不滅のティアラ 〜狂おしいほど愛された少女の物語〜

白銀一騎

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〜兄弟の絆〜

河原の奇跡

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 私は座敷牢から飛び出ると急いでサキちゃんの部屋に向かった。

 部屋に入ると横になっているサキちゃんの顔を見て思わず言葉を失った。

 サキちゃんの顔は眼が落ち込み頬がくぼんでいて重度の脱水症状患者の顔、いわゆるコレラ顔貌がんぼうになっていた。そばに寄って詳しく体を調べると、指先の皮膚にシワが寄り腹部の皮膚をつまんでももとに戻らないスキン・テンティングまで進行して大変危険な状態だった。

 この時サキちゃんの父親のダンゾウが私に何度も謝っていたそうだが、私はサキちゃんのことしか頭になかったので、あとから女中に言われてダンゾウには申し訳なく思った。

 症状を確認した後、すぐに食塩水を作ってサキちゃんに飲ませようとした。しかし病気の進行が進みすぎていたのか、サキちゃんは経口から食塩水を飲むことすら困難な状況になっていた。

 それを見たダンゾウは狼狽えた。

「ど……どうしよう。サキコが死んだら……私は悔やんでも悔やみきれない……」

 私は少し考えたが、すでに限界のサキちゃんを診てある事を決断した。

 私は泣いているダンゾウ夫婦に向き直った。

「サキちゃんを助ける手段が一つだけ有ります」

「な……何? 本当ですか?」

「はい。でもこれはおそらくお二人も見たことがない治療だと思いますが、絶対に止めないようにしてもらえますか」

「そ……それは、サキコが助かるのであれば、私たちは二度とあなたの邪魔はしません」

「わかりました」

 私は食塩水をサキちゃんの静脈から投与することにした。末期のコレラ患者を治療する時に行う医療行為ではあるが、異世界でしかも十分な医療施設がない中で行うことに抵抗はあった。しかしそんなことを考えている余裕も無かった。すぐにでも処置をしないとこの子は助からないだろう、私はすぐに注射器をかばんから取り出すとサキちゃんの右腕の静脈から少しずつ表情を確認しながら食塩水を注射した。サキちゃんの両親はそれを心配そうに見ていた。

「本当にサキコは助かるんですか?」

「わかりません。でも、最善を尽くします」

「お願いします。サキコがいなくなったら……私は……うぅ…………」

 オキクさんはそう言って泣き崩れた。私はそれからずっとサキちゃんの看病をした。サキちゃんの両親も一緒になって付き添った。

「ここは私がいますから少し寝て下さい」

 私がそう言っても両親は大丈夫と言って片時も離れなかった。

 サキちゃんはお腹が痛いのか時折苦しい表情を見せていたので、体が汗ばんでいた。オキクさんは汗ばんだサキちゃんの体を甲斐甲斐しく手ぬぐいで拭いていた。私も手伝おうとサキちゃんの服を脱がしていると、サキちゃんの首にきれいなネックレスを見つけた。すごくきれいな真っ赤な宝石のついたネックレスだった。

「素敵なネックレスですね」

 そのネックレスに触れようとした時、オキクさんが私の手を掴んだ。

「そのネックレスはサキコの母親の形見なんです」

「え?」

 わけが分からなかったので、聞き返した。

「実はサキコは私達の子供では無いんです」

「え? そうなんですか?」

「ええ。ある人の子供なんです」

「その……サキちゃんの本当のご両親は?」

「二人共亡くなっています。父親はサキコが生まれる前に、母親はサキコを生んだ時に亡くなったと聞いています」

「そうだったんですか」

「まだ生まれたばかりのサキコを夜叉神将軍やしゃじんしょうぐんが、私達のもとに連れてきてくれたんです」

「夜叉神将軍が?」

「はい。その日以来、私の人生は色が付いたみたいに鮮やかになった」

 オキクさんは少し微笑んだ。

「サキコは私達の宝です。何としても助けて下さい」

「ええ。絶対に死なせたりしません」

 私はこの両親のためにもサキちゃんを絶対に死なせないと心に誓った。

 その日から3日ほど経った早朝だった。

 私は付きっきりでサキちゃんの顔を伺いながら相変わらず少しづつ腕の静脈に注射していた。 

 注射が終わり消毒しようと注射器を分解している時だった。

「テ……ティア……ちゃん?」

 ベッドから微かに声が聞こえてきたので、サキちゃんの顔を見ると弱々しく私を見て微笑んでいた。

「サキちゃん……話すことができる?」

「うん……まだ少し……お腹が痛いけど……」

「大丈夫。あまり無理しないでね」

 私はそう言うとサキちゃんの手を握った。その時、ドン、という音とともに桶が床に転げていた。音のした方を見るとオキクさんが驚いた表情でサキちゃんを見ていた。

「サ……サキコ……」

 そう言ったと同時にオキクさんはサキちゃんに抱きついた。

「サキコ! サキコ! 意識が戻ったのね……うぅ…………」

「お……お母さん……」

 私はその光景を見てもう大丈夫だと確信した。部屋を出ていこうとしたらオキクさんに呼び止められた。

「ティアラさん。サキコを、娘を、救ってくれてありがとう。本当にあなたにはなんとお礼を言っていいか」

 私は少し恥ずかしくなり微笑んだ。

 それからサキちゃんはみるみる回復していった。今では固形物も食べられるようになった。

「もう大丈夫だわ」

「うん。ティアラお姉ちゃんのおかげだね」

「ううん。そんなことないわ。サキちゃんが頑張ったからよ」

 私がそう言うとサキちゃんは恥ずかしそうに笑って答えた。

(サキちゃんはもう大丈夫だ!)

