ちはあるけれど、私はまだここでやることがあるのよ」
「そうか、分かったよ。すぐにデミタスをぶっ倒して兄ちゃんをここに連れてきてやるよ」
カイトがそう言うとメルーサは嬉しそうに笑った。
その日の夜、カイトはデミタスの魔の手からティアラを助けるべく秘密の抜け穴を使ってルーン大国に渡った。
ここはギルディアとルーン大国の国境の町として度々熾烈な戦いが繰り広げられた。そのため今では町の住民は誰も居なくなり、ギルティーの司令室だけが町の中央にポッンと建っているだけである。
夜叉神とカイトと私の三人はこのグラナダにあるヒロタ川に到着した。すでに日が沈み周りは暗くなっていたので対岸の景色は全く見えないが、この川を渡った先にルーン大国がある。
私達は川岸まで馬で近寄ったが、数日前に降った雨によって川は増水して馬で川を渡ることは難しいと思った。
「馬で川を渡るのは難しいな」
夜叉神はそう言うと馬を降りて着ている鎧を脱ぎ始めた。どうやら泳いで川を渡るようだった。私は兜を外した夜叉神の顔を見て驚いた。夜叉神と呼ばれたルーン大国の将軍があまりにも歳をとっていたからだ。
夜叉神は鎧をすべて脱ぐと下着姿になった。下着と言っても薄いボロ布のような布が申し訳程度に体に巻かれているだけの簡素なものだった。
私は目のやり場に困っているとカイトがため息をついて馬から降りて、川に飛び込もうとしている夜叉神に近づいた。
「待て、俺に任せろ」
カイトはそう言うと川岸に近づいた。川岸に立つと目を閉じて呪文を詠唱し始めた。すると先程まで増水して荒れ狂っていた川の流れが次第にゆっくりと流れるようになった。
「これは驚いたな。あいつ精霊術が使えるのか?」
「精霊術?」
「ああ。お嬢ちゃんは知らないのか。精霊術とは自然にいる精霊の力を借りて行う術だよ。高度な術だから極一部のエルフにしか使えない術だと聞いたことがある。あいつは水の精霊を使役しているようだな」
「水の精霊?」
私は再び川を見ると川の流れがだんだん止まっているように見えた。
「よし、この上を渡るぞ」
カイトはそう言うと川の中に入っていった。川の流れは緩やかになったとはいえ水嵩は依然として高いままなので私はカイトを心配したが、その心配はすぐに無くなった。それというのもカイトは川の上を歩いていた。
「さあ早く、こっちに来いよ」
カイトは川の上を少し進んだところで振り返ると手を差し伸べてきた。
「え? こっちに来いと言われても……」
「大丈夫だ。川の上を固めて歩いて渡れるようにしたから、さあ早く川を渡ろう」
私はカイトに言われた通り川の上に足を置いた。すると本当に川の上が舗装された道路のように固まって人が川の上を歩けるようになった。
「雷帝のスキルといい、ギルティークラウンの称号は伊達じゃないな」
甲冑を再び身に纏った夜叉神はそう言いながら馬を引き連れて川を渡っていった。
私もカイトと一緒に川を渡っていたが、川の中央まで差し掛かったところでカイトが急に立ち止まった。
「どうしたの? カイト?」
「ゴメン、ティアラ……、俺は……一緒には行ってやれない」
「え? 一緒に着いてきてくれるって……」
私はあまりのショックで言葉が出てこなくなった。
「ロイとマチルダを守らないと……俺のせいで処罰が重くなるかもしれない。隊長として全責任は俺にある」
「そんな……もともと私が悪いのに……」
「それは違うよティアラ。君は間違ってこの国に来てしまっただけだ、すべての責任は君を匿った俺にある」
「そんな……」
「良いんだティアラ。気に病むことはないよ。ルーン大国に行っても元気で暮らせよ」
「カイト……」
