1 / 1
平凡な少女の話
しおりを挟む
皆さんこんばんは。私はヨシノ。清水佳埜と申します。現在、両の足が宙に浮いております。
さかのぼること数時間まえ、私は何となく遠くに行きたくなって、学校帰りに家とは反対方向の電車に乗った。べつに、何かあったわけじゃない。家には休日に一緒にお出かけするようなお父さんとお母さんがいて、学校には友達がいる。バイトも楽しい。今日だって、お母さんの作ったお弁当をもってお父さんと一緒に家を出て、学校に行って友達とおしゃべりをした。───べつに、なんでもない一日だった。ただ、お母さんの「何時に帰ってくるの?」ってメッセージとか、友達とする興味のない話題とかそういうものが急に煩わしく感じて、家とは反対方向の電車に乗ってしまったのだ。
1時間ちょっと電車に揺られて、知らない町を歩き回って、静かで見晴らしのよさそうな廃ビルがあったからふらっと入って、屋上で青とオレンジのグラデーションの空を眺めていた。だから、数時間前。今の空はオレンジがなくなって、深い青と夜の濃紺のグラデーションだ。───だから、夜に駆けてしまったのだ。
別に、死ぬつもりはなかった。ただ、全部が煩わしかった。でも本当に死ぬつもりはなかったから、廃ビルの屋上の朽ちかけた手すりにそっと体重をかけたのだ。運が良ければ、平凡な日常から逃げ出せる気がして。
冗談のつもりだったが、カミサマは冗談で済ませてくれなかった。バキッ…と音がしたと思ったら、自分の体が宙に放り出されて自由落下を始めていた。絶対に屋上にも地上にも戻れない位置の配管をつかんだのは、さすがの生存本能なんだろう。
そういうわけで、私の両足は空中に浮いているし。手のひらが血まみれだ。ちなみに、思ったより絶望感はない。というか、思ったより、生きたいなんて思ってない。平凡な人間を自負する私なので、自分が死ぬってなったら泣き叫ぶと思っていた。現在16歳。花のセブンティーンにもなっていない。そんな明るい未来に希望あふれる私は、絶対に死にたくないっていうと思っていた。
だが実際は、叫び声すら出なかったし、私がここから落ちたら迷惑かかるよねぇ…なんてことしか思ってない。きっと、愛想笑いで過ごす学校にも、保護者面して(実際に保護者なので何も間違ってはいないんだけど、時々腹が立つ)達観したようにアドバイスをしてくる両親も実はきっと嫌気がさしていたんだろう。
手が、痛くなってきた。肩が砕けそうだ。驚いていた衝撃でいったんはすっ飛んでいたんだろう痛覚が、いろいろ考えているうちに戻ってきた。配管をつかんだ時に裂けた手のひらが、にじみ出た血液でヌルヌルする。
もう、ダメかも…。
さっきまですべてが煩わしかった私は、人がいないあたりの廃ビルに入ったのだ。ここにぶら下がっていても、きっと誰にも見つけてもらえない。幸運なのは、私が今すぐ落ちても誰も巻き込みそうにないってことだ。
ごめんね、ビルを管理する人……。化けて出たりしないから、私の幽霊が出たなんて噂がたったらそれはデマだよ……。そんなことを思ううちに、指と手のひらの距離が開いていく。限界だ。
一瞬の浮遊感、あ、これアトラクションで知ってるやつ……。
世界が上にずれて、そのあと下にずれた。
Gがかかるのを感じる。耳が気圧差でいたくなる。廃ビルの屋上が見える………。
廃ビルの屋上が見える?????
