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56話 お化けの正体

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「――貴様……なぜあのことを知っていた?」

「――」

「答えろ。貴様の命は私の右手が全ての裁量を握っている」

「お父様! おやめください! このお方は今回の事件を食い止めた張本人ですよ!?」

 ファナの叫びがエリクスの鼓膜を揺らす事はなく、依然として【スピリア】は俺の喉元に輝いている。

「アクリシア様のお名前、そしてその子孫に受け継がれる呪いについて書くことこそがあのメッセージに信憑性を持たせる最善の柵だと感じたからでございます」

「そして今回の襲撃事件の真の功労者は火炎魔法で私やファナ様をお守りになりながら勇敢に戦われたヴァニラ様でございます」

 俺の言葉はすぐさま部屋に溶け、エリクスの鋭い瞳が俺の視線とぶつかる。

 するとエリクスは剣を鞘に収めるとそのまま無言で部屋を出ていった。

「ふぅ……一体お父様は何を考えていらっしゃるのか……」

 胸を撫で下ろすファナと悲しそうに俯くエマ。

 その時、部屋のドアが4回ほど叩かれる音がした。

 ああ。
 この三日間色々とありすぎてこの感じも懐かしく感じるな。

「どうぞ。お入りくださいヴァニラ様」


 開いたドアには心配そうな顔を浮かべるヴァニラの姿とハンカチで目を抑えるミルボナさんの姿があった。

「デビスは大丈夫……? さっきお父様が出て行くのが見えたけど……」

「で、デビス様ですが……申し上げにく――」

 俺は口を黙ながらなんとか真実を伝えようと口を開く。

 しかし、優しい女性の声が後ろから追いかけて来た。

「大丈夫よヴァニラちゃん。今はぐっすり寝ているけれどすぐに良くなってヴァニラちゃんに遊んでってせがんでくるはずよ」

「そ、そっか……! 良かった……」

 ヴァニラをめぐって起きた今回の襲撃事件。
 エマはこれ以上ヴァニラの心を刺激しないように配慮したつもりだろうが、そんな嘘はじきにバレてまた彼女の心を傷つけかねない。

 いや、それは俺が言えたことではないかも……。

「それじゃあ皆、今日はもう部屋に戻りなさい。色々あったけどまた明日皆で元気に今後について話し合いましょ」

 エマは目一杯の作り笑顔で俺達を部屋から出した。

「ではファナ様、私はヴァニラ様の治療と謝罪がありますのでここで失礼しますね」

「もう……ヴァニラなんにも気にしてないのにー。じゃシュント明日またお話しよ!」

 プクッと頬を膨らませながらもミルボナさんに連行されて行くヴァニラ。

「ではシュント君、ファナも部屋に戻ります」

「ああ……本当にファナには頭が上がらないよ。ありがとう」

 しかし、普段ならば喜んで笑顔になるはずのファナの表情が暗い。

「シュント君……お父様へのあの説明。今回の襲撃事件の功労者をお姉様にすり替えるおつもりですか?」

「――! ああ……当然ファナの手柄もきっちり証明するつもりだが……やっぱり気に触るか?」

「ファナの事などどうでもいいです……! しかしこのまま偽りの力で偽りの立場に据えられたお姉さまは果たして幸せなのでしょうか……?」

 この子はやはり物事の真芯を捉えるのが本当にうまいと感心する。

「す、すいません。シュント君にもお考えがあるのに……ファナが出過ぎる問題ではありませんでした。それでは――」

 ファナは一切目を合わせずデビスが眠る共同部屋に入っていった。

「――でもそれしか……」


 ノーデンターク屋敷襲撃事件。

 全クリしたはずの俺でも何も知らないこの事件を防いだ事をきっかけに今後のゲーム進行に大きな影響が生じる可能性。

 そしてファナの言葉をグルグルと考えながら俺は浅い眠りについた。




 深夜、尿意からふと目が覚めた俺はトイレのために廊下に出た。

「うーー。やっぱり疲れがすごいな……」

 すると、ヴァニラの部屋に入って行く人影が見えた。

「――なんだ……。ヴァニラの寝込みを襲撃なんて今じゃ笑えねーぞ」

 俺は恐る恐る部屋に忍びより、ドアの隙間から部屋を覗く。

「――ふふ。これも今夜が最後かな……もう起きてる時に思いっきり抱きしめていいんだもんね……ねぇアクリシア」

 そこにはお決まりのぬいぐるみ抱いて寝るヴァニラの側に立ちながら優しく微笑むエマの姿があった。

 その時。
 野宿の際、お化けに怯えるヴァニラの顔が浮かんできた。


「そうか……あれって――」
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