不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

文字の大きさ
62 / 117
〜兄弟の絆〜

二人の約束

しおりを挟む
 ローゼンブルグの北東へ二キロほど離れた所にグラナダと呼ばれる町があった。

 ここはギルディアとルーン大国の国境の町として度々熾烈な戦いが繰り広げられた。そのため今では町の住民は誰も居なくなり、ギルティーの司令室だけが町の中央にポッンと建っているだけである。

 夜叉神とカイトと私の三人はこのグラナダにあるヒロタ川に到着した。すでに日が沈み周りは暗くなっていたので対岸の景色は全く見えないが、この川を渡った先にルーン大国がある。

 私達は川岸まで馬で近寄ったが、数日前に降った雨によって川は増水して馬で川を渡ることは難しいと思った。

「馬で川を渡るのは難しいな」

 夜叉神はそう言うと馬を降りて着ている鎧を脱ぎ始めた。どうやら泳いで川を渡るようだった。私は兜を外した夜叉神の顔を見て驚いた。夜叉神と呼ばれたルーン大国の将軍があまりにも歳をとっていたからだ。

 夜叉神は鎧をすべて脱ぐと下着姿になった。下着と言っても薄いボロ布のような布が申し訳程度に体に巻かれているだけの簡素なものだった。

 私は目のやり場に困っているとカイトがため息をついて馬から降りて、川に飛び込もうとしている夜叉神に近づいた。

「待て、俺に任せろ」

 カイトはそう言うと川岸に近づいた。川岸に立つと目を閉じて呪文を詠唱し始めた。すると先程まで増水して荒れ狂っていた川の流れが次第にゆっくりと流れるようになった。

「これは驚いたな。あいつ精霊術が使えるのか?」

「精霊術?」

「ああ。お嬢ちゃんは知らないのか。精霊術とは自然にいる精霊の力を借りて行う術だよ。高度な術だから極一部のエルフにしか使えない術だと聞いたことがある。あいつは水の精霊を使役しているようだな」

「水の精霊?」

 私は再び川を見ると川の流れがだんだん止まっているように見えた。

「よし、この上を渡るぞ」

 カイトはそう言うと川の中に入っていった。川の流れは緩やかになったとはいえ水嵩は依然として高いままなので私はカイトを心配したが、その心配はすぐに無くなった。それというのもカイトは川の上を歩いていた。

「さあ早く、こっちに来いよ」

 カイトは川の上を少し進んだところで振り返ると手を差し伸べてきた。

「え? こっちに来いと言われても……」

「大丈夫だ。川の上を固めて歩いて渡れるようにしたから、さあ早く川を渡ろう」

 私はカイトに言われた通り川の上に足を置いた。すると本当に川の上が舗装された道路のように固まって人が川の上を歩けるようになった。

「雷帝のスキルといい、ギルティークラウンの称号は伊達じゃないな」

 甲冑を再び身に纏った夜叉神はそう言いながら馬を引き連れて川を渡っていった。

 私もカイトと一緒に川を渡っていたが、川の中央まで差し掛かったところでカイトが急に立ち止まった。

「どうしたの? カイト?」

「ゴメン、ティアラ……、俺は……一緒には行ってやれない」

「え? 一緒に着いてきてくれるって……」

 私はあまりのショックで言葉が出てこなくなった。

「ロイとマチルダを守らないと……俺のせいで処罰が重くなるかもしれない。隊長として全責任は俺にある」

「そんな……もともと私が悪いのに……」

「それは違うよティアラ。君は間違ってこの国に来てしまっただけだ、すべての責任は君を匿った俺にある」

「そんな……」

「良いんだティアラ。気に病むことはないよ。ルーン大国に行っても元気で暮らせよ」

「カイト……」

 カイトの顔を見ると寂しそうな顔をしていた、その顔を見ただけで彼の思いが痛いほど伝わった。私はこのまま悲しい顔で別れたくないと咄嗟に思った。

「カイト、約束を覚えている?」

「約束?」

「そうよ。私がルーン大国に行ったらあなたのお兄さんを探してギルティアに連れてきてあげる」

「ああ。そう言えば行っていたな……そうか、兄ちゃんに会えるのか」

「ええ。絶対に連れてきてあげる。約束するわ」

「ああ。待っているよ」

「本当に待っててね」

「ああ。ルーン大国に行っても元気でな」

「ええ。ありがとう、カイトも元気でね」

「ああ……」

 そう言うとカイトは振り返ってギルティアに戻って行った。私も再び川の上をルーン大国に向けてあるき出した。もう少しでルーン大国に着く手前で急に後ろから叫び声が聞こえてきた。