まさか、天国直送?飛び降り自殺って叩きつけられる衝撃すら感じないの?飛び降り自殺じゃないけど。
「なんで?」
「空を飛んでいるのよ」
ふと口からこぼれた疑問に、誰かが頭の上から答える。
私は今、誰かに抱えられている。おなかの部分に誰かの腕が回されている。細くて白い、女の人の腕だ。そして、その女の人はなかなかのデカメロンだ。当たってますよ……いや、私は何を考えてるの。
「あの、私は今どうなっているんでしょう」
混乱の中、言葉を絞り出す。バカみたいだ。でも、本当にどうなっているんでしょう。なのだ。
後ろから、くすくすと笑い声が聞こえる。
「おろしてあげるわね」
そういって体がゆっくりと、元いた屋上に向かって下降し始める。
足が屋上につき、ゆっくりと体重が足の裏にかかる。もっとも、ひざは体重を支える気はなかったらしく、土なのか、埃の慣れの果てなのかでわからないような汚れた床に座り込んでしまったのだが。
ぺたりと座り込んだまま、後ろの彼女を仰ぎ見る。────月明かりのような白い髪、黒いワンピースに身を包んだきれいな女の子だった。同じくらいの年か、少し年上だろうか。長いまつげが頬に影を落としている。桜の花のような薄ピンクの唇が動いて、言葉を紡ぐ
「大丈夫?───大丈夫じゃなさそうね、ひどい怪我」
彼女がしゃがみ込み、冷たい手が、私の血まみれの手に触れた。
「あっ…汚い、汚れちゃう」
そう言って慌てて手を引こうとする。だって血液は感染源って習ったから。他人様にこんな手で触れるわけにはいかないのだ。
「大丈夫よ。見せて」
ひっこめた手が、彼女の手のなかに引き戻される。
「痛そうね?ちょっと待って」
そういって女の子はワンピースのポケットを探って、つやのある白くて小さな容器を取り出した。白くて細い指が中の軟膏をすくう。そして、私の手に塗り始める。
すると、みるみるうちに傷口がふさがっていった。
「私、魔女なの。エトっていうのよ」
ふと、女の子が話しかけてくる。手元にくぎ付けになっていた私の目が、彼女の顔を見る。
血のように赤い瞳が、私をとらえていた。
「あなたの名前は?」
私の胸がひどく高鳴る。心臓が、平凡の終わりを伝えていた。
さかのぼること数時間まえ、私は何となく遠くに行きたくなって、学校帰りに家とは反対方向の電車に乗った。べつに、何かあったわけじゃない。家には休日に一緒にお出かけするようなお父さんとお母さんがいて、学校には友達がいる。バイトも楽しい。今日だって、お母さんの作ったお弁当をもってお父さんと一緒に家を出て、学校に行って友達とおしゃべりをした。───べつに、なんでもない一日だった。ただ、お母さんの「何時に帰ってくるの?」ってメッセージとか、友達とする興味のない話題とかそういうものが急に煩わしく感じて、家とは反対方向の電車に乗ってしまったのだ。
1時間ちょっと電車に揺られて、知らない町を歩き回って、静かで見晴らしのよさそうな廃ビルがあったからふらっと入って、屋上で青とオレンジのグラデーションの空を眺めていた。だから、数時間前。今の空はオレンジがなくなって、深い青と夜の濃紺のグラデーションだ。───だから、夜に駆けてしまったのだ。
別に、死ぬつもりはなかった。ただ、全部が煩わしかった。でも本当に死ぬつもりはなかったから、廃ビルの屋上の朽ちかけた手すりにそっと体重をかけたのだ。運が良ければ、平凡な日常から逃げ出せる気がして。
冗談のつもりだったが、カミサマは冗談で済ませてくれなかった。バキッ…と音がしたと思ったら、自分の体が宙に放り出されて自由落下を始めていた。絶対に屋上にも地上にも戻れない位置の配管をつかんだのは、さすがの生存本能なんだろう。
そういうわけで、私の両足は空中に浮いているし。手のひらが血まみれだ。ちなみに、思ったより絶望感はない。というか、思ったより、生きたいなんて思ってない。平凡な人間を自負する私なので、自分が死ぬってなったら泣き叫ぶと思っていた。現在16歳。花のセブンティーンにもなっていない。そんな明るい未来に希望あふれる私は、絶対に死にたくないっていうと思っていた。
