92 / 117
〜兄弟の絆〜
絶対絶命
しおりを挟む
ロビナス村の小さな一軒家でミラと弟のダンテは姉弟で暮らしていた。
この日のミラは朝から上機嫌だった。今夜は月が綺麗に見える夜なので、また愛しのマルクスとヒロタ川で会うことができる。彼女はそう思うだけで、嬉しくて仕方がなかった。まだ日が高いうちから丹念に化粧をしている。弟のダンテはウキウキと上機嫌の姉を見ていた、マルクスと会えるといっても大きなヒロタ川の対岸でお互いの顔もよく見えないのに、なぜ化粧をして、小綺麗な身なりに着替えているのかわからないと言った表情で、姉の身支度を冷ややかに見ている。
(それほどあいつに会うことが嬉しいんだろう。けどな~~、はあ~~)
今夜も姉を護衛するために夜明け近くまで、ヒロタ川の近くで見守るのかと思うと少しうんざりしていた。月の輝く夜にダンテは姉を守るために一緒にヒロタ川まで、毎回一緒に来ていた。今夜もまた明け方近くまで待たされるのかと落ち込んでいると、誰かがミラとダンテの住む家の扉を叩いた。
『ドン! ドン!!』
「ダンテ! 大変だ! 早く来てくれ!!」
ダンテが急いで扉を開けると、村人が勢いよく家の中に飛び込んできた。遠くから急いで走ってきたのだろう、苦しそうに肩で息をしていた。
「どうした? 何があったんだ?」
「ダンテ! む、村に魔物が、は、早く来てくれ」
「何だと! どこにいる!」
「こっちだ! 案内する」
村人とダンテはそう言うと家を飛び出した。
ダンテは村人に連れられて村の中央広場に着いた。遠くの方にゴブリンやオークの大群が村人を襲っているのが見えた。村人達は突如として現れたゴブリンに慌てふためいていた。
ダンテが前方を見ると幼い子どもを連れた家族がいた、逃げ遅れたのだろうゴブリンがすぐ後ろまで迫って来ているのがわかった。ゴブリンは容赦なく手に持った斧を振り上げると幼い子供に向けて振り下ろした。
(危ない!!)
ダンテは走りながら勢いよく飛び上がると、体を回転させながらモンスターに突っ込んだ。
『グシャ! ザシュ!』
回転しながら腰に差した剣を引き抜くとそのままゴブリンの首をはねた。
ゴブリンの首が転がり、頭の無くなった体から勢いよく鮮血が吹きだす。
「早く! ここから逃げろ!」
ダンテは叫びながら逃げ遅れた家族を助けようと、ゴブリンたちの前に立ちふさがった。ゴブリンやオーク達が周りを取り囲んで、一斉に襲いかかってきたが、幼い頃から剣豪と呼ばれてきたダンテの敵では無い。あっという間にモンスターの死体がゴロゴロと転がり始めた。目にも止まらない速さで次々にモンスターを両断して、ダンテの周りにはゴブリンやオークの死体で溢れかえった。
戦いは激しさを増していき、村人たちはダンテの身を案じたが、そんな村人の心配をよそにダンテは一人で、大勢のモンスターを撃退してしまった。
モンスターの返り血を浴びながら、まだ周りにモンスターが潜んでいないか気配を探っていたが、居ないことを確認するとホッと息をなでおろした。
これほどの多くのモンスターを相手にしたことは初めてのことだった。本当に自分一人でやり遂げたのか今でも信じられなかった。これもボルダーでルディーというエルフの男と戦ったことで、自分に自身がついたのだと思った。
(あの男は俺を殺そうとしていたが、皮肉にもあの男のお陰で俺は逆に強くなってしまったのか)
ルディーもかなりの剣の使い手だったことを思い出すと少し可笑しかった。周りにモンスターの気配が無いことを確認して帰ろうと振り返った時、右足に鋭い痛みが走り、その場で倒れた。倒れてすぐに右足を確認して愕然とした。右足が黒く変色していた、まるで足の細胞が壊死しているように、動かそうとしてもピクリとも動かなかった。
(攻撃された? 敵の気配は無かったのに? 一体どこから?)