「ティアラーーーーーーーー!!!!!」

 カイトの叫び声で振り返るとこちらに走って来るのが見えた。その姿を見た瞬間、私もカイトに向かって走り出していた。

 川の中央で会った私達はそのまま抱きしめ合った。まるで何年も会えずにいた恋人同士のように力いっぱい抱きしめあった。

「どうしたの? カイト……」

「最後の別れの挨拶を忘れたから……」

 カイトはそう言うと顔を近づけてきた。私達は川の中央でキスをした。周りにホタルのような昆虫が舞い、月明かりに照らされて幻想的な情景の中で私達は熱い最後のあいさつを交わした。

 しばらくの沈黙の後、私の唇から離れたカイトの顔は寂しそうに写った。

「カイト、私を救ってくれてありがとう」

「そんなこと……、良いんだよティアラ……いつかこの戦争が終わったら絶対に君を迎えに行くよ」

「本当に?」

「ああ。10年でも100年でも待っていてくれ」

「そんな100年後まで私は生きていないわ」

「ああそうか……、でもたとえ100年以上時が過ぎて君がこの世に居なくなったとしても、俺は君を思い続けるよ」

「本当? 嬉しいわ」

「君が生きている間に絶対に俺がこの戦争を終わらせてみせる」

「本当?」

「ああ。約束するよ。そして必ず迎えに行くからそれまで無事で生きてくれ」

「うん。分かったわ。ロイさんやみんなを守ってね」

「ああ。任せろ!」

 そう言うとカイトは振り返って行ってしまった。私もルーン大国に向かってあるき出した。振り返るとすぐにカイトに向かって走り出してしまうと思ったので振り返らなかった。

 私は夜叉神に連れられてルーン大国に渡った。

 ◇

 ギルティアの首都ガンダニアにトラビス監獄という罪人を収容する施設がある。監獄は高さ10メートルの石壁に囲まれていて、ここには軍属の犯罪者やルーン大国の捕虜が500人ほど収容されていた。

 その独房の一つにカイトは収監されていた。石造りの壁に四方を囲まれていて入り口は頑丈な鉄製の扉で小さな小窓が付いている簡素な物だった。カイトは牢屋の石造りの硬いベットの上で座っていた。

 ティアラと別れた後、ローゼンブルグに戻ったカイトはデミタス達に捉えられてこのトラビス監獄に収監された。罪状は聖女を上層部に報告せずに匿ったことで明日には軍法会議に掛けられて刑が決定する。軍法会議をすると言っても形だけのもので有罪は確定していた。おそらく何十年も牢屋から出られないだろう。ティアラには安心させようとすぐに会いに行くと言っておきながらそれが叶わない自分に嫌気がさした。だが自分がすべての罪を被ることでロイやマチルダやセナを含めた部下の罪を軽くするようになんとか司法取引が出来たのが唯一の救いだった。

 カイトは自分の情けなさにフッと鼻で笑って牢屋の上の小さな窓を見上げた。鉄製の格子が着いた小さな窓だったが、そこから見上げると夜空に月が見えた。あの日ティアラと別れた夜も二人の頭上にはきれいな月が出ていた。

(ティアラもどこかでこの月を見ているかもしれない)

 そう思うとたとえ離れていてもティアラが近くにいるような感覚に涙が出てきた。こぼれ落ちる涙を拭きながらカイトは何かに気づいた。石の廊下を誰かがこちらに向かって歩いて来る足音が聞こえた。夜の食事の時間はとっくに過ぎていたので、不思議に思っていると足音はカイトの扉の前で止まった。やがて鉄製の扉の小窓が開いて誰かが立っているのが見えた。

