菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
143 / 663
9章 ネコと和解せよ

5 限りなく黒に近い灰色

しおりを挟む
「——こいつ俺の連れなんだ」

 そう言って男を睨みつけ、スッと相手の股間に目を落とす。
 男も、バルトロメイの股間を凝視している。

(勝った……)

 ここでも負けられない男同士の戦いがくり広げられている。
 水が上から下にしか流れないように、男同士の力関係は簡潔でわかりやすい。

「……」

 バルトロメイが不敵な笑みを浮かべると、男は悔しそうに去っていった。
 そしてなにごともなかったかのように、レネと向かい合い同じ浴槽へと浸かる。

「本当に、こうやって見ると……やっぱりあんた団長そっくりなんだな……」

 レネはまじまじとバルトロメイを観察している。

(間に板が置いてあってよかった……)

 なかったら、モロにお湯の中が見えてしまう。
 お湯に浸かっても胸の下くらいまでだ。だからどうしても胸のなだらかな頂きにあるピンク色に目が行ってしまうのは仕方がない。

「さすがに自分の養父おやじとはこうやって二人で風呂に入ることなんてないだろ?」
「ま、まあ……一緒に入ることはないけど……」

(ん? なんだ……奥歯にものが挟まったような言い方は)

 ふだんは潔いレネの目が泳いでいる。
 この反応は……限りなく黒に近い灰色だ。

(なにをしてるんだ、あの親父は……)

 もちろんバルトロメイは、決闘の後、レネがバルナバーシュから風呂に入れられ身体の隅々まで洗われたことなど知らない。
 あの場面を見たら、もう一度決闘騒ぎになること間違いない。

「そりゃあそうだよな。ふつうは親父なんかと入らない。お前本部の風呂も入ったりすんの?」

 本当はもっと根ほり葉ほり訊きたかったが、また話が変な方向に行ってレネの機嫌を損なうといけないのでバルトロメイは話題を変えた。

「普通に入るよ。仕事明けの時とか、一緒だった団員たちと風呂入って飯食うことが多いかな……」

(マジか……団員たちも試されてんな)

 身体が温まって来ると、ピンク色も若干赤みを帯びてくる。
 女の乳房とは違い、薄っすらと乗った大胸筋の下の位置にある乳輪が、体温の上昇で通常より面積が広くなり濡れて艶めいているのがとても卑猥だ。

(こんなのを見せられて、おかしな気分になる奴らはいないのか?)

「誰と一緒の時が多いんだ?」

 機会があれば、その団員たちにレネの取説を訊いておきたい。

「ん~任務によってバラバラだけど、私邸にいる奴らが多いかな」

(あー団長のお眼鏡に適った奴らね……)

 紹介された何人かの顔が思い浮かぶ。
 あの男たちは、数々の試練を乗り越えて選び抜かれたエリートたちだ。

「団員たちと宿に泊まる時もあるのか?」

「あるよ。野宿も多いし、こんな贅沢に風呂なんて入ってられないから。川とか水場を探して、適当に水浴びしてる」

 そんなことを言いながらも、レネは楽しそうに笑っている。

「楽しそうだな」

 バルトロメイもレネに合わせ笑みを浮かべながらも、内心は無防備な猫の行動が心配でたまらない。

「まあ、水浴びしなきゃいけないのも、返り血を落としたいからなんだけどね……」

 レネの笑顔が少し後ろめたい表情に変化する。
 都市部や領地で貴族の護衛をする以上に、街道を移動しながらの護衛は危険が多く伴う。
 レネはバルトロメイ以上に、そういった経験を多く積んでいるはずだ。

「でもなんでお前の身体は傷一つないんだ?」

 バルトロメイの身体には騎士団時代に負った幾つかの傷がある。
 だが、レネの白い滑らかな肌には傷が見当たらないのだ。
 とても護衛の仕事をしている人物には見えない。

「リーパには癒し手がいるし、オレは一見護衛に見えないのが取り柄だからって、団長が戦いの傷を残すのを嫌がるんだ」

 尤もなことを言っているように聞こえるが、バルナバーシュの真意は違う所にあると感じとり、バルトロメイはニヤリと笑う。

(ふん。あの親父にも美しいものを愛でる心があってよかった……)

「確かに、お前は護衛なんて仕事してるようには見えないよな。俺なんて雰囲気が違うってすぐに警戒されるんだよな……」

 たぶん一般市民に比べると目つきが鋭いのだ。
 こういう場合は、女よりも男の方に警戒されることが多い。
 女は意外と怖いもの知らずで、分け隔てなく受け入れてくれる。
 それどころか逆に好まれる場合もある。

「ああ、それカレルにも言われたな……あの赤毛の奴ね。でも、オレだって戦ってる場面を見られたら、今まで普通に喋ってた人たちも逃げてくよ。そういう時って、やっとオレのこと護衛だって認めてくれたって気持ちが半分と、ちょっと怖がられて哀しい気持ちが半分かな……」

 目の前で人を斬る所を見たら、レネでもそういう目で見られるのか。
 少し意外だ。

「やるせない気持ちになってくるよな……」

「剣を持たない人たちとは見えない壁があるよな。あの人たちにとっては、いくら人を護るためといっても、オレたちは人殺しだし。だからオレ、仕事以外で仲良くなった奴なんていなかったから、お前と仲良くなった時は、こんなの初めてだな……なんて思ってたのに、結局同じ仕事してたし……それもレオポルトのとこで……」

 レネは俯き唇を噛み締めている。

「……レネ」

「もう、上がろう。オレのぼせそう」

 さっと話を切り上げると、レネは湯船から上がり脱衣所へと歩いて行く。
 薄っすらとピンク色に染まった、形の良い尻が左右に揺れながら離れていった。
 周囲の男たちも、振り返ってその様子を眺めている。

(そんな風に思ってくれてたなんて……できるもんなら一からやり直してぇ……)

 バルトロメイは切ない気持ちが込み上げて来て、しばらくその場を動けなかった。

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)
BL
 双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。  同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。  ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。  兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。  すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。 第1回青春BLカップ参加作品です。 1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。 2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...