 私はそう確信すると自分の部屋に入って身支度を整えた。そう私にはまだやり残したことがあった。私が玄関を出て外に出て行こうとするとオキクさんに呼び止められた。

「ティアラさん。どこに行かれるんですか?」

「ええ。まだ町には病気で苦しんでいる人が沢山います。一人でも多くの人を助けたいので少し出てきます」

 そう言うとオキクさんに別れを告げて河原にいる大勢のコレラ患者を一人でも救うために急いで向かった。

 ◇

 河原に着いた私は目の前の光景が信じられなかった。大勢の人がいるのは変わらなかったが、多くの人がコレラ患者の手当をしていた。患者に食塩水を飲ませている人や、お湯を沸かしている人、沸騰したお湯を冷まして食塩を入れている人、どの人々の動きもとても生き生きとしていて完璧な統率が取れていた。

 私がアフリカで見た光景がここで再現されていた。あれだけ山積みになっていた棺桶が1つも無くなり、数日前までは地獄のような光景が嘘のように活気に満ちていた。

(一体誰が? こんなことを?)

 私はしばらくの間その光景を眺めていた。

「お嬢ちゃんじゃないか?」

 振り向くと先日会った老婆が立っていた。

「おばあさん?」

「あんたのおかげだよ。あんたに言われたとおりにしたら、この通りみんな元気になったよ」

「いえ……私は……」

「お~い! お前たち!! この方がティアラ様だよ!」

 老婆はそう言うと周りに聞こえるように叫んだ。その叫び声に周りの人々が駆けつけて来た。

「ティアラ様?」

「あの方が、聖女様」

 どんどん人が集まってきたので恥ずかしくなった。

「そんなに恥ずかしがらなくていいよ。ここにいる者はみんなあんたのおかげだで助かったんだよ」

 私の周りはあっという間に人だかりが出来た。

「聖女様! 貴方様のおかげでこの子の命が助かりました」

「ありがとう! 本当にありがとう」

 赤子を抱いた女性や、小さな子どもから老人まで私に何度もありがとう、ありがとうとお礼を言ってきた。

「いえ……そんな……私は何も……」

 周りを大勢に囲まれて困惑していると老婆が助け舟を出してくれた。

「ほらほら! お前たちお礼はそれぐらいにしな! ティアラ様が困ってるじゃないか!」

 おばあさんがそう言っても御礼の言葉は止まなかった。それどころか私を拝んでいる人も出てくる始末におばあさんも困った顔をした。

「全く……どうしたもんだか!」

 おばあさんは笑いながら呆れていた。

「あの、私はそんな大したことしてません」

「ん? 何をいってんだい! あんたは大勢の人の命を救ったんだよ!」 

「そ……そんなこと……」

「いいや、大したもんだよあんたは、本物の聖女様だよ」

 おばあさんにそう言われて照れくさかった。

「そういえば、大事な人は救えたのかい?」

「ええ。元気になりました」

「そうかい。それは良かった。ここは私に任せて家に帰りな」

「え? でも……」

「良いんだよ。ここは見ての通り大丈夫だよ。あたいら鬼越一家に任せときな!」

「ありがとうございます」

「何いってんだい! お礼を言うのはこっちのほうさ! アタイに息子家族の敵を討たしてくれて本当にありがとよ」

 そう言ったおばあさんの顔に一筋の涙が見えた。

 ◇

 私は河原でおばあさんに別れを告げると、サキちゃんの様子が気になったのですぐに屋敷に引き返した。

 長屋を抜けて細い路地裏に来た時、前方に男の人が立っているのが見えた。横を通り抜けようと避けたが、男は前方を塞いできた。再び避けようとするが、やはり男は私の行くてを遮った。

「あの~。そこを退いて下さい」

「それは出来ぬ相談だ!」

 男はいきなり私の肩を鷲掴みにすると右手を掴んだ。あっという間に後ろ手に締め上げられ激痛が走った。

「痛い!」

 あまりの痛さに思わず声が出た。

「貴様! よくも薬剤省の顔に泥を塗ってくれたな」

「え? そ……そんな事は……」

「道三殿の薬が効かないと吹聴ふいちょうしたことは耳に入っている」

「そ……そんな……私は……」

「うるさい! ここで喋らなくても後でゆっくり奉行所で聞いてやるから着いてこい!」

 私は薬剤省の役人に捕まってしまった。
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