「カイト」

 名前を呼ばれた瞬間、その声に聞き覚えが有った。

「メルーサか?」

「ああ。そうだ」

 声の主はメルーサだった。

「どうしたんだ? なぜここに?」

「デミタスが居なくなった」

「なに? デミタスが? 何処に行ったんだ?……まさか!!」

「そのまさかだ、やつはルーン大国に渡った」

「そんな……あいつまさか?!」

「そうだ。おそらくティアラを始末するのが目的だろう」

「くそ!! なんてことだ!!」

 カイトは石の壁を拳で殴った。今こうしている間にもデミタスの魔の手がティアラに伸びようとしていると思うと居ても立っても居られなかった。

「どうして……、あいつはそこまでティアラにこだわるんだ!!」

「デミタスは悪魔憑きかもしれない」

「なに?」

 悪魔憑きとは暗黒邪神アルサンバサラに魅了されたエルフの呼称で悪魔に身を捧げその見返りとしてとてつもない力を手に入れたエルフの成れの果てとされていた。はるか昔に悪魔憑きのエルフが現れギルディアは壊滅的な被害を受けた歴史がある。

「そんな悪魔憑きなんて、昔話でしか聞いたことが無いぞ」

「だが悪魔憑きなら聖女に固執する理由に説明がつく」

 昔から悪魔憑きを倒せるものは神格スキルの勇者か聖女のみと記されていた。

「まさか? デミタスが悪魔憑きだという証拠は? その情報の出どころは何処だ?」

「ルーン大国の夜叉神だ」

「夜叉神だと?」

 カイトは夜叉神とデミタスが戦っていたときの様子を思い出した。確か夜叉神は俺のことも思い出せないのか、とデミタスに言っていた。夜叉神とデミタスは昔からの知り合いなのかもしれない。しかも自分の雷魔法がデミタスに全く効かなかった。悪魔憑きには魔法が効かないことも思い出した。

 デミタスが悪魔憑きだったとしても自分は助けに行くことが出来ない。カイトは自分が置かれている状況が悔しくてたまらなかった。

「カイトここから出てティアラを救いなさい」

 メルーサの言葉が信じられなかった。

「本当か? ここから出られるのか?」

「ええ。私は夜叉神からデミタスの話を聞いてすぐに中央司令部に向かったのよ。あなたをここから出すことを司令部に納得させるのは大変だったのよ感謝しなさい」

 メルーサはそう言うとカイトの牢屋の扉を開けた。カイトはすぐに牢屋から飛び出るとメルーサに感謝した。

「ありがとうメルーサさん。この恩は一生忘れないよ」

「良いのよ。その代わりお願いがあるの」

「なんだ? なんでも言ってくれ」

「あなたのお兄さんのマルクスにあったら私に会いに来てほしいと伝えてほしいの」

「何だよ? それなら一緒にルーン大国に行こう」

「本当なら一緒に行きたい気持ちはあるけれど、私はまだここでやることがあるのよ」

「そうか、分かったよ。すぐにデミタスをぶっ倒して兄ちゃんをここに連れてきてやるよ」

 カイトがそう言うとメルーサは嬉しそうに笑った。

 その日の夜、カイトはデミタスの魔の手からティアラを助けるべく秘密の抜け穴を使ってルーン大国に渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす
ファンタジー
 女性向け異世界ファンタジー(逆ハーレム)です。ヤンデレ、ツンデレ、溺愛、嫉妬etc……。乙女ゲームのような恋物語をテーマに偉大な"五大国の王"や"人型聖獣"、"謎の美青年"たちと織り成す極甘長編ストーリー。ラストに待ち受ける物語の真実と彼女が選ぶ道は――? ――すべての女性に捧げる乙女ゲームのような恋物語―― 『狂気の王と永遠の愛(接吻)を』 五大国から成る異世界の王と たった一人の少女の織り成す恋愛ファンタジー ――この世界は強大な五大国と、各国に君臨する絶対的な『王』が存在している。彼らにはそれぞれを象徴する<力>と<神具>が授けられており、その生命も人間を遥かに凌駕するほど長いものだった。 この物語は悠久の王・キュリオの前に現れた幼い少女が主人公である。 ――世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして…… その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない―― 出会うはずのない者たちが出揃うとき……その先に待ち受けるものは? 最後に待つのは幸せか、残酷な運命か―― そして次第に明らかになる彼女の正体とは……?

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

処理中です...