私、勇者と魔王の娘です

夢限

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第01章 よくある話

12 宿場町に到着

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 微妙なお昼のあと、私たちは再び歩き出した。

「結局スープ作っちゃったね」
「黒パンも硬かったから、仕方ない」
「ははっ、あれはほんとヤバいくらい硬かったよねぇ」

 干し肉に加えて、黒パンも食べようとしたんだけど……これがまた、とんでもなく硬かった。私もフランスのバゲットは食べたことあるけど、それと比べても圧倒的に硬くて、まったく歯が立たなかった。

「この世界の人って、あの硬いパンをどうやって食べてるんだろうね。やっぱり私たちみたいにスープにつけてるのかな?」
「そうじゃない? いくらなんでも、あれはそのままじゃ無理でしょ」
「でも、みんながみんな、スープ作れるとは限らないよ」
「……確かに」

 凛の言う通り。スープを作るには水はもちろん、沸かすための火もいる。私たちは魔法でどうにでもなるし、王様から大金をもらってるから道具もそろってる。でも、魔法も使えず、お金もない人たちはどうだろう。白パンは高くて買えないから、黒パンしか選択肢がない。そんな状況で、さらにスープを作る余裕なんて……やっぱり無理がある気がする。


 そんな話をしながら歩き続けること約5時間。ついに、前方に人工物らしきものが見えた。
「ねぇ、あれって村?」
「だね。でも、そのわりにはけっこう大きい気もするけど」
「もしかして……宿場町?」

 宿場町といえば、江戸時代の東海道なんかにあった、旅人向けの小さな町。宿を提供していて、活気にあふれた場所――ここは、それに似ている。

「みたいだね。ほら、あそこ……書いてあるよ」
「ほんとだ」

 楓が見つけた看板には、こう記されていた。


 ――ようこそ、王都の玄関口。宿場町イノセリアへ――


「まぁ……何にせよ、今日はここまでにしよっか」
「だね」
「一日中歩き続けるなんて……ぐったりするよねぇ」

 慣れない長距離歩行で、私たちはそろってへとへとだった。

「どの宿にする?」
「美味しいところがいいけど……」
「あまり期待はできないよね」

 王都の宿ですら味付けは塩だけだった。そこから離れたこの町で、さらに上を期待するのはさすがに無理がある。

「陽だまり亭は運が良かっただけ」
「ほんとだよね。塩だけであそこまで美味しいって、すごいよ」
「うんうん」

 今思い返しても、あの宿は奇跡的だったと思う。塩しか使っていないのに、あれほど味を引き出せるなんて。

「とにかく、どこでもいいから宿に泊まろう」
「だね」

 そう言って、目についた宿に飛び込みで入ってみることにした。

「いらっしゃい、3人か?」
「はい、泊まれますか?」
「おう、いいぞ。昨日はともかく、今日はガラガラだからな。がはは!」

 宿の主人は豪快そうなおじさんだった。

「えっと、3人部屋とかありますか?」
「あるぞ。宿代は食事込みで銅貨60。湯はいるか? 別料金で雑貨20だぜ」

 王都より少し安いのは、宿場町としての立地差だろう。悩むのは“湯”の方だった。陽だまり亭のときはお城の風呂に入っていたから断ったが、今日は1日歩き詰め。汗を流す手段がほしい。

 お湯なら私の魔法で出すこともできる。でも、それは母の世界でも高位の魔法に分類されるもの。魔法に慣れていないこの国でそんな技を気軽に使えば、余計な注目を集めるかもしれない。

 そうなると、お湯は宿からもらうしかない。ただ心配なのは、それがちゃんと清潔で沸かしたものかどうか。

「どうする?」
「お湯はほしい」
「だね」

 雑貨20枚なら安いし、もしお湯がひどかったらその時は魔法で出せばいい。とりあえずは、普通に頼むことにした。

「それじゃ、お湯もお願いします。えっと、これで大丈夫ですか?」

 私は腰の小物入れから大銅貨3枚を、凛は雑貨20枚を取り出してカウンターに並べる。大量の所持金を複数人で分散して管理しているから、支払いもそれぞれの手持ちから出すようにしている。