カイトの顔を見ると寂しそうな顔をしていた、その顔を見ただけで彼の思いが痛いほど伝わった。私はこのまま悲しい顔で別れたくないと咄嗟に思った。
「カイト、約束を覚えている?」
「約束?」
「そうよ。私がルーン大国に行ったらあなたのお兄さんを探してギルティアに連れてきてあげる」
「ああ。そう言えば行っていたな……そうか、兄ちゃんに会えるのか」
「ええ。絶対に連れてきてあげる。約束するわ」
「ああ。待っているよ」
「本当に待っててね」
「ああ。ルーン大国に行っても元気でな」
「ええ。ありがとう、カイトも元気でね」
「ああ……」
そう言うとカイトは振り返ってギルティアに戻って行った。私も再び川の上をルーン大国に向けてあるき出した。もう少しでルーン大国に着く手前で急に後ろから叫び声が聞こえてきた。
「ティアラーーーーーーーー!!!!!」
カイトの叫び声で振り返るとこちらに走って来るのが見えた。その姿を見た瞬間、私もカイトに向かって走り出していた。
川の中央で会った私達はそのまま抱きしめ合った。まるで何年も会えずにいた恋人同士のように力いっぱい抱きしめあった。
「どうしたの? カイト……」
「最後の別れの挨拶を忘れたから……」
カイトはそう言うと顔を近づけてきた。私達は川の中央でキスをした。周りにホタルのような昆虫が舞い、月明かりに照らされて幻想的な情景の中で私達は熱い最後のあいさつを交わした。
しばらくの沈黙の後、私の唇から離れたカイトの顔は寂しそうに写った。
「カイト、私を救ってくれてありがとう」
「そんなこと……、良いんだよティアラ……いつかこの戦争が終わったら絶対に君を迎えに行くよ」
「本当に?」
「ああ。10年でも100年でも待っていてくれ」
「そんな100年後まで私は生きていないわ」
「ああそうか……、でもたとえ100年以上時が過ぎて君がこの世に居なくなったとしても、俺は君を思い続けるよ」
「本当? 嬉しいわ」
「君が生きている間に絶対に俺がこの戦争を終わらせてみせる」
「本当?」
「ああ。約束するよ。そして必ず迎えに行くからそれまで無事で生きてくれ」
「うん。分かったわ。ロイさんやみんなを守ってね」
「ああ。任せろ!」
そう言うとカイトは振り返って行ってしまった。私もルーン大国に向かってあるき出した。振り返るとすぐにカイトに向かって走り出してしまうと思ったので振り返らなかった。
私は夜叉神に連れられてルーン大国に渡った。
◇
ギルティアの首都ガンダニアにトラビス監獄という罪人を収容する施設がある。監獄は高さ10メートルの石壁に囲まれていて、ここには軍属の犯罪者やルーン大国の捕虜が500人ほど収容されていた。
その独房の一つにカイトは収監されていた。石造りの壁に四方を囲まれていて入り口は頑丈な鉄製の扉で小さな小窓が付いている簡素な物だった。カイトは牢屋の石造りの硬いベットの上で座っていた。
ティアラと別れた後、ローゼンブルグに戻ったカイトはデミタス達に捉えられてこのトラビス監獄に収監された。罪状は聖女を上層部に報告せずに匿ったことで明日には軍法会議に掛けられて刑が決定する。軍法会議をすると言っても形だけのもので有罪は確定していた。おそらく何十年も牢屋から出られないだろう。ティアラには安心させようとすぐに会いに行くと言っておきながらそれが叶わない自分に嫌気がさした。だが自分がすべての罪を被ることでロイやマチルダやセナを含めた部下の罪を軽くするようになんとか司法取引が出来たのが唯一の救いだった。
カイトは自分の情けなさにフッと鼻で笑って牢屋の上の小さな窓を見上げた。鉄製の格子が着いた小さな窓だったが、そこから見上げると夜空に月が見えた。あの日ティアラと別れた夜も二人の頭上にはきれいな月が出ていた。