ダンテは後ろを振り返ったが、そこには誰の姿も無かった。
「だ、誰だ! どこにいる!!」
ダンテが叫ぶと前方の空間が徐々に歪んで見えて、かすかに黒い塊が飛んでくるのが見えた。
(何だ? あれは?)
動かなくなった右足を引きずるように這いつくばって必死で飛んでくる黒い塊から逃げたが、そいつは無惨にもダンテの左足首に直撃した。
「ぐあぁあああああ~~~!!」
鋭い痛みに失神しそうになるのをぐっとこらえて手にした刀を構えた。痛さで額からは脂汗が吹き出した。前方に意識を集中させると何もないと思っていた空間から黒い人影がゆっくりと姿を表した。
「お、お前は? 何者だ!!」
黒い人影はダンテに姿を見られたことに気づくとゆっくりと歩みを止めた。
「ふん! お前こそ何者だ! こんな田舎の村にお前のような剣士がいるなんて聞いてないぞ。お陰で、この私自らが手を下す羽目になったではないか」
「だ、誰だ? お前は?」
「これから死にゆく者に名乗る名など無い」
黒い靄を全身にまとったような男は傲慢な口ぶりでそう言うと、手から再び黒い塊をダンテに向けて放った。
「うぉーー!!!!」
ダンテは剣を掴んで地面に突き刺すと、そのまま動かない足を引きずりながら、腕の力だけで前転をするように飛び上がった。空中で一回転して人影に切り込んだ。
「な、何を? ぐあ~~~!」
黒い人影は叫び声を上げながら後ろに飛んだ。人影の腕から血が滴り落ちる。
なんとかダンテの振り下ろした渾身の一撃が影の腕をかすめた。
「き、貴様、こ、この私に……」
ダンテはボロボロになった足でフラフラになりながら立って剣を構えた。人影は腕を抑えながら悔しがった。
「も、もう許さんぞ。貴様は次で終わりにしてやる!」
「やれるもんならやってみろよ。この村のみんなを、姉のミラを守るのが、死んだ両親に誓った俺の使命なんだよ。お前みたいな奴にやられるわけ無いんだよ!!!」
「ふん! バカが! お前のような者が私に敵うわけが無いだろう、冥土の土産に格の違いを見せてやる」
黒い影はゆっくりと宙に浮くと、呪文を唱え始めた。するとダンテの立っている地面に魔法陣が浮かび上がってきた。
(やっぱりそうか)
ダンテは謎の影が魔法を唱え始めたところで、相手がギルディアのエルフであることを確信した。ダンテ達ルーン大国の兵士は入隊すると同時にギルディアのエルフが使う魔法についての講義をみっちりと学ばされる。そこでは魔法が使える者はエルフであることを学んだ、ルーン大国の人間には魔力がないので魔法はほとんど使えない。稀に魔法が使える人間もいるが、それは聖女や勇者と言った神格スキルを持つもので、ごく一部の人間だけだった。
ダンテは相手がエルフと知ると少し楽になった。なぜなら戦い方を知っていたからだ。ルーン大国の兵士がエルフと戦うときに、まず最初に教わるのが、エルフと戦うときは呪文を唱え始めたところで攻撃を仕掛けろというものであった。魔法の呪文を唱え始めたら唱え終える前にかならず仕留めるのが鉄則だった。
ダンテは最後の力を振り絞って影に近づき、なんとか間合いに入ろうとしたが、体が鉛のように重くなって行くのを感じた。全身の力が吸い取られているように重くなった。
「く、くそ、こ、これは?」
「ガハハハ、無駄だ。ピファイ(麻痺)の呪文をかけたから、もはや指一本も動かせないだろう」
「ち、畜生ーー!」
ダンテは魔法陣から離れようと必死で体を動かそうと力を込めたが、力を込めれば込めるほど吸い取られるのがわかった。
「貴様は私の逆鱗に触れた罪を償え。エグソーダス(地獄の業火)でこの世から灰も残らないように消してやる!」
黒い影がそう叫んだ瞬間、魔法陣が炎のように赤く輝き出したかと思うと、地面から火の粉が吹き出してきた。ダンテは急激に自分の体が熱くなるのを感じた。
(畜生! こいつはダブルキャスターだったのか!!)
ダブルキャスターというのは二重詠唱のできるエルフの事を指している。二つ名の通り二つの魔法を同時に詠唱できるエルフで、この人影のエルフの場合ピファイ(麻痺)とエグソーダス(地獄の業火)の魔法の二つを同時に詠唱している。講師の話ではダブルキャスターと対峙した時は、仲間が10人以上いないのであれば、すぐにその場から逃げろと教わっていた。ダブルキャスターはそれほど恐ろしい存在だったが、その数は非常に少なくギルディアの隊長クラスのギルティークラウンの中にも数人しかいないと教わった。
(だとするとこいつはギルディアの隊長クラスかそれよりも上の存在? なぜそんなやつがこの村に?)
徐々に体が熱くなり意識が朦朧としていく中、これで俺も終わりか、とダンテは死を覚悟した時、空を切り裂く音が聞こえ、黒い影から叫び声が聞こえた。
「ぐあ~~~!!」
黒い影は叫びながら体制を崩して地上に落下した。
「クッ! 貴様ら~~!」
黒い影は地面に頭を打ち付けると泥だらけになった頭でダンテを睨んだ。ダンテはいつの間にか自分を取り囲んでいた魔法陣が消えて体が自由になったことに気づくと後ろを振り返った。そこには村長のおじいさんと姉のミラの姿があった。その脇に床弩と呼ばれるルーン大国が開発した強力な武器があった。空を切り裂いた音の正体はこの床弩という武器だった。
この床弩という武器は巨大な弓矢を台座に取り付けた兵器で、大人の男が二人がかりでやっと弦を引くことができるほど強力な弓矢で2メートルもある矢を400メートルも遠くに飛ばせる事ができる殺人兵器だった。少し前にロビナス村のリュウというならず者の頭をしていた男が、ダンテを殺そうと所持していた武器だった。
村長とミラが放った矢は黒い影の脇腹をかすめたようだった。直撃はしていないものの、かすめただけでかなり深手を負っているのがわかった。
(これでこいつを倒せるかもしれない)
ダンテが喜んだのもつかの間、黒い影の腕が光ったと思った瞬間、稲妻が走り床弩に直撃すると、床弩は跡形もなく砕け散った。村長とミラはその衝撃でふたりとも吹き飛んだ。二人は吹き飛ばされて倒れ込んだまま、動かなかった。おそらく意識を失っているようだった。
「ミラーー!! 村長ーー!!」
ダンテは動かなくなった足を引きずりながら、必死で二人に近づこうとした。
「うぅ~~! 貴様ら~~、もう許さんぞーー!! この私を二度もコケにしやがってーーー!!
