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第07章 魔王
08 ……魔王ってどういうこと?
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議会所に呼び出されてレッサードラゴンについて聞かれるのかと思いきや、いきなり魔王にとか言い出したジマリート、ちょっと意味が分からないんだけど、どういうことだ。
あまりのことに、人見知りで人と話すことができないはずの俺が、思わず振り返りジマリートに尋ねた。
「……ジマリート」
俺の呼びかけにジマリートが反応するもめったに口を開かない俺の声と呼び捨てにされたことでかなり戸惑っているようだが、特に気にすることなくさらに口を開く。
「俺を魔王にっていうが、俺は見ての通り人族だ。そんな俺をそんなもんにしてどうするんだ? それに誰が納得できるんだ。人族に対して反感を持っているものは多いだろう」
そこまで言ってようやくジマリートも俺がしゃべったのだと気が付き、俺の方を見て驚いている。
「! え、ええ、確かにスニル様のおっしゃる通り、われら魔族をはじめエルフ、獣人族、ドワーフの中には人族に反感を持つものは多いです。いえ、ほぼすべての民がそうでしょう」
ジマリートは驚きながらもまっすぐに俺を見てそう言ったが、そのあとですがと続ける。
「あなた方は違います。あなた方はいえ、特にスニル様は獣人族の英雄として多く知られております」
確かに俺たちの行動によって多くの獣人族が救われて、英雄ともてはやされている。だからと言ってそれで魔王というのはおかしい。
「また、あなた方の人となりはすでに街の者たちなどから聞き及んでいるうえに、わたくし自らも相対し把握しております。ほかの方々は時々われら魔族に対して恐怖の感情を出すことがあります。尤もそれはほんの一瞬ではありますが……ですが、あなたはわれらに対しても一切そのような感情はお見せにならず。まるで同じ人間として扱っておられます」
ジマリートは半ば確信といった風にそう答えた。実は、この街に来てから、いや、獣人族のしゅらくにいるときから、時々、俺たちを観察しているような、または監視しているような視線を感じていた。まぁ、それらは仕方ないとして特に気にはしていなかった。
「シュンナたちは幼いころから魔族を恐怖の対象としての教育を受けてきたからで、俺はその教育を受けていない。それに、俺は知っているからだな」
「知っているとは?」
俺が何を知っているのかとジマリートが訪ねてきた。
「俺のスキルには”森羅万象”というこの世界のあらゆる事象につていの知識がある。といってもそこに刻まれているのはこの世界を作りし神からの最低限の知識と俺がこの世界で得た知識だけだけどな。それによると、もともと人族も魔族もエルフもドワーフも獣人族もすべて人間として創造された存在であるとな」
「なんとっ!」
これにはジマリートだけでなくここにいるすべての議員が驚いているが、これはいったい何に驚いているのだろうか、俺のスキルについてなのか、人間についてなのか。
「スニル様はそのようなスキルを神から与えられたと」
「まっ、そんなところだ。だから俺は最初から魔族がただ種族が違うだけの同じ人間だとわかっているだけだ」
「そ、そうでしたか、となるとますますあなた様に魔王となっていただきたいですな」
ジマリートが何やら言い出したがほんと何を言っているんだろうか。
「どういうことかわからないが、そもそも魔王ということは魔族の王ということだろう、なら人族である俺が魔王になるのは無理があるだろ」
俺がそういうと議員連中からもそういった声が上がった。これで、いきなり俺が魔王なんてルートは回避されるはずだ。というか魔王なんて面倒ごとは御免なんだけどな。
「それには問題ありませんぞ」
ほっとしている俺をよそにジマリートが自信満々にそういった。
「それは、どういうことですかな。ジマリート殿」
俺の代わりに魔族議員の1人がそう聞いてくれた。
「皆様は魔王規定というものをご存じでしょうか?」
そう言って議員たちを見渡しているジマリートだが、なんだそれ。
「もちろん、魔族であればだれであれ存じております」
どうやら魔族の常識のようだ。
「そこに魔王の定義として、『魔法能力に最も長けたもの』とありますが、どこにも魔族の中でとは書かれておりません」
それってただの詭弁では?