(ティアラもどこかでこの月を見ているかもしれない)
そう思うとたとえ離れていてもティアラが近くにいるような感覚に涙が出てきた。こぼれ落ちる涙を拭きながらカイトは何かに気づいた。石の廊下を誰かがこちらに向かって歩いて来る足音が聞こえた。夜の食事の時間はとっくに過ぎていたので、不思議に思っていると足音はカイトの扉の前で止まった。やがて鉄製の扉の小窓が開いて誰かが立っているのが見えた。
「カイト」
名前を呼ばれた瞬間、その声に聞き覚えが有った。
「メルーサか?」
「ああ。そうだ」
声の主はメルーサだった。
「どうしたんだ? なぜここに?」
「デミタスが居なくなった」
「なに? デミタスが? 何処に行ったんだ?……まさか!!」
「そのまさかだ、やつはルーン大国に渡った」
「そんな……あいつまさか?!」
「そうだ。おそらくティアラを始末するのが目的だろう」
「くそ!! なんてことだ!!」
カイトは石の壁を拳で殴った。今こうしている間にもデミタスの魔の手がティアラに伸びようとしていると思うと居ても立っても居られなかった。
「どうして……、あいつはそこまでティアラにこだわるんだ!!」
「デミタスは悪魔憑きかもしれない」
「なに?」
悪魔憑きとは暗黒邪神アルサンバサラに魅了されたエルフの呼称で悪魔に身を捧げその見返りとしてとてつもない力を手に入れたエルフの成れの果てとされていた。はるか昔に悪魔憑きのエルフが現れギルディアは壊滅的な被害を受けた歴史がある。
「そんな悪魔憑きなんて、昔話でしか聞いたことが無いぞ」
「だが悪魔憑きなら聖女に固執する理由に説明がつく」
昔から悪魔憑きを倒せるものは神格スキルの勇者か聖女のみと記されていた。
「まさか? デミタスが悪魔憑きだという証拠は? その情報の出どころは何処だ?」
「ルーン大国の夜叉神だ」
「夜叉神だと?」
カイトは夜叉神とデミタスが戦っていたときの様子を思い出した。確か夜叉神は俺のことも思い出せないのか、とデミタスに言っていた。夜叉神とデミタスは昔からの知り合いなのかもしれない。しかも自分の雷魔法がデミタスに全く効かなかった。悪魔憑きには魔法が効かないことも思い出した。
デミタスが悪魔憑きだったとしても自分は助けに行くことが出来ない。カイトは自分が置かれている状況が悔しくてたまらなかった。
「カイトここから出てティアラを救いなさい」
メルーサの言葉が信じられなかった。
「本当か? ここから出られるのか?」
「ええ。私は夜叉神からデミタスの話を聞いてすぐに中央司令部に向かったのよ。あなたをここから出すことを司令部に納得させるのは大変だったのよ感謝しなさい」
メルーサはそう言うとカイトの牢屋の扉を開けた。カイトはすぐに牢屋から飛び出るとメルーサに感謝した。
「ありがとうメルーサさん。この恩は一生忘れないよ」
「良いのよ。その代わりお願いがあるの」
「なんだ? なんでも言ってくれ」
「あなたのお兄さんのマルクスにあったら私に会いに来てほしいと伝えてほしいの」
「何だよ? それなら一緒にルーン大国に行こう」
「本当なら一緒に行きたい気持ちはあるけれど、私はまだここでやることがあるのよ」
「そうか、分かったよ。すぐにデミタスをぶっ倒して兄ちゃんをここに連れてきてやるよ」
カイトがそう言うとメルーサは嬉しそうに笑った。
その日の夜、カイトはデミタスの魔の手からティアラを助けるべく秘密の抜け穴を使ってルーン大国に渡った。
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