だが実際は、叫び声すら出なかったし、私がここから落ちたら迷惑かかるよねぇ…なんてことしか思ってない。きっと、愛想笑いで過ごす学校にも、保護者面して(実際に保護者なので何も間違ってはいないんだけど、時々腹が立つ)達観したようにアドバイスをしてくる両親も実はきっと嫌気がさしていたんだろう。
手が、痛くなってきた。肩が砕けそうだ。驚いていた衝撃でいったんはすっ飛んでいたんだろう痛覚が、いろいろ考えているうちに戻ってきた。配管をつかんだ時に裂けた手のひらが、にじみ出た血液でヌルヌルする。
もう、ダメかも…。
さっきまですべてが煩わしかった私は、人がいないあたりの廃ビルに入ったのだ。ここにぶら下がっていても、きっと誰にも見つけてもらえない。幸運なのは、私が今すぐ落ちても誰も巻き込みそうにないってことだ。
ごめんね、ビルを管理する人……。化けて出たりしないから、私の幽霊が出たなんて噂がたったらそれはデマだよ……。そんなことを思ううちに、指と手のひらの距離が開いていく。限界だ。
一瞬の浮遊感、あ、これアトラクションで知ってるやつ……。
世界が上にずれて、そのあと下にずれた。
Gがかかるのを感じる。耳が気圧差でいたくなる。廃ビルの屋上が見える………。
廃ビルの屋上が見える?????
まさか、天国直送?飛び降り自殺って叩きつけられる衝撃すら感じないの?飛び降り自殺じゃないけど。
「なんで?」
「空を飛んでいるのよ」
ふと口からこぼれた疑問に、誰かが頭の上から答える。
私は今、誰かに抱えられている。おなかの部分に誰かの腕が回されている。細くて白い、女の人の腕だ。そして、その女の人はなかなかのデカメロンだ。当たってますよ……いや、私は何を考えてるの。
「あの、私は今どうなっているんでしょう」
混乱の中、言葉を絞り出す。バカみたいだ。でも、本当にどうなっているんでしょう。なのだ。
後ろから、くすくすと笑い声が聞こえる。
「おろしてあげるわね」
そういって体がゆっくりと、元いた屋上に向かって下降し始める。
足が屋上につき、ゆっくりと体重が足の裏にかかる。もっとも、ひざは体重を支える気はなかったらしく、土なのか、埃の慣れの果てなのかでわからないような汚れた床に座り込んでしまったのだが。
ぺたりと座り込んだまま、後ろの彼女を仰ぎ見る。────月明かりのような白い髪、黒いワンピースに身を包んだきれいな女の子だった。同じくらいの年か、少し年上だろうか。長いまつげが頬に影を落としている。桜の花のような薄ピンクの唇が動いて、言葉を紡ぐ
「大丈夫?───大丈夫じゃなさそうね、ひどい怪我」
彼女がしゃがみ込み、冷たい手が、私の血まみれの手に触れた。
「あっ…汚い、汚れちゃう」
そう言って慌てて手を引こうとする。だって血液は感染源って習ったから。他人様にこんな手で触れるわけにはいかないのだ。
「大丈夫よ。見せて」
ひっこめた手が、彼女の手のなかに引き戻される。
「痛そうね?ちょっと待って」
そういって女の子はワンピースのポケットを探って、つやのある白くて小さな容器を取り出した。白くて細い指が中の軟膏をすくう。そして、私の手に塗り始める。
すると、みるみるうちに傷口がふさがっていった。
「私、魔女なの。エトっていうのよ」
ふと、女の子が話しかけてくる。手元にくぎ付けになっていた私の目が、彼女の顔を見る。
血のように赤い瞳が、私をとらえていた。
「あなたの名前は?」
私の胸がひどく高鳴る。心臓が、平凡の終わりを伝えていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
使い捨て聖女の反乱
あんど もあ
ファンタジー
聖女のアネットは、王子の婚約者となり、瘴気の浄化に忙しい日々だ。 やっと浄化を終えると、案の定アネットは聖女の地位をはく奪されて王都から出ていくよう命じられるが…。 ※タイトルが大げさですがコメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる