先輩はわがまま

joker

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 翌朝のことである。
 結局先輩は俺の家に泊まっていった。
 それはいい、いつもの事だから、どうせそうなると思った。
 しかし、俺は一睡も出来なかった。
 それは何故か……。

「先輩……夜中の間、ずっと俺の貞操狙うのやめてもらっていいですか…」

 そう、先輩は隙あらば俺を襲おうとして、俺の布団に入ってきた。
 俺はそのたびに抵抗し、先輩から逃げていたため、一睡も出来なかった。
 寝たらやられる。
 そういう思いで、俺は朝日が出るまで耐えた。

「だって~もう彼氏と彼女なんだよ? やるでしょ?」

「女の子がやるとか言わないで下さい……」

 俺と先輩は朝食を食べながら、そんな話しをする。
 今は朝の九時、先輩はトーストをかじりながら、俺の正面に座っている。
 昨晩、恋人同士になった訳だが、一日もしないうちに、俺は本当にこれで良かったのかと疑問に思う。

「付いてるよ」

「あ……す、すいません」

 先輩は俺の口元のソースをティッシュで拭き取ってくれる。
 そんなふとした仕草に、俺は思わずドキッとしてしまう。
 やっぱりこの人はなんだかんだ言っても可愛い。
 こんな人が、今日から俺の彼女で本当に良いのだろうか?

「ごちそうさま、食器台所に置いておくわね」

「あ、あぁはい……」

 見慣れたはずなのに、昨日の先輩の言動を思い出すと、先輩の顔がなんだか違う人の顔のように見えてくる。
 正直、いつも以上になぜだか可愛く見えた。
 俺も食事を終え、食器を片付ける。
 先輩は一向に帰る気配もなく、俺のベッドで寝ながらスマホを弄っている。

「あの……帰らないんですか?」

「なに? 彼女に居て欲しくないの?」

「そういう意味じゃなくてですね! いつもは朝飯食ったら帰るじゃないっすか……俺昼からバイトなんです」

「そう……ならもう少ししたら帰るわ」

「まさかと思いますが……今晩は来ませんよね?」

「何を言ってるの次郎君……」

 先輩は笑いながら俺を見てそういう。
 あ、流石に先輩でもあんなことがあった後だし、流石に今日はもう来ないんだ。
 俺はそう思っていた……次の先輩の言葉を聞くまでは……。

「着替えとか要る物とって来たらすぐに帰ってくるわ」

 先輩は笑顔でそう言うと、ベッドから起き上がり、髪をくしで解かし始める。

「えっと……なんでそんな事を?」

 俺は恐る恐る先輩に尋ねる。
 すると、先輩は恐ろしい一言を俺に言い放った。

「決まってるでしょ? しばらくここに住むからよ」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は固まった。







「いらっしゃいませ~」

 俺はバイトの時間になり、バイト先のハンバーガーショップで、お客さんの対応をしていた。
 表面上はニコニコして、接客をしているが、心の中では先輩との今朝の会話を思い出して、気が重い。

「はぁ~……なんでこうなったんだ……」

 ハンバーグを鉄板で焼きながら、俺は溜息を漏らす。
 注文の商品を作りながら、これからの事を考えると気が重たくなる。
 寝る時はどうすれば良い?
 風呂だってどうする?
 洗濯だって、一人の時とは違う。

「はぁ……」

「どうかしたんですか、先輩?」

「ん? あぁ、愛実(まなみ)ちゃんか……」

 尋ねて来たのは、バイト先の後輩で高校三年生の石川愛実(いしかわまなみ)ちゃん。
 仕事覚えが早く、愛想も良く、真面目で頑張り屋な良い子だ。
 バイト先で、一番仲の良い子で、バイト以外でも偶に遊びに行ったり、相談に乗ったりする。
 見た目は今時の女子高生と言う感じで、軽そうなのだが、見た目に反してしっかりしている子だ。
 初めて会った時は正直ギャルかと思ってしまったが、話ししてみたら、普通に良い子で見た目で判断してしまった自分が情けなくなった。
 ふわっとウエーブの掛かったショートボブの茶髪に、細い手足と丁度良いサイズの胸。
 普通に可愛いし、お客さんから声を掛けられる事も多い。
 
「いや、ちょっとね……昨日色々あって……」

「色々ですか? あ! もしかしてついにあの嫌な先輩に物申した感じですか!?」

「……まぁ、言うには言ったんだけど……ちょっと予想外の結果になってね……はは」

「予想外? 何かあったんですか?」

「えっと……まぁ……ちょっとね……」

 昨日の事を全部説明しようとしても、正直信じてもらえないだろうと俺は思い、それ以上は言わなかった。
 俺は愛実ちゃんには、大学で面倒な事を押しつけてくる先輩がいて、その先輩との付き合い方で悩んでいると、何度か話しをしていた。

「何かあったら、また相談にのりますよ?」

「ありがとう、俺は昨日そのせいで満足に寝れなくてねぇ……」

「大変ですね……今日は家に帰ってゆっくり寝てくださいね!」

「……いや、寝たらヤバイ……」

「どう言う状況なんですか……」

 愛実ちゃんとそんな話しをしている間に、バイトの時間は終わった。
 最近のシフトは、愛実ちゃんと同じ時間に終わることが多いので、今日も愛実ちゃんと一緒にバイトから上がる。

「はぁ……疲れた」

「今日は混みましたね~、流石休日」

「そうだね、最近店長が売り上げが上がったって喜んでたし。この調子じゃ、去年以上にクリスマスは忙しくなりそうだなぁ……」

「先輩は今年もクリスマスはバイトに出るんですか?」

「まぁ、今のところ予定は無いし……それにクリスマスに一人で家に居るより、バイトでもしてたほうが気が紛れるからね」

「そ、そうなんですか……で、でも誰かと遊びに行きたいとか思いません?」

「まぁ、そうは思うけど……生憎友達は皆彼女とデートだし……誘う相手もなぁ……」

 別に友達が少ない訳では無い。
 ただ端に、友達に彼女持ちが多いのと、クリスマスに野郎だけで集まるのが空しいと思っているだけで、誘うおうと思えば、誘える相手はいくらでもいる。
 全員男だけど……。

「じゃ、じゃあ……その……私と………」

 愛実ちゃんがもごもごしながら何かを言おうとしたそんな時、スタッフルームのドアがコンコンと二回ノックされた。
 
「はい?」

 一旦話しを中断し、俺はノックに答える。

「あ、岬君? なんか君を尋ねて来た人がいるんだけど」

 ノックの主は店長だった。
 二十代後半の優しい顔つきの人でいつも優しい。

「え? 俺ですか?」

 一体誰だろうか?
 バイト先に尋ねてくる人など、いままで居なかった。
 俺はとりあえず、バイトの制服のままスタッフルームを後にする。

「なんか、凄く綺麗な子だけど……」

「え……き、綺麗な……」

「うん、モデルみたいでビックリしたよ。岬君、そういう知り合い居る?」

「……すいません、もう帰ったって言ってもらえませんか?」

 俺はバックヤードで、店長にお願いする。
 その理由は、その尋ねてきた綺麗な女性の正体が、なんとなくわかってしまったからだった。
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