「た、確かにそうですが、ジマリート殿それは当然ではありませんか、魔王というからには魔族から選定されるものではないですか」
俺もそう思う、魔族の中で魔法能力の最も優れたものが魔王だと思う。
「ですが、これまでわれら魔族の中に魔王たる人物は現れませんでした。それというのもわれらはもとは魔法能力の低いものを祖先に持つからです」
ジマリートの言葉に魔族議員たちが顔を俯かせた。
「どういうこと?」
これまで黙っていたシュンナがそう聞いた。
「かつて、魔王が世界を手に入れようと兵をあげたことはご存じでしょうか?」
「ええ、人族にはそれがおとぎ話として伝わっていて、あたしたちは子供ころから魔族は恐ろしいものだと教わってきたわ。まぁ、実際この町に来て魔族と触れ合ってみたら、まったく恐ろしい存在ではないということが分かったけどね」
「そうでしたか、それはようございました」
シュンナの言葉にジマリートはほっとしている。
「それで、そのこととどんな関係が」
「はい、当時の教会によって召喚された勇者とその仲間の攻撃において魔王をはじめ多くの同胞が打ち滅ぼされたわけですが、実はその同胞が特に魔法能力に長けた者たち、つまり軍人です。そして、私たちの祖先はそんな彼らに守られていた非戦闘民である庶民でした」
「ええと、つまりこの街の人たちの先祖はただの一般人で戦闘なんてできる人ではなかった」
「その通りです。もちろん中には祖先をここまで連れてきてくれた軍人がいましたが、彼らは軍内部でもそこまで地位のある方々ではなかったのです」
つまり、その軍人も結局は最低限の力しかなかったという。
「魔法能力は遺伝する。これは人族の間でも知られていることではありませんかな」
「ええそうね」
「つまりはそういうことです」
ふむ、なるほど現在魔族の生き残りはここにいる連中のみと考えられているわけだが、その生き残りも魔法能力が弱いものだけとなってしまっているというわけか。だから数万年もここに引きこもっていたわけだな。
「でもよぉ、それと魔王がいなかったというのはどうつながるんだ」
俺も気になる。魔法能力が最も長けたものと定めているのなら、たとえ弱い中でも最も強いものが魔王を名乗ってもよさそうな気がする。
「それにつていですが、魔王規定の中に最低限の能力が記載されておりまして、その最低限すら超えられるものがいなかったということです」
「最低限?」
それっていったいどういうことだろう、聞いてみた。
「規定によると『最低でも上級魔法を数発撃てること』とあります」
上級魔法を数発って確かにそれがあっさりと出来たら魔王だよな。人族ではほとんど不可能レベルだ。尤も俺だったら余裕だけどね。
「お恥ずかしい話ですが、現在魔族において上級魔法を放つことができるものはおりません。また、過去においてもいませんでした」
だからこそ、これまで魔王の席は空席だったという。
「なるほどな。確かにスニルなら上級魔法ぐらい簡単だろ」
ダンクスが納得して俺に振ってくるのでうなずいた。
「まぁ、何発でもできるだろうな」
「なんとっ、そこまでっ!!」
俺の言葉にジマリートを含む議員たちが驚愕にざわついた。
「ふむ、皆にも言う一度提案したい、スニル様をぜひ、われらの魔王にといかがだろう」
ジマリートは改めて議員たちにそう問うたのだった。
「私は賛成です。確かにジマリート殿のおっしゃる通り、スニル様はわれら魔族ですら失われた魔法を行使でき、何よりここアベイルを救っていただいた。人格についても私の方でも調べてあり、申し分ないことは存じております」
そんな言葉を筆頭に次々に賛成の言葉が上がっていった。
とまぁ、そんな当人である俺を無視していつの間にか全会一致というある意味で非常事態により、なぜか俺は魔王となったのであった。
意味わからないんだけど……
「あっ、魔王様」
「あらっ、こんにちは魔王様」
翌日、街をぶらついているとそんな声がかけられた。どうやら、すでに俺が魔王となったことは周知の事実となったようだ。というか俺引き受けるとも何も言っていない気がするんだがなぁ。
嘆息とともにそう思うも、一応答える必要がある。
「お、おう」
