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23話 母の形見

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《レベル上昇   治癒を習得しました》

 きた!
 薬草じゃ回復出来ない傷も一定程度回復出来る回復魔法……!

「――す、すごい……。負傷していたとはいえあのイノディクトを打撃のみで倒すなんて……火炎魔法といいこの力は一体……?」

 マリナはただただ眼前で起こった出来事に驚いている。
 俺は驚いた口が塞がらない彼女の隠蔽魔法を解除しながら近づく。

「マリナさん。少しだけ痛みますが我慢してください」

《治癒を使用しますか?   消費MP5》

 YES

 俺はマリナの細い右腕を掌で軽く触れる。

「――っ」

 触れた掌は薄肌色に発光し、骨折部分を優しく癒した。

「よし……! おそらく上腕の骨折ですが、応急処置程度は完了しました。あとは街に帰ってお医者様に見ていただきましょう」

「――! シュント君……もう治癒を習得したのですか?」

「え? ああ、今のイノディクトを倒した際に……」

 不思議そうなマリナはおもむろにホストの権限でパーティーメンバーのステータスをチェックする。

「あなた……レベルアップごとに新たな魔法を習得しているのですか!? 魔導師といえどこんな習得ペース聞いたことがありません……」

 たしかにマリナの言う通り。
『スレイブ・フロンティア』に関わらずRPGにおいてレベルアップごとに技や魔法を習得することの方はおかしな話なのだ。

 しかし俺はレベル上昇ごとに新たな魔法を習得しているし、俺がプレーしていた主人公の剣術技習得のペースを遥かに上回る。

「あはは。なぜでしょうか。たまたまですかね」

 笑って話を流そうとした瞬間、俺は見事に背後から突進をくらう。

「シュント! よかった! みんな無事だよ!!」

 嬉しそうに俺に抱きついて来たヴァニラ。
 しかし俺の首に回した両腕は小刻みに震えていた。

「ヴァニラ様…本当にお見事でした。私も執事見習いとして鼻が高いです」

「――ありがとうシュント。たしかにちょっぴり怖かったかな……」

 それもそのはずだ。
 まだ幼い8歳の子供が生死をかけた戦場に立っていたのだから。

「ヴァニラ様はお怪我などはございませんか?」

「うん。マリナさんこそ腕は大丈夫なの?」

「ええ。それよりもヴァニラ様……こちらに来ていただけますか?」

 心配そうにマリナの右腕を眺めるヴァニラをマリナは優しく手招きし、メイド服のボタンを1つ、また一つと外していき更にあろうことか自身の胸元をゴソゴソと漁り出した。

「ちょちょ!!! 何してるんですかマリナさん! ヴァニラ様にはまだ刺激が……!」

 建前だけのツッコミはしたものの俺の視線はマリナの胸元に釘付けにされる。

 彼女いない歴=年齢などという使い古され手垢でベトベトな自虐ネタは使いたくないが、生身の女性の胸元など拝めた試しの無い俺からすれば、目の前の光景全てを両目でインプットしなければならない。

「はぁ。あなたは優秀だと思えるときとそうで無い場合の差が激しすぎますね……先程までの冷静さはどこに消えたのでしょうか……」

 マリナはため息混じりの説教をしながら次は自身の首に手を回し、見覚えのあるネックレスを外した。

 !!?
 なんでそれをマリナさんが……!?

 暗闇の中でも美しく光り輝き、中央部分に翡翠の宝石が装飾された年季の入ったネックレス。

 マリナはそれを近寄って来たヴァニラにそっとかけてあげる。

「――? これなぁに?」

 ヴァニラは突然装着されたネックレスをぼーっと見つめる。

「これはアクリシア様が生来着けておられたネックレスです。いつかヴァニラ様が立派に成長されたらこのネックレスを渡して欲しいと仰せつかっていたのです」

「――お母様……が……?」

「そ、そのネックレスは……」 

 降り頻る雨の中。

 俺の脳内も嵐のように乱れ吹き荒れていた。
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