黒い影はそう叫ぶと立ち上がって呪文を唱え始めた。その瞬間、ダンテと村長とミラの倒れている場所に魔法陣が浮かび上がった。ダンテは再び体中の力が無くなっていった。
(ち、畜生! 今度こそ駄目かも知れない)
辺りはすっかり日が暮れて真っ暗になっている中、三人の魔法陣だけが激しく光っていった。
「まずはこの俺に傷を負わせた、忌々しいそこの女と爺をお前の目の前で跡形もなく消してやろう!!」
黒い影はそう言うと再び呪文を唱え始めた。村長とミラの倒れている場所の魔法陣が激しく光り輝き出すと、地面から火の粉が激しく吹き出してきた。
光り輝く魔法陣を見ながら、ダンテは、兵士になったばかりの頃の事を思い出していた。若いダンテは講師の話をつまらなさそうに聞いていた。その頃のダンテは魔法の講義よりも剣の稽古をするほうが何倍も面白いと思っていた。講義に飽きたダンテは面白半分に講師に質問をした。
「魔法を打ち消すにはどうすればいい?」
講師はその質問に、ほぼ不可能だ、と答えた。
「ほぼ、ということはできなくは無いということか?」
「呪文を詠唱している者よりもは遥かに高い魔力を有している者しか打ち消すことはできない。しかし我々ルーン大国の人間には魔力は無いからできる者がいるとすれば、ギルディアのエルフということになるだろう」
「ギルディアのエルフの魔法は同じギルディアのエルフにしか解除できないということか?」
「ああ、まあ、そういうことになるだろう」
ダンテは昔の光景が頭をよぎった。その時の講師の顔は忘れてしまったが、この講師の話だけは印象深い出来事だったので、よく覚えていた。
(この影のエルフはダブルキャスターの使い手だから、この魔法を打ち消すには、この化け物よりも魔力が上回るエルフということになる。そんなことができるエルフはこの世に存在しないだろう)
ダンテは改めて自分達の置かれた立場に絶望した。
ミラの周りを包む魔法陣の光がますます眩しく輝きを放ち、徐々にミラの顔が苦痛に歪んでいくのが見えた。
「や、やめろーーーーー!!!!」
「いい気味だ! 死ね~~~!!」
「ゼルドロック(呪文解除)」
ダンテは自分の後ろでかすかにその声を聞いた。ダンテと影の間にいつの間にかその男は立っていた。ダンテは男の顔を見たが、初めて見る顔だった。男は呪文のようなものを唱えた瞬間、自分と村長とミラを包んでいた魔法陣が跡形もなく消え、体から熱も無くなった。
ダンテはその顔も知らない男の背中を見て、以前も同じような光景を思い出した。ロビナス村のリュウという盗賊の頭をしている者に姉のミラを人質に取られ、絶体絶命のときに助けに現れたエルフの背中にそっくりだった。
「ダンテ。これはどういうことだ?」
知らない男に自分の名前を呼ばれてダンテは驚いた。しかしその声でその男の正体がわかった。
(やっぱり! この人はマルクスだ! マルクスが再び俺たちを助けに来てくれた!)
この日のミラは朝から上機嫌だった。今夜は月が綺麗に見える夜なので、また愛しのマルクスとヒロタ川で会うことができる。彼女はそう思うだけで、嬉しくて仕方がなかった。まだ日が高いうちから丹念に化粧をしている。弟のダンテはウキウキと上機嫌の姉を見ていた、マルクスと会えるといっても大きなヒロタ川の対岸でお互いの顔もよく見えないのに、なぜ化粧をして、小綺麗な身なりに着替えているのかわからないと言った表情で、姉の身支度を冷ややかに見ている。
(それほどあいつに会うことが嬉しいんだろう。けどな~~、はあ~~)
今夜も姉を護衛するために夜明け近くまで、ヒロタ川の近くで見守るのかと思うと少しうんざりしていた。月の輝く夜にダンテは姉を守るために一緒にヒロタ川まで、毎回一緒に来ていた。今夜もまた明け方近くまで待たされるのかと落ち込んでいると、誰かがミラとダンテの住む家の扉を叩いた。
『ドン! ドン!!』
「ダンテ! 大変だ! 早く来てくれ!!」
ダンテが急いで扉を開けると、村人が勢いよく家の中に飛び込んできた。遠くから急いで走ってきたのだろう、苦しそうに肩で息をしていた。
「どうした? 何があったんだ?」
「ダンテ! む、村に魔物が、は、早く来てくれ」
「何だと! どこにいる!」
「こっちだ! 案内する」
村人とダンテはそう言うと家を飛び出した。
ダンテは村人に連れられて村の中央広場に着いた。遠くの方にゴブリンやオークの大群が村人を襲っているのが見えた。村人達は突如として現れたゴブリンに慌てふためいていた。
ダンテが前方を見ると幼い子どもを連れた家族がいた、逃げ遅れたのだろうゴブリンがすぐ後ろまで迫って来ているのがわかった。ゴブリンは容赦なく手に持った斧を振り上げると幼い子供に向けて振り下ろした。
(危ない!!)