「おう、ちょうどだな。湯は部屋に運ぶから待ってな。あとは鍵だ、なくすんじゃねぇぞ」
「はい、ありがとうございます」

 鍵を受け取った私たちは部屋へ向かった。

「うーん、まあこんなもんかな」
「悪くはないけど、良くもないって感じ」
「だねぇ」

 凛が言うように、可もなく不可もなし。陽だまり亭には劣るけど、日本の宿と比べれば陽だまり亭もそこまでではない。この宿は、ギリギリ及第点といったところだろう。

「嬢ちゃんたち、湯を持ってきたぞ!」
「あっ、はーい」

 扉の外からおじさんの声。楓が返事をして扉を開けると、お湯の入ったたらいを抱えたおじさんが立っていた。

「すみません、どうぞ」
「おう、邪魔するぜ。よっと……ふぅ。湯は使い終わったら窓から捨ててくれ。たらいは明日でもいいから返してくれりゃいい。あと、食事は“地の刻半”な」
「地の刻半?」

 聞き慣れない言葉に首をかしげると、おじさんは窓を指さした。

「知らねぇのか? ほら、あそこ。広場の中央の柱の先に、光があるだろ。今は緑だが、あれが黒っぽくなる頃が地の刻半だ」
「……なるほど。教えてくれてありがとうございます」
「おう、いいってことよ」

 おじさんが笑って出ていくと、私たちは改めて窓の外に目を向けた。

「ねえ、さっきのって、時間のことだよね?」
「だと思う」
「やっぱり、異世界だけあって時間の概念も違うんだ」
「わかりづらいといえば、確かにわかりづらいよね」

 地球じゃないから、こういう違いも当然といえば当然。たぶん暦も、全然違うものなんだろう。

 凛曰く、この世界は星の大きさも太陽や月との距離も、自転や公転、地軸に至るまで何もかも違う。そうなれば、時間や季節のサイクルだって根本的に変わるはず。

 異世界ファンタジーだと、地球と同じ暦や時間を採用している作品も多いけど、それはあくまで“わかりやすくするため”の配慮だ。現実は、そんな都合のいい仕組みではない。

 時間の感覚が違うなら、それに慣れていくしかない。でも、その仕組み自体が分かっていない今――いずれどこかで、誰かにきちんと聞いておかないといけないかもしれない。

 それはともかく、まずはこのお湯を捨てて、新しいお湯を入れないとね。

 私はたらいを持って窓際まで行き、外に人がいないことを確認してから、お湯を静かに捨てた。そして、魔法を使って、湯気の立つ新しいお湯を注ぎ直す。

「愛莉亜、石鹸出してくれる?」
「ちょっと待って……はい、どうぞ」
「ありがと。……っていうか、この石鹸もそろそろどうにかしないとだよね」

 この世界にも石鹸は存在している。お城で使ったものは、それなりに香りもついていて品質も悪くはなかった。

 でも、雑貨屋で売られていたものは……正直、質も香りもいまいちで、使いたいとは思えなかった。

 だから今は、私が衣装ケースに入れてきた地球産の石鹸を使っている。でも当然、数に限りがある。どれくらいこの世界に滞在するかもわからない今――さすがに、ずっと頼っていられるものじゃない。

「それなら大丈夫。こんなこともあろうかと、石鹸の作り方とか調べてあるよ」
「ほんとに?」
「さっすが凛!」

 凛のファインプレーに、私も楓も素直に感心する。さすが文芸部と知識欲の塊……頼れるにもほどがある。

 その後、私たちは周囲に気を配りながら、ひとりずつ服を脱ぎ、体を拭いていった。

 いくら女同士で、しかも仲良しの友達とはいえ――さすがに部屋の中で裸になるのはちょっと恥ずかしい。ここが浴場だったならまだしも、これはただの寝室。もちろん、体を拭いている間は、他の二人は背を向けて気を遣ってくれたけど……うん、それでもやっぱり、ちょっと照れるよね。

 異世界生活って、意外とこういうところで“じわじわ実感”するのかもしれない。

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 次回更新は1/10予定です

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