こうしてあいさつされることすら慣れていない俺としては、この反応が精いっぱいだ。
「それにしてもまさか、スニルが魔王になるなんて思わなかったよね」
「まったくだぜ」
「他人事だな」
「そりゃぁね。あっ、でもミリアとヒュリックは違うか」
「ええ、親だもの」
「ああ、俺もまさか息子が魔王って、何かの間違いか」
「それは、俺が一番思ってることだよ」
「なら、断ればよかったのに」
シュンナがなぜ引き受けたのかと聞いてきた。そう、全会一致といっても俺が断ればこの話はなかったことだろう、しかし俺は昨日これを引き受けてしまった。
「誰か1人でも反対がいればな。でも、さすがに全会一致となるとな。断りずれぇよ」
他人に興味がない。これは俺の前世での話であり、現在の俺は多少なりとも興味が出てきている。だからこそあのレッサードラゴンも倒したわけだ。そして、興味が出てきたからこそあそこまで言われると断れない。というかこれは俺の前世からの性格の1つだな。基本お人好しで頼まれると断れない。まだ、興味を失う以前の俺がそうだった。ああいう状況でも断れる奴がうらやましいよ。
「まぁ、引き受けちまった以上はやるしかないからな。というかみんなも協力してくれよ。いくら何でも俺だけじゃ無理だ」
「まっ、それならいいぜ。といっても俺は戦うことしか出ねぇが」
「もちろんあたしも協力するわよ。スニルはまだちゃんと話せないしね」
「そうだよな。スニルもそこを直さないとな。ああ、もちろん俺も父親として協力しないわけないだろ」
「そうね。スニルが決めたことだもの、お母さんも協力は惜しまないわよ。あっ、でもポリーちゃんにはちゃんとお話ししないといけないんじゃない」
なぜそこでポリーが出てくるのかはわからないが、でもまぁ確かに知らせないと後が怖そうだな。
「わかった、それじゃ後で行ってくるよ。手紙より直接言った方がいいだろうし」
「そうね。それがいいわ」
それから、少し街を見て回ったのち俺はぞーりん村へと転移したのだった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「さて、ポリー達はどこかな」
あたりを見渡してみるも人らしきは誰もいない。
「そっか、この時間は畑か」
今のこの時間は基本みんな畑で仕事をしているはずだ。小さな農村だからな、子供すら働き手となる。
「しゃぁねぇ行くか」
というわけで畑へと向かっていく。
「おっ、居た居た」
普通ならここでポリーの名を叫びながら呼ぶのだろうが、当然俺にそんなことができるわけもなく、静かに近づいていく。
「あれっ、スニルじゃねぇか?」
「んっ、あら、ほんとね」
「ほんとだ、おーいポリーちゃーん」
俺の姿を見つけた村のおっちゃんとおばちゃんが、まるで俺の担当はポリーだといわんばかりにすぐさまポリーを呼んでいる。
「? なーに、コリンおばさん」
「スニル君来てるよ」
「えっ、スニル! あっ、ほんとだ。スニルー」
俺が来ていると知らせを受けたポリーはすぐさま俺がいる方を見て、俺を見つけたようで大きく手を振ってくる。
「お、おう」
ここで何も反応しなかったら後が怖いので一応小さく手をあげて返事をしておく。
「どうしたの? 突然」
走ってきたポリーが俺のもとへ来るとそう聞いてきた。ていうか手に先ほど収穫したばかりのセンベルン(この世界特有の野菜で味はちょっと苦みがある)を持ったままだった。
「ちょっとな」
「? ちょっと待っててこれ置いてくる」
ポリーとの付き合いもそれなりにあるために俺の様子にポリーも何かあると気が付いたようだ。俺としてはこうしてサッシくて来るのはありがたい。
「お待たせ、いこっか」
「おう」
畑から離れて村の方へと歩いていく俺たち。するとふとポリーが何の用かを聞いてきた。
「それで、どうしたの?」
「ああ、ちょいとな。俺にもよくわからないんだが……」
俺が言いよどんでいるとポリーは首をかしげながらも俺がちゃんと言うのを待っていてくれる。こういうのもありがたい。俺ってばどうしても普通にしゃべってても言葉が詰まるからな。
「魔王になっちまった」
「……えっ! えっと、ごめん、今何言ったの」