ダンテは走りながら勢いよく飛び上がると、体を回転させながらモンスターに突っ込んだ。
『グシャ! ザシュ!』
回転しながら腰に差した剣を引き抜くとそのままゴブリンの首をはねた。
ゴブリンの首が転がり、頭の無くなった体から勢いよく鮮血が吹きだす。
「早く! ここから逃げろ!」
ダンテは叫びながら逃げ遅れた家族を助けようと、ゴブリンたちの前に立ちふさがった。ゴブリンやオーク達が周りを取り囲んで、一斉に襲いかかってきたが、幼い頃から剣豪と呼ばれてきたダンテの敵では無い。あっという間にモンスターの死体がゴロゴロと転がり始めた。目にも止まらない速さで次々にモンスターを両断して、ダンテの周りにはゴブリンやオークの死体で溢れかえった。
戦いは激しさを増していき、村人たちはダンテの身を案じたが、そんな村人の心配をよそにダンテは一人で、大勢のモンスターを撃退してしまった。
モンスターの返り血を浴びながら、まだ周りにモンスターが潜んでいないか気配を探っていたが、居ないことを確認するとホッと息をなでおろした。
これほどの多くのモンスターを相手にしたことは初めてのことだった。本当に自分一人でやり遂げたのか今でも信じられなかった。これもボルダーでルディーというエルフの男と戦ったことで、自分に自身がついたのだと思った。
(あの男は俺を殺そうとしていたが、皮肉にもあの男のお陰で俺は逆に強くなってしまったのか)
ルディーもかなりの剣の使い手だったことを思い出すと少し可笑しかった。周りにモンスターの気配が無いことを確認して帰ろうと振り返った時、右足に鋭い痛みが走り、その場で倒れた。倒れてすぐに右足を確認して愕然とした。右足が黒く変色していた、まるで足の細胞が壊死しているように、動かそうとしてもピクリとも動かなかった。
(攻撃された? 敵の気配は無かったのに? 一体どこから?)
ダンテは後ろを振り返ったが、そこには誰の姿も無かった。
「だ、誰だ! どこにいる!!」
ダンテが叫ぶと前方の空間が徐々に歪んで見えて、かすかに黒い塊が飛んでくるのが見えた。
(何だ? あれは?)
動かなくなった右足を引きずるように這いつくばって必死で飛んでくる黒い塊から逃げたが、そいつは無惨にもダンテの左足首に直撃した。
「ぐあぁあああああ~~~!!」
鋭い痛みに失神しそうになるのをぐっとこらえて手にした刀を構えた。痛さで額からは脂汗が吹き出した。前方に意識を集中させると何もないと思っていた空間から黒い人影がゆっくりと姿を表した。
「お、お前は? 何者だ!!」
黒い人影はダンテに姿を見られたことに気づくとゆっくりと歩みを止めた。
「ふん! お前こそ何者だ! こんな田舎の村にお前のような剣士がいるなんて聞いてないぞ。お陰で、この私自らが手を下す羽目になったではないか」
「だ、誰だ? お前は?」
「これから死にゆく者に名乗る名など無い」
黒い靄を全身にまとったような男は傲慢な口ぶりでそう言うと、手から再び黒い塊をダンテに向けて放った。
「うぉーー!!!!」
ダンテは剣を掴んで地面に突き刺すと、そのまま動かない足を引きずりながら、腕の力だけで前転をするように飛び上がった。空中で一回転して人影に切り込んだ。
「な、何を? ぐあ~~~!」
黒い人影は叫び声を上げながら後ろに飛んだ。人影の腕から血が滴り落ちる。
なんとかダンテの振り下ろした渾身の一撃が影の腕をかすめた。
「き、貴様、こ、この私に……」
ダンテはボロボロになった足でフラフラになりながら立って剣を構えた。人影は腕を抑えながら悔しがった。
「も、もう許さんぞ。貴様は次で終わりにしてやる!」
「やれるもんならやってみろよ。この村のみんなを、姉のミラを守るのが、死んだ両親に誓った俺の使命なんだよ。お前みたいな奴にやられるわけ無いんだよ!!!」
「ふん! バカが! お前のような者が私に敵うわけが無いだろう、冥土の土産に格の違いを見せてやる」
黒い影はゆっくりと宙に浮くと、呪文を唱え始めた。するとダンテの立っている地面に魔法陣が浮かび上がってきた。
(やっぱりそうか)
