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58話 危ない馬鹿

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俺とアスナカーレは屋敷までの草道を無言で進む。

「すみません……アスナカーレさんはどうしてここに?」

「なに? 師匠に頼まれたって言ったじゃない。でも数時間前の記憶すら消去してしまう可哀想な脳みそなら説明してあげなくもないわ」

「はぁ、お願いできますか?」

 はいはい。

 ツンデレ翻訳をすると『あ! ごめん! 私さっき言ったつもりだったけどもしかしたら私の声が小さかったのかも! そしたらもう一回説明するからよく聞いてね! キュルルン!』となる。

「まぁ、正直私もよく知らされていないってのが事実」

「私はエリーモア港の近くに聳えるノスバリア大聖堂で時々師匠の教えを受けているの。あ、理由は分からないけど私がこの地方に来ていることは地元にすら口外してはいけないとなっている。もし誰かに漏らしたりでもしたら雷舞《ザリオス》を食らわせるから」

 この歳であんな高等雷撃魔法で脅して来んなよ。と思いつつテキトーに相槌を打つ。

「昨日も魔法修練をしようと思ってエリーモアに滞在していたら師匠から一匹の伝言鷹が来たのよ。それも超緊急用のね」

「そこにはなんと……?」

 草を踏みしめながら俺は尋ねる。

「――『方位磁針を使い俺の方角を目指し『迅馬』を走らせろ。その道中遭遇する魔導師、戦士、騎士連中は皆打ち捨てること』と。私は師匠の命令だからそれに従ったまで……一人手強い戦が居たから師匠との合流が遅れたけど」

 そうか。
 だから屋敷に向かう追手はあの女一人だったのか……。
 しかもアイツも追手というよりは計画の破綻を知って【人心掌握】を取り返しに来ただけにも思える。

 しかし、あの地面の文字からここまでのリスクを考え適切に対応する聖騎士エリクス、その名に恥じない見事な立ち回りだな。

「それにしてもなんであんなに師匠は不機嫌なのかしら……あそこまで腹を立ててらっしゃるのは初めて」

 それはおそらく俺のアクリシアの名前を使った置き文と身内でありながらヴァニラを狙った襲撃事件を計画したマリナとフォルクスに対するものだろう。

「で? アンタは?」

「わ、私でしょうか?」

「あの眼鏡に何されたの? 大体察しなさいよこの間抜けキノコ」

 ツンと刺す瞳と荒れた口調は相変わらずであった。

「アイツは僕たちを裏切ったんです。いえ……ただ裏切るだけじゃなくあの親子に一生残る傷をたくさん与えた……。何より私が大切に思う人間を侮辱した愛の男が許せない」

 ぎゅっと拳を握る。

「へぇ……まぁ……罪人は罪を被るべきね」

 そうして月下の散歩は終わり、荒れた大広間に到着した。

「今見ると凄い散らかりようね……師匠の復元魔法でも3日で直せるかどうか」

「――。ここです」

 もはや押し慣れたスイッチを押し、地下へと向かう。

「灯」

 アスナカーレの灯火魔法は明るく地下道を照らす。

「――アンタ。大切に思う人間ってのが居るの?」

 こいつらしくもない乙女チックな質問に少々戸惑う。

「そうですね……大切なお方が一人……。アスナカーレさんは想い人がいらっしゃるのですか?」

 すると先導していたはずのアスナカーレの灯火魔法が消え、真っ暗になった。

「――千火景」

 赤々と地下道を埋め尽くす無数の火の針金は、あろう事か一つ残らず俺の心臓付近に照準を定めている。

「すいませんすいません!! だから灼熱魔法だけはご勘弁を!! 私杖持ってきてないから死んじゃいます!!」

「それならば額を床に擦り付けながら自分のデリカシーのなさを悔やみなさい。そして死になさい」

 いやどっちに転んでも死んでしまいますけど?
 それはドSとかいう問題でもなくただの殺戮なのでは……?


「冗談よ……想い人なんて艶事めいた関係ではないけど、何をしでかすか分かんない危なさがある馬鹿は地元に一人居る。互いに孤児で共通の義母に育てられたから優秀な私がケツを引っ叩いてやらないと」

 ――!! 
 ついに登場してきたか……。

 俺の終生のライバルになるであろう人物。


「もし差し支えなければその方の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか……?」

「はぁ? なんであんたなんかに……」
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