さすがのポリーも理解の範疇を超えたようだ。そりゃぁ、いきなり魔王になったといわれて理解できる方がおかしい。
「だから、魔王になったって言ったんだ」
「え、えっと、えっ! えっ! ま、マオウ、あれっ? んっ」
いまだ理解できないようなのでもう一度行ってみる。
「魔王になった。というかされた? まぁ、結局は自分で引き受けたんだけど」
「ええと、どういうこと?」
ようやく少し理解できたようで、なんでそうなったのか経緯を説明しろと言外に告げられたので、俺は素直に吐き出す。
「……はぁ、何してるの。ていうか、どうして引き受けちゃったの?」
ため息を1つこぼしたところでなぜ引き受けたのかとあきれ顔でそういった。
「あそこまで頼まれるとな、断れなかった。それに、何となく引き受けたほうがいいような気がしてな」
ほとんど勘みたいなものだ。
「そっか、まっ、スニルがしたいならいいけど、でも大丈夫なのよね。一応私もスニルから話は聞いているから、大丈夫ってのはわかるんだけど」
ポリーもまた幼いころに魔族や魔王について聞かされているから、恐怖心を持っている。
「それなら大丈夫だ、実際魔族たちと触れ合って、彼らも普通の人だよ。全く怖くはないさ。まぁ、それにアベイルにいる魔族はもともと非戦闘民みたいだから、どちらかというと俺たちよりポリー達よりだしな」
「そうなの?」
「そうそう」
魔族であるからみんな魔法を使えるということはあるが、だからと言ってみんながみんな戦闘ができるわけではない。少なくともアベイルにいる魔族で戦闘ができるのはごくわずかだと思う。
「そっか、まっ、スニル達なら大丈夫だよね。あっそうだ、スニルこの後何かあるの。ないならお祝いしようよ」
「それはありがたいが、この後すぐに戻らないといけないんだよな」
「何かあるの?」
「ああ、魔王になったからなこの後議会に参加しないといけないんだよ」
「ギカイ?」
「村会議みたいなものだ。あれの大規模な奴?」
「へぇ、すごいね」
ポリーのような普通の村娘には想像もできないようだ。
「そういうわけだから、すぐに戻るよ。村長たちには言っておいてくれ」
「わかった。行ってらっしゃい。スニル」
「おう、行ってくる」
そう言ってから俺は再び転移したのだった。
あまりのことに、人見知りで人と話すことができないはずの俺が、思わず振り返りジマリートに尋ねた。
「……ジマリート」
俺の呼びかけにジマリートが反応するもめったに口を開かない俺の声と呼び捨てにされたことでかなり戸惑っているようだが、特に気にすることなくさらに口を開く。
「俺を魔王にっていうが、俺は見ての通り人族だ。そんな俺をそんなもんにしてどうするんだ? それに誰が納得できるんだ。人族に対して反感を持っているものは多いだろう」
そこまで言ってようやくジマリートも俺がしゃべったのだと気が付き、俺の方を見て驚いている。
「! え、ええ、確かにスニル様のおっしゃる通り、われら魔族をはじめエルフ、獣人族、ドワーフの中には人族に反感を持つものは多いです。いえ、ほぼすべての民がそうでしょう」
ジマリートは驚きながらもまっすぐに俺を見てそう言ったが、そのあとですがと続ける。
「あなた方は違います。あなた方はいえ、特にスニル様は獣人族の英雄として多く知られております」
確かに俺たちの行動によって多くの獣人族が救われて、英雄ともてはやされている。だからと言ってそれで魔王というのはおかしい。
「また、あなた方の人となりはすでに街の者たちなどから聞き及んでいるうえに、わたくし自らも相対し把握しております。ほかの方々は時々われら魔族に対して恐怖の感情を出すことがあります。尤もそれはほんの一瞬ではありますが……ですが、あなたはわれらに対しても一切そのような感情はお見せにならず。まるで同じ人間として扱っておられます」
ジマリートは半ば確信といった風にそう答えた。実は、この街に来てから、いや、獣人族のしゅらくにいるときから、時々、俺たちを観察しているような、または監視しているような視線を感じていた。まぁ、それらは仕方ないとして特に気にはしていなかった。
「シュンナたちは幼いころから魔族を恐怖の対象としての教育を受けてきたからで、俺はその教育を受けていない。それに、俺は知っているからだな」
「知っているとは?」
俺が何を知っているのかとジマリートが訪ねてきた。
「俺のスキルには”森羅万象”というこの世界のあらゆる事象につていの知識がある。といってもそこに刻まれているのはこの世界を作りし神からの最低限の知識と俺がこの世界で得た知識だけだけどな。それによると、もともと人族も魔族もエルフもドワーフも獣人族もすべて人間として創造された存在であるとな」
「なんとっ!」
これにはジマリートだけでなくここにいるすべての議員が驚いているが、これはいったい何に驚いているのだろうか、俺のスキルについてなのか、人間についてなのか。
「スニル様はそのようなスキルを神から与えられたと」
「まっ、そんなところだ。だから俺は最初から魔族がただ種族が違うだけの同じ人間だとわかっているだけだ」
「そ、そうでしたか、となるとますますあなた様に魔王となっていただきたいですな」
ジマリートが何やら言い出したがほんと何を言っているんだろうか。
「どういうことかわからないが、そもそも魔王ということは魔族の王ということだろう、なら人族である俺が魔王になるのは無理があるだろ」
俺がそういうと議員連中からもそういった声が上がった。これで、いきなり俺が魔王なんてルートは回避されるはずだ。というか魔王なんて面倒ごとは御免なんだけどな。
「それには問題ありませんぞ」
ほっとしている俺をよそにジマリートが自信満々にそういった。
「それは、どういうことですかな。ジマリート殿」
俺の代わりに魔族議員の1人がそう聞いてくれた。
「皆様は魔王規定というものをご存じでしょうか?」
そう言って議員たちを見渡しているジマリートだが、なんだそれ。
「もちろん、魔族であればだれであれ存じております」
どうやら魔族の常識のようだ。
「そこに魔王の定義として、『魔法能力に最も長けたもの』とありますが、どこにも魔族の中でとは書かれておりません」
それってただの詭弁では?
「た、確かにそうですが、ジマリート殿それは当然ではありませんか、魔王というからには魔族から選定されるものではないですか」
俺もそう思う、魔族の中で魔法能力の最も優れたものが魔王だと思う。
「ですが、これまでわれら魔族の中に魔王たる人物は現れませんでした。それというのもわれらはもとは魔法能力の低いものを祖先に持つからです」
ジマリートの言葉に魔族議員たちが顔を俯かせた。
「どういうこと?」
これまで黙っていたシュンナがそう聞いた。
「かつて、魔王が世界を手に入れようと兵をあげたことはご存じでしょうか?」
「ええ、人族にはそれがおとぎ話として伝わっていて、あたしたちは子供ころから魔族は恐ろしいものだと教わってきたわ。まぁ、実際この町に来て魔族と触れ合ってみたら、まったく恐ろしい存在ではないということが分かったけどね」
「そうでしたか、それはようございました」
シュンナの言葉にジマリートはほっとしている。
「それで、そのこととどんな関係が」
「はい、当時の教会によって召喚された勇者とその仲間の攻撃において魔王をはじめ多くの同胞が打ち滅ぼされたわけですが、実はその同胞が特に魔法能力に長けた者たち、つまり軍人です。そして、私たちの祖先はそんな彼らに守られていた非戦闘民である庶民でした」
「ええと、つまりこの街の人たちの先祖はただの一般人で戦闘なんてできる人ではなかった」
「その通りです。もちろん中には祖先をここまで連れてきてくれた軍人がいましたが、彼らは軍内部でもそこまで地位のある方々ではなかったのです」
つまり、その軍人も結局は最低限の力しかなかったという。
「魔法能力は遺伝する。これは人族の間でも知られていることではありませんかな」
「ええそうね」
「つまりはそういうことです」
ふむ、なるほど現在魔族の生き残りはここにいる連中のみと考えられているわけだが、その生き残りも魔法能力が弱いものだけとなってしまっているというわけか。だから数万年もここに引きこもっていたわけだな。
「でもよぉ、それと魔王がいなかったというのはどうつながるんだ」
俺も気になる。魔法能力が最も長けたものと定めているのなら、たとえ弱い中でも最も強いものが魔王を名乗ってもよさそうな気がする。
「それにつていですが、魔王規定の中に最低限の能力が記載されておりまして、その最低限すら超えられるものがいなかったということです」
「最低限?」
それっていったいどういうことだろう、聞いてみた。
「規定によると『最低でも上級魔法を数発撃てること』とあります」
上級魔法を数発って確かにそれがあっさりと出来たら魔王だよな。人族ではほとんど不可能レベルだ。尤も俺だったら余裕だけどね。
「お恥ずかしい話ですが、現在魔族において上級魔法を放つことができるものはおりません。また、過去においてもいませんでした」
だからこそ、これまで魔王の席は空席だったという。
「なるほどな。確かにスニルなら上級魔法ぐらい簡単だろ」
ダンクスが納得して俺に振ってくるのでうなずいた。
「まぁ、何発でもできるだろうな」
「なんとっ、そこまでっ!!」
俺の言葉にジマリートを含む議員たちが驚愕にざわついた。
「ふむ、皆にも言う一度提案したい、スニル様をぜひ、われらの魔王にといかがだろう」
ジマリートは改めて議員たちにそう問うたのだった。
「私は賛成です。確かにジマリート殿のおっしゃる通り、スニル様はわれら魔族ですら失われた魔法を行使でき、何よりここアベイルを救っていただいた。人格についても私の方でも調べてあり、申し分ないことは存じております」
そんな言葉を筆頭に次々に賛成の言葉が上がっていった。
とまぁ、そんな当人である俺を無視していつの間にか全会一致というある意味で非常事態により、なぜか俺は魔王となったのであった。
意味わからないんだけど……
「あっ、魔王様」
「あらっ、こんにちは魔王様」
翌日、街をぶらついているとそんな声がかけられた。どうやら、すでに俺が魔王となったことは周知の事実となったようだ。というか俺引き受けるとも何も言っていない気がするんだがなぁ。
嘆息とともにそう思うも、一応答える必要がある。
「お、おう」
こうしてあいさつされることすら慣れていない俺としては、この反応が精いっぱいだ。
「それにしてもまさか、スニルが魔王になるなんて思わなかったよね」
「まったくだぜ」
「他人事だな」
「そりゃぁね。あっ、でもミリアとヒュリックは違うか」
「ええ、親だもの」
「ああ、俺もまさか息子が魔王って、何かの間違いか」
「それは、俺が一番思ってることだよ」
「なら、断ればよかったのに」
シュンナがなぜ引き受けたのかと聞いてきた。そう、全会一致といっても俺が断ればこの話はなかったことだろう、しかし俺は昨日これを引き受けてしまった。
「誰か1人でも反対がいればな。でも、さすがに全会一致となるとな。断りずれぇよ」
他人に興味がない。これは俺の前世での話であり、現在の俺は多少なりとも興味が出てきている。だからこそあのレッサードラゴンも倒したわけだ。そして、興味が出てきたからこそあそこまで言われると断れない。というかこれは俺の前世からの性格の1つだな。基本お人好しで頼まれると断れない。まだ、興味を失う以前の俺がそうだった。ああいう状況でも断れる奴がうらやましいよ。
「まぁ、引き受けちまった以上はやるしかないからな。というかみんなも協力してくれよ。いくら何でも俺だけじゃ無理だ」
「まっ、それならいいぜ。といっても俺は戦うことしか出ねぇが」
「もちろんあたしも協力するわよ。スニルはまだちゃんと話せないしね」
「そうだよな。スニルもそこを直さないとな。ああ、もちろん俺も父親として協力しないわけないだろ」
「そうね。スニルが決めたことだもの、お母さんも協力は惜しまないわよ。あっ、でもポリーちゃんにはちゃんとお話ししないといけないんじゃない」
なぜそこでポリーが出てくるのかはわからないが、でもまぁ確かに知らせないと後が怖そうだな。
「わかった、それじゃ後で行ってくるよ。手紙より直接言った方がいいだろうし」
「そうね。それがいいわ」
それから、少し街を見て回ったのち俺はぞーりん村へと転移したのだった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
「さて、ポリー達はどこかな」
あたりを見渡してみるも人らしきは誰もいない。
「そっか、この時間は畑か」