ダンテは謎の影が魔法を唱え始めたところで、相手がギルディアのエルフであることを確信した。ダンテ達ルーン大国の兵士は入隊すると同時にギルディアのエルフが使う魔法についての講義をみっちりと学ばされる。そこでは魔法が使える者はエルフであることを学んだ、ルーン大国の人間には魔力がないので魔法はほとんど使えない。稀に魔法が使える人間もいるが、それは聖女や勇者と言った神格スキルを持つもので、ごく一部の人間だけだった。
ダンテは相手がエルフと知ると少し楽になった。なぜなら戦い方を知っていたからだ。ルーン大国の兵士がエルフと戦うときに、まず最初に教わるのが、エルフと戦うときは呪文を唱え始めたところで攻撃を仕掛けろというものであった。魔法の呪文を唱え始めたら唱え終える前にかならず仕留めるのが鉄則だった。
ダンテは最後の力を振り絞って影に近づき、なんとか間合いに入ろうとしたが、体が鉛のように重くなって行くのを感じた。全身の力が吸い取られているように重くなった。
「く、くそ、こ、これは?」
「ガハハハ、無駄だ。ピファイ(麻痺)の呪文をかけたから、もはや指一本も動かせないだろう」
「ち、畜生ーー!」
ダンテは魔法陣から離れようと必死で体を動かそうと力を込めたが、力を込めれば込めるほど吸い取られるのがわかった。
「貴様は私の逆鱗に触れた罪を償え。エグソーダス(地獄の業火)でこの世から灰も残らないように消してやる!」
黒い影がそう叫んだ瞬間、魔法陣が炎のように赤く輝き出したかと思うと、地面から火の粉が吹き出してきた。ダンテは急激に自分の体が熱くなるのを感じた。
(畜生! こいつはダブルキャスターだったのか!!)
ダブルキャスターというのは二重詠唱のできるエルフの事を指している。二つ名の通り二つの魔法を同時に詠唱できるエルフで、この人影のエルフの場合ピファイ(麻痺)とエグソーダス(地獄の業火)の魔法の二つを同時に詠唱している。講師の話ではダブルキャスターと対峙した時は、仲間が10人以上いないのであれば、すぐにその場から逃げろと教わっていた。ダブルキャスターはそれほど恐ろしい存在だったが、その数は非常に少なくギルディアの隊長クラスのギルティークラウンの中にも数人しかいないと教わった。
(だとするとこいつはギルディアの隊長クラスかそれよりも上の存在? なぜそんなやつがこの村に?)
徐々に体が熱くなり意識が朦朧としていく中、これで俺も終わりか、とダンテは死を覚悟した時、空を切り裂く音が聞こえ、黒い影から叫び声が聞こえた。
「ぐあ~~~!!」
黒い影は叫びながら体制を崩して地上に落下した。
「クッ! 貴様ら~~!」
黒い影は地面に頭を打ち付けると泥だらけになった頭でダンテを睨んだ。ダンテはいつの間にか自分を取り囲んでいた魔法陣が消えて体が自由になったことに気づくと後ろを振り返った。そこには村長のおじいさんと姉のミラの姿があった。その脇に床弩と呼ばれるルーン大国が開発した強力な武器があった。空を切り裂いた音の正体はこの床弩という武器だった。
この床弩という武器は巨大な弓矢を台座に取り付けた兵器で、大人の男が二人がかりでやっと弦を引くことができるほど強力な弓矢で2メートルもある矢を400メートルも遠くに飛ばせる事ができる殺人兵器だった。少し前にロビナス村のリュウというならず者の頭をしていた男が、ダンテを殺そうと所持していた武器だった。
村長とミラが放った矢は黒い影の脇腹をかすめたようだった。直撃はしていないものの、かすめただけでかなり深手を負っているのがわかった。
(これでこいつを倒せるかもしれない)
ダンテが喜んだのもつかの間、黒い影の腕が光ったと思った瞬間、稲妻が走り床弩に直撃すると、床弩は跡形もなく砕け散った。村長とミラはその衝撃でふたりとも吹き飛んだ。二人は吹き飛ばされて倒れ込んだまま、動かなかった。おそらく意識を失っているようだった。
「ミラーー!! 村長ーー!!」
ダンテは動かなくなった足を引きずりながら、必死で二人に近づこうとした。
「うぅ~~! 貴様ら~~、もう許さんぞーー!! この私を二度もコケにしやがってーーー!!
