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55話 突き立てられた名刀

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 地上に上がるとファナの姿があった。

「――終わった。ってことでいいですかね?」

 あざとく首を傾げる姿は妙に安心感がある。

「ヴァニラ様はどちらに?」

「今は正常な意識を取り戻された屋敷の皆様にもみくちゃにされています」

 微笑みながら答える様子からヴァニラは一人でも大丈夫だろう。

「それと……エリクス様はもう屋敷に到着されたか?」

「えっと……先程そちらの方と一緒に……」

 ぎこちなく目線をアスナカーレに向けるファナは少し怯えているようにも見える。
 でもまぁ無理もない。

 いきなり自分より3個も年上の人間を父親が連れてきたんだからな。

「私はアスナカーレ・グランフィリア。その白髪と強い魔道思念……やはりファナリアで間違いないようね」

「ファナのことを知っているのですか……?」

「ええ……師匠はいつもあなた達の話をしてくださるから……特に『ヴァニラリア』についてはそれはもう詳しくね」

 やはりコイツの師匠はあのエリクスだったのか……。
 でも青年期でそんな描写はひとつもなかった。

「まぁここに長居するつもりはないから私はこれで失礼する」

 艶やかで長い黒髪を翻しながら足早に屋敷を後にしようとするアスなカーレの後ろ姿は懐かしい物があった。

 幼少期ではコイツの魔道指導や戦闘指導で主人公は着々と進化していく。

「ええ……と。アスナカーレさん……ありがとうございました……!」

「あ、ファナもノーデンタークを代表しましてここにお礼を……」

「そう。じゃあ師匠には特別演習ありがとうございましたと伝えておいて……」

 その時、スタスタと大広間を歩いていく彼女の足が止まった。

「――あ。あとそこの腑抜けた黒髪キノコに一つ言っておきたかった」

「――。わ、私でしょうか……?」

「アンタしかいないでしょ。馬鹿なの?」

 ああ。
 やっぱ苦手だコイツ。

「アンタ多分――」


「――グランフィリア」

 吹き抜けの二階から威圧感たっぷりの声が聞こえた。

「師匠……! お子様の容態はよろしいのでしょうか?」

 見上げた先に映るのは返り血に塗れた聖騎士だった。
 全身を赤に染めながらも冷静で鋭い眼光で立つ姿は、聖騎士というよりも悪魔の遣いと表現された方が幾分かマシだろう。

「貴様も今日はゆっくりしていけ。まぁこの有様では十分なもてなしは出来んが」

「――。分かりました。それが師匠の意向ならば弟子は従うだけ」

 エリクスに軽く会釈したアスナカーレは唯一原型を止めていた大理石の椅子に腰掛ける。

「ファナ……そして執事見習いのガキ。上がってこい」

 硬くなった唾を飲み込んだ後静かに答える。

「――はい」



 二階にあるデビスとファナの共同部屋までの道中一切の会話はなく、まるで居合の達人同士が互いの間合いを図っているようでもあった。

 そんな静寂を打開するのは紅一点の役目。

「お、お父様……! デビスは無事でしょうか……?」

 ただならぬ空気を察知したファナは恐る恐るエリクスに質問する。

「――無事だ」

『――よかった……!』

 思わす二人ではもったリアクション。

 そうして部屋に到着したエリクスはノックもなしにドアを開ける。

 開けた部屋にはぐったりとベッドに横たわるデビス。
 そしてその横にピッタリと椅子をつけて座るエマの姿。

「――あなた……。ファナ。シュント君……良かった皆無事で……」

 目を赤く腫らしたエマは精一杯の空笑顔で俺たちを迎える。

「はい……奥様もご無事のようで何よりです。それでデビス様の容態は?」

 俺の質問は誰の耳にも届かなかったのか、部屋を何回か反射して静かに消え去った。

「先程も申した通り無事だ。しかし――」

「今後デビスが剣を持つことは無いだろう」

「――え?」

「言葉の通りだ。【怨刀対子】は憎しみと術者の心身を喰らい莫大な力を手に入れる禁断刀剣だ。それを酷使し続けた結果、『完全治癒』でも復元できないほどに両手の腱が損傷している」

「――そんなデビスが……もう剣を持てないと言うのですか……!?」

 現実を受け止めきれないのかファナはどこか一点だけを見つめて動かない。

「私の到着が後少しでも遅れてればそれ以上に深刻なダメージとして残っていたはずだ。それに関してはコヤツは幸運と言えよう」

 あまりにも冷静に自分の子供が負った計り知れない傷について説明するエリクスに俺はなぜか無性に腹が立つ。

「それとガキ。あの地面に書かれた文字はお前が書いたものか?」

 やはりあそこを通る時に見てくれたんだな。

「はい。僭越ながらフォルクス・ノーデンターク様による今回の襲撃を旦那様にお知らせするにはあのような方法しか無いと愚行いたしました」

「――そうか」

 エリクスが静かに息を落とした瞬間。

 鋭利な金属が首筋から冷たさを伝達させた。

「あなた!?」
「お父様!?」

 名刀【スピリア】はいつ鞘から出されたのかも分からない。
 
 しかし気が付いたら俺の喉をいつでも貫ける状況になっている。
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