今のこの時間は基本みんな畑で仕事をしているはずだ。小さな農村だからな、子供すら働き手となる。
「しゃぁねぇ行くか」
というわけで畑へと向かっていく。
「おっ、居た居た」
普通ならここでポリーの名を叫びながら呼ぶのだろうが、当然俺にそんなことができるわけもなく、静かに近づいていく。
「あれっ、スニルじゃねぇか?」
「んっ、あら、ほんとね」
「ほんとだ、おーいポリーちゃーん」
俺の姿を見つけた村のおっちゃんとおばちゃんが、まるで俺の担当はポリーだといわんばかりにすぐさまポリーを呼んでいる。
「? なーに、コリンおばさん」
「スニル君来てるよ」
「えっ、スニル! あっ、ほんとだ。スニルー」
俺が来ていると知らせを受けたポリーはすぐさま俺がいる方を見て、俺を見つけたようで大きく手を振ってくる。
「お、おう」
ここで何も反応しなかったら後が怖いので一応小さく手をあげて返事をしておく。
「どうしたの? 突然」
走ってきたポリーが俺のもとへ来るとそう聞いてきた。ていうか手に先ほど収穫したばかりのセンベルン(この世界特有の野菜で味はちょっと苦みがある)を持ったままだった。
「ちょっとな」
「? ちょっと待っててこれ置いてくる」
ポリーとの付き合いもそれなりにあるために俺の様子にポリーも何かあると気が付いたようだ。俺としてはこうしてサッシくて来るのはありがたい。
「お待たせ、いこっか」
「おう」
畑から離れて村の方へと歩いていく俺たち。するとふとポリーが何の用かを聞いてきた。
「それで、どうしたの?」
「ああ、ちょいとな。俺にもよくわからないんだが……」
俺が言いよどんでいるとポリーは首をかしげながらも俺がちゃんと言うのを待っていてくれる。こういうのもありがたい。俺ってばどうしても普通にしゃべってても言葉が詰まるからな。
「魔王になっちまった」
「……えっ! えっと、ごめん、今何言ったの」
さすがのポリーも理解の範疇を超えたようだ。そりゃぁ、いきなり魔王になったといわれて理解できる方がおかしい。
「だから、魔王になったって言ったんだ」
「え、えっと、えっ! えっ! ま、マオウ、あれっ? んっ」
いまだ理解できないようなのでもう一度行ってみる。
「魔王になった。というかされた? まぁ、結局は自分で引き受けたんだけど」
「ええと、どういうこと?」
ようやく少し理解できたようで、なんでそうなったのか経緯を説明しろと言外に告げられたので、俺は素直に吐き出す。
「……はぁ、何してるの。ていうか、どうして引き受けちゃったの?」
ため息を1つこぼしたところでなぜ引き受けたのかとあきれ顔でそういった。
「あそこまで頼まれるとな、断れなかった。それに、何となく引き受けたほうがいいような気がしてな」
ほとんど勘みたいなものだ。
「そっか、まっ、スニルがしたいならいいけど、でも大丈夫なのよね。一応私もスニルから話は聞いているから、大丈夫ってのはわかるんだけど」
ポリーもまた幼いころに魔族や魔王について聞かされているから、恐怖心を持っている。
「それなら大丈夫だ、実際魔族たちと触れ合って、彼らも普通の人だよ。全く怖くはないさ。まぁ、それにアベイルにいる魔族はもともと非戦闘民みたいだから、どちらかというと俺たちよりポリー達よりだしな」
「そうなの?」
「そうそう」
魔族であるからみんな魔法を使えるということはあるが、だからと言ってみんながみんな戦闘ができるわけではない。少なくともアベイルにいる魔族で戦闘ができるのはごくわずかだと思う。
「そっか、まっ、スニル達なら大丈夫だよね。あっそうだ、スニルこの後何かあるの。ないならお祝いしようよ」
「それはありがたいが、この後すぐに戻らないといけないんだよな」
「何かあるの?」
「ああ、魔王になったからなこの後議会に参加しないといけないんだよ」
「ギカイ?」
「村会議みたいなものだ。あれの大規模な奴?」
「へぇ、すごいね」
ポリーのような普通の村娘には想像もできないようだ。
「そういうわけだから、すぐに戻るよ。村長たちには言っておいてくれ」
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