黒い影はそう叫ぶと立ち上がって呪文を唱え始めた。その瞬間、ダンテと村長とミラの倒れている場所に魔法陣が浮かび上がった。ダンテは再び体中の力が無くなっていった。
(ち、畜生! 今度こそ駄目かも知れない)
辺りはすっかり日が暮れて真っ暗になっている中、三人の魔法陣だけが激しく光っていった。
「まずはこの俺に傷を負わせた、忌々しいそこの女と爺をお前の目の前で跡形もなく消してやろう!!」
黒い影はそう言うと再び呪文を唱え始めた。村長とミラの倒れている場所の魔法陣が激しく光り輝き出すと、地面から火の粉が激しく吹き出してきた。
光り輝く魔法陣を見ながら、ダンテは、兵士になったばかりの頃の事を思い出していた。若いダンテは講師の話をつまらなさそうに聞いていた。その頃のダンテは魔法の講義よりも剣の稽古をするほうが何倍も面白いと思っていた。講義に飽きたダンテは面白半分に講師に質問をした。
「魔法を打ち消すにはどうすればいい?」
講師はその質問に、ほぼ不可能だ、と答えた。
「ほぼ、ということはできなくは無いということか?」
「呪文を詠唱している者よりもは遥かに高い魔力を有している者しか打ち消すことはできない。しかし我々ルーン大国の人間には魔力は無いからできる者がいるとすれば、ギルディアのエルフということになるだろう」
「ギルディアのエルフの魔法は同じギルディアのエルフにしか解除できないということか?」
「ああ、まあ、そういうことになるだろう」
ダンテは昔の光景が頭をよぎった。その時の講師の顔は忘れてしまったが、この講師の話だけは印象深い出来事だったので、よく覚えていた。
(この影のエルフはダブルキャスターの使い手だから、この魔法を打ち消すには、この化け物よりも魔力が上回るエルフということになる。そんなことができるエルフはこの世に存在しないだろう)
ダンテは改めて自分達の置かれた立場に絶望した。
ミラの周りを包む魔法陣の光がますます眩しく輝きを放ち、徐々にミラの顔が苦痛に歪んでいくのが見えた。
「や、やめろーーーーー!!!!」
「いい気味だ! 死ね~~~!!」
「ゼルドロック(呪文解除)」
ダンテは自分の後ろでかすかにその声を聞いた。ダンテと影の間にいつの間にかその男は立っていた。ダンテは男の顔を見たが、初めて見る顔だった。男は呪文のようなものを唱えた瞬間、自分と村長とミラを包んでいた魔法陣が跡形もなく消え、体から熱も無くなった。
ダンテはその顔も知らない男の背中を見て、以前も同じような光景を思い出した。ロビナス村のリュウという盗賊の頭をしている者に姉のミラを人質に取られ、絶体絶命のときに助けに現れたエルフの背中にそっくりだった。
「ダンテ。これはどういうことだ?」
知らない男に自分の名前を呼ばれてダンテは驚いた。しかしその声でその男の正体がわかった。
(やっぱり! この人はマルクスだ! マルクスが再び俺たちを助けに来てくれた!)
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました
空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。
結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。
転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。
しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……!
「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」
農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。
「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」
ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる